第27倭 矜持と慟哭 絶望超えて直霊せん 前編
『起 無理筋徹し立ちはだかる執念と絶望』
――壱幕 北の王が待つ神殿――
「ありがとうスセリちゃん。降ります!」
ヤチホコは、スセリの翼から勢いよく飛び降りる。
そして、北の神殿の門前に立ち、静かに見据える。
刹那、周囲の空間すべてを呑み込まんばかりの、爆発的な虚空が放出される。
(桁外れの巫山戯た氣力……! まさに総ての存在が輪を廻らされんと覚悟する程の……。ついに、来たりしか……!)
神殿奥にて待ち構える、財宝之神威が観じ取った、あまりに途轍もない、天を吞まんとする巨濤の如き氣力……。
その強大さに、思わず全身を粟立たせる程の、戦慄と恐怖を覚える。
だが、瞬時に、護る事叶わなかった後悔と自責の執念が湧き上がり、「強大さに対する恐怖」を、再度襲い掛からん「奪われ失墜させられる恐怖」が塗りつぶし、喰らい尽くす。
(……その強大な敵を、『城』を護らんと撃ち倒さんとしてこその栄光……そして贖罪……!)
『……左様。彼の刻の失態、今がまさに挽回の刻なり』
何者かの、強い執念の籠った決意。
(そう、だ……。恐るることなどない。我は……『天界と城の守護者』、財宝之神威!)
『……その執念を以って……その身、その存在毎我に捧げよ……さすれば悲願、叶わぬことなどありはせぬ!』
(御意……! 我の更なる権能よ、そなたの執念のままに……!)
想いと共に、財宝之神威の「想い」が深く沈んでゆく……。
噴き上がる爆発的な魔闘氣。
それは、「護れなかった事への憤怒」と、喪失への恐怖が翻った、「全てを欲する妄執」。
真輝金の憤怒を、妄執の紫焔が取り囲んで燃え上がる。
身体が軋み、悲鳴を上げるも構わずに取り込んでゆく。
全身を斬り刻まれた様に裂け目が覆い、裂傷から紫焔を爆発的に噴き上げる。
先程とは比較にならぬ強大なる氣力。
それは、まさに「魔王の風格と気勢」。
「それでも到らぬ刻は……」。
それは、財宝之神威へ憑依顕現した「権能」の独言……。
「……門を潜り参るが良い。この『財宝之神威』が、貴様等の身の程、此処で見定めん!」
神殿から響き渡る、強き執念。
「――強い……! あの刻の羅刹王よりも。でも、やるんでしょ、ヤチホコくん」
かつてミチヒメが比武したと言う、「神威を超越せん者」。
それ以上の強大さを彼女は観じ取る。
戦慄くも、それ以上の信頼と自身の想いを籠め、ミチヒメはヤチホコへ微笑みかける。
「……はい。比武として……輪を廻らさず、超えます! ミチヒメさん、スセリちゃん、みんな、参りましょう!」
重厚で荘厳な門を超え、緋の神威に連なる徒は財宝之神威に相対する。
――弐幕 決死の執念で超越せん 財宝之神威――
圧倒的な神威を放つ同士、彼等が相対しただけで暴風が吹き荒れる。
「……我等が王よ、アイツは、『護れなかった後悔と自責』の『痛み』を抱えた存在。観てやってくれ……!」
ミケヒコの静かなる懇願に、ヤチホコは紅玉の神瞳を輝かせる……。
だが……。
「あ、ありません……! 以前観じていたあの想いが……まるで観えません……!」
驚愕し戸惑うヤチホコに対し、財宝之神威が雄叫びを上げる。
「何やらせんと欲したようだな? ならば……参る……ぞっ!!」
昏き深淵の鉄紺に輝く、三頭水龍神がヤチホコを強襲する。
「ミヅチの中の鏡水さま! お願いですのっ!!」
彼女の内なる龍神が、静かに猛り紺碧の沖つ波で迎え撃つ。
「――あの刻の増長天さまのように。ボクの大凬よ……巨濤をうんと激しく猛らせてぇ!!」
スセリより吹き荒れる、純白と新緑が掌を取り合いし『清浄之大凬』。
それは、ミヅチの沖つ波を浄め極大化する。
「ミヅチ! アタシが絶対に支えてみせるわ!
