第28倭 廻る執念と想念、比武極まり直霊せん
其之壱 縛鎖の杜を突き進む十柱
巨大な城下が丸ごと浮かび上がったかの様な、途轍もなく広い縛鎖の杜。
ヤチホコ達はその中を、ヒメと彼の「眼」を光らせながら進んで征く。
ミチヒメは、隣を歩む統治之神威を、溢れんばかりの想いで愛おしく、頼もしく見つめる。
(……あの『旅』があったからこその今……きっと、そうよね……!)
他化自在天の真輝金の縛鎖によって、自身の想いを封じられた天超飛翔神威之城。
ヤチホコは縛鎖に記された『神速呪文』に戦慄を覚えながら見据え、歩んでいる。
「……確かに、わたしの神威之眼で観てみても、凄まじい執念を観じ……あぁ、ま、まさか……!」
ミチヒメが何かを思い出したように戦慄く。
「……この禍々しくも圧倒的な神威の縛鎖。
まさか、あの『刻』で、ラーマさまと共に封じたはずの……『我執之黒幕』の執念だというの……!?」
一蓮托生呪より流れくる強き想いの波動。
驚愕……無念……屈辱……そして……憐憫……。
ヤチホコは、静かに彼女の掌を包み込む。
「ミチヒメさん。あなたがかつて独りで背負い、英雄王さまと共に今の刻へと繋いでくれた想い……。
今度は、僕が『造物主』として、この城を、そして今なお遺る悲しい因果の怨嗟、そのすべてを直霊してみせます……!
――さぁ、みんな、いざ参りましょう!!」
(……あぁ……そう……そうだったわ……! あの刻、わたしの魂に刷り込まれてしまったのね……この崇高で鮮烈で甘美な『猛毒』への妄執……)
軽くよろめくミチヒメを、慌ててヤチホコが支える。
「……大丈夫です。今度は……僕が、僕達みんなが共に在ります!」
ヤチホコは、力強く真寧なる想いでミチヒメを見つめる。
「……ありがとう……!
無自覚な的外れの鮮烈な『毒』からでも、本当に嬉しいわ。
だって、あの刻のわたしと英雄王さまの歩みが、今此処に皆を集結させられたと想えるから……!
重ねて言うわ、ありがとうヤチホコくん」
言葉と共に差し出された掌が開き、彼の頭を優しく撫でる。
「え? ミ、ミチヒメさん……僕、そこまで子供ではないつもりですが……」
「いいのいいの。わたしが、わたしの為にしたかっただけ。気に……しないで、ね?」
蟠りを払拭したミチヒメが放つのは、太陽の様な眩しい笑顔。
その爽やかで力強い眩しさに、ヤチホコは思わず胸の高鳴りを観じる。
「え、と……元気になったみたいで良かったです、いえ、みんな、参りましょう」
突如、新緑の迸る大凬がヤチホコの虚空へと雪崩れ込む。
有無を言わさず覚醒させられた彼の虚空目掛け、神呪を徹して皆の想いが「沖つ波」の如く全解放して押し寄せる。
「……ゼンブ漏れてるよ、ヤチの想念」
スセリの甘やかな嫉妬混じりの皮肉。
「もう、本当ですの。
でも……ミチヒメお姉さま、本当に良かったですの!」
彼女の心の闇が晴れていく様を喜ぶ、ミヅチの純粋な祝福。
「フッ! この恐ろしき縛鎖の杜で、そのゆるい平常心。
流石はオレたちの王、そう言っておこう」
立ち込める重圧に牙を剥かんとしていたミケヒコの、ヤチホコの心の大きさへの信頼。
「まったくだな。
ただ、その禅定なる想い、それは我が境涯に通ずるものですらある……!」
相槌を打ちながらも、心の錬磨を見抜くタカヒコの感心。
「ご心配ありませんわ。いざと成れば私が身命を賭して皆をお護りいたしますわ。
案ずる事無く睦言に励まれて下さいまし……!」
剣之神威を掲げ、妖艶な笑みを湛えるミカツヒメの愛嬌。
「良かったと思うよ。ぼくも前に救ってもらった。
ミチヒメ、キミも救われるべきだと思っていたからね」
淡々と、しかし慮る様につたえるアビヒコの呟き。
「ミチヒメ……アンタ、流石だわ!
