第26倭 煩悩抱き高みを目指さんと直霊せん 産霊(むすひ)
其之玖 直向きに 熱き想い顕し直霊せん
ミチヒメは再び横目に見遣る。
そこに在るのは、真輝銀の長髪を棚引かせ、二柱の事を心底喜ぶ笑顔。
そして、ミケヒコへ顕し切れない感謝を伝える我等が王の姿。
(……やっぱり、ね。まだ、気付かないよね、ううん、『気づけない』んだわ……! でも、わたしはずっと……)
満面の笑みで彼等の姿を見つめる想い人の横顔。
それは究極の真理の深淵に引き摺り込まれるかの如き、抗いきれない根源的な引力。
まさに、魂ごと惹きつけられてしまう究極の『毒』。
熱を帯びた視線に気づき、ヤチホコは一瞬ミチヒメと目が合う。
(……あぁ……きっとまた最高の『毒』を法雨のように降り注いでくるわ――ッ!)
そう、覚悟を決めた彼女の目に映るのは……観た事もないほど頬を染める統治之神威……。
ミチヒメはそのまま力強く彼に抱擁される。
「ちょ!? ヤ、ヤチホコくん!!」
言葉とは裏腹に、彼女の身体はすでに彼以上にきつく抱きしめ返している。
「……ありがとうミチヒメさん……あなたの僕を想ってくださるその気持ち……。
それが彼女の心の苦しみを癒し直霊して下さいました……!
本当に、ありがとうございます……。
そ、そして……その、僕の事をそこまで……想ってくれる事も、一人の善男子として……きっと、凄く、嬉しいと思いま……!」
ヤチホコの言葉を必死に阻む様に、天降りし咲雷と新緑の暴風と紺碧の沖つ波と山吹の岩塊が一斉に襲い掛かる!
「ま、まだだめですのーっ!!」絶唱するミヅチ。
「そうだよ! だってヤチはボクのヒコ……のはずだもん!」可憐で甘やかな嫉妬の嵐を起こすスセリ。
「ごめんねミチヒメ! アタシもまだ甘えさせて欲しいん……だわ!」両の掌を合わせ目配せして謝るキクリ。
「ミチヒメ! 『ワラワの』崇敬せん統治之神威、ヤチホコ殿に対しなんて不敬を! 断じて許しませぬ!!」兜率天処か……ミケヒコの如く、「強く欲す」想い露わなヒメ。
「……もう。でもまぁ、いいわ! ほとんど想いは聴けたしね。わたしはこれからもわたしらしく、諦めないだけよ!」
満面の笑みで、少しだけ不敵さを湛えてミチヒメは応える。
「……皆の衆、わたくしの『背』でありますわ。お忘れかしら?」
スセリの背後から沸き上がる深紅の気勢。根源神威之妹。
「根源神威之妹様の仰られる通りですかと。ですが、最も苦楽を共にしているのも……常に我が愛すべき主であるヤチホコ様に愛でられて抱かれているのは私ですよ、皆さん!」
カンナは、瀬尾律の姿に顕現して得意げに応える。
混然とした彼女達に対し、意を決した様に、ヤチホコは自神の想いを宣誓する。
「……今世は妹の様な、護ってあげたくも頼りがいのあるスセリちゃん。
みんなより年端も行かぬも、健気に頑張るミヅチちゃん。
普段は頼れるのに……僕にだけには甘えてくれて、一人前の善男子として認めてくれるキクリ姉。
まさに身命を賭して僕に、とくに統治之神威としての僕に敬愛を抱いて下さるヒメさん。
そして……前乃世の『妹』でもあり、今やスセリちゃんの氣力の源泉にすらなってくれている、僕よりも遥かに神威らしい根源神威之妹……。
それから、先ほど言ったように……その、ちょっと楓ちゃんの様な頼れるお姉さんでもあり、まさに導き手でもあり……真剣な想いで一人の乙女として僕を見つめてくれるミチヒメさん……。
そして……彼女の言葉の通り、最も傍にいてくれて一番助けてくれて、僕も最も頼りにしているカンナさん……。
その、母さんのような面もあり、姉さんの様でもあり、臣下のようでもあり……。
ごめんなさい今まで気づかなくて……。
僕に想い寄せて下さる……その、とても美しく素敵な一人の乙女……。
カンナさんの……瀬尾律としての姿……実はいつも素敵だなと見惚れてしまっています……。
本当に……素敵だと思います……。
全く至らないかも知れませんが、これが……いまみんなに抱く僕の真寧な想念です!」
山桜の実のように、頬処か顔中、いや、全身を朱に染めてヤチホコは天に向かい閉眼して絶唱する。
勿論……当然の帰結として、乙女達全員、彼と言う、直向きで泥臭くも鮮烈な毒に、しかも想い籠められて壮絶に振り撒かれた法雨の放つ、抗いきれない絶対的な引力で、飛びつくように吸い寄せられて抱きついてしまう。
そのまま、彼女たちの想いの奔流に流される様に、ヤチホコは連れ去られてゆく。
「――フッ! そうだ、其の『ぬるさ』こそが他者への『温もりと慈しみ』の源泉……。今のオレは覚悟を以ってそう想えるぞ!」
ミケヒコは連れ去られてゆくヤチホコの姿を、微笑ましくも『頼もしく』観じて見送っていた。
皆がヤチホコを連れ去っていく中、小走りに駆け戻ってくる姿。スセリとミヅチ。
この戦場において、あまりにも凄惨過ぎた二柱の過去に、打ちひしがれて何も出来なかった二人。
「あの、おふたりの前乃世のお話……。
ボク達には……とても分かり合うことも分かち合うことも許されない位……大変なもの。
ボクにはそれしかわからない……。
でもね、『今』なら……ボクにも伝えられることがあるよ」
スセリが静かに取り出し、敬愛乙女に差し出したのは、法理の水。
「……これは、想い描いた欲しい味になる水だよ。今ならおふたりが抱く思い出の味を、笑顔で分かち合えると想うよ」
新緑と深紅が掌を取り合い、優しく二人を包み込む。
「……ミヅチも……お二人のお辛さをきちんと抱き留めきれませんでしたの……。
ごめんなさいですの……。
でも、本当に苦しくて、お辛かったのだけは……ミヅチでもわかりますの……。
そして、おふたりであの前乃世を乗り越えられた事、それだけはありありと伝わってきていますの……!」
差し出すのは……やはり法理の水。
「これは……おにいさまが『外なる刻』で好まれた味ですの。
ここにはない、先の世の、とーってもおいしい味ですの!