大地より産まれ直霊すると良いわ! やぁっ!!」
キクリが豊饒の金色を輝かせ、大地之神威器を産み出してミヅチの巨濤をしかと支える。
「猪口才な! この我の御前、愚蛇も狡狐も駄龍も平伏せよ!」
三頭が絡み合い強大な三叉戟と化し、その身を激しく廻天させる。
「撃ち抜かせぬ。 おぉっ! オレの大焔よ、姉妹の絆、盤石へと焼き締めろ!!」
ミケヒコが自身の紅蓮の大焔を猛らせて、彼女たちの権能を焼成する。
「ここでございます! ミチヒメとワラワの根源を、ヤチホコ殿の虚空にて!!」
「ヒメ! わかったわ。受け取ってヤチホコくん! 啊啊啊啊啊啊っ!!」
ヒメの絶唱とミチヒメの咆哮。
ヤチホコは、己の虚空に根源の氣力と霊力を受け入れて、神威として全力付与する。
刹那の硬直。
響き渡る乾いた破裂音。
三頭の水龍神も、焼成されし器も、天使の囁きと言われる霧華の如く、相打ちと成りて煌めきの中粉砕されてゆく。
「や、やったわ! アタシたちで止めきれたわ! ヤチホコ、これでアンタの其の神威が重なれば……いけるわ!」
即座に現状を直感的に観じとり、キクリが高揚する。
その言葉を聴き、財宝之神威は、静かに統治之神威を見据える。
(彼奴等がここまで到りしとは……!
だが……『綴られし者共』に後れを取る事など……断じて許すまじ!!)
「良いだろう……我も絶対なる覚悟、此処に顕さん!!」
途端に湧き上がる気勢。
それは、絶望を悟るに十分すぎる程の、明らかに「個」を超えた強大さ。
「信じ、られない、わ……。あんな巨濤の如き権能、間違いなく身体が耐えきれないわ!!」
迸る氣力のあまりの凶悪な大きさに、キクリは、理解の範疇を超えた未知との遭遇の如く呆然として戦慄く。
その大きさを観じとり、ヤチホコも、冷たい汗が滴り落ちる。
この巨大で凶悪な権能に対し出来るだろうか?
「輪を廻らさず救う」……その、あまりに無理筋な己の誓いと想いを徹しきることが……。
彼の躊躇と裏腹に、絶対の覚悟を財宝之神威は放つ。
「輪廻掌りし世界よ、そのすべてを我に『書き込み直霊』せよ!!」
途端世界が煌き戦慄く。
遥かなる虚空より、常軌を逸した権能が、財宝之神威へと文字通り「叩き込まれて」ゆく!
あまりの衝撃に身体中が軋みと悲鳴の絶唱を続けるも、断固たる彼の執念が無理筋を徹し、莫大な権能を呑み込んで喰らい尽くしてゆく。
「はぁっ、はぁっ……。き、貴様の巫山戯た『想念』……我を前に徹せるか否か……『覚悟』を以って受けてみよ!!」
繰り出されるは……あの、「終焉の竜巻」を彷彿させる、まさに真なる絶望。
大地に触れた瞬間、存在全てを吹き飛ばし薙ぎ倒してゆく。
その衝撃は、遥か東方持国天の神殿まで迸り貫通してゆく。
「な、なんと言う……!
そしてこれは……『世界構成記述』!!
