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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)


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第30倭 緋徒の覚悟 歩みの果てに齎されし魂の原典

其之壱 『清濁を 合わせ呑み込み想い直霊す』


 四獣王達の、相反する神威と魔闘氣が、権能の衝突のたびに相殺し合い、供犠として玄室に吸収されてゆく。


「だめぇっ! 師匠! それ以上立ち向かえばラマトゥごと消滅しちゃうわ!!」


 ミチヒメの悲痛な叫びが響き渡る。


「ヒャハハハハ! 蜜の味とはまさにこれだよ!

 さぁ、さらに最高の音色を響かせてくれたまえ!」 


「……『ナギ(ヤチホコ)』……。

 わたくしを観て。

 わかりますわね?

 『正邪』など、『神魔』など、想いの丈で自在であると!」


 厳かに、冷淡ながらも魂に染み入るような、ヤチホコの耳元への囁き(ピリマ)


「……ナミ?――そうか! ミチヒメさん、一旦離れて!」


 猛り狂う暴威を前に、必死の説得をしていたミチヒメが、ヤチホコの声を聴いて縋る様に戻ってくる。

 イザナミの助言によってヤチホコが到りし覚悟ピリマ

 戻ってきたミチヒメに対し、ヤチホコは静かに、諭すように告げる。


「魔も神威も……『想い直霊』によって自在。

 苦しみに満ち溢れたこの世界でも……

 「己を磨く明日への力」と詠い直霊出来れば……

 するならば、それは愛すべき、励みが報われる『浄土』になり得ます……!」


 それを聞いて、根源神威之妹イザナミは、知らずに口を衝いて言の葉が漏れ出す。


「そうですわ……『ナギ』。

 わたくし達が堕とされし黄泉の坂、そこに横たわりし千曳の岩……。

 あの呪われし地でさえも、想念一つで愛の揺籃へと直霊される……そう想いますわ……。

 今なら断言できますわ。

 『我が背(ナギ)』よ、あなたの其の直霊なおひこそ、わたくしの誇りですわ!」


「おにいさま……。

 ミヅチも、そのおにいさまの想いに救われたですの。

 四獣王さま達……お願いしますの!」


 今まであった様々な想念の交歓を思い出し、ミヅチはラマトゥの兄へ真寧に願う。


 理解不能な妄言に、思わず、一歩、また一歩、後ずさりするジェスター。


「な、何を……?

 そんな馬鹿気た論理、記述された『叙事詩』に在る訳なんか……!」


 狼狽えるジェスターを見遣り、ヤチホコは深々と頷いて不敵に笑みを浮かべる。


「ないでしょう……!

 だから此処で……僕達が『産み直霊』します!

 ミチヒメさん! 四獣王さん!」


 ヤチホコの掛け声で四獣王達とミチヒメが彼の元へ集う。


「……堕天するかもしれません……。

 でも、『清濁併せのみ、己の想いで善かれと詠う』……。

 それこそが……自由意思を持ち得し緋徒フィトの、民衆ウタラの歩みです……!」


 真意を悟った四獣王達がまず動く。


「……ヤチホコくん……それは一体……?」

 

 ヤチホコは、ミチヒメの言葉を遮る様に祝詞を唱え始める。



其之弐 『契りの儀 顕る緋糸 誓い合わん』


「――参ります。――阿那迩夜志 (あなにやし)愛袁登売袁(えおとめを)


 その祝詞を聴いた途端、ミチヒメは観た事もないほどに赤面して狼狽する。


「な、何をエパタイ(バカ)な……こんな刻に一体何するつもっ……あっ……」


 言い終える前にミチヒメは、想い人に力強く抱擁される。

 しかし、彼の眼は真剣そのものであった。


「……ミチヒメさん、あなたも祝詞(のりと)を……!」


 七絃の光と新緑の旋風が、愛らしい嫉妬を孕み巻き起こるも、かまわずヤチホコはミチヒメを促す。


「わ、わからない、けど、――わたしはあなたを信じるわ……!


