第27倭 矜持と慟哭 絶望超えて直霊せん 後編
『承 絶望の一蓮托生、翻り直霊される狂気の根源 其之弐』
「彼」は事も無げに、淡々と作業を進めていこうとする……。
「ダメぇっ(なりませぬ)! それしちゃダメぇっ(なりませんわ)! ヤチィッ!(我が背ぇっ!)」
必死に掌を差し伸べる、スセリと根源神威之妹二柱の、新緑と深紅が織り成す「絶唱」。
「おにいさまぁっ!! お願いですの! もとのやさしいおにいさまへもどってくださいですのーっ!」
小さな両の掌を握り締め、涙と共に溢れ出る、ミヅチの健気で純真な「懇願」。
「ヤチホコ! アタシを抱いてくれた頼もしく優しいアンタの背中、まだまだ必要なの! だから戻ってきて欲しいわ!」
頼れる背中を想い描き、力強く引き寄せんばかりの、キクリの心の「叫び」。
「ヤチホコ殿!――皆の! 万一の刻、お任せいたします! ミチヒメ!」
ヒメは即座に儀に取り掛かろうとする。
「ヤ――くっ! ヒメ? 何をすればいいの?」
溢れる想いを呑み込んで、ミチヒメは「彼」にとって今一番為すべき事に専念する。
一瞬、ヒメの顔に安堵の想いが浮かび、意を決し呪を放つ。
「我が身命を調和魂とし、ミチヒメを荒魂とし、掌を取り合い、彼の内に眠りし、直向きなる善男子、竜輝を直霊として発動を願い給う!
荒魂たる根源神威、調和魂たるヤチホコよ、今此処に竜輝を直霊とし……。
真に目覚めよ! 統治之神威!!」
それは、己の存在力ごと注ぎこむ究極の布施。
その絶対の供犠により、神威降臨乃儀が発動される。
氣力滾らせる朱金と、七絃に煌めき、真輝銀に輝く霊力が光球と化して己が持ち得るすべての権能を捧げ奉る。
「あ、あぁああ……す、すべて持って、いかれちゃぁうっ! あぁああっ!!」
「み、皆のっ! ご助力を……!」
彼女たち二人では足りず、先の四人の乙女の氣力をも纏め直霊して注ぎ込まれてゆく。
(……も、戻ってきて……。皆が、わたしが『大好き』な……ヤチホコくん!)
それは、ミチヒメの決死の「想い」。
(『我が神威』……! 断じて……逝かせは致しませぬ……!)
唇を噛み締め、流れ落ちる紅の滴と共に、ヒメが放つ断固たる崇敬の「決意」。
(エ、エパ、タイ! アンタは……頼もしくアタシを抱っこして、『毒を振り撒く方』だ……わっ!)
力強く現世へと抱き寄せる、キクリの甘やかながら真寧なる「咆哮」。
(おにいさまぁおにいさまぁおにいさまぁっ! 『ぜったいぜったい離しませんのーっ!』)
自分の想いをぶつけまくる、ミヅチの純粋で直向きな「独善」。
(ヤチ、ヤチ、『ヤチィッ!』 『我が背』……斯様な罪深き事でさえ……在るが儘、我が想いの儘でないとなりませんわ! 竜輝? 竜輝ってば……『起きて、竜輝……!』)
最後の三柱、スセリの魂の絶唱、根源神威之妹の一喝、そして……楓の優しく甘やかながら、魂の奥底からの囁き……。
深紅陰に染まる慟哭の怨嗟と、全能なる支配の快楽に溺れ、浸り、酔いしれていた彼の動きが止まる。
「彼」は、身悶える様に細かく震えている。
胸中に誰かの想いが流れ込んでくる。
それは静かに渦巻き、身体中に広がってゆく。
『果報無き努力に苛まされる、圧倒的な孤独感』……。
それは、財宝之神威に憑依していた「存在」の執念……。
(あ、あなたは……管理者……『他化自在天』!)