莫迦な……。
多聞天よ、お主は何と言う無理筋を……。
――已む無き!」
六天の存在自体の揺らぎを痛感し、持国天は遥か北方の神殿へと飛翔してゆく。
――参幕 朋友と盟友、魂の参戦――
天界すべてを揺るがす異常事態に、戒律を破り持国天が財宝之神威の前に降り立つ。
「我が朋友多聞天よ……。お主のあの直向きさ、実直さ、想いを得た喜びの儘天界を護る『想いの熱さ』は、一体何処へ行ったと言うのだ! 想い改め、四大王の長たる雄姿、この眼に観せてくれと切に願わん!」
「……すべてこの執念に集束したり! 今なお我は『許されざる来訪者の排除』に直向きであり、実直に遂行し、この天界を『地上の不浄』から護れし事、歓喜の想いの下に行わん!」
その言葉に、愕然として戦慄く持国天に対し、容赦なく痛烈な一撃を喰らわせる。
辛うじて防ぎきるも、躊躇する持国天に一方的に攻撃を浴びせ続ける財宝之神威。
「……覚えているか? そなたが初めて真に目覚めし刻の、我の送りし言の葉を……?」
「無論だとも。『傀儡であった屈辱を 己が想いで覆すが良い』であろう?」
瞬間、持国天は裂帛の気合で財宝之神威の猛攻をはねかえす。
「……どこの誰かは解り得ぬ。だが、其方は断じて多聞天ではない!」
そう、彼の自由意思の芽生えと目覚めを、心より祝福したのが持国天であった。
「己が想い無き儘、従順に戒律護りしも良き事であろう。
だが、己が想いと正義を以って鎮護にあたるその姿……。
それこそがまさに四大王の矜持の体現たる、『我等が長の姿』なり!」
「同義であろう? 我は今、『己が執念いで天界の鎮護果たさん!』」
財宝之神威は、片方の口元を引き攣り上げて微笑む。
「……今のそなたには、『他者を慮り慈しみの顕れとして鎮護する』と言う、多聞天が、己が想いで抱きし『戒律』が、微塵も観じぬ!――『偽者』よ、我が親友の身体から早々に退場するが良い!」
突如世界の大地すべてから権能が集束してゆく。
「あれって……もう一柱の母様の本神の……!」
莫大なこの星総てと言って良い大地の権能の集束に、誰よりもその魂の娘であるキクリが驚愕する。
まさに今、持国天は女媧と感応道交し、己が限界まで大地の氣力を集め直霊している。
「……笑止。高々『地上総て』程度で、今の我に抗い切れると思うか!」
突如背後の須弥山を翔け抜け、虚空の城をも突き抜ける程に漆黒の雷光が迸る。
「な! あの高みは……まさか其方!!」
「種明かしなら我が配下の道化師にさせん。貴様は此処で舞台より引き下がるが良い! 流転する世界よ、総て逆巻き万象を無に帰せよ! 『六道ノ輪廻』!!」
およそこの世界の存在には、絶対に防ぎきらぬ絶望の流転の波動。
すべて吹き飛ばされる中、辛うじて踏みとどまるヤチホコとスセリ。
程無く崩れ落ちようとするスセリを、慌ててヤチホコは支える。
「スセリちゃん!――っ! みんな!? 大丈……ぐっ……!」
自神もかなりの存在の記述を無に帰せられるも、外なる「竜輝」の想いと魂が、辛うじて回帰の奔流から想いを繋ぎ止める。
「……実に良い。次撃で貴様すら無に還す事叶うであろう……!」
激しく血を吐き出し、満身創痍の身体を引き摺って財宝之神威は歓喜する。
(まさに執念……! 一体なぜそこまで……!)
――肆幕 天地掌を取り合う刻――
その刻、突如世界に鳴り響く宣言……。
「……天地の『翼と舞台』集結確認。
これより、聖塔は彼等の揺籃となり、眞理乃命脈を顕現し、『希望の石舞台』を天へと導きます……」
「フ、雷鳥……ではありません……まさかこの聖塔の声!」
ヤチホコの驚きと同時に天が激しく鳴動する。
紅玉の神瞳を虚空へ飛ばし、聖塔の全容を観て驚愕する。
それは、『終焉りと創世りの石舞台』が、超大なる質量を押しのけて、激しく聖塔を昇り詰めようとしている姿。
「な、何だこの揺らぎは! も、もしや『地の奏者』……目覚めたりしか!!」
財宝之神威の怒声と重なる様に、すべてを揺るがす重厚なる響きが、世界をすべての存在の魂ごと震わす。
「……我等が王……『世界之王』よ、お待たせいたしました。
今此処に、地上之王、『緋の神威に連なる徒』と共に馳せ参じました!」
石舞台より響く、落ち着いた声質ながら、想いの熱さを秘めた声が響き渡る。
「――オオトシ兄!!」
驚くヤチホコの声と共に巨大な石舞台……天之磐船より飛び立つ影。
「……待たせたな、そして……良くぞ耐えしなり! 流石は我が妹が見染し義弟なり!」
力強く、彼等の歩みを認め湛えるタカヒコの賞賛。
「本に素晴らしき弟妹ですわ。
斯様な無理筋相手によく健闘されましたわ……。
ご安心頂くと宜しいですわ。
ワタシがあなた方すべてを護らんとする『正義の闘い』の想いにて必ずや助くと、此処に「大いなる真理」に誓いますわ!」
労いと安堵を与えるミカツヒメの宣誓。
「はは、ずいぶん無茶してるね、前も今も。
でも、だからこそ……民衆の……緋徒の歩みは須らく美しい。
ぼくは、ぼくも魂の奥底よりそう想うよ」
飄々としていながら、すべてを肯定するアビヒコの祝福。
「……緋徒の身で、斯様な極まりし神威と比武せんとする想い……。
流石は地上之王に認められし緋の神威に連なる徒達である!
