外伝 「時空を超えし幻の軍勢 前夜」
今より二つ遡りし刻、ミチヒメの治める『下伽耶』は、六百遡りし刻の、時空を超えた世界に居を構える、『羅刹王』率いる『幻の軍勢』の襲撃を受ける。
立ち向かおうとするも、羅刹王の「禍々しき想念」に当てられて、すべての民衆が正気を喪う。
そこに蛇頭の魔人と化したオロチ族が、翻り直霊する。
彼等は、「昏き闇」と化して噴き出るミチヒメの氣力にむしゃぶりつく。
すべての民が「禍々しき想念」に囚われてしまった中、彼女に霊力を与えてくれる人など誰もいない……。
為す術もないまま蹂躙され、目を閉じる事さえも許されぬまま捕らわれる。
己の眼前で闇に堕ち、最後の供犠とされる義母妃と義父王。
彼女の眼に焼き付くは、すべての民が霧散して輪を廻る姿。
響く道化師の狂笑。
降りかかる絶望の城の一撃。
憐れ下伽耶は「記述」から消し去られる。
何の因果か、ただ独り、ミチヒメだけが遺される。
呆然自失の深淵の、彼女の耳に遺る残響。
彼女は、縋る様に、憑りつかれた様に、独り彷徨う。
頭の内に微かに遺る、忌まわしき言の葉を、繰り返し想い浮かべる。
『この絶望の深淵にて、なお貴様に敵を討つ想念遺りしならば、西の果てに聳える聖塔へ参るが良い!』
いつまでたっても止まらない、頬を伝う滴。
ふらつきながらも一向に構わず、夢遊病者の様に突き動かされる。
言われたままに『絹の道』を、西へ西へと彷徨い歩く。
道すがら、聴こえてきたのは民達の噂話。
先の襲撃で、兄『タカヒコ』が治める『神託啓示の国』すらも、圧倒されて半壊の憂き目だと言う。
(……おじさまの処は、大した事無かったって聞いたわ。一番酷いのは――)
昏く淀んだ闇に、心も身体も塗り潰されそうになる。
「ダメ……。今はまだ……『輪を廻る』事なんて――出来ない!」
恨み、怒り、無力感、そして絶望……。
それら負の執念を、覆さんと、微かに魂の奥底で燻る想いが、総てを喪った彼女を突き動かす。
「イイ想念だぜ! オマエ、見込みあるぜ!」
突如、どこからともなく聴こえてきた激励。
「然り。観ずるに……かなりの憂き目に遭いしなり」
慮る重厚な囁き。
「――誰?」
辺りを見渡すが、今のミチヒメの視界には何も映らない。
「わたくしめ達は、ほら、貴女のおそばにいますわ」
突如、山桜の実の様に深紅の小鳥が、囀りながら透けた姿で顕れる。
「ワタクシは足元です」
観ると小さな透き通る陸亀の子が、足元より静かに囁いていた。
「あ、あなたたち、何者なのよ?」
角を生やした子蛇……いや、子龍が応える。
「我等はこの地、西域の自然の盟主、「四獣王」なり。
故あって『神威之色身体』奪われ、斯様な姿になっている。
今まさに、其方の氣力を以って、矮小なれど姿顕す事叶いしなり……!
其方、この砂の海、乙女独りで何処へ行かんと言うのであろうか?」
どうやら独り旅を心配している様である。
「……恨みを晴らしに。皆の復讐に!」
両目より溢れる大量の熱い涙。
怒りを露わにミチヒメは応える。
「そうですわよね。
あんな酷い目に遭えば、どなたでも危うい『執念』をも抱いてしまうわよね……」
小鳥はミチヒメの肩にとまり、羽で頬を撫でて、寄り添いくっついた。
「え? あ、触れられないけど……さっきから観える……?
わたし霊力ないのに……な、なんで?
あ! もしかして自然の盟主……だから、なのね。
わたしたち『遣い手』と、想念も氣力も交わせる。
……そうなのね?」
「正解です。特にあなたと我々は、同一の目的故猶更です」
陸亀の子は穏やかに、冷静に述べる。
「……で、オレ様たちとオマエが、復讐を果たす為には」
「其方の類稀なる氣力と……」
「わたくしめ達の神威の霊力」
「互いに掌を取り合う事が、問題の早期解決につながります」
「霊力! あなた達霊力遣えるの?」
「フフ、観せてやろう!
ただし、今のオマエでは、俺たちの全力なんて到底無理だから少しだけな!
行くぜ!