 ――阿那迩夜志(あなにやし)愛袁登古袁(えおとこを)……」


 想いを交歓した後、ヤチホコは背後からミチヒメを抱きしめる。

 そして、前乃世で互いの幕を降ろした「運命の神剣(カンナ)」を掌にし、静かに優しく彼女の胸へと、絶望ではなく希望、怨嗟ではなく慈愛を籠め、剣先を翳す。


「ヤチホコくん……? あぁ、これって……!」


 彼とミチヒメの間にあかきの糸が顕れる。


「……ミチヒメさん。

 『あなた』が『四獣王』達と永劫を誓い、禁忌の神呪を唱えるのです。

 さぁ……一緒に!」


「……そう、そうなの、ね。

 わたし、師匠達とこれからもずっと……」


 ヤチホコは、力強く笑みを浮かべ、そして最大の慈しみと覚悟を籠めて頷く。


「その通りです、さぁ詠いましょう!」


 大きく息を吸い込み、決意の眼差しを輝かせ、ミチヒメは朗々と詠い上げる。


「――虚空に睦まじき(あか)き糸を紡ぎ、我が身命を賭して昏き闇を覆い隠さん。

 ……苦しみも、怨嗟も、すべて分かち流転の果てまで『一蓮托生』に!

 ビャッコ、スザク、セイリュウ、ゲンブ……!

 これからもその先もずっとずっと……わたしと一緒に生きてぇっ!!」


 瞬間、ミチヒメに向かって、慟哭を響かせて昏き朱に塗れた深紅の濁流が流れ込んでくる。

 それは……六道世界すべてに溢れ返る怨嗟の想い。

 あまりの激しさで、弾けるように仰け反る。

 ただの民の彼女が散華しない様に、ヤチホコは必死に、己の両の掌と虚空ニスで、か弱きミチヒメの肢体を包み込む。


(昏い……重い……苦しい……。

 これが世界に満ちる嘆きの怨嗟……。

 師匠達の神体さえ……この怨嗟の執念の前に朽ちようとしてる……。

 ――させるものですかぁっ! きて、わたしの胎内なかへ!)


(くっ! そう、です。

 苦しくても、穢らわしくても、疎みたくても……。

 眼を背けたくても、認めたくなくても……。

 僕が一緒に背負います! だから、ミチヒメさん……!)



 二人を繋ぐ緋き糸に、紅蓮の雷光が迸る。

 それは、世界に遍く、かつて根源神威之妹イザナミが書き加えられ呪縛されていた、「深紅の怨嗟」。

 今、ヤチホコの「統治之神威」としての「虚空の器」を借り、ミチヒメは己の根源の氣力トゥムを滾らせて四獣王達、そしてその怨嗟の総てを受け止める。


「……妬けますわ……!

 ですが、これこそわたくしの……悲願せん光景……。

 さぁ、此処まで呑み込めれば後僅か。

 『我が背(ナギ)』よ。我等が『娘』の氣力トゥム受け継ぎし乙女メノコ、しかと安寧の随喜へと!」


 スセリの中のイザナミは、己の想いと権能を籠めた檄を飛ばす。


「おにいさまぁっ。

 ミヅチにも入ってくるからわかりますの……。

 ここからミヅチも想いを籠めて……!」


 続いてミヅチも真寧な祈りを捧げる。


「子供がおイタするのを、笑って抱き締めるのが母の抱擁だわ。

 さぁ二人とも! もう少しだわ!」


 己の胸にもある、緋色の糸を揺さぶり震わせながらキクリも叫ぶ。


「『我が半身(ミチヒメ)』……。

 そなたとワラワ……常に裏表。

 ワラワに出来し事、必ずや其方も叶えんと、此処に信じ申し上げます……!」


 ヒメは七絃に瞳を輝かせ、己の胸中へ怨嗟引き込んで分散させる。


「想い焦がすのに必要ならば、いくらでもオレの大焔アペヌィを焚べてやる!」


 そう言うとミケヒコは、ヒメとヤチホコを徹し、己の紅蓮を「癒し」へと直霊してもらって託す。


「我が妹よ、兄が彼等の囁き(ピリマ)を届けよう。

 故、迷わず邁進するが良い!」


 タカヒコは四獣王、そして過ぎ逝く怨嗟の想いを直霊して伝える。


(……霊体が……『想い』が……軽い……)(痛みが……苦しみが癒され直霊されてゆく……)


 想いを観じ取り、苦痛の中でミチヒメは、力強く笑みを浮かべて向き直る。


「……ワタシの雷光も、ミケヒコさん同様に。

 その背を後押しせんとする、祈りの薪として焚べてさしあげますわ」

 

 みずらを結い上げた、善男子ヲノコ姿のミカツヒメが雷光をヤチホコへ迸らせる。

 最後に手を翳すのは……アビヒコ。


「ぼくは今のままでは大した力はない。

 でもすべてを遣える。

 だから、五大の足並みを調律させてもらう!」


 すると、今まで入り乱れて猛っていた権能たちが、一つと成りて掌を取り合い、重なり合ったその瞬間、朱金の輝きを炸裂させた。


「今です! 『あの技(発勁)』を逆巻きて放つのです!」


 その至高の輝きを見抜く様に、ヤチホコの紅玉の神瞳が煌く。


「逆巻き――やってみせる!