こやつは……我等に任せるが良い。
双角武神よ!!」
「我が裔ヴィジャーヤよ、委細承知なり。
そして……財宝之神威となりし存在よ。
我が想いと研鑽、吹き荒れる執念を以って、いざ尋常に比武致さん!」
堂々たる名乗り。
祖神顕現の伝承者ヴィジャーヤ。
彼に宿りし、『民を護らんが為に無理筋を徹してきた』神威、双角武神。
「……『緋の神威に連なる徒』が……今、全員、この地に……揃いました……!」
駆け付けた皆の想いに当てられて、ヤチホコは己を奮い立たせる。
タカヒコはその様子を見て、峻烈にて静謐なる微笑を湛える。
「……世界に遍く精霊神達よ……傷つき倒れし『我が家族』、慈しみ癒し給え……!」
途端、天と地から同時に祝福の瑞光が齎される。
瞬く間に全員が……眼前の財宝之神威までもが癒し直霊されてゆく……。
「な!? こ、これは……? 貴様、正気であるか?」
自神の回復に、財宝之神威は呆気にとられる。
「一向にかまわん! 尋常な比武の為の故。等しき条件で想い比ぶらんと欲す!」
驕りでも傲慢でもない。絶対の自信と覚悟。
宣言するタカヒコを見据え、財宝之神威はその境涯の格差に愕然とする。
(ば、莫迦な! あの梵天王之代行者すら遥かに超越せん、だと……!)
「き、貴様一体何奴?」
「……我が名は……猛ル宗像之大王……。
『遍く精霊の声を聴きし者』なり」
「比武でございましたら……ワタシがいくらでも戯れて進ぜましょう」
妖艶さと清廉さを併せ持ち、勇猛さと柔和さを輝かせてミカツヒメは満面の笑みを浮かべる。
「巫山戯……!? き、貴様、修羅の極みを……あ、在り得ぬ! それこそ下手な悟りよりも難きなり……」
「左様でございますわ。
まさに、筆舌に尽くし難き苦難と行、でしたわ。
ですが、到りし事、それもまた事実でございますわ」
美しい黒髪を棚引かせ、ミカツヒメは微笑む。
その姿、その根底に宿る恐怖に対し、財宝之神威の表情が凍り付く。
「……我等とまともにやり合うことは得策ではない。
故、尋常に比武せんと願いしなり」
公正さと慈しみを兼ね備えたタカヒコの説得。
その禅定なる想いだけで、財宝之神威の内に宿る存在は己との格差を痛感した。
(この世界の因果……境涯が高き者への絶対の絶望……。ふ、ふはは!)
突如財宝之神威は気が触れた様に高笑いする。
「良いだろう、魂の奥底より賞賛せん。
其の高みに至りし事、実に素晴らしきなり!
だが……我が執念……侮るでない!
全ては執念いの儘……『我が在るが儘』を徹さん!!」
爆発的に集束される、虚空より降り注ぐ迸る漆黒の雷光。
それは、「因果」と言う「世界の記述」を、「執念」で跳ね除けて無理筋を押し通す「覚悟」。
「な、なんて強い執念……!