彼は……「誰か」に承認してもらいたかった……。
その為に、必死に管理者として、「世界の記述」を護ろうとしていた……。
(だ、『誰か』は……途轍もなく強い、『記述の鎖』で縛られていて、観、観えません……)
ただ、その「誰か」に、応えて欲しい、それだけであった。
一切声もかけられず、見向きもされず、それでも直向きに、自神として「綴られた役割」を健気に遂行していく姿……。
(そうか……『護る為』に管理し……『正しく遂行』させる為の『終焉りの儀』……。
叶えんが為の執念……)
その想いに当てられ、深紅陰に染まる「彼」の中から、別の「心」が目覚め始める……。
(う、く……ッ!――そうです……。
僕は酔いしれていました……この全能感に。
完全に『呑まれて』いました……。
でも、でも、でもっ! 違います……。
そんなんじゃありません!
僕の望みは……。
――『大切な皆と笑い合える世界!!』
それはきっと『他化自在天』とでさえ……叶う……。
僕はそう……想い、ま、す……!)
一筋、「彼」の頬を伝う真輝銀の滴。
(……他化自在天……さま……。
あなたのその直向きな執念……。
僕達と一体どこが違うのでしょう……?
『絶望的な相手に一歩も引きさがらず』、己の身命を賭して想いを貫く……。
それはまさに僕達の詠う『詩』そのものです!!)
想いの咆哮と共に、深紅陰の気勢に亀裂が入る。
そしてすべてが「翻り直霊」してゆく。
昏き朱に塗れた、漆黒の嘆きの怨嗟の黒髪が、もとの真輝銀の煌めく長髪へと直霊してゆく……。
昏く淀んだ虚無の瞳に、紅玉の神瞳が輝き直霊する。
「……あなたは……この六欲天最上の存在。
『最大の敬意』を以って、『他化自在天』としてきちんと比武させて頂きます……。
ですから、今は……多聞天さまに、『想念』と『神威之色身体』をお返しください!!」
ヤチホコの真寧なる想いの波動。
それは、何人も軽んじない慈愛の想念。
押し寄せる想いの巨濤に、八大罪障とともに財宝之神威に憑依していた存在が、静かに、しかし絶対的な強制力で引き剥がし直霊される。
財宝之神威から吹き浮かび顕れるは……。
絶対管理者、今は六天|《アン=ルーガル》統治王である彼の真の姿、「他化自在天」……。
憑依が解除された途端、世界の記述の呪縛が迸り、彼を統治王として再び「綴り直霊」しようと襲い掛かる。
「あぁ! あれって……あの刻の!!」
凍れる刻を想い浮かべてスセリが叫ぶ。
「アイツ! ジェスターの黒幕が財宝之神威さまを操っていたのね!」
姿を眼にした瞬間、ミチヒメは激昂して拳を握り締める。
「えぇ! あれ……戻ろうとしている姿……。
さっきの『六天|《アン=ルーガル》統治王』さま……。
まさかあのジェスターの黒幕でしたの……!?」
綴り直霊されかけ顕れる姿にミヅチは驚愕する。
「……ぐ、ぐがぁっぁあああっ!!
だ、断じて……貴様を……貴様等を……認める訳には……い、いかぬ!!」
全霊の執念を以って、「六天統治王」として綴り直霊される事を弾き飛ばす。
「はぁっはぁっ……。我は……『他化自在天』!
この六道世界の支配者にて『管理者』なり!
統治之神威よ、管理の象徴たる、『|天超飛翔神威之城』にて待つ。
……因縁の彼の城で、貴様との決着をつけんと願わん!」
その叫びと共に、世界の理に対し執念の無理筋を徹した彼は、「管理者」の矜持と意地を胸に抱き、天超飛翔神威之城へと還ってゆく。
『転 布施の傲慢、悲しき堕天』
遺されたのは……魔王の執念の残滓……。
魂ごと消滅しかけている多聞天……。
そして共に宿らされていた、八大罪障、深淵之欲のアワリティア……。
「はぁ、はぁっ……み、みんなごめん! もう、大丈夫です……!