 迅き事白虎の如く!

 神妙なる事青龍の如く!

 勇敢なる事朱雀の如く!

 完璧なる事玄武の如し!


 みんな、受け取って!

 わたしの、わたし達の想念イレンカよ……。

 神威となりて極まり直霊せよ!


 啊啊啊啊啊啊(やぁぁあああ)っ! 『神威感応道交巫(カムイトゥス=マゥエ)』!!」


 あかき糸によって、一つに繋がりし面々を介し流れくる直霊の波動。

 その神威を受け、分かたれし四獣王達の神体と魂が、溶け合うように折り重なる。

 そして、元の、いや新たなる一なる存在へ産まれ直霊してゆく……。


 「ばかめ!

 怨嗟ごと『書き換え』なんてしたら、境涯が堕ちて神威じゃなくなっちゃうじゃないか!

 ヒャハハハハ!」


 その虚勢を張った狂笑に、ミチヒメが静かに応える。


「……良いの、神威じゃなくても……良いのよ!

 罪や苦しみが許されず神威になれないのなら……。

 わたしは罪と苦しみを抱きしめて、師匠達と一緒に、緋徒フィトとして歩いていくわ!」


「ばかな……それじゃ永遠に地べたに這いつくばったまま……」


「――構わない!

 地上こここそ、わたしの愛すべきみんなの住まう世界だから!

 過ちも苦しみも総てこの胸に抱きしめて……。

 辛さを分かち合うからこそ、その分幸せも分かち合えるのよ?

 ジェスター、あなたはいないの?

 自分を想い、解ってくれて『分かち合える』存在……」


 その瞬間、ジェスターから狂笑も嘲笑もすべて消え去った……。



其之参 『希望の直霊 道化師の絶望 終焉の顕現』


 熱情と安寧の至福の恍惚の海の中……。

 呆然自失のジェスター、そして優しく観護る十柱の面々を他所に、ミチヒメは微睡んでいた……。

 感慨深く喜びを顕す根源神威之妹イザナミ

 甘やかな嫉妬を交えながら讃えるスセリ。

 図らずも微かに胸を刺す痛みを観じながらも純粋に喜ぶミヅチ。

 居並ぶ存在を見据え、頼もしそうに力強く笑みを浮かべるミケヒコ。

 妹の想いの成就と過去の超克を、心底尊ぶタカヒコ。

 静謐ながら艶やかで、甘やかな「契りの儀」の完遂に対し、満足気に妖艶な笑みを浮かべるミカツヒメ。

 淡々としながらも、自身を救ってくれた、姉のような存在の幸福を祝うアビヒコ。

 儚き民衆ウタラのまま、怨嗟を抱き先へ歩まんとする事を叶えたミチヒメへの感嘆を顕すキクリ。

 己が半身の、崇敬する神威との、想い徹しきった素晴らしき直霊に対し、一筋涙を流すも、成就を祝福するヒメ……。


 静かに身震いして両の眼を開き始めたミチヒメを、傍らで見守っていたヤチホコが、優しく掌を引いて起こす。

 全てを遣い果たしたのか、ふらつきヤチホコに身体を預けながらミチヒメは辺りを見回す。


「あ……あ、そ、そう、か……!

 ――ヤチホコくん? あ、あなた……平気、なの……?」


「……我が愛すべき主には、時期尚早です。

 ですので……ヒメさんの刻同様今回も……」


 申し訳なさそうに、しかし譲れぬ想いを籠めて響くカンナの白状ピリマ

 それを聞いて自身の平常を理解するヤチホコ。


 大きく一つ溜息をつくも、ミチヒメはヤチホコに対し、溢れる想いを視線に籠め、目配せして微笑む。

 

(……ありがとう。でも、きっと、いつか……『ふたり』で……。

 諦めないで待ってるから、ね)


