詩片の狭間 穢土即浄土 煩悩即涅槃(えどそくじょうど ぼんのうそくねはん)
静寂の夜空、その最上に昇りつめた月光が、雪嶺を青白く優しく照らす。
岩間から湧き出る熱き泉。
古より伝わりし、「予言聖者の乙女の泉」。
この道をゆかん者たちすべての、己の身体治し願わん処。
その聖なる熱き湯が、五人の乙女たちの身体を包み込む。
衣と共に蟠りも脱ぎ捨てた、一蓮托生呪によって魂が混ざり合った乙女達が、一糸纏わぬ身と心で、湯煙の中語らい合っている。
――六根清浄懺悔罪障消滅 ヒメ――
――眼、耳、鼻、舌、身、意。
六根を清く浄め、己が罪を祓い滅せねばなりませぬ――
ヒメは、湯浴みの前に横の滝に打たれ、禊をしている。
しばらくして静かに湯船へと戻り、水面に浮かぶ月を見つめている。
「……ワラワの雷光が、ヤチホコ殿の胸を射抜いた刻のあの掌の重み。
崇拝を偽りの浄土として顕し、絶対的な呪縛により永久に閉じ込めんといたしました……。
剰え輪を廻らんとしては、ワラワの付与快癒呪で想念の赴くままに癒し直霊し続けん……。
斯様に独り善がりに強情に欲っせんが想いに塗れし信仰と崇拝の皮を被りし劣愛なる呪縛。
しかも……ワ、ワラワは……肌触れ合いこの身に彼を埋め恍惚なる悦びを貪る始末……。
各々方……最早既知と存じます。
……ワラワは、ヤチホコ殿をワラワだけが存在する世界にて、想いを曝け出し無理筋を徹し、我が欲望の雷にて穿ち抜いたのでございます……!
想い還し直霊せんといたしますれば……ワラワは、ワラワが……断じて許せませぬ……!」
――深達罪福相 キクリ――
――何がアタシの中に罪を生み、福徳を生むのかを深く解りたいわ――
湯煙の向こうで、キクリも己の狂気を認めるように頷き、自嘲と後悔を湛えた微笑みを浮かべている。
「アタシもよ、ヒメ……。
アタシの檻は、岩でできた揺籃。
ヤチホコを赤子として閉じ込め、アタシだけが世話して育てたかったんだわ……。
それこそ、知らない母の勤めを、身勝手な想いを籠めて必死に振舞ったわ。
ヤチホコがアタシの乳で溺れて輪を廻りかけている事にも気が付かないで……。
アタシ、アタシがずっとお世話できるように、あの子が育つことを許さなかったんだわ。
育てる想いや慈しみなんかじゃない。
アレは……まさに縛愛と言う名の石棺……。
思い出すだけでもまた渓谷の底に埋まりたくなる……わ!」
――悪鬼入其身 罵詈毀辱我 ミチヒメ――
――悪鬼がわたしの中に入り、秘めた禍々しき想念を吐き出させ、あなたを、罵り、そしり、辱めた――
ミチヒメは、自身の溢れる想いに頬を染め、覚悟を決めて、一同に向き直る。
「……笑っていいわ、みんな。
わたし……もう、彼に壊れちゃったみたい。
それこそ、両手両足と言う、『自由』をすべて奪い、動けなくした上で……『わたしがあなたを護る』って……。
しかも、身動き取れないヤチホコくんの衣を引き裂いて……!
みんな、ごめんね……。
わたしはずっと……彼と逢瀬重ねる『妹背』になりたかったみたい……。
自分でもわからなかった……。
英雄王さまの面影を重ね、生長する彼に、尊敬と期待と信頼を抱いているのはわかっていたわ。
でも……独りの善男子として……こんなにも……ヤチホコくんを壊し尽くしちゃって彼がどうなろうと求めてしまう程に……『好き』だなんて……」
――放逸著五欲 堕於悪道中 スセリ――
――ボク、ヤチがずっとそばにいる事に甘えて、ずっといて欲しくて……堕ちたの――
スセリは、湧き上がる昏き想いに気付き、膝を抱え、水面の波紋に視線を落とし、猛省するように頭を沈める。
「……ぷはっ……。ボ、ボクもだよ! ミチヒメさん……!
ずっと変わらない穏やかさの中にいたい……その想いに捕らわれて無理矢理……ヤチの刻を止めて、何もしないでずっとそばに居てくれる様にしちゃったの。
『誰の事も想わず』、『誰の処へも行かない』……僕だけのヤチ……それこそがボクの想い焦がれた、『イヤな想いが魂から沸き上がらなくていい世界』だったんだよ!
でも、そんなのって、それってぜんぜん『ボクのヤチ』じゃないのに!
