第29倭 供犠の原罪 全て受け止め 顕現せん四獣王
其之壱 地獄に響く羨愛の想い
遥か上空まで続く城の中心、大広間の天蓋。
その壁面を埋め尽くす夥しい数の供犠の棺。
一つ、また一つ、目まぐるしく明滅を繰り返す棺達。
輝くごとに、氣力を吸い取られては苦悶の表情を浮かべ、声にならない絶叫と共に、全身を波打たせて引き攣り仰け反る神威達……。
「ヒヒッ! 地獄ってまさにこんな感じだよねぇ?
みんなずっとずっといつまでも拷問させられている処がまさにねぇ! ヒャハハハハ!」
誰も、言葉を発する事も動く事も出来なくなってしまった……。
どこに視線を逸らそうとも視界に飛び込んでくる、陰惨な光景。
皮肉にも覚醒させた一蓮托生呪の為に流れ込む、夥しい「怨嗟の執念」……。
「――みんな、惚けてないで助けるぞ! 棺を開け……ぐぅぁぁああっ!!」
拷問されし神威達を救わんと、棺に掌をかけたミケヒコの絶叫。
「ヒヒッ! これはもう、そこに居る大罪人でさえ開けられないよ!
逃げられない様にそう『神呪』かけちゃったもんねぇ!
本当に残酷だよねぇ! ヒャハハハハ!」
響き渡るジェスターの狂笑に、ヤチホコは、一つ、また一つ、膝を落とす。
そして、両の掌をついて蹲って項垂れてしまった……。
根源神威としての記憶がまざまざと黄泉還る。
(そう……僕は……無理筋を徹す為に……あらゆる犠牲をも厭わずに……!)
再び繋がれてしまった一蓮托生呪から、棺の神威達の怨嗟、そして……最も知りたくない十柱の想いが流れて来ようとしていた。
まさにその刻、誰よりも先に歩み出たのは、師匠達を供犠とされ、城に焚べられているミチヒメであった……。
「……ミ、ミチヒメ、さ、ん……」
今一番目を合わせられない彼女が、静かにヤチホコへと歩み寄る。
彼女はヤチホコの前で屈んで両膝をつく。
彼を見つめたまま、静かに拳を突き出す。
突き出した拳を外に捻り、掌を上に向けて静かに開く。
そこにあるのは……英雄王の想いの結晶、虚空の首飾り。
彼女は……あろうことか熱を帯びた眼差しで優しく微笑んでいた。
そして己の最も大切な、英雄王の形見ともいえる首飾りを、ヤチホコへと優しくかけ、静かに彼の頭を何度も撫でてから抱き寄せる。
「……羨ましい……。
根源神威としてのヤチホコくんは……これほどまでに根源神威之妹だったスセリを……好きだったのね……。
まさに緋徒。
……その昏く激しい抑えきれない想念」
もう一度想い籠めて抱き締める。
そして、両肩を掴んで引き剥がし激励する。
「――惚けてないで刮目しなさい!
師匠達以外は……まだみんな輪を廻っていないわ!
詠い直霊せよ、統治之神威ヤチホコ!!」
涙を堪え、決死の覚悟で「導き手」たらんと、拳を握り締める。
彼女が抱く、裂帛の気合と「羨愛の想い」が、激しく狂おしいほどの熱情で流れ込んで来る。
それは、ミチヒメの魂の咆哮。
溢れ出る想いが、この供犠の間に対しジェスターが仕込んだ、澱んだ「禍々しき想念」の杜を、劈き斬り裂いて開闢いてゆく。
圧倒的な「情欲」と「使命感」の想いの奔流。
その想いの刃に「導かれる」様に、ヤチホコの「紅玉の神瞳」に、再び「直霊の輝き」が宿る。
「……ああ。そうです、そうですよね、ミチヒメさん。
僕は……取り還したい『己のすべて』を喪うことを恐れるあまり……地獄の所業の元、この城を造りました。
それは、決して許される事ではありません……。
でも、それでも今、今は……みんなの想いと共に、この地獄さえも浄土へと、『書き換え』……いいえ、『詠い直霊』するために、ここに居ます!」
溢れる涙をそのままに力強く頷くミチヒメ。
己の前乃世が仕出かした惨状を見据え、ヤチホコはあらん限りの想いを籠める。
「『息災延命所願成就!!』我が罪想の呪縛に捕らわれし無垢なる魂に自由なる安寧を、ここに統治之神威の名に懸け、身命を賭して願い奉らん!!」
其之弐 罪も想いも 掌を取り此処に直霊せん
ヤチホコの魂の絶唱が響き渡る。
夥しい数の「供犠の棺」が、朱金の光を浴び、水面に張った薄氷が、冬の終わりを告げんと破砕の鈴を鳴らすかの如く、小気味良い音を立てて散華する。
搾り取られていた氣力が、本来の持ち主へと還り、四獣王たちの「神威之色身体」が、死の灰褐色から、生命の輝きを湛えた極彩色へと詠い直霊されていく。
言葉を喪い立ち尽くしていた、スセリの眼に浮かぶ涙。
それは見る間に溢れ出し、跪いて想いの丈を嗚咽の風として吹き放つ。
ミヅチはそっと支える様に彼女に寄り添い、元居た世界へ還らんと直霊されてゆく神威達を誇らしげに見つめている。
そして神妙な面持ちで、懸命に背伸びしてヤチホコの頭を撫でる。
「……良く出来たですの。
ですから……もうおにいさま――これ以上、自分を苦しめたり責めたりしないで欲しいですの!」
それは、奇跡の神呪の代償。
ヤチホコは、己が虚空で、己の罪障である神威達の怨嗟を、激痛と呪言の苦悩として必死に受け止めていた……。
劈く様に、彼の魂を翔け抜け貫いてゆく数多の神威達の怨嗟。
ヤチホコは、その一つ一つを癒し直霊して、元の世界へと還していたのであった。
「いいえ……! この、位……必定です!