ミ、ミヅチちゃん……。僕に君の大海を!」
一同溢れる安堵の滴。
無垢故純粋な狂気の権化である「彼」は、直向きで泥臭い「善男子」へと「翻り直霊」した。
「おにいさまぁっ!! はい、はいですのーっ!」
飛び込んで駆け寄り抱きつくミヅチと共に詠う。
静かに顕現する水鏡……。
映し出されるのは、多聞天の過去、そして彼女の悲劇……。
――身命を賭して すべて捧げる乙女――
「……私はあなたを祝福しこれを捧げます」
彼女はそう言って自身で育てた果実を渡す。
「こちらで粥を焚いております。
飢えに苦しまれる民衆の皆さま……。
どうぞお召し上がりください」
焚きだされる乳粥。
喜び感謝を顕し丁重に拝礼し、頂いてゆく民達……。
彼女は至上の喜びを顕す様な、満面の笑みを湛える。
布施之乙女……それが彼女の真名。
全ての存在が抱く無限の可能性……『無限乃希望』。
その存在を深く観じ取り、彼女は全ての存在を尊び、献身的に施す。
痩せた肢体、古く擦り切れた衣……まさに清貧。
「私は良いのです。こうして今日も輪を廻らず生きてゆけておりますので」
彼女へ降り注ぐ祝福の瑞光。
それは、彼女の飢えと渇きを優しく癒してゆく。
そう、彼女も、天から祝福された聖乙女であった……。
「天に坐す我らが主よ、今日もこうして生を紡げたことに感謝いたします」
静謐なる祈り。
彼女は、魂の奥底からの想いで感謝を顕す。
次の日も、彼女は人々へ施し続け、敬い続ける。
彼女のもとに集まる米、野菜、牛の乳……。
「感謝いたします。これでまた皆様へと施す事叶います」
非の打ち処の無い彼女……その完璧さが不幸を呼ぶ事になる。
管理者の気紛れで灰燼と化した国。
その、無人の荒野に独り取り残された彼女。
彼女の生命の燈火に、不条理に身体を奪われた魂達が群がる。
(い、生命の火……)(生身の身体……!)(く、苦しい……)(あぁ、熱い……助けてくれ……!)
彼女は真寧な祈りを籠めてその場に跪く。
そして、苦しむ憐れな魂達を受け入れてゆく……。
一体、また一体……彼女の祈りの権能を受け、彷徨える魂達は天へと還ってゆく。
しかし、神威ならぬ彼女の代償は……大きかった。
一体天へ還す毎に、明らかに喪われていく生命の燈火。
それでも浮かばれぬ彼等の為、彼女はまさに『身命を賭して施す』。
最後の魂が天へ還ろうとする刻……。
それは、彼女自身も天へ還る刻であった……。
(……悔いは……ありません……。
出来得る限り施させていただきました……。
次なる輪を廻りし後も……)
霊性乃身体となり、天へ還らんとする彼女が観たもの……。
それは、尽きる事の無い飢えを抱え、行き先を喪い彷徨える魂の群。
(……申し訳ありません……。
もう私にはあなた方に施すものが何も……な、何を!
お、お止め下さ……あぁぁああっ!!)