ボクは知ってる、知っていた。ヤチはホントにみんなの事をただただ真剣に救いたい、護りたい、慈しみたいだけって……。
でも、ボクの心の中のこの想念はどうにもならなかった……。
ごめんみんな……そして、ごめんヤチ……!」
――堅著於五欲 癡愛故生悩 ミヅチ――
――ミヅチ、おにいさまの気持ちも知らないで、本当に認めて欲しかったですの――
ミヅチは深く頷き、肩まで浸かり、目を潤ませ咽びながら正座している。
「……ミヅチは、ただおにいさまに、ミヅチが出来る様になったことを……ミヅチがおにいさまの楯としてお役に立てるようになったと……認めて欲しかったの……。認めて欲しくて、欲しくて、気付いたら縛り上げたおにいさまに大海をぶつけちゃっていましたの……!
それも『輪を廻らせる』ばかりに。
ですから、ミヅチ、自分で自分の事を『輪を廻らせ』ようとしましたの。
……そしたら、おにいさまが……一所懸命ミヅチを黄泉の淵から戻して下さいましたの……。
ミヅチ、あんなにひどい事をおにいさまにいたしましたのに……」
一同、先の自身の想いの醜悪さを思い出し、罪悪感に苛まされて鎮まり還る。
静かに、湯の流れ注ぎ込まれゆく音だけが響いている。
――十界十界互具十如是 五蘊衆生国土――
――全ての想いを全霊を以って顕し、受容せんとする神威の為に、今、我が想いも自在に廻らんと誓うなり――
ヒメは瞑目して皆の言葉を聴き、静かに深く頷く。
そしてあのはじめて執り行いし『契りの儀』を思い出し、七絃の瞳を輝かせる。
「……ワラワ達自身すら……許せぬ想いと振る舞いを……あのお方は、絶対的な神威ではなく、想念の強さと優しさを顕し、まさに身命を賭して我等が抱きし『愛ゆえの闇』ごと、包みこみ、救って下さりました……。
そして、ワラワに対してはあの静謐で荘厳なる契りを……この御恩、慈愛、そしてただ一人の、か弱く未熟ながらも真寧な善男子の懸命な救い……。
我等各々が賜りし、『真寧なる想い』を置き去りて消沈し、ましてや身勝手に輪を廻らんとするなど……それこそ言語道断でございます!
我が全霊を以ってヤチホコ殿に永久に尽くさんと追従し、精進に励む事こそが唯一の奉公で酬いでございます。
今此処にワラワは、七絃にてしかと観たり!」
瞬間、七絃連なり虹色に輝く霊光が迸る。
ヒメの想いの結晶が、彼女達を纏め上げ集束させる天蓋を成す。
――我等敬信佛 當著忍辱鎧――
――あなたに芽生えた想いを信じて、わたしはずっと耐えるし待つ。絶対、諦めないわ――
「そう、なのよね……。ヤチホコくん、全てを省みずに助けてくれて……。そして、真っすぐな想いで、わたしの劣悪な身勝手な情欲にも、身体ごと応えてくれるなんて……。
もうアイツったら……無自覚に鮮烈な『毒』振りまく、最高な王さまであって……今やっとわたし達にときめきを感じはじめた善男子……。
――『シパセエパタイッ(輪を廻るほど大好き)!!』。
あとね、みんな……もう一つごめん。
わたし、もう自分の想い、偽らない、諦めない、永久に彼を追いかけるって……。
そう、わたしは、『諦める事を諦めたわ』!!」
」
ミチヒメは、初めて観た、彼の『異性への動揺』を思い出し、今一度心に誓う。
――遍照於十方――
――今では……アンタがアタシを照らしてくれる光……だわ!――
「そう、そうだったわ。
ヤチホコ……もうアタシが抱かなくても……ううん、もうアタシが抱かれちゃうくらいに……それこそ父様の様に、そしてまさに根源神威様の如く……。」
キクリは、父以外で、初めての、『自分を力強く抱きかかえた』逞しく生長した腕を思い出す。
――波浪不能沒――
――おにいさまと一緒なら、ミヅチは二度と罪の海に沈み溺れませんの……!――
「……ミヅチも、そんなミヅチが気を喪って危なかった処を……おにいさまは神威の効かない大海の中に飛び込んで救ってくださいましたの……!
それと、あの、その……生命を救う為なのですけど……ミヅチ、はじめてを捧げちゃいましたのー!
でもでも、そしたらおにいさまも……あぁ、これはおにいさまとミヅチの秘密でしたの……!