それでもまだ生ぬるいくらいです。
僕は……初代統治之神威であった、根源神威なのに……。
己の身勝手な想いを叶える為に、これ程までに非道を重ねてきたのです!
それはまさに……『輪を廻る事』すら……!」
その言の葉に反応し、ヒメが静かに歩み出る。
そしてあらん限りの崇敬の念で抱擁する。
「……ヤチホコ殿……。
『ワラワの』……敬愛、そして崇拝すべき統治之神威よ……。
ならば、その罪障、ワラワも共に背負いたく存じます……!」
ヒメは優しい慈愛の笑みを湛え、意を決し七絃の瞳を輝かせる。
「……断じて、ヤチホコ殿だけに背負わせませぬ……!
あなたの罪はワラワ達生きとし生けるものすべての罪。
今のあなたは……世界のすべてを救わんとする、誰よりも優しき善男子でございます!
無垢なりて愛でたき、『ワラワの』至高之神威殿の為、このミケヌイリヒメ、あなた様と共に身命を賭しましょう!」
途端、ヒメに向かい牙を剥き、夥しい量の怨嗟が刺さり込む。
静かに響く、噛み締められた可憐で小さき花弁から、一筋流れ落ちる真紅の滴音。
「おにいさまぁっ! ミヅチも!」
「……辛い時はアタシに甘えると良いわ! この間のお礼よ!
さぁおいで……苦しみ傷ついた魂たち……!」
ミヅチとキクリはヒメの決意に立ち上がる。
「……ヤチホコ、いやさ統治之神威。
精霊神を鎮めるのがオレの役目。――任せておくがいい!」
神託啓示ノ國の神官でもあるタカヒコが、自身の供養の権能を解き放つ。
「……わたしねヤチホコくん。師匠達から聞いたから知ってたの。
師匠達を呪縛したのは……ジェスターたちだって……!
でも、あなたは一切言い訳もせず、命を懸けて想いを示してくれた。
あなたを好きになったこの想いは……『わたしのすべて』よ!
胎内に眠りし根源の氣力よ……!
極まりて全てを安寧に導く力となれ! 受け取ってヤチホコくん!!」
莫大な氣力が、想いの奔流となってヤチホコへと注ぎ込まれようとする!
その瞬間、背後から抱き締めた誰かに奪い去られる。
「スセリちゃん!? いえ……『ナミ』?」
ヤチホコは、スセリから顕現した根源神威之妹に問いかける。
「……『我が背』……。この罪障……わたくしの為の故。
ならばわたくしが直霊せんが道理。
スセリ、そなたの大凬、お借りいたしますわ!
この城に在るそのすべてを、本来の姿へ詠い直霊せん!
