第32倭 久遠の合掌を撃ち抜く希望之一閃 【前編】
緋緋色金に煌く城の中、相対する告発の担い手と新たに目覚めし「十界の顕現」。
サタンは一同を見遣り、自神の攻撃すら、因果の流れに組み込まれていた事を悟り、静かに憤る。
そして、冷徹な視線を浴びせる。
「……よかろう。ならば我自ら終焉を下さん」
途端溢れ出し、侵蝕してくる絶対虚無の波動。
「まずい! みんなどいて! 『新生乃中和』!!」
サタンの圧倒的な虚無の波動を、アビヒコが緋緋色金の翼を広げ受け止める。
瞬く間に中和されていく虚無の波動。
サタンは険しい表情で、歯噛みしながら突進してくる。
アビヒコは輝く巨躯の至高の御使い、「真理の導き手」として迎え撃つ。
「真に受け継ぎしか……!
実に忌々しきなり。
だが、其れならば我も真なる権能、此処に顕さん……!」
彼の胸中に浮かび上がる四つの魂玉。
一つ、一つと漆黒の獄炎が燃え上がってゆく。
「みんな離れましょう!!」
常軌を逸した波動を、伊弉諾と化したヤチホコが瞬時に察する。
「任せると良いわ! 『大地之神威器』!!」
合わせる様に倉稲之魂と化したキクリが盤石の天蓋を形成する。
「ぬぅん!! では……参るぞ……!」
「観えませぬ!! ワラワの真理眼でさえも!」
それは……「刻」すら置き去りにする迅雷の一撃。
漆黒の雷光と化した彼が何かに激突して顕れる。
「アビヒコ! 凄い……あなた本当に凄いわ!」
ミチヒメは溜息をついて見惚れ、感嘆の声を上げる。
最早氣力さえ捉え切れぬ超速の迅さを、ルシファーと化したアビヒコは、両の掌で力強く受け止めている。
真なる権能を発揮した告発の担い手が攻めあぐね、舌打ちする。
それほどまでに覚醒たアビヒコ……。
新生「真理の導き手」との力は拮抗している。
「い、今のあなたの相手は……ぼくしかできない……。
みんな任せて。ここで絶対……凌いでみせるよ……!」
噴き上がる「緋緋色金」の気勢。
それは天超飛翔神威之城と呼応して爆発的に高められてゆく。
負けじとサタンも白金に輝く気勢を爆発的に高めてゆく。
世界はおろか、この次元すら破壊しかねない氣力の嵐を、ヤチホコ達は固唾を呑んで観護っている。
(……創世の神威……。
『真なる根源神威』は……此処までの権能を持っていたのですね……!)
(ええ、左様でございますわ『我が背』。
これこそ、『彼の刻』のわたくしたちが、『掌を取り合いて』初めて放てる真の神謡者の権能。
忌々しくも凄まじき、ですわ……!)
スセリ……イザナミも、ヤチホコ……イザナギに同意して頷く。
ヤチホコは、仲間である最強の御使いの健闘を祈り、見据えている。
その刻、サタンの内から響き渡る、吸収されたはずのジェスターの狂笑。
「ぼ、僕は……ヒ、ヒヒッ!
『主なる神』……アンタの『愛執の体現者』だ!