付与霊呪!」
白い子猫から容姿と裏腹に、強大な霊力が注ぎ込まれる!
「――ぅあっ!
こ、これは……凄い!
こんなに氣力が溢れ出たのはじめてよ!」
今までになく湧き上がる、力強き大量の氣力に、戸惑いながらもミチヒメの目に精気が戻る。
「わ、わたしにチカラ……貸して、貸して下さい!」
四匹は同時に頷く。
「忌憚なく述べれば、我々もあなたの氣力が不可欠なのです」
陸亀の子は、真剣な眼差しでミチヒメを見つめる。
「行きましょう、一緒に!
ところであなた達お名前は? わたしは……」
「ミチヒメだろ?
オレ様たちは……オマエの事なら何でもわかるぜ!
風の白虎さまと呼べ! っうわぁ!」
子猫、いや白虎は、高圧的に述べたが、軽々とミチヒメに抱き上げられてしまった。
目覚めさせられたミチヒメの膨大な氣力が、霊体だった彼等に、小さいながらも実の身体を齎した。
「はい! ビャッコよろしくね!」
「わたくしめは火の朱雀でございますわ、よろしくねミチヒメちゃん」
小鳥が目くばせをしてそう応える。
「我は青龍である。水の盟主なり」
子龍はやや尊大だが、丁重に挨拶する。
「最後のワタクシ玄武は地の盟主です」
「ビャッコ、スザク、セイリュウ、ゲンブ……みんなよろしくね!」
太陽の様な満面の笑みを浮かべ、ミチヒメは四匹まとめて抱えた。
こうして利害の一致した一人と四匹は、更に砂の海を西へと旅してゆく。
道すがら聞いた話では、六百遡りし刻より、四獣王である彼等が不在となった為、この「西域」は砂の海と化したらしい。
ミチヒメは、苛酷な砂の海を、武を極めし四獣王達の扱きを受けつつ進んでいく。
途中『王子に授乳せし大地』にて、彼等が宿り、身体となる生命之法具を鍛冶師に造ってもらう。
その後も、幾つかの『湧水と緑の地』に休息も兼ねて立ち寄る。
そしてひたすらに、理想之浄土の首都、『神智都』にある、伝承に聞く、『天地を貫きし叡智の聖塔』を目指す。
修行の旅の果て、辿り着いた塔の入り口。
そこに立つのは見目麗しくも精悍な青年。
「待っていたぞ。余は英雄王なり。
彼奴等の元へ共に参ろう、希望の聖乙女、ミチヒメよ!」
良く焼けた褐色の肌、同色のうねる髪に紺碧の瞳を湛え、ラーマは力強い笑みを浮かべ掌を差し出す。
「……はい、ラーマさま。わたしも共に……みんなの仇を……!」
ミチヒメは音を立てて拳を握り締め、彼の掌を取る。
「うむ! では、早速だが……」
ラーマが言うには、『五大』すべての氣力を、門に刻まれし五つの紋章に奉納しなければ、この『封印されし伝説の扉』は開かないらしい。
「四大すべてを同時に……。やる、やってみせるわ!」
ミチヒメは意を決し、四獣王から同時に霊力を貰い、『四大』すべてを放つ。
ふらつくミチヒメが眼にしたのは、四獣王から氣力の起動の鍵となる霊力を受け、ただの民と思しきラーマが、なんと『空』の氣力を放出する処であった。
そして燦然と腕に輝く、今昔二軸の刻の、金剛法輪によって無理筋を徹す。
集束した五大を、極限まで錬り上げてゆく。
「ミチヒメよ! 余へ向かい更なる追い風を!」
「はぁ、はぁ……わ、わかったわ! 啊啊啊啊啊啊っ! 吹き荒べ、ビャッコッ!!」
産み出された猛り狂う暴風を、ラーマは自身の胸中に受け止める。
「はぁぁぁああっ! 目っ覚っめっよっ! 虚・空ーッ!!」
ラーマは、全身の毛細血管が破裂するも一切構わず無理筋を貫き徹す。
「ラ、ラーマさまっ!」
「構わん! そなたを連れてゆかねば決して彼奴等の野望、止める事叶わぬ!
ここに、今昔二軸の刻を掌りし我のすべてを賭けん!