彼等が差し出してきたのは……己が抱く『罪障』であった。
(あぁ……軽い! これなら楽に輪を廻れる……ありがとう)
(オレも……精霊神として気持ちよく働ける……感謝する)
(本当だわ……輪を廻ったのにずっと残っていたの、この胸を貫かれた痛み)
数多の魂達が彼女の徳に縋る様に己の『罪障』を、まさに布施の様に押し付けては消えてゆく。
(それで、あなた方が……幸せになるのでした、ら、……)
魂の消滅をかけんばかりの想いで、彼等の「罪障の布施」を受け入れ続ける。
いつしかあまりに多量に抱え込んだ罪障によって、細身ながら清廉な輝きを放っていた霊体は、昏き闇に侵蝕され黒ずんでゆく。
清廉な輝きを誇っていた身に纏いし霊力も、汚泥に塗れくすんでゆく……。
『斯様に汚らわしき魂に、この世にも天にも住まう処などありはせぬ。堕ちよ……!』
布施とばかりに、行き交う魂達より差し出された夥しい罪障。
流石の彼女も霊体の身では、浄め直霊しきれず、己の罪障として魂の奥底まで侵蝕され染め上げられてしまった……。
そのあまりの、「他者を助ける為に抱えこんだ」罪障の重さ故……六道の最下層、「地獄」へと堕とされてゆく……。
(そ、そん、な……私が……『地獄道』へ……ど、どうして……『主』よ!!)
天より一筋差し込める瑞光と共に、聴こえてくる「神威の啓示」。
『罪障抱えしも、それもまた衆生なり。地獄にて罪浄めし後、更なる流転へと進むが良い……』
(『主』!?
御言の葉感謝いたします……。
しかし、な、何故ですか?
私はただ皆様の幸せを願い彼等の罪障を受け止めただけですのに。
――『主』よっ!)
『……そなたの魂は、すでに奥底より罪障が書き加えられしなり。
己が身に受くる事叶うか否か、己が裁量を省みぬ『慈悲と布施』……それ即ち『傲慢』なり。
獄炎にて身の程を弁えんと、その身に宿りし驕り高ぶり、焼き尽くしてくるが良い』
そこまで言うと……『主』……そう彼女が認識した存在は去っていった。
同時に彼女は奈落へと堕とされゆく……。
(こ、こんな終焉りなんて……。
これでは……これでは……!
一体何のために皆に尽くしたのでしょうか私はっ!!)
「……本当だよねぇ……。皆の苦しみを一身に引き受けてあげたのにねぇ」
(だ、誰ですか!?――その姿、ま、まさか……)
顕れたのは……真輝金に輝く法衣を纏った存在。
「僕はジェスター……。最高神の御使いさ。
我が『主なる神』からの慈悲として遣わされてきた。
『布施に敗れし魂を救え』、とね」
そう、彼女は布施の行に敗れてしまった……。
正確には、「力量を超えた施しの為、自ら堕天た」のである。
(私……先程『主』と思しき御方より『驕り高ぶり』の罪であると告げられまして……)
救いの御子を前に、布施之乙女は力無く項垂れる。
己を弁えていればこうはならなかった。
きっとそうである……その想いに捉われ動けなくなっていた。
「そんなの、緋徒や民衆に解る訳ないよねぇ?
だから地上で直向きに己を磨くわけだよねぇ?
そしてさ……」
彼は、悪いのは「罪障を押し付けて逃げた奴等」だと言う。
「だってそうだろう?
『自分で乗り超える為』に抱えて地上に降りて来てるはずだよねぇ?
そんな無責任、許せないよねぇ?」
御使いは……親身に彼女に寄り添い共感する。
(……確かに、私はすべての事が自分への試練、そう想って向き合ってきました……。
ですが、確かに先程私に罪障を施しとばかりに押し付けて逝った方々は……努力を放棄したも同然……です)
御使いの眼が異様な煌きを宿す。
「……キミはさ、こうして輪を廻ったその後まで『施し』をしようと頑張ったよねぇ?
僕はさ、そこまで頑張ったキミは……これからは反対に他人の徳を『施されて』も良いんじゃないかなって思うんだよねぇ?」
(……私は……何で……何の為に皆へ施してきたのかしら……?)
彼女の中から、「施されて喜ぶ人々の想い」が、一つ、また一つと消え失せてゆく……。
「キミが望むなら……この権能を授けても良い。
これは……『他人の徳を想うがままに捧げて貰える』代物さ!
