詩片の狭間 天を貫く慈愛の法雨 前編
壱幕 天界を癒し直霊す慈愛の毒
「……これなら、数刻で北の神殿まで行けそうですね!」
風と共に、音をも斬り裂いて飛翔する一行。
しかし、雷鳥は聖塔を超えてこの天界に来ることは叶わない。
「……目論見の通りかと存じます。ワラワのみならば、空を舞い彼の武神のもとへ出向くこと叶います。
しかし……皆を引き連れて参るとなると、なかなか難き事であったと存じます故。
スセリ殿、ご足労おかけいたしますが、お頼み申し上げます」
新緑の大凬で前方を覆われ、優しく直霊された微風に頬を心地良く撫でられながら、ヒメはスセリへ恭しく礼を述べる。
「大丈夫、ボクなら気持ちいいくらいだよ! みんなは……ミヅチちゃん、息できる?」
新緑の翼を湛え飛翔する巨大な女神が心配して確認する。
「スセリおねえさまありがとうですの。とっても快適ですの!」
灰白色の髪を揺らし、心地よさそうにミヅチは応える。
眼下には……先程のヤチホコの想いの籠められた鮮烈なる法雨に『撃ち抜かれて』しまった神威達の熱烈なる声援。
男神女神問わず、口々に想いの籠った声援が飛び交う。
「先の独白聴きしなり! 邁進されよ新たなる、泥臭くも直向きな統治之神威よ!!」
「乙女として応援いたしますわ! 最高に甘やかな想いの絶唱を、みんなに振りまいちゃう優しく危険に酔わされちゃう『愛すべき』王さま!」
口々に向けられる応援という名の想い。
毒の法雨に当てられたから、それだけではない。
そこに籠められた、直向きで真寧なる、他者への広大無辺な慈愛……。
まさに、万物の父神たる彼にしか出せない寛大さ。
それを魂で受け止めた故の、至極当然の反応であった。
「……もう本当、この世の全てを抱っこしちゃうほどだわ、アンタの想いは! 最高だわ!」
キクリは神威達の反応、そして、ヤチホコの目覚ましい生長で更に大きく観える背中から、毒の法雨を痛烈に浴びせられ、思わず抱きついてしまう。
「まぁ! キクリおねえさまずるいですのーっ!」
言うや否や、ミヅチは水を纏いヤチホコの腕の中へ滑り込む。
「……やっぱり、落ち着き、ます、の……」
腕の中に入った瞬間、ミヅチは恍惚の微睡みに誘われる。
ヒメは……スセリと協調して飛翔を維持している為、唇の端を噛み締めて耐え抜いている……。
「……もう、『想いの発勁』を撃ちまくっている様なものね、ヤチホコくん、あなたのその『毒』は」
次々と「倒されてゆく」仲間達、眼下に広がる声援の群に、ミチヒメは引き攣りながらも感心し、皮肉に頼もしさと自身の想いを籠める。
「……皆さんが『幸せな想い』で満たされるなら……良いのかな、今は、そう思います」
ミチヒメは己の迂闊さを呪った……。
最早彼の想いの籠った言葉は、言霊を超えて「神呪」に等しい。
その波動は四大王天全域に放たれてしまった。
西の空に立ち昇る真寧なる妖艶な波動。
「廣目天さま……素晴らしくも艶やかすぎるこの波動……あ、あの……私……ッ!」
謙虚乙女の言葉を遮る、熱き抱擁と神威の息吹。
(……案ずるが良い……我も同じ想いなり……!)