扉よ、我等が前に道を拓け!!」
限界を超えたラーマの絶唱。
全身に真輝銀の輝きを纏い、扉へ向かい眩い氣力を迸らせる。
刹那の刻だけ叶いし、「神謡者」の権能……。
神謡者の『五大』を奉じられ、遥かな刻、封を解かれる事無く外界を、すべてを拒み立ち尽くしていた聖塔の扉が、大地を震わす程の音を立て始めた。
石造りで厳かな装飾を施された巨大な扉が、ミチヒメ達を認め、開かれる。
内部に入り歩を進めると、奥に顕る二人を待つ存在……。
それは、聖塔の管理を担う塔主、梵天王之代行者。
不可思議な宙に浮く、様々な絵が映し出された筒に囲まれる異形。
観ると手元には何やら細かな突起物が数多く立ち並んでいる。
真輝金に輝く面妖な椅子に座り、ミチヒメ達を歓迎する様に、彼の掌から瑞光が放たれる。
すると、観る間に二人の身体が癒し直霊されてゆく。
驚く二人に対し、塔主は満足気な笑みを湛える。
「ラーマよ、よくぞ再び扉を開きしなり。
そして歓迎しようミチヒメ。
そなたは、今を生きる緋徒の中、はじめてこの『塔』へ入れし存在なり」
話によればこの塔主こそが、真なる代行者、「梵天王之代行者」。
遥かな過去に一度だけ、自分でも気づかぬうちに、この『塔』、そして塔と対となり、天を超え征く究極の船である、『天超飛翔神威之城』の制御を担うこの『椅子』が奪われてしまったらしい。
故にこの時空では、未だ『羅刹王』達が「城」所有すると言う。
ミチヒメは、自国の復讐を果たす為、そして塔主たる彼に頼まれ、四獣王と共に、民衆、『ラーマ』が無理筋徹し発動させた『神威之力』で、刻の彼方へと跳んで行く。
「しからばミチヒメよ、余と共にいざ参ろう! 征くぞ雷鳥!
神威之力! 『流転反魂』!!」
流転の先に開闢かれし世界にて、ラーマとミチヒメは掌を取り合い、旅を続けてゆく。
最終地、『魔の島』。
難多き激しい旅の末、『羅刹王』住まうこの島へと辿り着く。
ラーマの知謀の元、彼を尋常なる比武のへ誘い、ミチヒメは旅の中完成させた『技』で打ち倒し、改心させる。
「城」を支配する黒幕に相対する英雄王。
絶望的な格差を前に、ラーマは意を決する。
奪還叶った清廉王女の大凬を受け、民衆の身で、総ての存在に内在する「無限乃希望」を、無理筋徹し完全覚醒させる。
「はぁぁぁああっ!! 目っ覚っめっよっ! 虚・空ーッ!!」
そこにミチヒメが、無理筋の付与を強行し、あらん限りの「根源の気力」を放つ。
「――ッ! ヌ、霊力が全く足りない……! く、くそっ!!」
ラーマは、跪いて無念を露わに地面を両掌で打ち据える。
「騒ぎ立てるはあなたでございますわね? 矮小なる羽虫。
霊力ならば……いくら差し上げても宜しいですわ。ただし……」
虚空より頭の内に響く「神威の啓示」。
足りない霊力を補わんとする存在。
それは、輪を廻り流転の幕間を漂う、真紅の女神……。
「『彼奴等の呪い』にて、相応の『布施』を支払う事となりますわ……。
それでも、その身にて受け止める覚悟、お持ちでございましょうか?
矮小なる羽虫よ」
神々しく真紅に輝く女神を前に、英雄王は不敵に笑みを浮かべる。
「……言ってくれる!
あぁ、確かに『真紅の女神』から観れば、余などまさに羽虫も同然。
だが、だからこそ、この刹那に、身命を賭して全てを燃やし尽くさん!!」
その覚悟を前に、彼女は厳かに冷徹に微笑む。
「よろしいでしょう。
見事その小さき羽を大鷲の翼へと、『産まれ直霊』してみせるがよろしいですわ!」
女神が唱えし神呪より放たれる、まさに極みと言うべき、眼前の仇敵すら凌ぐ莫大なる霊力の奔流。
裂帛の気合を籠めて響き渡る英雄王の咆哮。
「我が虚空よ! ここに、根源の氣力と霊力の掌を取り合いし姿、この身に顕せ!
余の想念にて、無理筋よ、徹し直霊せよ!! はぁぁぁああっ!!」
究極まで練り上げられて極まった四大の氣力。
そして清廉王女によって、極限まで高まった自身の虚空。
齎したのは……因果の導きか、真紅の女神が放つ、究極の霊力……。
観る間に、ラーマの髪が真輝銀に煌いて光を放つ!