今まで頑張ったキミだ、これくらいの恩恵に預かったとしても……『罰は当たらない』と言うのが、『主なる神』からの啓示さ!
これを受け入れた途端……キミが頑張って受け止めた罪障も、キミの掌を離れてあるべき処へ還っていくのさ!
勿論キミが地獄へ行くなんて不条理もすべてオサラバさ」
熱烈なる共感、承認、幸福と受け取れる選択肢の提供……。
彼がその掌に抱き渡さんとするのは……
八大罪障『深淵之欲』……。
(わ、私、私は……)
もはや彼女の胸中には、喜ぶ人々など遺っていなかった……。
浮かぶのは……安易な他人任せで、己の罪を彼女へと押し付けて逝った存在……。
憐れで迷える民達の魂……。
(……そう、よ、ね……。
あれだけ私頑張ったもの……。
これからは皆様から施して頂いても……。
『主なる神』自らが『罰が当たらない』そう仰られるのなら……!)
静かに差し出す掌。
受け取りし瞬間、属性が翻り直霊してゆく……。
(……みんな、私に……今まで培いし徳を治めなさい。
施した存在には……より早く次なる行の場へと……。
『すべてを奪い尽くした』後に輪を廻らせてあげるわ……!)
『結 想い重なり産まれ直霊す』
「……そうして私は……八大罪障の一柱になったの。
心底の想いで、『一刻も早く輪を廻らせてあげる』……。
それこそが……至上の喜びと成り果てていたわ……」
自身の姿を見遣る。
昏く淀んだ漆黒、燻り立つ紫煙……。
「『主なる神』さまが見守って下さる……それは聖なる振舞いに違いない……。
そう、ずっと自分に言い聞かせてきたわ……」
静かに歩み寄るのは……スセリとミヅチ。
掌にするのは……「法理の水」……。
「……これに、あの刻の乳粥の想いを籠めてみてほしい……!」
「……これは想い籠める方の、一番欲しい味になる不思議な水ですの。どうぞですの」
「そんな事が……出来るのね、あなた達には……」
静かに受け取ったアワリティアは、彼の刻に想いを馳せる。
「……どう、かしら……? これで、良いの?」
アワリティアは、自信なさそうに二人に筒を還す。
「……やっぱり、あの刻のアワリティアさ……ううん、布施之乙女さんが真心こめたこの乳粥……。
とっても美味しい……。
優しい想い、伝わってくるよ……!」
彼女に念じてもらった粥。
スセリはその優しき味に感動する。
「本当ですのっ! ほっぺたが幸せって言っていますの……!」
分けてもらったミヅチも、その類稀なる優しさに酔いしれる。
二人の振る舞いに、静かに受け取りアワリティアも口に含む。
思わず溢れ出る涙……。
忘却の彼方から黄泉還る想い……。
そうであった……この想いで自分は歩んできたはず……。
「……それでも、この身が地獄へ堕ちようとも……。
あの困っているみなさまを……見捨てる訳になんて……」
「……良いと、僕は良いと、そう想います……。
そして、その身にみんなの罪を受け、抱えた事……。
誇っても良い位凄い事だと思います!
その苦しさ、痛み……アワリティア……いいえ、布施之乙女さんの『想いの強さ』……。
素晴らしかったと僕は強く想念抱きます!」
そう断言するヤチホコから、緋色の糸を徹し流れ込む濁流。
幾星霜貫きて、数多の怨嗟と苦しみ、そして罪障を胸に抱き、癒し翻し直霊してきた、悠久なる贖罪の歩みが流れ込んでくる……。
「な、なん、て量……重さ……深さ……!
こんな莫大な罪障を……あなたは独り抱え、浄め直霊してきたと言うのですか!?」
その、あまりに途轍もない、まさに「創世より培われし罪障」とも言える闇を観じ、アワリティアは恐れ戦く。
「……でも、まだ、これでも足りません……。
そしてまだ浮かび上がりきらず、浄め直霊しきらぬものも……」
ヤチホコの言葉を遮る様に、布施之乙女は彼の両の掌を強く包み込む。
「……身の程なんて……無いのね……!