随喜の涙を流し、想いを交歓する二柱。
南の空からは荘厳で静謐なる想いが立ち昇る。
「――阿那迩夜志、愛袁登売袁」
増長天の真寧なる想い籠った神呪。
「阿那迩夜志、愛袁登古袁……」
グラティアも清廉で静謐なる想いで応える。
「実に素晴らしき法雨なり。此度は更に素晴らしき儀と成らん」
深紅の身体に立ち昇る炎纏いし黒蓮華が朱金に輝く。
「仰る通りでございますわ……まさに慈愛の波動……神聖なる儀を飾るに相応しきかと……!」
彼女の肢体に咲き誇る、薄紫の蓮華から真輝銀の眩い輝きが迸る。
「……実に素晴らしき想いの交歓でございます。ワラワからも祝福の想い籠めていざ降り注がん」
ヒメの言葉共に降り注ぐ七絃に輝く花吹雪。
それは、すべての想い交わす存在への祝福。
「素敵ね、本当に羨ましいわ……。あぁ、ダメ、わたしはそんな風には、まだ……!」
ミチヒメから自身の情欲が溢れそうになりかけた刻、下方から激しい新緑の竜巻。
その暴風ともいえる突風で正気へと落ち着き直霊される。
「もう! ボクが何にも出来ないからってみんなずるいよ! ボクだって、ボクだってヤチと……!」
ヤチホコの横からミチヒメの、軽い肘打ちの囁き。
瞬時に悟り、ヤチホコは意を決し真寧な面持ちで頷き、想いを顕す。
「……行ってきます……! スセリちゃん、掌を!」
ヤチホコはスセリの背より飛び降りる。
「わ! ヤ、ヤチィッ!」
慌てて拾い上げるスセリ。
「ここなら良く観えます! ごめんなさい! スセリちゃんが頑張ってくれているのに」
ヤチホコの真っすぐな謝罪。
分かっている。自神の内にも宿りし、根源神威の持つ引力であると。
「……でも、スセリちゃん自神が抱く想いは、『楓ちゃん』とも『ナミ』とも違う、『スセリちゃん』だけのものです……! 一番感謝しなきゃいけないのに……。今も、今迄も……ありがとうございますスセリちゃん!」
至近距離で放たれる鮮烈なる法雨……。
瞬間スセリは気を喪うも、察知したヒメの雷光で目覚めさせられる。
目覚めるも、止め処ない胸の高鳴りと大焔を吹き上げそうに染まった顔は治まらない。
「ヤ、ヤチ……本当にとんでもないね……でも、ボクなんでかな? ミチヒメさんやみんなよりも……ずっとずっと強力に効いてしまうみたい、ヤチの『毒』……」
その言葉を聴き、ヤチホコは自神の胸も高鳴るのを観じる。
「……ありがとうスセリちゃん……。
きっと……永い刻、詩片の狭間に身を隠し、輪を廻りながら僕と逢える事を誰よりも待っていてくれた、その想いの永さからくる強さ……。
そう、響いてきま……ッ!」
「ヤダ、ヤチのエパタイ! そんなはっきり言わないでよ!」
恥ずかしさの余り新緑の暴風が起こりかけるも、誠実な想いの籠った法雨が降り注いでたちまち鎮めてしまう。
「……これもあの刻、身命を賭した結果、そうですよね蛇神さま?」
ヤチホコは、スセリと融合し内に眠る蛇神へと尋ねる。
(……左様。スセリは素晴らしき次代の大凬なり。故、丁重に扱いし事、我よりも願わん……)
蛇神の言葉を胸に深く刻み、ヤチホコはスセリに深々と長揖する。
「ありがとうございます! スセリちゃんのおかげで、この、雷鳥すら飛べない天界を高速に移動できています。
そして、そ、その想いも……ありがとう」
仄かに頬染め、ヤチホコは素直な感謝を想いとして顕す。
それはまさに甘露の法雨……。
受けた眼下の女神達が、堪らなくなり態々飛翔してヤチホコへ熱烈なる応援の想いを届けに来る。
間近で直撃したスセリは……彼女達へ甘やかな嫉妬を渦巻かせる事も忘れ、至上の恍惚の中、北の神殿へと飛翔してゆく……。
「あのスセリの嫉妬すら一瞬……!
どこまで強力になろうとも……わたしはわたしのまま、諦めない想いを伝え続けたい……。
でも、これはもう反則だわ……ずるい……」
離れていたミチヒメでさえ、眩暈がするほどの鮮烈さに、「神威の水」を嗜めたかのようにふらつき、頬を染める。
法雨に酔いしれる神威達の熱烈な応援を受け、一行は財宝之神威の居城、北の神殿へと向かっていった。
弐幕 奈落を掴む御陰之目合の試練
天界で降り注いだ甘露の法雨……。
それは、地上の法理之城までも届く程であった。
「破滅の砂音」が止まりし世界に遺された爪痕が、法雨によって癒し直霊されてゆく。
「……流石は統治之神威。こちらも間に合ってよかった……!」
「ええ。まさにその通りですわ、『我が背』タカヒコさま……」
以前以上の睦まじさで抱き合う、タカヒコとミカツヒメ。
「もしや、あの試練乗り超えられしは、この法雨の助力もあっての事かもしれんな」
述べた瞬間、タカヒコは眼を閉じ、精霊神達にあらましを尋ねる。
「そうか……すでに二柱も……素晴らしきなり!」
「本に頼もしき義妹義弟たちですわ。まさに魂の底から、想い抱きますわ」
穏やかに嫋やかにミカツヒメは頷く。
その所作からは絶対心をも超える気品すら観じる。
「……彼の王目覚めし刻……共に馳せ参じ、我等が権能を捧げ尽くそうではないか」
「仰せの儘に……我が祖父神も喜び勇んで馳せ参じる事でしょう……」
力強く笑みを浮かべ天を見遣る。
視線の先は……法理之城の権能によりどこまでも澄んだ蒼穹の彼方に揺らめく聖塔。その最上、四大王天。
「……今のおれ達ならば……必ずや力になれる!
