詩片の狭間 天を貫く慈愛の法雨 後編
参幕 真輝銀 目覚め悟りし地上之王
――壱 覚醒乃儀――
「……天命を受け取りしオオトシよ。ならば我も一手助さんと進ぜよう。……。さぁ、この門を潜り彼の地へ赴き、古の覚者同様、己が魂をその想いにてしかと見つめよ」
聖塔の中、突如門が顕れる。開いた先に観えるは……沙羅双樹。荘厳で静謐な神威が満ち溢れている。
オオトシは、梵天王之代行者が開いた扉を潜り、沙羅双樹の下に向かう。
すると、門を潜る瞬間、二神に分かれた様に観えた彼は、自神も気付かずに身体を置き去りに、霊体となって沙羅双樹の下へと赴く。
静かに宙を舞いオオトシの後をついていく石版。
梵天王之代行者は成就の神呪を唱え、祈りて還りを待つ。
「そなたの父神、いや、根源神威でさえ成し得なかった天地の結び直霊……。今まさに、その成就は、オオトシ、其方の双肩に委ねられしなり」
遺された身体を石棺に安置する。
「……悟りに至れぬ刻……これはまさに真に棺に変わらん……。
だが、此処にて、其方の王の資質、信じ待つとしよう」
オオトシが眼にした光景……いや、観じとった光景……。
それは、この世の全てであった……。
「創造主」の御手により、操られし星々により産み直霊されしこの大地。
この足元の存在が球状である事……。
全能の主と、脇侍達の想いの交錯……。
産み出された祖神……。
最初の別離……原初の堕天……。
根源神威の愛別離苦……。
抗いしも「書き直霊」されし魂……。
子神達の想いの継承と敗北……そして……。
(……そうでしたか……ヤチホコ……いえ、イザナギたる『竜輝』……。
あなたが胸中に抱えし艱難辛苦……如何程のものだったでしょう……。
私は、いえ、私も、『己が想い』で動き、詠いましょう……。
此処に誓います……。
我が身命は……世界を輝きの中に産まれ直霊せんとする統治之神威を助く為に!
世界を安寧に導き、鎮護せんが為、そのすべてを捧げましょう……!)
オオトシは世界の深淵、「大いなる真理」を想い描き、感応道交せんと願う。
重なり合い、賜る真理の言葉。
それは、己の在り方と「緋徒乃詩」の真意。
「――そうでしたか! 私が受け継ぎし緋徒乃詩……。
何故の紅蓮と深緑……天に昇れぬ存在か……。
昇れぬではなく、『昇らずに、地上を護る』……。
我、真理、今ここに悟りたり!」
オオトシの大焔が矛盾を昇華し輝きはじめる。
それは、ヤチホコとは違う、彼等が元より抱いていた「真輝銀」の輝きが究極に研ぎ澄まされし光。
まさに、地に足をつけ、生きとし生ける存在の王として、オオトシは白銀の輝きを放つ。
輝く彼の掌が、自然と石版へ伸びる。
すると、同調する様に観る間に輝きを放って碑文が浮かび上がる。
「礎なる大地」。
「――我が業は我が為すに非ず。今こそ目覚めよ! 礎なる大地『天之磐船』よ!!」
突如星が歓喜を顕すが如く、大地を激しく震わせ揺さぶる鳴動が起こる。
『……地上之王降臨確認。神威認証完了……。
――これより、我、『大地之鍵』として目覚め直霊せん。
王の『想念』賜り、天之磐船へと誘わん!』
沙羅双樹に純白の花が咲き誇り、真輝銀の法雨が降り注ぐ!
「……参りましょう……。
我が半身たる天之磐船の待つ、大倭乃国へ……!」
オオトシと石版は、音もなく扉を潜り抜けて無事聖塔へ帰還する。
「……悟りし、か……! 素晴らしきなり」
梵天王之代行者は感慨深く頷く。
「……彼と想い分かち合い、この世に希望を降り注がん為に!
大倭乃国の王、いえ、『地上之王』オオトシ、天之磐船の下へ、今、馳せ参じます!」
霊性乃身体の彼が緩やかに浮かび上がる。
静かに廻天し、見据えるは東の方角……。
「『大地之鍵』よ、いざ参りましょう」
その瞬間、オオトシと石版は、聖塔の壁を突き抜けて、遥か東の果てへと飛翔していった。
音を遥か彼方に置き去りにして、大地之鍵と共に己の国を目指す。
――弐 すべてを掌り想い滾らせん――
――天神が天降りし国、大倭乃国。
国の入り口に佇む武骨な石舞台、天之磐船。
「想いの身体」とも言える彼は、すり抜けるように中へ潜り込んでゆく。
「……『王』の言霊……ここに書き込み直霊せん。
これより、我、大地之鍵、王と天之磐船を繋ぐ架け橋とならん!」
響き渡る宣言と共に、壁面の窪みへと静かに嵌まり込んでゆく。
それは、『終焉りの刻にて創世の刻』。
悪夢に苛まされ、誘われる様に「竜輝」が忍び込み、運命の邂逅が為された玄室……。
まさに其の儘であった……。
(……なる程……それすら仕組まれし記述の定め……いいえ……違います!