四氣王よ! ここに根源神威之妹が願い給う。
『終焉の呪檻』を『希望の護城』へと、詠い直霊給えっ!!」
スセリの身体を借りた根源神威之妹へ、凄まじい氣力が「竜巻となりて」集束してゆく。
「これは!? オレを徹して「封輪火斬」から莫大な大焔が……! ――受け取れスセリ!!」
ミケヒコは突如己に流れ込んできた莫大な大焔をスセリへ放つ。
「……そう言う事ね、わかったわ! スセリ、アタシの豊饒の大地も!」
キクリもミケヒコに倣い、スセリへと、女媧より流れて来た己の豊饒の権能を託す。
「ミヅチも……すごい巨濤が溢れちゃう! スセリ……ううん、イザナミおねえさま、受け取って欲しいですの!!」
鏡水顕導神より流れて来た氣力が、「沖つ波」を超えた巨濤となってスセリへ注ぎ込まれる。
それをイザナミは、スセリ自神の大凬と合わせ直霊し、纏め上げ目覚めさせる。
「いきましてよ我が背! これこそ真なる根源神威の直霊でございますわ!!」
超常の権能の奔流に曝され、身を引き裂かれ、狂気の淵に堕とされんばかりの激痛の嵐の中、根源神威之妹は笑みを浮かべ根源神威の腕の中へ還る。
根源神威たるヤチホコは、己の虚空を全力で猛らせて、一蓮托生呪を徹して根源神威之妹へと挿し入れる。
「あぁぅっ! ――我が業は我が為すに非ず!
天地神明の通力よ 原初乃八卦に従いてここに集え!
邪を祓い、場を清め、随神にしてすべてを護り、幸いを顕し給えぇっ!
いっやぁあああっ!! 『壱霊肆魂究極之直霊』!!」
根源神威之妹の絶唱と共に、天超飛翔神威之城は「貧者の金」たる真輝金から、「緋緋色金」の究極の「朱金之光」の輝きへと、一斉の神威達を葬送しながら詠い直霊した。
「……城が……前之世の姿に……!」
その変貌に一番驚いていたのはヤチホコであった。
「わたくしだけでは直霊仕切れませんでしたわ……。感謝いたします、運命の十柱の徒よ」
根源神威たるヤチホコの腕の中、根源神威之妹は感謝の笑みを湛える。
其之参 五大の氣力を纏め上げ 真の獣王降臨せん
仲間たちが掌を取り合い驚きとともに喜ぶ中、神威之眼を輝かせ、ミチヒメは前方を鋭く睨みつける。
「――許せない! よくも師匠達をっ!」
良く観ると四獣王の身体は上から吊られた真輝金の糸に操られ、ゆっくりとこちらに向かい身構えていた。
「ジェスター!!」
「ヒヒッ! さぁ……最後は僕の一番得意な芸、人形繰りを披露しようじゃないか。お代はキミ達の『絶望の想い』さ! ヒャハハハハ!」
狂気の嘲笑と共に発動させた「傀儡神威」。それは、魂なき身体を意のままに操る呪法。想い無き最凶の四獣王が、虚ろな昏き眼で愛弟子に襲い掛かる。
「ほらほらほらっ! 今のキミたちなら彼らを倒せるじゃないか。やっちゃいなよ! ヒャハハハハ!」
「ミチヒメ、待ちなさいっ!」
師匠たる陸亀の子の静止。
激昂したミチヒメは、彼女の声を振り切って一目散にジェスターへ跳び掛かる。
「記述通りに有難う。ご褒美だよ、玄武!」
操られし玄武の絶対防壁が、ミチヒメの蹴撃を痛烈に弾き返す。
「痛ぅっ!」
足を抱えて蹲るミチヒメへ、容赦ないジェスターの命令。
「白虎くん!」
声を受け、続けざまに襲い掛かる白虎の爪撃!
「あぁうっ!」
陰惨な笑みを浮かべ、ジェスターはとどめとばかりに糸を繰る。
「これで終幕だ朱雀、その生意気な『ゲンコツ娘』、燃やしちゃえ! ヒャハハハ!」
間断なく非情に放たれる紅蓮の鳳凰の天翔。
そこに駆け付ける金色の四尾。
「任せて欲しいわ! はぁっ!!」
巨大な岩塊の天蓋がミチヒメごと彼等を覆う。
「ありがとうキクリ姉!」
心底感謝するヤチホコ。
「妹達を護るのは姉の務め……だわ!」
そう言ってキクリは、ヤチホコに対し目配せして笑みを浮かべる。
「……紙縒り練り上げん大海の槍を持ちてすべてを貫かん……!」
「あれは!! みんな伏せてぇっ!!」
極限まで集束された水龍の槍が、岩壁を易々と穿ち砕き貫いてゆく。
間一髪助かった皆を眼にして、ミチヒメは安堵を露わにする。
その傍らに浮かぶ子龍から、彼女への助言。
「ミチヒメ、実に危うきなり。
彼奴は、我等が練り上げし至高の技まで繰りて遣う事叶うなり……!」
師匠たる青龍の言葉に、修行の刻の絶招技を思い出し、戦慄いて頷く。
「そのようね。みんな聞いて!