全ては想いの強さ……私に足りなかったのは……まさに……!」
その瞬間、想愛開闢呪の権能が、アワリティアの想いに引き寄せられるように、彼女へと降り注ぐ。
想いの強さを顕すかのように、彼女が掌にした「深淵之欲」までもが纏めて翻り直霊してゆく。
「……こ、こんな……いいえ、これこそが想いの権能……『想念』なのね……!」
彼女は今、「深淵之欲」が翻り直霊した、莫大な「布施の権能」を持つ。
向ける視線の先にあるは……産まれ直霊出来た自由意思を喪いかけて、輪を廻らんとしている健気な多聞天の魂。
「……私はこうして再び生を得、己を磨く機会を授かりました。
これ以上何を望む事がありましょう……。
この身に宿りし天啓之贈与、『貧女乃一灯』よ……。
今ここに、輪を廻らんとする真寧なる魂へ『捧げ奉らん』!
多聞天さま、お受け取り下さいませ!」
敬虔な祈りと共に奉納される権能。
「……ば、かな……それ、ではそなた……ただの、民衆に……!」
「他化自在天」に棄てられし多聞天が、最後の力でふりしぼる様に驚愕の想いを伝える。
「……あなた様ならきっとこの権能、すべての救われるべき民衆の為に……。
大いなる神威を以って『身の程に合わせて』遣って下さる……。
私、そう思います!」
彼女は満面の笑みで多聞天を見つめる。
そして、天を仰ぎ発する真寧なる祈祷。
「多聞天さま、双角武神さま! アワリティア改め、翻し直霊した『布施之乙女』の想い、受け止めて下さい! 詠います! 我、布施之乙女、ここに直向きで真寧なる神威へと、この身に宿りし全ての権能を布施として捧げ奉ります!!」
響き渡る絶唱。
それは、彼の刻にミカツヒメが放ったのと同様の、他者へ己のすべてを捧げる「究極権能付与」。
それが今、想愛開闢呪の神威により極大化され、彼等を包み込んでゆく。
究極の「布施の揺籃」の中、多聞天と双角武神、そして罪障翻りし彼女の権能が、想い重なり産まれ直霊してゆく……!
二柱の原初の姿、鬼神となり地面に沈んでゆく……。
「みんな、僕等の『五大』の氣力を纏め上げて!」
ヤチホコの掛け声と共に、全員が一斉に付与生氣呪を放つ。
タカヒコ・キクリの大地、ミヅチ・ミカツヒメの大海、ミケヒコの大焔、そしてミカツヒメの、ミカヅチとも異なる秘められし大焔……スセリ・ミカツヒメの大凬、それらを根源の氣力と霊力を受けたヤチホコの虚空が纏め上げる。
「はは、みんなそれぞれの『想い』が強すぎるよ。
でも、その熱さは嫌いじゃない。
ぼくが足並みを……!」
最後にアビヒコが調律する。
すると、七絃に輝いていた氣力が朱金となり、至高に極まりて緋緋色金と化す!
「――放ちます!」
彼等が沈んだ地面に向かい、ヤチホコが想いの丈を籠めて付与する。
聖塔全体に緋緋色金の輝きが伝わっていき、四方八方に放出される。
そして先ほどの地面に八卦図が展開され、上方に火柱となって噴き上がる。
浮かび上がるは……美しい鳥をあしらい、五大を顕す五角の王冠を被り、砂の民の象徴、金鎖甲の鎧を纏いし神威。
足元には、彼等の荒魂と調和魂を顕す二柱の鬼神。
そして中央に……布施之乙女の惜しまず捧げし氣力の顕現、「地天女」が直霊として懸命に支える姿。
「我、兜跋毘沙門天!