ア、アンタも曝したらいいさ。
なんで『この世界』を棄てたいのかをねぇ! ヒャハハハハ!」
荘厳な空間に響き渡る道化師の断末魔。
それは、昏き闇を齎し、有ろうことかサタンを包み込んでゆく……。
そして……彼の魂にひた隠しにされていた真実が曝け出されてゆく……。
前乃世之章 其之壱 リリスと蛭子
観えてきたのは……遥かなる古代。
『創造主』、そして管理者達から「主なる神」と呼ばれている「サタン」に対し、唯一、そして初めて反逆した存在、「ルシファー」。
彼に先んじて、自らの自由意思で地上に降り立った「原初之女神」。
そして後に、「御陰之目合」の誤りにより、蛭子として産まれ直霊した為、已む無く地上に堕とされ流されてきた、後のアビヒコ……。
「リリス」は、遥かないにしえ創世の刻、
はじめての御陰之目合の儀を、「自由意思」の無い傀儡状態の原初の「イザナギ」とさせられようとする。
「大切な神儀たる『御陰之目合』を……。
こんな、『想い』交し合えない存在となんて……絶対にお断りします!」
儀の直前、自ら「自由意思」を発現させたリリス。
彼女は、「創造主」と和解の元、静かに地上へと舞い降りてゆく。
その後、自神への、そして臣下の反逆を危惧した主……「創造主」は、イザナギを「虚空」と「四大」の二柱の別御魂へと綴り直霊する。
「虚空」に元のイザナギの魂を籠める。
そして「四大」の氣力を、虚空の権能を目覚めさせる鍵となる、「大凬の息吹」を齎す巫女、「根源神威之妹」へと「神威降臨乃儀」させ、イザナギの伴侶として創り出す。
二神による初めての契りの際、詠み上げる『詩』を違えた為に産まれ直霊した子。
それは、魂と権能はあれど、身体を持たず臓腑と霊体のみの「蛭子」。
主はやむなく二神に命じ、楽園より、生命の実の葉に優しく包み、地上に通じる海へと流させる。
その後、彼は地上を彷徨う「原初之女神」と出逢う。
「あなたも「地上」へ流れてきたの……?」
(ぼくは……できそこない。だから……棄てられたんだ……)
その言葉に対し、リリスの胸の内に燃え上がる想いの炎。
「そんなこと誰が決める事でもないわ!
わたしはあなたもまた、素晴らしいたった一つの存在と認めるわ!
四氣王よ!」
地上に響き渡る清廉なる「五大」総てを掌るリリスの祈願。
聴き届けた四氣王より、莫大な氣力が蛭子に流れ込む。
辺りを覆いつくす程に巨大化した蛭子から、小さな本神が別れて顕われる。
頭の中身の臓腑から、眼やや細き意思を伝える管の触手を生やした姿ではあるが、蛭子は実の身体を得る事叶う。
その小さな彼を抱きながらリリスは微笑む。
「……観て、あなたの権能は海へと還りました。
そして、すべての魂の受け皿となる、『命の源』に成ったわ!
全ての生きとし生けるものは、あなたの権能により受肉させてもらいうのよ。
そしてこの世界へと産まれ直霊する事叶うわ!
ごめんね……。
残念ながらわたしは、『彼女』と違ってあなたに『神威之色身体』を与えられはしない。
でも、その身体ででも、わたしの傍にいて欲しい……」
彼女の腕に抱かれし存在が微笑む様に漏らす返答。
「もちろんだよ。
こうしてキミと普通に話せるし、五感を通し世界を認識も出来る。
ありがとう……一緒にいこう」
これよりこの世界には、様々な生命が生まれる事になる。
その生命達の流転を、リリスとその胸に抱かれた蛭子は、永遠の刻の中、彷徨い歩き見つめていく。
リリスの「想い」によって、蛭子は、あらゆる生命の生みの親となる、「すべての根源」となる。
前乃世之章 其之弐 告発の担い手と真理の導き手
その後、「主」の寵愛を一身に受けていたルシファーの、頭と胸中を占める光景。
それは、リリスが己の意思で産まれ直霊させた「自由意思」による「堕天」。
あの光景を観て以来……想い描き彼の到達した真理。
「すべての存在が『真実の悟り』に至る為には『自由意思』が不可欠」
ルシファーの辿り着いた真理への想い。
それを、「創造主」の寵愛欲しさ故、魂の奥底で静かに、しかし狂気的と言える程の質量の嫉妬と憎悪に身を焦がされ焼き尽くさんばかりの、「告発の担い手」に利用される。
サタンの仕掛けた策略。
それは……創世の楽園、「天地の狭間」に存在する至高の二樹、すなわち「生命の樹」と「智慧の樹」。
永遠の生命を紡ぎし「生命の樹」の実を食する事は「イザナギ」「イザナミ」にも許されている。