だからこその民衆での無理筋……素敵だと想うわ!」
流れくる想いを観じ、自神も病める過去を抱くからこそのキクリの尊敬。
「……すべての因果が紡がれて今に至りしと存じます。ワラワ達の艱難辛苦さえも……恐らくは。ですが、ワラワからも礼を言わせて頂きます。ミチヒメ、かたじけのうございます。貴女の英雄王殿との歩みなくして、『今』はあり得ませぬ……!」
今昔を観徹し、真寧に伝えるヒメの感謝。
「まさしくその通りですわ! あの刻、ミチヒメさん達と、『この姿』で旅する事は……残念ながら叶いませんでしたわ。造物主、誇って下さって宜しいですわ!」
最後尾より響き渡る、天翔神威之乙女(カンナ・カムイ=フミルィ)の絶賛。
「本当に私もそう思います。今この真輝銀に煌く姿……。そして条件揃いし刻は女神にも直霊叶い、あなたに触れる事も叶います……。我が愛すべき主、ヤチホコ様、誇って下さい、あなたの歩みを」
背負いしカンナからの甘やかな肯定。
「……実に興味深き縁ですわ。
さぁ『我が背』……想い決めし上、参りますわよ……!」
最後、スセリより立ち昇る深紅の気勢。
それは、根源神威之妹からの含みのある覚悟。
一瞬言葉を詰まらせるも、ヤチホコは真寧に応える。
「……ええ。そうですね『ナミ』……。
――観えて参りました、この気勢、きっとあの扉の奥に……!」
一瞬蒼白な面持ちになるも、己を鼓舞する様に、扉へカンナを翳す。
「……大丈夫、あなたならきっとすべて叶う……わたしはそう信じているわ!」
力強い笑みを湛え、ミチヒメは拳を握り締める。
その信頼が、再びヤチホコの胸中を抉り、想いを大きく揺さぶる。
即座に一蓮托生呪を解除し、前方の扉だけを見据える……。
其之弐 想いを以って 執いの法理 直霊せん
天超飛翔神威之城。そこは、かつていにしえに、「我執之黒幕」が己の執念を叩き込むように書き殴った処。
今、更に他化自在天が、「己の執念」を「書き込み改竄」し城塞化した最後の拠り処。
重厚な扉には、鍵など掛かっておらず、重々しく、鈍く低い音を響かせて扉は開かれる。
荘厳な装飾の施された空間で待ち受けるのは、六天統治王の役目を跳ね除け、肩で息をしながらも不敵な笑みを浮かべる「他化自在天」。
「……来たか、定められし『管理の記述』を詠い直霊す不届き者共。
だが……まずは礼を言おう。
我が最後の闘いを、貴様達、統治之神威ヤチホコ、そして『緋の神威に連なる徒』と叶いし事を」
「最後……? あなた、これで負けたら後がないという事……?」
疑問を抱きミチヒメが尋ねる。
「……六百遡りし刻、この世を救いし英雄よ。まさに。
だが……万物に等しく振る舞いし試練官なぞ、傀儡にも劣りしなり……!」
溢れ出る決死の執念。
その想いを観じ、ヤチホコが静かに歩み出る。
「……やはりあなたは……憎み切れません。
管理の記述に抗う姿、まさに僕達と一緒じゃないですか……!