支配の記述を拒む為、『希望の詩』たる一冊の書物へと身を窶し、『一縷の燈火』を彼へ捧げんとした……彼女の決死の誘い……でした、か……!)
全てを悟ったオオトシは、大地之鍵の宿った壁面の下にある石棺へと入り込む。
すると、石棺が縦横に回転して立ち上がる。
そのまま後方へと引き摺られる様に滑り征く……。
緩やかながら重々しく壁面に衝突し、石棺と大地之鍵が重なり合う。
その瞬間、船全体を震わす大地の唸りの如き地響きが起こり、真輝銀の剣の奏でる、鋭く劈く鍔鳴りの様な魂震わす高音と一つになる。
「……『王』の眞理乃命脈と繋がり直霊せん。
これより、天之磐船、王の想いの儘、動く事叶いしなり!」
オオトシは、自神の「眞理乃命脈」が、天之磐船全体に広がってゆくのを観じる。
己の掌、脚の如く観じとれる船体……。
「成程……これならば、想うが儘、大地駆け抜ける事叶います!
参りましょう、緋の神威に連なる徒の下へ。使徒集いて我等が王の待つ天へと!」
大地の枷をも己が権能に翻し直霊し、巨大な石舞台が『浮き上がる』。
音も風も立たせずに浮かび上がるその姿。
復活し目覚めた天之磐船に、大倭乃国の民が真寧なる想いで祈りを捧げる。
その祈りをも力に換え、天之磐船は力強く真輝銀に輝きはじめる。
「……こ、これは!? 『大地の枷』を翻し、跳ね返さん力にて浮かび上がっているの、でしょうか……! 故の、音もなき滑らかさ……!」
武骨な石舞台に宿るいにしえの叡智に、オオトシは感嘆の声を上げる。
「我が大倭乃国の民よ、私はオオトシ。
この、天之磐船に選ばれし者。
これよりこの地を離れ、『緋の神威に連なる徒』と共に、統治之神威へ加勢いたして参ります!」
国中に響き渡るオオトシの声。
それは、低く落ち着き払っているもいつもとは違う、圧倒的な「熱を帯びた」声。
神話に遺る船を、自国の王が繰りて宙に舞わせる奇跡に、大倭乃国の民の熱狂は極限に達す。
溢れんばかりの想念。
そのすべてが、煌く白銀の竜巻と化して天之磐船に集束されてゆく。
「……想念積層機関充填満願。
今此処に、想念積み重なりし極みを超えん。
四氣王と感応道交願い、これより全力を以って航行叶わん!」
どこからともなく途轍もない氣力が集束してくる。
「流転之理」に従い、最初に届くは北西の方位。
「おぉ、これは……若き王よ、遂に成し遂げたりであるか!」
眼前を翔け抜ける大地の氣力の奔流に、伏犠が喜びを露にする。
「本に素晴らしくも凄まじきですわ……。
かなりの氣力、持ってゆかれましたわ……!」
大地の女王、女媧が驚きと共に微笑む。
次なるは西方、宍追いし湖。
「鏡水顕導神……もしや我が愛すべき……?」
「左様。若き王オオトシ、此処に真に目覚めん……。
故、我が大海、あらん限り貸し与えん!」
クシイネダの驚きに対し、喜びを露わに鏡水顕導神は己の権能を振り絞る。
大瀑布と化した気力の奔流が、目覚めし王の元へ波打ってゆく。
遥か遠方、大秦にある焔王之座山。
「……やりおったか、地上之王。
真に王となりし其方へ、我が大焔も……!
『紅蓮』『紺碧』、そしてそなたを顕す『深緑』!
全て捧げんとしよう!!」
大焔の王、封輪火斬の想いを受け、焔王之座山が激しく咆哮を上げる!
それは、遥かな東方目指し放たれた。
山吹の大地、紺碧の大海、紅蓮の大焔、そして……最後、天より吹き荒れる「新緑」の大凬……。
「え? な、何? ものすごい大凬が、ボ、ボクから抜き取られていく……!」
北を目指し飛翔するスセリが、自神の氣力の異変に驚く。
スセリは一瞬よろめくも、再び持ち直そうとする。
「――スセリちゃん、大丈夫ですか?」
すぐさまヤチホコは、彼女の掌の中へ飛び降りる。
「う、うん……あ、だ、大丈夫!