 そして、傍に居並ぶ頼もしき存在達へと向き合う。


「……これからもよろしくね、師匠たち」


 いつもの精霊の姿ではなく、先ほどまでの「封輪火斬」の様な強大な神威でもない。

 自然にミチヒメに寄り添える緋徒フィトの姿。

 莫大な氣力トゥムはそのままだが、その輝きはミチヒメ以上に地上の民に近しきものとなった。


「……これでは彼の砂の海……直霊せん事は叶わぬであるな……」


 青龍がまず想い廻らせたのは、かつて四獣王が四大を調律していた、王子授乳せし大地(クスターナ)の存在する、あの砂の海とそこに息衝く命たちであった。


「心配しないで下さい! あそこではカルマ王達が身を粉にして己が掌で直霊ています!」


 ヤチホコは、安心を籠めて笑みを浮かべ、力強く拳を握りしめる。


「その上、ヤチホコ殿の法雨降らせし故、心配ございませぬ……!」


 ヒメが現状を詳細に伝える。


「……今度は……付与ラムハプルしなくても……。

 触れもするし、比武も出来るのね……良か、った……」


 そこまで言うとミチヒメは、張りつめていた想いが切れたのか、力無く崩れ落ちてしまった。

 一連の一行の言動にすら見向きもせず、ジェスターはただただ立ち尽くしている。

 まさに糸の切れた操り人形の如く。


「自分を解って……『分かち合って』くれる、だと……!

 『自分以外』を……想うだと……。

 認めるもんか!

 他者への『記述の制定』ならぬ、想いからの『愛』なんて!

 僕は、僕は、僕はぁぁああっ!!」


 総ての手駒の消えた城内に、孤独な道化師の咆哮が響き渡る。

 もはや、新たなる四獣王、そして十柱の前に、彼自神、そして彼の弄する策など、羽虫の羽ばたきにも等しい。


「くそっ! 僕はもらえなかった!

 なのに君たちはなぜ? 認めない認めない認めない!!!!」


 響き渡る絶叫に、目覚めたミチヒメ。

 囁くは……怒りでも憤りでも恨みでもない、理解と共感……。


「……ジェスター。誰かに愛してほしかったのね。なら、誰かの愛するモノを奪わない事よ。愛は、見返りを求めずに与えるもの。それで初めて貰えるのよ」


 両掌をつき、座り込んだままミチヒメは穏やかに告げた。

 彼女には、最早自分の故郷、下伽耶を滅ぼされた怒りすらなかった。

 

「亡国のヒメ風情がっ! 僕に向かって……」


「そう。わたしは国を喪ったわ。あなた達のおかげで。

 でも、ね、みんなの想念イレンカは――共にあるの!

 『精霊神ヤオヨロズ』達よ!

 兄上の様に! わたしに『神威之啓示(カムイピリマ)』を!」


 世界が騒めき、ささやき声が木霊する。

 ミチヒメは真摯に耳を傾けている。


「ジェスター聴こえる?

 みんなもうとっくに『輪を廻る』事から離れているわ。

 そして……『世界の理』の中、勤めに励んでいるわ」


「そんな『理』なんて、僕やお館様の管理の……」


 ミチヒメは軽く首を横に振る。


「誰かが造ったとか、用意したとか、関係ないわ。

 『わたし達』がどういう『想念イレンカで行う』か……。

 それが一番大切な事よ!」


「バ、『バグ』風情がどの口で抜かす!」


「バグ……? それが何を示すかは、わたしには解らない。

 でも、『自分がどう言う想い』で動くか、『相手にどういう想いになって欲しい』か、世の中全てそれだけよ!

 愛が欲しければ、他者を楽しませると良いわ。

 本当に『道化師』としてね!」


 声にならない叫びをあげてジェスターは頭を掻きむしっている。


「なんだか全く分からないけど、お前の言葉はいちいち癪に障る!

 僕の前から消え去れ! 暗躍龍(イウェン=ナウケ)神爪(プサイネ)!」


 背を向け丸まった瞬間、黒煙が噴出してジェスターは姿を晦ます。

 そしてあらぬ方向から複数同時に爪撃を見舞う!

 ミチヒメは、憂いと憐れみを湛え、息を荒げたまま、しかし強い想いを眼差しに秘めて立ち上がる。


「……こんなモノ、今のわたしには――効かないわ!

 玄武、『盤石岩楯(ヤィキッカラ・チャシ)』!」


 左前腕に、強固な隕鉄で出来た岩の楯が形成される。

 ミチヒメはその腕を揮い、すべての爪撃を事も無げに受け止める!


「っがぁ! 畜生畜生畜生!!! 許さんぞ貴様ら!

 『母さま』の寵愛を僕から奪ったアイツの末裔たちめぇ!

 僕とお前……「右手(僕達)」と「左手(オマエ等)」……!