それでも……『想い貫く為』に必要でしたら……
尋常に比武いたしたいと思います……!」
突如他化自在天は、らしからぬ高笑いを豪快に響かせる。
「ハーッハッハッハ! まさに。
貴様達と我、想いの征き先の違いだけで、その振る舞いはまるで鏡写しの如く似通いしなり。
その……滑稽さも……筆舌に尽くし難き……!」
吐き出す言葉と共に吹き荒れる極寒の吹雪。
瞬時に燃え上がる炎神之竜巻が、すべてを凍てつかせる猛吹雪を受け止める。
「――ぐっ! す、凄まじき重さの雪嵐……! だが……姿喪い消滅せよ!」
「大凬よ! 大焔に力吹き込みて猛らせて!」
劣勢のミケヒコの大焔に、スセリが必死に大凬を吹き込む。
「我が根源の氣力よ、大凬も大焔も大いに猛らせよ! 啊啊啊啊啊啊っ!! 受け取ってヤチホコくん!!」
ミチヒメから莫大な氣力が注ぎ込まれる。
ヤチホコは、彼女から受け取った氣力の奔流を、ミケヒコとスセリの二人へ流し込む。
極限まで猛りし大凬と大焔が、襲い掛かる猛吹雪を押し返し相殺する。
大きく息を吐き、目を合わせ微笑む四人。
ヤチホコは、他化自在天を見据えカンナに尋ねる。
「あれは……カンナさんの『法理』と同様の……!」
頷く様に背中の剣が煌く。
「その通りです、我が愛すべき主。
まさに『法理』……想念の儘、即座に事象を齎す神速呪文です。
それも……私並の」
六天を超える、遥か上位の境涯……。
それは、「法理の女神」に届く程の神速呪文。
己の力量を遥かに超越する権能に蝕まれた、先の財宝之神威。
彼と同様、一つ技を放つたびに、他化自在天の身体は、蒸気の様に噴き上がり滅していく。
「いくらあなたでも、この境涯の技を行使し続ければ……『輪を廻る』かもしれません……!」
現状を理解したヤチホコが、他化自在天を心配する。
「……巫山戯るのも大概にするが良い。どこまで我を愚弄するつもりか!」
激昂する執念に合わせ、他化自在天から漆黒の火災旋風が巻き起こる。
「あれは! ヤチホコ殿! 避けて下さいませ!」
ヒメの決死の叫びでヤチホコ達は辛うじて躱す。
振り返ると……驚くべき事に、超硬度を誇る真輝金の壁面が、跡形もなく融解している。
「あ、危なかったです……! ありがとうヒメさん!」
「避けるのは中々達者であるな……。では……これならば避けられまい!」
迸る雷光が長大な鉾を形成してゆく。
「我が『天神反鉾』の一撃、見事受けてみよ!」
「これはまさか、改竄されし『天魔反戈』! くっ!」
「我が主! 打ち合ってはなりません!」
反射的にカンナで受け止めると、自身の剣閃までもが翻り、掌を取り合う様に襲い掛かってくる。
瞬間的に身をよじるも、躱し切れず痛烈な一撃がヤチホコの右腕を強襲する!
鋭い衝突音が鳴り響く。
観るとヤチホコは、辛うじて己の覚悟の証、桎梏之腕枷鎖で受け止めていた。
腕枷鎖は激しい衝撃に軋み、撓み、余りの痛みに一瞬感覚が喪失するも、懸命に赤銅色に輝きを放って抗っていた。
「あ、危なかったです……! 生身なら確実に斬り落とされていました!」
「猪口才な。貴様の想いと覚悟……真っ向からへし折ってくれようぞ! おぉっ!」
右に左に天神反鉾を振り回し、ヤチホコに襲い掛かる。
「――わたしが行くわ! スザク!」
紅の翼を湛え飛び出そうとするミチヒメを、ヤチホコは静かに制す。
「ここは……武の技は未熟なれど、僕が……彼の持ち得る総てと、尋常に比武いたします……!」
いくら統治之神威の権能を纏えど、相手は羅刹王をも超える輪廻世界最強の存在。
ミチヒメは、かつての自分と照らし合わせ、感慨深そうに込み上げてくる想いをヤチホコへ伝える。
「そう……そこもなの、ね……!
いいわ。わたしと英雄王さまの歩み、そのすべてを乗り超えて翔け抜けて……!
そして、完膚なきまでにあなたの『毒』に酔わさせて!」
想いの丈、そして自身のすべてを籠めて、ミチヒメはヤチホコを抱きしめ、静かに離れていく。
「ボクも(わたくしも)、信じているよ(信じておりますわ)、ヤチ(我が背)が想いを徹しきることを!」
新緑の翼をはためかせ、ミチヒメと反対側から彼の腕を抱きしめ、祈りを籠める。
祈りと共に自然に注ぎ込まれてゆく大凬の息吹……。
図らずもそれは、彼の持つ虚空を完璧に目覚めさせた。
無限と思える程に、湧き上がり猛り吹き荒れるヤチホコの虚空。
先程ミチヒメの抱擁で付与された根源の氣力、そしてスセリの大凬を爆発的に増幅させてゆく。
それは、果し合いを望んだはずの他化自在天に、戦慄と驚愕を与えるに十分な、天界を揺るがす絶対の波動。
「流石は真なる統治之神威、ヤチホコ殿でございます!