まさにあれはヤチホコくんの様な……!」
あまりに強い想いの無理筋に、ミチヒメは最愛の存在と姿重ねて驚愕する。
「凄まじい……。本当にヤチみたいだよ!」
スセリ、内なるイザナミもそのすべてを省みず身命を賭す、儚くも美しいとも思える輝きに思わず見惚れる。
「はぁっはぁっ……。では、いざ尋常に……参るぞぉっ!!」
財宝之神威の掲げる宝塔に、六天の「世界構成記述」が集束してゆく。
「……すべて……集束せん……!
如何な『高き者』であろうとも、この絶対量の差……。
封じし事叶うのであるならば……遣ってみるが良い!!」
「待て、その無理筋、揮うならば……そなたの身命尽きてしまうぞ?」
瞬時に分不相応を見抜き、「聴き取り」、タカヒコは説得する。
「斯様な情けなど無用! 受けりし事叶うならば……受けてみよ!!」
それは、熱く我武者羅な、直向きで真寧なる執念。
身命を賭した無理筋に、タカヒコは躊躇して直撃してしまう。
「……す、凄まじき……! おれの命の歩みで、まさに初めて、素晴らしきなり!」
そこまで言うと、タカヒコ必勝の無敵の防楯、「深山神威」を展開してなお、深く損傷を被り、片膝をつく。
「我が背……! いえ、まだですわ。信じております……!」
ミカツヒメは、自神の血が滲むのも構わず拳を握り締め、涙を湛えながら忍辱の行を決行する。
「……左様、其れで良い。ソナタの権能はあまりに危うき故……。案ずるでない。むぅん!」
爆発的に氣力を放出すると、精霊神から賜りし霊力と重ね合わせ神威として放つ。
観る間に修復直霊されゆく防楯。
しかし、大きく氣力を消耗し、想いだけで財宝之神威の前に立ちはだかる。
「……この災禍の決着、我等が裁き直霊せん! 緋徒よ……祖神顕現!!」
瞬時に湧き上がる紺碧の、清廉かつ峻烈な気勢。
頭上には燦然と輝く水牛の双角。
今、ヴィジャーヤと双角武神が重なり合いて武神として顕現する。
「『先代の矜持と慈悲』を以って、其方に引導を渡そう。いざ……参る!」
瞬間、音を置き去り……いや、光さえも置き去らんばかりの瞬動。
「――観、観えない!! なんて迅さ! わたしの神威之眼で全く捉えきれないなんて……!」
「……これは……ワラワの眼ならぬ、『真理眼』を以ってわずかに『観ずる』事叶うほど……如何に研鑽を積めばこの極みに辿り着けるか、皆目見当もつきませぬ!」
ヒメが真理眼を全開にして、辛うじて微かに観じとれる神域の闘い。
「素晴らしい! 双角武神は勿論だが……財宝之神威、アイツも凄いヤツだな!」
まるで把握できないながらも、虚空の揺らぎを紅蓮が伝え観じとり、ミケヒコは驚嘆する。
天界を揺るがす神域の闘いの波動に、瀕死の持国天が身体を起こし魂の底から絶唱する。
「お主の身体は傀儡なれど、宿りし魂は真なる神威ではあるまいか! 魔王なぞに負けるでない! 我等が四大王の矜持、見せ付けてやろうではないか!」
「……私は……多聞天の責を担う……者……!」
彼の決死の想念が、「宿りし権能」の執念を一瞬上回り、動きを止める。
『承 絶望の一蓮托生、翻り直霊される狂気の根源 其之壱』
――壱幕 絶望の感応、翻り直霊されりし根源――
「今です! みんな、僕に氣力を!!」
ヤチホコが、裂帛の想いと共に一蓮托生呪を発動させる。
(……絶対……あなたの後悔と自責を……その奥底に眠る真なる慟哭を……!)
深く、想いの深淵目指しヤチホコは強く想いを引き寄せる。
「一か八かの身命を賭した賭け……我の勝利なり……!