だが、『自由意思』を得られ、自我を生み出す『智慧の樹』の実を食すことは、時期尚早だと「創造主」より固く禁じられていた。
サタンより齎される言霊。
それは……静かに……しかし深くルシファーの魂に侵蝕してくるような誘惑。
「傀儡のままでは……『真なる悟り』へなど辿り着けまい。
貴公が真に『導き手』たるならば……」
「真理の導き手」たるルシファーは悩む。
まさに彼の言う通りである。
しかし、「自由意思」を持って歩む事。
それは……「善かれ」の想いと同時に、「悪しき」想いによる『罪』を犯す可能性も同時に内包するという事。
清濁併せのみし中で「善かれ」の「想い」で歩めし存在こそ……。
それこそが「真の悟り」へ到達できる存在。
「主」、いや、『大いなる真理』の本懐である。
ルシファーは、「主」が望まぬ事を片腕たる自神がする訳にもいかず苦悩する。
其処へ齎されるサタンの囁き……。
「我がうまい事渡しに行ってやろう」
彼が実を渡しに行く事を買って出る。
ルシファーは、熟考の上決断する。
そして多大なる感謝と共に、真寧なる想いでサタンに頼む。
「機を観て行う故、暫し待たれよ」
ある日、「天地の狭間」の入り口に小さな子蛇が訪れる。
中に入りたいと門番に請う。
「はやく生命の樹の実を食べないと力尽きてしまう」
門番である「多聞天」は、生命を尊ぶと同時に彼を憐れみ、静かに子蛇を通す。
子蛇は一礼して、するすると『生命の樹』を潜り抜けて『智慧の樹』へと向かう。
絶対的な権能を与えられ、護衛を担う多聞天が静かに子蛇へ忠告する。
「この『樹』に近づく者は……如何なる存在であろうと……粛清せねばならぬ。
生命の実を食したならば、早々に立ち去るが良い」
「私は『真理の導き手』様に頼まれて此処にまいりました。
どうぞお通しください」
「さ、左様であるか!?
それならば……通るが良い」
「主」の寵愛を一身に受ける最高司令の命。
拒む理由などない。
多聞天は想う。
恐らく彼は、ルシファーが「主」より受けた命で来たのであろうと。
そして、快く子蛇を通す。
子蛇は実を得ると楽園の泉にて佇む、「イザナギ」と「イザナミ」の元へと持っていく。
「これを食べると『主』の御心がわかり、より一層お役に立てます。
ルシファー様の命です、どうぞ」
言の葉を聞いた二神は命令を遂行する。
「……あぁ!」「……あっ!」
二人の目に精気が宿る。
互いに見惚れ、共に頬を朱に染める。
「……あなたはなんて素敵なのでしょう」「あなたこそとっても素敵だわ」
これより、二柱は互いの「意思」を持って契りを交わしていく。
暫し刻経ちし後、久々に「リクン・カント」を訪れた「主」が驚愕する。
直ちに右手左手、「両の腕」が呼ばれる。
「創世の賢者が一柱、『アダパ』たる『ナギ』。
そしてその伴侶として産み直霊されし『ナミ』。
これは一体何ごと?」
静かに響く「創造主」の声。
「子蛇に言われて食べました」「そうよ、かわいい子蛇が、これを食べたらもっと『創造主』のお役に立てるからと言っていましたわ」
「……誰ぞ?」
そこに駆け付ける門番、ヴァイシュラヴァナ。
「ははっ! も、申し上げます……!
私はルシファー様の命を受けたと聞いております……!」
ルシファーは驚いて門番を見遣り、すぐさま『告発の担い手』を観る。
すると……サタンはわざとらしく驚いた顔をしている。
「主」は……愕然とする。
例え最愛の存在であろうとも罪は罪。
自神が裁かなくても、程無く因果の帰結が降り懸かるであろう。
ならばいっそ「己が想い」で裁きを齎そうと。
「真理の導き手……。
あなたはわたくしの命に背き、独断で大変な過ちを犯してしまいました。
これは許し難き事です。
よって……已む無き、ですが……。
すべての権能を放棄し、地上へ堕ちてもらいます!」
「『主』よ! 貴女と『大いなる真理』の為の故の事。どうかご慈悲を……!」
ルシファーの懇願を遮るサタンの反論。
「斯様な事が、真に『主』の為となるか否か。
地べたに這いつくばりて天を仰ぎ、とくと考えるが良い」
「告発の担い手!!」
「……約定は果たししなりぞ?
『誰が命かを隠せ』とは、聞いておらぬ故」
その通りである。
サタンは確かに自分の願いをかなえ、二神へ真なる悟りへの可能性を開いてくれた。
ここに形成されし『十界』が『真なる十界』と連結出来得る、すべての存在の無限の可能性の扉を。
《そう、そうだ……!