ワラワは絶対の信頼を以って比武の行末を、この『眼』で刮目させて頂きたく存じます……!」
全幅の信頼を寄せる、まさに信仰の対象として、ヒメはヤチホコの前に跪く。
そして真寧なる祈りを捧げる。
ヒメの祈祷で彼女の「真理眼」が、ヤチホコの「紅玉の神瞳」と重なり直霊す。
「……ワラワ達が掌を取り、想い重ね合わせしこの『眼』……。
まさに三千世界の総てを見極める事叶いましょう!」
なんとヒメが、満面の笑みを浮かべて拳を突き上げる。
そして確信の表情を湛え静かに後方へと退く。
遺る十柱も絶対の信頼の想いを表に浮かべ、行く末を見つめている。
「……凄まじき……そして忌々しき!
ならば我も……己がすべて賭して高めんと此処に『強く欲す』!!」
先の財宝之神威の刻同様……いや、それすら凌駕する、六欲天総ての神威が集束してゆく……!
「我こそは……六欲天最上、他化自在天なり!!」
噴き上がり蒸発して霧散する気勢が、漆黒の火焔と成りて猛り狂い燃え上がる。
「――これでこの比武の間ならば貴様と同等! 征くぞ!」
他化自在天の咆哮。
それは彼の決死の覚悟の顕れ。
ヤチホコは一瞬黙祷し、究極の瞳を開眼させる。
「――参ります! いざ尋常に勝負!!」
己のすべてを賭して、他化自在天は雄叫びと共に天神反鉾を最上段から振り下ろす。
なんとヤチホコは真正面から迎え撃ち受け止める。
「痴れ者が! 先の一合で解しておるであろう! 剣撃よ、逆巻くが良い!!」
ヤチホコの放った神威之剣閃がまともに跳ね返される!
「いやぁっ! ヤチィィィッ!!」
深々とヤチホコの身体を貫く衝撃波……。
「まだでございます! スセリ殿、刮目されよ!」
ヒメの確信の咆哮に、スセリは恐怖を抑えつけて眼を見開く。
すると……なんと衝撃波が、彼の胸中に渦巻く虚空に「喰われて」ゆく!
「あ、在り得ぬ……! 我の絶招技を、『喰らう』、だ、と……!」
あまりの想定外の事象に、思わず呆然自失となる他化自在天。
彼の技を完全に吸収しつくすや否や、ヤチホコは、猛らせし虚空で爆発的に氣力を増大させてゆく。
「――お返しします! 目覚めよ、虚空ーッ!!」
巨大な神剣の幻影が、凄まじい勢いで振り下ろされる。
それは、まさに「統治之神威」からの天罰……!
完全覚醒した「天尾改斬神威之儀刀」による断罪の刃。
非情の剣撃が、羊皮紙の如く、城ごと他化自在天を斬り裂いてゆく。
「罷らぬ!! 傷よ癒えよ!!」
絶唱と共に、瞬時に分断された他化自在天の身体が、溶け合う様に癒合して癒し直霊されてゆく。
其之参 六道輪廻 改斬せん
彼の其の執念に、ヤチホコは思わず笑みを浮かべる。
それは、決して闘いへの歓喜ではない。
自分同様の、泥臭くも直向きな、「想いの強さ」への尊敬。
「次はこちらから参ります……四氣王よ!」
ヤチホコは、絶唱と共にカンナを天へ翳す。
山吹……紺碧……紅蓮……新緑……そして透明。
「ま、まさか!? ヤチホコくんあれを放つと言うの!」
ミチヒメが驚嘆して叫ぶ。
「……あなたが輪を廻る前に……これで権能を封じます……!」
それは、五色に輝く気力の奔流。
全ての存在を封ずる鎮呪乃神呪……。
「――断じてさせぬ!!」
他化自在天の眼が凍てつく蒼眼に輝く。
「ぅあぁっ! ヤ、ヤ……チ……」
「スセリちゃん!!」
齎された極寒の嵐に巻き込まれ、スセリは瞬時に氷像と化し、縛氷の棺に納められてしまう。
「卑怯者! 尋常の比武においてこんな事……!