見据える瞳に宿る、自然に輝く紅玉の神瞳の陽光。
「あら……本に産まれ直霊仕切りましたわ。
見事、そう言っておきますわ。
儚くも凄絶なる、『神威之垂迹』よ」
「ラ、ラーマ……さ、ま……? 輝く白銀……。紅い瞳……きれ、い……」
想いの総てを籠めて、無理筋徹したミチヒメ。
彼女は、顕現した彼の、清廉かつ甘美な「毒」に酔い痴れ、見惚れ、そこで力尽きて静かに崩れ落ちる。
「……ありがとうミチヒメ……!
観ていて……いや、聴いてくれ、余の魂の咆哮を!!」
想い重なり産まれ直霊した、神威之垂迹が叫ぶ。
それは、五色に輝く気力の奔流。
全ての存在を封ずる「鎮呪乃神呪」……。
放たれる圧倒的な神威。
神聖なる氣力の奔流に、城を支配していた黒幕の権能が、封じ直霊されてゆく。
「……成し遂げ……たり!
清廉王女!
そして、ミチヒ……。」
英雄王の見つめる先。
映るは、すべてを遣い果たし眠りにつく聖乙女。
「ありがとう……。我が……愛すべきもう一人の……。
魂の妹よ……」
完全に力を使い果たし失神しているミチヒメの頬に、ラーマは、慈しみ以上の愛を籠め、優しく唇を押し当てる。
「……そなたのおかげで、余は最愛の『清廉王女』、そして『コーサラ国』とその美しき都『アヨーディヤー』を取り戻せた!
本当は……想いを言の葉として……伝えられる、まで……。
『キミ』が、目覚める、まで……待ちたい……。
だが……余は最早、限界……。
此の機を逃すと……元の『刻』へ還る事叶わぬ……。
輪を廻ろうとも……忘れない……。
余の『魂の妹』よ……。
――『そなた』のこれからの生に幸あらん事を……! 獣王達よ……!」
その声に、名残惜しそうな面持ちを一瞬だけ観せるも、四獣王達は想いを滴として流し、霊力を放出する。
「ありがとう……征くが良い……。
雷鳥……!
……神威……之力……。
『流転反魂』……!
また、いつか……流転の果てに……」
波打ち渦巻く時空の狭間、朦朧とした中、微かに耳元から胸中へと響き翔け抜けて逝く囁き。
それは、過酷な旅を共にしたもう一人の『兄』の声。
(いやぁっ! 待って! ラーマ……お兄さ……)
それが、魂の奥底からの、彼女の最後の「慟哭」であった……。
ミチヒメの氣力を以って、英雄王は、黒幕たる彼から、「神威降臨乃儀」していた権能のみを引き剥がし、見事封印は叶った。
神呪の権能で、英雄王が感応する、黒幕たる彼の過去と想い……。
頭の内に響き渡ってくる、荘厳で冷徹な「神威の啓示」……。
「……彼奴と同格の境涯ならば……『執念』徹す事叶うと申すか?」
無機質に、冷静を通り越して冷徹なる「尋問」。
「――もちろんだ! 同じ条件での喧嘩で、オレに叶う奴なんていやしねぇ!!」
民衆であった頃の、黒幕たる彼の想い猛る「熱情」。
「……ならばその『執念』を以って試してみるが良い……」
突如放たれる漆黒の雷光。
「ヒヒッ! これならだれにも負けないよねぇ?
だってこの『境涯』だもんねぇ!」
どこからともなく顕れた道化師の「進言」……。
新たなる居城、天超飛翔神威之城へと「還って」ゆく彼……。
その彼に倒されし者の胸中を通り過ぎてゆくのは……。
運命に負けてならず者へと堕ちていく悲しみ……。
そこで出逢ってしまった一筋の希望……。
「……民衆ならば……いや、神威であろうと……已む無きかもしれぬ、な……」
凍り付いて逝く意識の中、倒されし者が最後に想い廻らせたのは、「望まぬ出自故の苛酷さへの『憐れみ』」であった……。
全て終わりし後、遺された梵天王之代行者。
「……ミチヒメ……。
我は六百進みし刻、恐らくは逢えるであろうその刻を、この話を土産に携え待ち侘びておこう」
彼は、天を仰ぎ力強く微笑む。
それは、すべてを奪われ、喪い、身も心も絶望に叩き堕とされた一介の民衆の乙女が、這いつくばりながらも懸命に立ち上がり、世界を救済するまでに想い強く貫き徹した、もう一つの神話であった……。