ならば後悔は――ない!》
「……かしこまりました。
私は神威である事を捨て、ただの一つの生命として地上に降り立ちましょう」
そう言うと真理の導き手は意を決して神呪を唱える。
すると輝く美しい『神威之色身体』から、小さく儚い存在が別たれる。
「『主』……いいえ我が『愛すべき』母よ……どうかお元気で」
「緋緋色金」に輝く十二翼の巨躯の色身体と共に、彼は静かに堕天してゆく。
「待っ――お、お行きなさい……!」
彼女は唇を噛み締めて震える掌を自神の後ろへと隠す。
そして……彼が堕ちてゆく様を最後まで見送る……。
天界を超えて降りゆく彼を見届けた主の去りし後。
雲間より地上へと降りようとする十二翼の御使いに対し、漆黒の雷光が迸る。
「――『御使い』の恥さらしめ。
ここで輪を廻るが良い……!」
「――サタン! よくも……っ!!」
彼の攻撃にルシファーは再び「神威之色身体」を纏い直霊する。
二柱の闘いは壮絶を極める。
海は荒れ嵐が巻き起こり、大地は裂け天に雷光が迸る。
七日七晩続いた後……「久遠の合掌」に陥る。
「ヒヒッ!
僕達と別れている『主なる神』と対等なんて、大分弱っちゃったねぇ。
元総司令サマ! これは『お礼』だよ!
受け取りたまえ! ヒャハハハハ!」
サタンとルシファーは組み合ったまま身動き取れない。
その中で狂笑と共に、道化師から撃ち出される漆黒の雷槍。
「――そこまで堕ちたかサタン!!」
反射的に身体を振り回す。
「何とでも言え!
貴様は我にとって邪魔以外の何者でもない!――っ!!」
身を翻したルシファーにより、二柱纏めて漆黒の雷槍に貫かれてしまう。
それは……因果の皮肉か、告発の担い手の胸部中央を貫く。
「お、おの、れ……!!」
サタンは執念で、自神諸共ルシファーを雷光で撃ち付ける。
力無く錐揉みながら天より堕ちる二柱……。
静かにサタンを助けるのは……もう一柱の分神、荒魂と智慧魂の顕現。
「『主なる神』……現状より、天へ帰還し休息する事を提案……」
「――っ! 覚えておれ……。
この屈辱の決着……必ずや晴らさん……!」
「……サタン……」
憎しみよりも……例えようもない程の胸中の喪失感。
ルシファーには、サタンの胸中に渦巻く想いがまるで理解できない……。
だが、一つだけ解っている事……。
それは、「かけがえのない兄弟を喪った」と言う、悲壮なる現実。
朱金に輝く十二枚の翼携えし『始まりの御使い』は、こうして天を追われ堕ちてゆく。
その刻、地上を彷徨う女神達と出逢う。
それは、彼の想いの根源となった、「主」と瓜二つの姿を持つ『原初之女神』。
彼女と出逢った彼は……彼女の本質と響き合い、瞬く間に恋に落ち、共に歩み征く。
後に、二神の最後の権能を掌を取り合いて振り絞り、無理筋徹した奇跡。
それは、地上の生命を産み直霊して育んでくれた『蛭子』を、一人の緋徒にする事。
そして三人で家族として悠久の刻を暮らしていく。
傷つき伏せるサタンはその後……「自由意思」を得て間もない、善悪を知らぬ赤子の様なイザナギ達を影から唆す。
そして、己が好奇心のままあらゆる事をさせていく。
ふとした折、「天之鳥船」を試運転していたイザナギ。
彼は自神達の住まうこの星々の連なりが、造られし「箱庭」である事に気付く。
そして……自分達も「造られし存在」であることも……。
誓いを己に「書き込んだ」イザナギ。
その後彼は、サタンの非道な実験に付き合うふりをしながら、魂の奥底で血の涙を流し、虎視眈々と、狂わされた「イザナミ」を救い出し、「主」を屠る為に力を蓄えていく。
そして、「主」の住まう「世界」へ挑まんと、止める子神達を振り切ってイザナギは旅立つ。
しかし……彼が己が「妹」を連れて還ってくることは叶わなかった……。
遺されし子神達。
「太陽之神威」とその巫女は、イザナギの想いを受け継ぎ、禁忌の神呪を決行する事になる……。