この世界に遍く大凬が……ボクを癒し直霊してくれたみたい……。
もう平気だよ!
一体何だったのかな……?」
何かを観ずるも、皆を落とさぬ様スセリは飛翔に専念する。
――参 四氣王霊氣纏め放たん――
変わって石舞台内部、大地之鍵。
「……四大すべての四氣王と一蓮托生呪、ここに叶わん!
これにて星の持つ氣力の全て、この身に集める事叶いしなり!」
「……凄まじき力です……!
この権能を以って……我が身を皆の『礎』とし、助けに参りましょう!」
四色の霊光を迸らせる。
それは、風を斬り、水を疾走らせ、炎を放ち、大地を滑りゆく船。
全ての理を極限に駆使し、無人の野を征くが如く、妨げをすべて直霊して突き進む。
「タカヒコ、ミカツヒメ、アビヒコ……。
そして我が朋友……共に祖神祀りし者よ……。
いざ共に征かん!」
大地の顕現たる磐船を駆り、オオトシは魂の同胞を求め、音も、空も、すべての間をすり抜けるように滑走していく。
駆け抜けし後、彼の魂を象徴する、清廉なる白銀の鍔鳴りだけが残響していた。
肆幕 真寧なる 連なる想いといざ征かん統治之神威
「タカヒコさん、ミカツヒメさん、本当に良かったです……!
そしてオオトシ兄……!
彼等は必ずやここに駆け付けてくれます。みんな、僕等も征きましょう!」
一蓮托生呪でタカヒコ達の共に罪を背負うすさまじい覚悟と静謐なる儀……。
そしてオオトシの独神の悟りによる、天之磐船の覚醒……。
運命の大いなる改変を観じ、ヤチホコ達はスセリの翼にて北を目指し飛翔する。
隣にいる彼女を、ヤチホコは、それと無く観る。
頬を伝う美しく輝く煌きに、ヤチホコも異体同心で胸中が熱くなる。
「お義姉さま……本当に良かった……。
流石……ね、お兄さま達……。
剣之神威さまの御柱の前で、これほど完璧な御陰之目合を顕されるなんて!
でもね……あの絶望の刻以上に、今のわたしは自分の想念の在るが儘、この地べたを歩むって決めているの。
いつか、ううん、絶対、ヤチホコくんとあの高みへ続いてみせるわ……!」
二人の話を聞いたミチヒメの覚悟。
「はい、そうですね……。
いつか、タカヒコさんたちの様に……。
いいえ、今のは忘れて下さい!
僕はまだ……乙女への理解が足りなさ過ぎて……。
きっと『儀』としてしか出来ない気がします……。
でも、きっと……いつか……」
ヤチホコは一瞬目を伏せる。
見つめる自神の掌。
それは……彼の抱く、一介の善男子でありたい想いを、瞬時に霧散させる程の神威を放つ。
戸惑いでも気恥ずかしさでもない、恐怖と自責の想念。
しかし、彼は真寧な想いでミチヒメの想いへと応える。
その直後、他の乙女達から、新緑の暴風、山吹の波濤、紺碧の巨濤、そして七絃の爆雷が降り注ぐ!
ヤチホコはその波動に感謝を籠め、「優しく」見つめる。
すると、誠実な想いの法雨が降り注ぐ。
天啓の滴は、たちまちの内に彼女達を安寧の想いへと、癒し直霊して安らかに鎮めてしまう。
幾度となく降り注がれる慈愛の法雨。
その度に天界は色鮮やかに変貌し、世界の全てから溢れ出る朱金の輝きが、彼等の飛翔を祝福している。
ヤチホコは意を決し、眼前の財宝之神威の居城、北の神殿を見据える。
先程の法雨とは全く異なる、強く直霊せんとする想念。
それは、先の廣目天との別れ際に放った、星の誕生の如き爆発的な氣力。
其の輝きは朱金の極限、究極の輝きたる緋緋色金。
火柱を超える、あらゆるすべてを包み込む波動。
その途轍もなく強力な波動に、天高く舞う天超飛翔神威之城でさえ弾き飛ばされる様に大きく揺らぐ。
(……僕の大切なみんなが……共に楽しく笑い合える幸せな世界へと!!)
ヤチホコは直向きで苛烈なる宣戦布告を叩きつける。
今、統治之神威率いる緋の神威に連なる徒は、最も警戒すべき四大王の長の神殿へと降り立つ。