受け取るが良い……我が真意の執念を!!」
財宝之神威、その奥底から注ぎ込まれる真実……。
彼の中に眠る、多聞天ならざる者の慟哭と妄執……。
瞬間、世界の全てが「凍り付いた」……。
凍れる刻の中……動けるのは、ただ一柱……ヤチホコ……いや、「彼」のみであった……。
「アハッアハハハッ! まさか……退転れるとは……待って観るものです、ねぇっ!」
彼が指を弾いた瞬間、『世界の総て』は動き出す。
「――い、いったい今の? ヤチホ……あ、あなた誰?」
ミチヒメの驚愕、絶望の面持ち、眼前の財宝之神威以上の『絶対的な』恐怖……。
真輝銀の美しい長髪は、絶望の怨嗟を纏い、禍々しく輝く「深紅陰」となり、その眼差しは……完全なる虚無。
「彼」は、輝く筈の無い「虚空之間隙」を輝かせて言う。
「比武で……彼を『討ち』倒せば良いのでしょう? 簡単な事です。――そらっ!」
「彼」は、財宝之神威を見つめ指を軽く弾く。
瞬間、「存在を却下」されるが如く、産み出された漆黒の虚空に圧壊する様に吸い込まれかける。
「ぐがぁっ! がぁぁああっ!!」
全力を以って辛うじて「全てを喪失させる漆黒の虚空」より離脱する。
「アハッ、結構強いですね……ではこれでどうでしょう?」
彼は前方に身構える財宝之神威に向かって、指を弾いた。
指し示された指先……その先に存在するすべてが「喪われた」
「が、はぁ……!」
腹部が半円状に抉り取られ……いや「喪われた」。
「――な! 待って!! このままじゃ財宝之神威が、輪を廻っちゃうわ! そうなってしまったらヤチホコくん、あなた退転してしまうのよ!」
彼が己に課した「誓願」……「不殺の下に全てを救う」。
その願いは遥かなる因果の理に届き、護る毎に彼に恩恵が齎されていた。
善業には善なる結果がついてくるのである。
「必要なしに他者の輪を廻らせる……そんな事をしてしまったら!」
異な事を言うとばかりに、「彼」は小首を傾げる。
「おかしいですね……退転も何も……僕は……元からこうですよ?
でもそれも面白いかもしれません。
では……『輪を廻らせない』程度に……ね!」
「彼」は、嬉々として握りしめた拳を撃ち込む。
技などお構いなしの無理筋な暴威。
まさに、一撃で己の存在毎消滅させられる程の、星の終焉りの如き拳。
「ごぼぉぉっ!」
財宝之神威の身体の上下が、無情にも離断する。
強引に下半身を掴み、世界の権能を吹き込む。
半分に抉られ後、無残にも離開させられた財宝之神威の上下は、辛うじて癒し直霊叶う。
無理筋を徹してなお、全くもって歯が立たない「真なる絶望」。
このままでは間違いなく「輪を廻らされる」だろう。
(……だ、だが……貴様を道連れならば……! それこそ我が本懐なり!)
絶望と激痛の最中、吐き出す喀血と共に響き渡る、高らかな狂笑。
「ハーッハッハ! いいぞ! もっと攻めるが良い! 汝を退転の憂き目に遭わせられるならば……この命……喜んで供犠として焚べん!!」
「――アハ、アッハハッ! 良いですね……じゃぁ真なる権能を……。
『書き直霊』にて『喪堕霊』してあげますよ!」
それは彼ら管理者が得意とする、神謡者の持つ負の神威、世界を「記述」する権能。
無造作にカンナを掴む。
すると、観る間にカンナが漆黒に染め上げられ、剣身から昏き深紅の雷光が迸る
響き渡る残響……それは、直霊の女神の絶望の慟哭。
一振り、一振りと、「彼」が供犠の剣を静かに振るたびに巻き起こる消滅。
それと共に、切なく、苦おしく、彼を慮って絶叫ぶような剣の「鍔なり」……。
「いいですね……我ながら傑作です、この剣。ほら」
剣を向ける、それだけで「喪堕霊」する北の大神殿。
わずかに彼の左側を掠め翔んだ権能。
それだけで、財宝之神威の左腕が消滅させられる。
「――やれぃっ! 遣るが良い! ハーッハッハ!」
「しますが、少しおしゃべりですね、貴方」
「彼」が財宝之神威の口元を見つめる。
瞬時に消滅したのは……下顎全て。
「アハッ。これで静かに『作業』できますね! さて、と……」