あなた、『武への誇り』は無いの!?」
響き渡るミチヒメの絶叫。
「先走るでない。
その者は……暫し刻を置けば正気に還りしなり。
已む無き……まだ封じられる訳には征かぬ故……!」
観ると、他化自在天はすでに肩で息をしている。
そして、身体の何割かは既に天へ還ってしまっている……。
「統治之神威……否さ、ヤチホコ……そして竜輝よ!
次が終の一撃と成ろう……。尋常に受けし事……叶うか?」
その言葉に、ヤチホコはスセリの総てを透徹して見抜く。
「……ええ。あなたの言う通り、スセリちゃんは……暫し刻を置けば癒えるようです。
其処迄想い賭けるのであれば……。
他化自在天さま……。
僕は……あなたのその想い、その総てを受け止めきってみせます!」
ヤチホコの真寧なる言葉。
耳にした他化自在天は、不敵に力強く笑みを浮かべる。
そして、静かに抱拳の礼を行う。
「……ごめんなさい……わたしが浅はかだったわ。
あなた、遺されたわずかな刻、そのすべてを賭けて『尋常な比武』をするつもりだったのね……。
流石は『真の魔王』……刮目させてもらうわ」
ミチヒメは一歩前に出る。
そして、彼に対し抱拳の礼を丁重に行い、後ろへ下がる。
「ミチヒメお姉さま、ヒメさま、ミヅチに力を貸して欲しいですの……!」
ミヅチの純粋な願いを聞き入れ、二人は彼女へ氣力と霊力を注ぎ込む。
「お願いですの、ミヅチに眠る大海……!
限界まで高まって、素晴らしき闘士達に悔いのない比武を齎し給え……!
究極之付与快癒呪!!」
紺碧に輝く法雨が降り注ぐ。
ミヅチの純粋な祈りが、比武せん二柱に究極の快癒を齎す。
限界を超えた祈祷。
力無く崩れ落ちるミヅチを、誰よりも迅く抱き留める巨躯。
「……龍の巫女よ、礼を言っておこう……。有難きなり……!
――これで言い訳も悔いも遺さぬ! 参るぞ、竜輝!!」
他化自在天は、かつて「駄龍」と吐き捨てた彼女を、迅雷と化して抱き留める。
そして、静かに座らせた彼女へ、跪いて丁重に、深々と長揖を行う。
そう、もはや彼に刻は遺されていなかった……。
統治之神威を超えんと、執念で貫き徹した無理筋。
その為に、彼は最早最後の一撃を放つ力すら遺されていなかった。
彼のミヅチへの丁重な長揖……。
それは、屍と成り果てん己を、再び比武の場へと導き直霊してくれた事への、最大の感謝の顕れであった。
「……ありがとうミヅチちゃん! 僕は……最後まで戦い抜いてみせます!」
ヤチホコは、引き締まった表情に、一瞬だけ笑みを湛えミヅチを見つめる。
そしてカンナを構え、偉大なる魔王へと向き直霊する。
「六道輪廻世界の覇者の名に賭けて、我が最大最強の奥義を以って終焉りとせん!
――迷いあらば永劫に惑わん!
……地……畜……餓……修……人……天!
征くぞ……! 『六道ノ輪廻』!!」
六道世界が渦巻き、世界を構成するすべてが重圧と成りてヤチホコへ襲い掛かる。
目まぐるしく変貌する視界、激しい眩暈、身体ごと別の時空へと飛ばされる感覚……。
観るとヤチホコの身体が透き通り明滅し始める。
「――あれは! 輪を廻るぞ! ヤチホコ、しかと想い保て!!」
タカヒコが観じ取り驚愕して叫ぶ。
夥しい感覚の奔流の中、天地も解らぬままヤチホコは無我夢中で頷く。
そして片膝をついて想いを集束させてゆく……。
(あの刻……カンナさんが目覚めたあの刻の……! 今!!)