特にそなたの試練は、厳しいものであった……。
まさに覚悟に至る程に……」
「ええ……。しかしそれも我が背と成られましたあなたさまの御力、想いのおかげで成し遂げられましたわ」
想い還すも激しく静謐な試練であった……。
ここは神託啓示ノ國にある神殿横、浄めの泉。
法理之城の権能を受け、清浄極まりない静謐さを顕していた。
「……では双方、よろしいであるな? これよりわしは儀を執り行い、この場を護りし結界の柱と成らん! 我曾孫、そして愛弟子よ、後はまかせたり!」
その言葉を最後に、剣之神威は巨大な御柱へと変貌してゆく。
――御陰之目合の儀。
彼等は己の限界を超えんが為、意を決し、己が闇と向き合わんと決行した。
ミチヒメに鏡写しの如き経験を持つミカツヒメ。
彼女は儀により、己が業の顕現として修羅道へ堕ちる。
支配者阿修羅王より試練を受けるも、タカヒコの禰宜の権能の助力の下、決死の想いですべてを掴み、乗り超える。
阿修羅の真理を悟った二人は、境涯を突き抜け遥かなる天へと昇りつめてゆく。
昇りゆく中、取り囲むように現れたのは、タカヒコの権能が呼び寄せた、ミカツヒメの掌にかかり輪を廻りし精霊神達。
(ミカヅチ、いいえミカツヒメ……。
あなたも……我ら以上の犠牲者であった事……。
これまでの真寧なる祈りにも似た贖罪の歩み……。
そこに宿りし切なる想い……。
ミカツヒメや……『我等』も節理の輪の中に紡がれしなり……。
案ずる事なく、廻り逢えし伴侶と共に征くが良い……。
一同、その想いしかと受け取りしなり。今此処に、我等が想い顕さん!)
最後に顕れたのは……郷を強襲した山賊に、凌辱される彼女の眼前で屠られた両親。
父母が贈りし言の葉と共に舞い降りしは、真輝銀の花吹雪。
彼等は一人、また一人と、花吹雪を振り撒いては天へと還ってゆく……。
「伴侶と共に」その言葉を遺し天へと両親が還りし刻、一際強くタカヒコが彼女を抱き締めると、想い顕し世界が変容する。
それは……山吹の大地に抱かれる碧緑の水と風……。
重なり合い混じり合い、合一し顕れるは……「逞しく清浄な山々に抱かれる清廉な湖」。
恐怖と屈辱に塗れし背徳なる情欲が、安寧なる随喜の恍惚へと詠い直霊されてゆく……。
そこは、六欲天すら遥か超越した境涯。
すべての存在の「声」が聴こえ顕る世界、「声聞」。
その荘厳にて清浄なる世界へと、二人の重なりし想いは昇りつめる。
訪れる随喜の恍惚……咲き誇るは熱情と親愛の紅蓮華。
染まりきる頬の色その儘に、昇りつめし祝福は、真紅の花吹雪と化して熱風に舞い踊る。
訪れる「安寧の充足」……。
感極まりしふたりは、共に「兜率天」へと至る……。
「数多の過ちを犯して参りましたワタシが……よろしいのでしょうか……。
『我が背』タカヒコさま……。
あなた様の逞しく優しき腕の中、この様に想い溢れんばかりの甘美なる恍惚へと至りし事……。
あぁ……。
このまま輪を廻りしも……。
一塵の後悔無き、身に余る光栄でございますわ……」
恍惚なる真なる随喜の一滴。
ミカツヒメは至上の幸福へと至りし感謝を、『我が背』と呼べる存在となりしタカヒコへ、想いを籠めて頬を擦り寄せ、唇を押し当てる。
「これからも……精霊神達に恥じぬよう、共に……そして『とこしえに』罪を償い征かん事……此処に改めて誓おう!」
兜率天に降り注ぐ真輝銀の花吹雪。
それは……「世界の希望たる存在の目覚め」への、喜び溢れる祝言であった……。