師匠達は武の化身。
そしてわたしに匹敵――いいえ、わたしを超え得るほどの氣力の持ち主。
真っ向勝負は危なすぎるわ……!」
一体どうすれば? その問いに対し応えるは……ほかならぬ四獣王達。
「我等自神の権能を以って、危うくも憐れなる我等の残滓を封じて進ぜよう」
青龍の言を解したヒメが即座に応える。
「『四大』の皆の、四氣王の氣力用いて彼等の『神威之器』を! して、ヤチホコ殿、彼等の魂をワラワと共に降ろし直霊いたしましょう」
四氣王と未だ繋がったままの四人が、全力の至高の氣力を自身の内に降ろし入れ、大地の玄武、大海の青龍、大焔の朱雀、大凬の白虎へと封入してゆく。
「今です、ヤチホコ殿!」
「器喪いし清らかなる魂よ、今此処に顕れ降りて現世に降臨し給え! 『神体顕現』!!」
「な、何よこの馬鹿げた氣力……!」
キクリが戦慄きながら黄金の四尾を震わす。
「ほ、本当ですの! これはあの鏡水顕導神さまをも超える程の……!」
その巨大さに、権能を提供したミヅチも驚愕する。
「……やりますわ。これならば彼の刻のわたくし達にさえ近しき猛りですわ」
イザナミと化したスセリも感嘆の声を上げる。
「本来は、あの『砂の海』の自然の盟主たる精霊王。
しかし、今は世界すべてを担う『四氣王』、そして各四大の氣力、更に氣力の極みたるミチヒメの根源氣力……。
それをワラワとカンナ殿とヤチホコ殿で詠い直霊し四獣王の方々……。
ジェスター! 『書き換え』叶うか否か、とくとご賞味あれ!」
今までに聴いた事がない、絶対の自負からの挑発を以ってヒメが応える。
ジェスターが操りし四獣王の魂なき器が、四獣王の直霊たる魂の顕現、真なる精霊王と化した四獣王達とぶつかり合う。
凄まじき波動に、天超飛翔神威之城ごと巨大地震の如く揺さぶられる。
真なる四獣王達が、己の虚ろなる器をそれぞれに弾き飛ばし追いかけてゆく。
西に吹き荒ぶ純白に輝く疾風――白虎。
南に舞い上がる紅蓮の火焔――朱雀。
東に押し寄せる紺碧の巨濤――青龍。
北へ押し上げてゆく盤石の岩塊――玄武。
彼等が向かったのは、元来、遥かなる永劫のいにしえ、根源神威が禁忌を犯し世界の理たる「四氣王」自体を動力源へと「呪縛書き換え」していた、玄室自体が最大の供犠の棺となっている、「四氣王の間」。
いま、それぞれの属性の霊廟にて、王達の「器」と「想い」がぶつかり合う。
善戦するも、曾ての四獣王の操られし虚ろなる器たちは、ヤチホコ達が掌を取りて、今在るすべてを練り上げた、強靭無比な「想いの氣力」の前に沈み逝こうとしている。
その光景を察知したミチヒメは、全員の前に顕れて、次撃をやめるように懇願しに行く。
「我が愛弟子よ……たとえ神威之色身体喪いしと言えども、我等の魂はそなたと共に在りしなり」
覚悟を籠めて静かに応える青龍。
「わかっている。今までも、ずっとそうだったから。
でも、でも何で師匠達が犠牲にならなきゃならないの!」
ミチヒメの健気さに、一瞬攻め手が止まるのを道化師は見逃さなかった。
「ヒヒッ! ヒャハハハ! 隙をみせたねぇ? 魔王くん!」
ジェスターの不快な叫びと共に、「昏き魔王」の姿が四カ所同時に顕れる。
「御意……我が四魂、死魂となりて至上の神威を書き降ろさん……」
それは、かつて「他化自在天」が身命を賭して顕した、六欲天最上の矜持と執念を、最大限に侮辱する行為であった。
「ヒヒッ! 『世界』は喪くならないからねぇ。
さぁ六道の世界構成力、彼等に存分に注がれてゆきたまえ! ヒャハハハハ!」
遥か上方世界、「他化自在天」より降り注ぐ、「輪廻世界最上」の神威。
そしてそれを昏き魔王自神に受け止めさせる。
「ヒヒッ! これで重なってもっと強くなっちゃえ! 『記述之付与』!!」
莫大な神威を内包した四柱の昏き魔王を、四獣王へと「上書き」憑依させてゆく……。
神威之色身体が「逢魔色身体」と翻り、劣勢だった四獣王の虚ろなる器たちから、爆発的に魔闘氣が噴き上がる。