音も無く放たれる一閃。
それは、縛鎖の杜の記述の怨嗟、そのすべてを詠い直霊してゆく。
「――天尾改斬神威之儀刀……!!」
最後に観えたのは……満足気な笑みを浮かべ、拳を握り締めた魔王の姿……。
カンナの放った朱金之光に包まれて、煌きの中直霊されてゆく……。
縛氷の棺に封じ込められていた新緑の四氣王、スセリ。
棺が自然に破砕されて煌めく氷片と化す中、静かに彼女は目を覚ます。
一同その無事に安堵を顕す。
最後、直霊されゆく魔王を一行が見つめる中、ヤチホコにだけ聴こえてきた彼の想い。
「『主の記述』による管理と、『齎されし終焉』を、造られし存在の想念が……跳ね除けるとは!
見事、そう言っておこう……統治之神威、いやさ竜輝!
だが……その、まま、で、は……」
それは、総てを出し尽くした他化自在天の遺言。
最後、聴き取りきれなかったが、彼は満足して逝ったのであろう。
その想いは遥か四大王天まで届いてゆく……。
「む、いかがされたか我が朋友よ?
おぉ! あれは……まさにいにしえの真なる姿……!」
突如遥かなる天に浮かぶ城を見遣る兜跋毘沙門天に対し、持国天が漏らす親友としての心配。
「……それもであるが……。
我が朋友よ……どうやら、我等が『お館様』……。
『魔王の矜持』……貫き徹して逝った様である……!」
兜跋毘沙門天の胸中、僅かに遺る繋がりし刻の残滓。
それが想いの糸のように紡がれて彼の元へ想いを伝えた。
「そうである、か……!
尋常なる比武の果てならば……本懐であろう……。
さぁ、我等も新たなる統治之神威の歩み、真寧なる祈祷を捧げ待たんとしよう!」
持国天の声により、四大王すべての神呪が注がれ、城が仄かに輝きはじめる。
(……この想いを籠めた神呪を……餞に……後生善処……!)
四大王と乙女達は、ヤチホコ達が決死の想いで歩んでいる城を見つめ祈り続けていた。
一蓮托生呪を徹し、流れ込んでくる四大王達の想いを受け、微かに輝き始めた城の中。
遺されたのは、漆黒の炎纏いし魂玉……。
ヤチホコ達の見つめる中、炎が別れ、魂玉より「他化自在天」が浮かび上がる。
「……聴こえましたか……?
他化自在天さま……あなたは、素晴らしい『魔王』でした……。
どうか……暫し休まれた後、更なる流転の先へと、『六天の輪』を廻られて下さい……後生善処……!」
ヤチホコは真寧に祈りを籠める。
空へ昇りゆく中、恐らくは意識がないであろう「彼」が、静かに微笑み、拳を突き上げ、抱拳の礼をした様に観えた……。
其之肆 遺りし魂玉 綴り直霊されん
遺された漆黒の魂玉。
それは、「他化自在天」の権能の根源、「主なる神」より授かりし権能。
荒々しくも秩序を正し、世界を管理、支配する「荒魂」。
「ヒヒッ! 『お館様』……いいや、『アイツ』、偉そうにしていて結局負けちゃったみたいだねぇ!
まぁ良いさ。
この権能も……僕がもっともっと『有用』に綴り直霊してあげるよ!
ほうら! ヒャハハハハ!」
他化自在天が敗れ、「魂玉」が彼から離れるのを、ジェスターは手ぐすね引いて待ち構えていた。
ジェスターは、遺された荒魂に、かつてないほどの「魔闘氣」を注ぎ込む。
浮かび上がりし漆黒の幻影。
「ヒヒッ! コイツをこうして……こうだ!」
得意の「人形繰り」で操る。
それは、自由意思など微塵もない、純然たる支配と管理の顕現「昏き魔王」。
「もっと面白くなるように『綴り直霊』してあげるよ。そおらそら、ヒャハハハハ!」
ジェスターはさらに徹底的に「記述」を書き込んで「綴り直霊」してゆく。
顕れた「昏き魔王」。
それは、互いの想いのすべてを曝け出し、全力でぶつかり合った「他化自在天」とは、似ても似つかぬ機械的で冷淡な姿であった。
「さぁ『魔王』くん、彼等に最高の花道を顕してくれたまえ!」
ジェスターが、真輝金の怪しく煌く糸を繰ると、「昏き魔王」は頷いて城壁に拳を撃ち付ける。
「――強い! あんなでたらめな突きでなんて威力……!」
腕を振り回しながらの、武の欠片もない力任せの一撃。
だがその拳は、武を極めんとしているミチヒメを驚嘆させるものであった。
ジェスターは、巫山戯てお道化ているが、魔王の一撃は紛れもない本物。
已む無く一行は、用心しながら動向を伺う。
「さぁこっちだよ。おいでおいで! 最高の見世物小屋だよ! ヒャハハハハ!」
ヤチホコは、ジェスターの誘いに対し、らしからぬ躊躇と戸惑い、そしてあろうことか恐怖を露にする。
「ジェスター! あなたはいつも! 仮にも主君に対して……あなたも彼等の比武、観ていたでしょ!」
拳を握り締め憤るミチヒメに対し、至上の歓喜を露わにジェスターは高笑いする。
「ヒャハハハハ! とっても『ゲンコツ娘』らしいねぇ! まぁ黙ってついてくるとイイさ。とっても面白い見世物を披露してあげるからねぇ!」
今にも跳び掛かろうとする彼女を、ヤチホコは縋る様に捕まえて制す。
「ヤチホコくん!? どうしたの? アイツは……。
『あなたと真剣に比武した』、他化自在天……さまの事も、嘲笑って踏み躙っているのよ?」
額より流れ落ちる冷たい汗。
そう……彼女も、彼女達も曝け出した……。ならば自分だって……!