おふたりの先の世を……これでお祝いされると良いと想いましたの……!」
懸命に伝え、増長天に向かい、両の掌で水筒を差し出す。
小柄故全く届かないで慌てるミヅチを、増長天は優しく微笑んで抱き上げる。
「龍の姫よ、そなたの想い、しかと賜りしなり……。闇に囚われていたとは言え、そなた等の存在、軽んじてた事、此処に丁重に謝罪せん。すまぬ……!」
増長天は、ミヅチを高く抱えたまま、深々と頭を下げる。
「己の身に宿りし境涯など、己が想念にて、如何様にも高めんが事叶いしなり……!
まさにそれを、そなたらの愛すべき王に、民衆の身にて鮮烈に叩きつけられしなり!」
そこまで言うとミヅチを静かに、慈しみを籠めて下す。
そして、跪いて敬礼の念を顕し、丁重に水筒を受け取る。
「有難き……! しからば早速頂くとしよう。まずは、まさにそなた等を顕す、『先の世』への可能性のつまりし味を」
増長天は器になっている蓋に、馨しい乳の法理の水を注ぎ、徐に一口味わう。
「な、なんとこれは……牛の乳に斯様な味付けをせんと致さば……。実に素晴らしく安寧に導かれし味……それでいて明日への活力すら湧きあがらんこの高ぶり……!」
増長天は、一口目に安らぎを、残りを飲み干すうちに身体の高ぶりを観じた。
「あら、それでは私も……。まぁ! なんて言う……!
これはまさに、錬の後の最高の褒美となりましょう……!
おふたりとも……私達の想い……分からずとも受け止め、受け入れようとして下さったこと……私からも感謝いたします……。
ありがとう、先の世で必ずや真なる神威に至るでしょう希望の乙女達……」
敬愛乙女もその味、そして二人の直向きな想いを感謝と共に受け入れる。
「……ふたりの思い出の味は……ふふ、夜に二人きりで味合わせていただきますわ……!」
その言葉に、スセリとミヅチはは赤面して両の掌で口元を覆うも、満面の笑みで頷く。
「さぁ、あなた方の王を追いかけて征きなさい……輝かしき先の世を齎さんが為に。 私……私達は、覚悟を以って確信して待ちましょう。
あなた方、緋の神威に連なる徒が齎さん、管理ならざる自由を!」
彼女の言葉を胸に抱き、二人もまた、笑顔で手を振りながら、皆の処へと還っていった。
あまりにも自由な、そして「想うが儘」に直向きで純粋な彼等の姿に、増長天は半ば呆れるも、確信を以って笑みを浮かべる。
「……あれで良いのである、な……!」
「……はい! 少なくても『私も』……もう我慢いたしませんわ! 我が愛しき神威さま……!」
言い終える前に抱きつく敬愛乙女。
しかと受け止める増長天。
「……ワラワの境涯『兜率天』すら超えし交歓……羨望を以って湛えましょう!」
ヒメの言葉によって、彼等を祝福する朱金の花吹雪が舞う。
「想い重ね合いて……『育み産み直霊』されるがよろしいかと存じ上げます……!」
少しだけいたずらな笑みを湛え、ヒメは目配せして二人を祝福する。
「さ、左様である……な? 今度は愛の想念の交歓として……!」
「はい……是が非にも御陰之目合の果てに昇りつめたく存じ上げます……!」
敬愛乙女も頬を染めながらも、ミチヒメに倣い素直に己の想いを伝える。
「統治之神威、いやさ『竜輝』!
そして、ヒメをはじめそのともがら達よ、後はまかせたり!
ただ、持国天はともかく……財宝之神威には気を付けられよ!」
慮り言の葉を託す増長天に、清廉な微笑みを湛え、ヒメは恭しく長揖する。
静かに向き直り、先ほどの想愛開闢呪の影響で緋緋色金に輝く空を、皆の下へと飛翔していった……。