 一体何が違うって言うんだぁ!!」」


 叫ぶジェスターの身体から、呪詛のような黒煙が混濁して噴き出す。


「右……左、手?」


 ミチヒメがその不審な言葉に眉をひそめた瞬間、その場を劈くヒメの悲鳴ピリマ


「ミチヒメなりませぬ! それ以上ジェスターを追い詰めては……!!」


「そうです、ジェスターに構わず、皆さん、行きま――ッ!!」


 ヒメに続きヤチホコが皆を促そうとした、その刻だった。

 ジェスターの歪んだ身体から、今の彼らでなければ「自己否定」の果てに消滅しかねないほどの、『絶対的にして純粋なる神聖な波動』が噴き上がる。


 邪悪な道化師の殻を突き破り溢れ出す、管理者の頂点をも超越する程の「神聖なる気配」。

 ヤチホコは戦慄と共に悟る。

 このジェスターという存在も自分と同様、「根源」たる存在から分かたれた半身、もしくは切り離されし一部であったのではないか、という恐るべき予感に。


「……左様であるぞ……ジェスター……我が『愛執』の体現者よ」


 天界を震撼させるその声に、アビヒコの額から一筋の冷や汗が流れた。


「……わかる。

 これはジェスターであって、ジェスターではない。

 本物の……!」


「ヒャハハハハ! 僕から誰かが出てくるって?

僕の苦しみ、アンタなら受け止めてくれるのかい!?」


 狂乱するジェスターを余所に、天より響く慈悲なきことわりの声が応じる。


「是非もなし。我が……倖魂さきみたまであり、調和魂にぎみたまより『産まれ直霊』しジェスターよ……!」


「ならば一緒に! 僕から愛を奪ったアイツの裔を……うぎゃあぁぁぁ!!」


「……刻満ちしなり。

 故……『我が倖魂・調和魂にぎみたま』よ、還るが良い」


 絶叫と共に、ジェスターの身体が中央から無惨に裂ける。

 裂けた肉体から昏き闇が噴き上がる。

 激しく回転しながら押し潰され、やがて漆黒に輝く魂玉へと凝縮される。


「な、なに、をする……! そ、それ、は……僕の……だ!」


「……ならばその執念イレンカごと我に還るが良い……」


 響き渡る言葉と共に、ジェスターの身体が、一枚、一枚と記述された羊皮紙と成り、漆黒の獄炎に燃やし尽くされて黒煙を上げて逝く……。

 立ち昇る黒煙が、瞬時に渦巻く様に魂玉へ吸い込まれてしまった。

 そこに、昏き魔王と化していた「他化自在天」の残滓、荒魂あらみたまの魂玉が顕れる。

 荒魂あらみたまであり智慧魂くしみたまである他化自在天の魂玉。

 そして……倖魂さきみたまであり調和魂にぎみたまであるジェスターの託されし魂玉。

 今迄城が集めた禍々しき想念(ウェンイレンカ)、そして二つの御魂が、広間床面に吸い込まれてゆく……。

 床に描かれる原初乃八卦。

 煌き迸る白金の輝き。

 その場に顕現したのは、煌く白金の十翼を湛えた神聖なる神威、いや、それすら遥かに超越した絶対存在。


「「――『告発の担い手(サタン)』!!」」


 ヤチホコとスセリ、その内なる根源神威イザナギ根源神威之妹イザナミが同時に驚愕する。


それは、「論理と秩序」の究極顕現、管理者の最高司令にして終焉の具現者、『告発の担い手(サタン)』であった。


「二柱の神威之遺産を掌に、よくぞ城の結界を打ち祓い此処へ足を踏み入れしなり。

 その歩み、認めよう。

 故、此の先、我直々に終焉を綴ってやろう……。

 総て我の元へ還るが良い……。

 これこそが、真の終焉である……」


 城内にあふれる圧倒的な神威により、告発の担い手(サタン)は猛威を揮う。


「汝らの『現在』など、幾千万に及びし、刻の流転に浮かぶ泡沫に過ぎぬ。

 己が魂の深淵に刻まれた、逃れられぬカルマを観るが良い」


 放たれたのは……すべての存在の意義、理由、記述、そして魂の流転の記憶すら消去せん、絶対負の波動。

 鮮烈な衝撃が迸り、視界の総てから色彩が喪われてゆく。

 瞬く間にヤチホコたちの意識は引き裂かれる。

 そして、それぞれの前乃世――魂の原点、そして「原典」へと、強制的に回帰させられた。

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