(どうであろうと……『事実』は変わりませんし覆りません……!)
生唾を呑み込み、意を決し皆に振り向く。
「……ごめんなさい、みんな、行きましょう……!」
撃ち抜かれ直霊された隧道を抜けた先……。
「い、いやぁぁぁっ!! な、なんですのーっ!」
理屈抜きの凄惨さを観じ、両の掌で青ざめた顔を覆い飛び出すミヅチの悲鳴。
「な、なんてことを……これってもしかしてみんな……!」
呆然と立ち尽くすスセリからの絶望。
「さぁさぁ、『管理の記述』を詠い直霊す不届き者の皆さん、ご覧あれ!
これこそは、そこの英雄気取りの統治之神威さんが、『根源神威』の頃に仕出かした最っ高の『原罪』だよっ!
この非道なる所業は一見の価値ありだよ!
とっくとご覧あれぇ! ヒャハハハハ!」
湧き上がる狂おしい歓喜を噴き出すように、響き渡るジェスターの囃子。
眼前より否応なしに視線を引き寄せる、根源神威の犯した罪……。
それは、夥しい数の、「城」の動力源にされている神威達。
『供犠の棺』に納められ、永久的に氣力を搾り取られている。
その最たる動力源とされているのが……四方に安置されている、ミチヒメの師匠達……。
四獣王の真なる姿である、彼等の神威之色身体であった……。
平坦な声が響く。それは、昏き魔王からの冷徹で無情な通達。
「英雄気取りの根源神威、最終確認を。
あなたの所業によって、この『城』が動き、我等が『主なる神』の傷を癒さんとしている真実を……」
「なんだと? この城の力の源が……この供犠の棺……だと!
そしてオマエ等の『主なる神』って奴を……『治す手助け』をしているというのかっ!!」
ミケヒコの魔王に対する激昂。
スセリは、あり得ない光景を眼にして、言葉に出来ない想いを露わにする。
彼女の口から漏れ出すのは、もう一柱の内なる囁き。
「……ヤチ……。いいえ、『我が背』……。
これが、あなたが根源神威として、血の涙を流しながらも、『主なる神』に操られた『わたくし』を救う為に犯した、愛ゆえの罪……ですわね」
スセリの内なるイザナミは、深く反芻する様に、確認する様に、息を呑んでその惨状を見据えながら問う。
「……はい。『ナミ』。
……『あの刻』、あなたの待つ次元……。
他化自在天が、『主なる神』と呼ぶ存在、そして『創造主』の住まう世界へ辿り着き、その喉元へ詰め寄る為に……。
この、禁忌の権能を以って『絶対なる天』へと翔け昇りました……」
ヤチホコは、根源神威としての想いを吐露する。
一行に戦慄が疾る。
信じ、慕い、付き従って共に歩んできたヤチホコ……。
新たな希望を詠う統治之神威……。
その根源にある、筆舌に尽くし難き非道な所業を前に、緋の神威に連なる徒達は、彼へ抱いてきた想いが大きく揺らぎ、崩れ去ろうとしていた……。