今ここに、緋の神威に連なる徒と、敬虔なる乙女の『布施』により、顕現せん!」
全ての権能を捧げ、力を喪ったラルギティアが、自身の布施の息衝いた神聖なるその姿に、随喜の涙を流す。
そして満面の笑みと共に崩れ落ちる。
「――迅い!!」
その場の誰よりも迅速に、そして限りない慈しみを籠めて、兜跋毘沙門天が彼女を抱きかかえる。
「……其方の、まさに身命を賭した布施……此処にしかと抱きたり!
我は今、天界鎮護の四大王でありながら、砂の民の守護神として、顕現叶いしなり……!
実に、有難き……!」
掌にしていた宝塔が宙に舞い、厳かな光がラルギティアへ降り注ぐ。
光は優しく彼女に力を与え、癒してゆく。
「……此処、は……?
あぁっ! こ、これはとんだ御無礼をっ!」
目覚めたラルギティアは、神威に抱かれている事に気付き、恐れ慄いて飛び起きる。
「……気に召されるでない。
我の恩人たる敬虔なる布施の乙女よ。
まさに、其方の『貧女乃一灯』の体現こそが我なり。
故……異体同心の徒と言えよう」
彼は静かに、穏やかに感謝を籠めて告げる。
自神の姿は、彼女の敬虔なる、「布施の祈り」によってのみ維持されると。
「……故、これからも、永久に布施の祈り捧げんと致してくれる事、世の平和と安寧の為、この兜跋毘沙門天、切に願わん……!」
兜跋毘沙門天は、片膝をつき丁重に彼女に長揖する。
「も、もちろんですわ!
これからは、あなた様を『崇敬の主』として、祈り捧げ奉ります!」
ラルギティアは両膝をつき指を絡め祈りを捧げる。
「……言の葉が足りぬ故、済まぬ……。
其方と我は、最早……ふたりで一柱の神威なり。
故……その、と、永久に……添い遂げてはくれまいか……その意なり……!」
兜跋毘沙門天は、まるで先の絶唱を放ったヤチホコのように、赤面して必死に伝える。
「そなたの歩み、その末の苦悩苦難、この身に全て宿りしなり。
もはや離るる事など叶わぬ、まさに陰陽の番なり……。
ゆえ、その、最大の布施として……」
巨大な彼に対し、懸命にラルギティアは抱きつく。
「あぁ……私の歩み……あれで良かったのですね……!
この今の想い……言葉に出来ません……!」
感極まったラルギティアは、彼の腕の中、静かに目を閉じる。
兜跋毘沙門天はその仕草に見惚れて硬直する。
「……乙女に恥かかせるでないぞ……!」
荒魂の鬼神からの進言
「そ、その声は双角武神!?」
ヴィジャーヤが驚嘆して叫ぶ。
「左様。して……我も、想いと共にここに在り!
我等が本神よ、想いの儘、在るが儘、自由なる想念のもとに!」
「なんと! 多聞天! そなたもであるか!」
持国天が刮目して観遣る。
調和魂の鬼神に宿るは……傀儡に芽生えた自由なる意思、多聞天。
「もう、神威さま! 私の本体、待ち焦がれていますわよ!」
それは、地天女となった、深淵之欲のアワリティアからの甘やかな吐息。
「……神威さま……私の布施が徳あるものでございましたら……。
何卒ご祝福を……」
「皆の! ふたりに刻を!」
慮ったヒメの願いで、ヤチホコ達も四大王達も静かに後ろを向く。
伝わってくる愛の想いの交歓。
その熱烈にして甘やかな想いの奔流に、乙女達は頬を染める。
そして、心底の想いで祝福を伝えた。
掌を掲げ軽く指を鳴らすヒメ。
降り注ぐは、彼等を祝福する青蓮華の花吹雪。
「紺碧の瞳の神威とその『妹』に、永久なる祝福を!」