……ありがとう、おにいさまぁっ……」
ミヅチは、自分の命を救う、はじめての『口伝の呼吸』を思い出す。
――想念即 如来秘密神通之力――
――どんな刻でも、久遠の輪廻を超える程のヤチへの想い、そしてそれを抱かせるほどのヤチの神威、緋徒、そして一人の善男子としての想いを、ボクは信じる!――
「そうなのよ……ヤチってばいっつもボク達を必死で想って……。
なのに、ボクは……みんなにも仲良く優しいヤチが許せなくって……でも、そんなボクの独り善がりでさえ、神威を遣わずに、想いで詠い直霊されちゃった……。
ボクのなかの二人も……昏い想いや、培ってきた罪ごと受け入れてくれたことが……とても嬉しかったり誇らしかったりしたみたい……。
ふふ、やっぱりボクのヤチは最高だね……!」
スセリは、内なる彼女ではなく、はじめての『自分の想いの罪』を受け入れてくれたことを思い出す。
乙女たちが想いを吐露した後、真輝銀の剣が煌く。
カンナは緩やかに女神へ直霊す。
そして、静かに瞳を閉じ、直霊の瀬尾律の権能を、「魂の言霊」として語り始める。
「……闇を認め、曝け出し、そのすべてを分かち合いました。
まさに先に顕現させた『ヒルメ』さまのお姿同様、我々は『我が愛すべき主』、ヤチホコ様を直霊とした、『世界を終焉から救わんが為の希望の神威』の、分御魂たちと言える存在になった事でしょう。
個は全、全は個。我々は今、真に異体同心。
生半な伴侶など及びもつかぬ絆、強力な縁の糸で結ばれ、運命と因果の縁によりて集いし、『緋の神威に連なる徒』なのです。
私もヤチホコ様を……皆さんご存じですね?
まさに言の葉の通り……『身命を賭して』お慕い申し上げております……。
それは、子を慈しむ様に、主なる神威として斎奉る様に、愛しき想い抱く善男子の様に……。
ふふ、皆さん、私も負けませんよ。
この想いは……『二番目に永く静謐にして苛烈』ですので……!」
スセリの内側より、深紅の猛りし神威が湧き上がる。根源神威之妹である。
)
「……然り。個としての恥辱、そして我が背への、焼き焦がされん程の想い。
今まさに互いが抱きし、曾てのわたくしの如き昏き劣悪なる禍々しき想念。
その穢れし想いの掌を取り合い、慈しみ合い、其れさえも己が罪として受け入れ、認め、『善かれ』と想い直霊て、『一なる全』として詠い直霊せん事と……誓いて欲すると宜しいですわ。
……さて、如何様にあられるや、乙女達よ。
外で護りに就かせし、あの『初心なる、幼くも愛しき我らが征く末の王』……。
驚くべき疎さ、鈍さ、愛らしさを秘めし……今世の我が背。
互いに憚らんとするならば……いっそわたくしが前乃世の縁をもちて此度こそ……『御陰之目合』に至らんとせんと……っ! こ、これ、控えよ……っ!」
見る間に蒲公英色の髪に新緑の瞳を湛えた乙女、スセリへと還っていく。
「そ、そんなのまだダメェッ! だってヤチ、まだ本当に解っていないもの……。そう言う事がどういう事かも、どういう想いでするものなのかも」
呆れ顔で笑みを浮かべながら、ミチヒメも深々と頷く。
「本当よね、もうきっと永遠のエパタイなんだと思うわ、ヤチホコくんってば!」
(……でも、わたしの肌で『身体の善男子』が目覚めたのも事実……! だから絶対にあきらめ……ああもぅ……!)
己の溢れんばかりの諦めない想いを抑えきれず、知らずの内に全員に莫大な氣力を受け渡してしまう。
「……ダメですの! 根源神威之妹さま、ミチヒメおねぇさま、おにいさまのはじめてはミヅチでしたの、だからみんなだめですの!」
ミチヒメが溢れさせた根源の氣力により、突如泉に巨大波濤が。
「……うれしいわミヅチ。もう立派な乙女なのね……でもね、アタシもこの『想い』は譲れないんだ……わ! あはっ」
キクリは、巨大な岩塊の器を焼成し、ミヅチの巨濤を受け入れて落ち着かせる。
「スセリちゃん借りるね……『全て快癒す優しき風(ラムハプルトゥサレ=レラ)』……。ミヅチちゃん、そうだよね、あの子(竜輝)とのはじめて……ミヅチちゃんだもの。その想いは当然だし、大切にしていいと思うわよ」
加減を誤れば先程の再来となる処を、楓が上手に往なし直霊す。
「スセ……いいえ、『楓』おねえさまぁ……。はい、ミヅチのはじめて、ずっとずっと大切な想いとして、この胸に抱いてゆきますの!」
自他共に認める安堵を顕し、ヒメが微笑む。
「ワラワ達各々がヤチホコ殿へ抱きし、鮮烈で真寧な……『愛の想念』……。
ワラワは……断じて排斥いたしませぬ!
其は、各自の権能の大元となる源泉……。
万物を産み直霊せん統治之神威への抗いきれぬ、全なる父神への切なる想いの為である事、魂の奥底より存じ上げております故」
全員、互いの眼を見つめ合う。自然と重ね合う掌。
己の闇が造りし牢獄さえも、一糸纏わず湯に濡らす。
上気させ仄かに染め上げる美しい肌の様に、すべてを曝け出し、分かち合い認めあう。
それは、まさに一霊四魂の如き異体同心の乙女達。
今、真に一つとなり此処に誓う。
彼等が王と抱く、泥臭く直向きな、真寧なる想念を以って歩み続ける善男子。
全てを賭して、彼の望む世界と民の安寧を叶えんが為、想い一つに詠い直霊す事を。




