第22倭 完結編(後編)全てを救う 熱き想念
淫蕩のルクスリア。
王族お抱えの御召し替え係だった彼女は、常に鏡を支え、彼らの姿を映していた。
「王子、本日も素晴らしき凛々しさでございます」
「いつもありがとう『純潔乙女』。君のおかげで面倒な式典も楽しい行事に観じられるよ」
そう言うと王子は颯爽と自室を出て行った。
「……本当に素敵です、今までも、きっといつまでも……」
これは……後世に遺された彼女たちの詩である。
鏡を持ちて映ししは 全てに優しき善王子。見惚れはすれど寄り添えぬ。
細かな乱れを整えて、式典へと送り出す。想いは密かにひた隠し。
叶わぬ恋と解するも、日に日に想いは募りゆく。
ある刻意を決め打ち明けり。
未だ独りの第三王子、驚きながらも快諾し、秘密の恋は熟されん。
突然決まりし政略結婚。嗚咽の彼女と愛別離苦。
想いを馳せて彼の国へ。観るは姫との睦み事。
愛は憎悪へ翻り、姫を掌にかけ成り済ます。
夜の帳に紛れては、幾重も王子と媾えり。
甘い蜜月逢瀬の夜 永久に続け至福の刻。
泡沫夢幻に鍼を刺す 共謀護衛の密告に、今度は王子が愛別離苦。
悲しき恋の因果の果て 王子の想いを籠めし剣 貫き鏡は散華せど
遺りし想い形成し 王子を捕らえる縛愛に 輪を廻らされ葬送せん
「輪を廻ろうとしても……掌にかけられたとしても……忘れられなかったの。その刻に、『私の下に来てもらって永久に寄り添おう』って啓示を受けて……」
「……今、王子さまの魂は……?」
ヒメが咳払いしてそっと進言する。
「……ヤチホコ殿。その眼凝らさば即座に観えます」
言われた通り目を凝らすと……観えてきたのは、夥しい鎖に縛り上げられた王子の姿。
「……でも、これじゃダメなのね……。あなた達、いえ、そこのカミサマ観て分かったわ。想いは……交歓し合い交わし合うモノなの、ね」
静かに、緩やかに力が抜けた様に……王子の身体から鎖が外れてゆく。
「ごめんなさい王子様……あなたの姫を掌にかけた罪人は……ここでカミサマに裁かれます。安心して彼女の下へ……。さぁ、私は、罪障深すぎて簡単に輪を廻れないだろうけど、もう良いわ。十分一緒にいてもらったから。……『身体』だけでも」
ルクスリアの「王子様」も、まさに先程の乙女達のヤチホコ同様、己の昏い欲望の具現化であった。
「これで……こんな権能を持っていたい理由なんてないわ。さぁはやく終焉を」
「――オオトシ兄、お願いします!」
「……心得ました。それがヤチホコ、あなたの歩みなのですね。ならば私は従いましょう。緋徒よ……祖神顕現!」
見る間にオオトシの姿が変貌してゆく。端正な面持ちだが、彼とも父神とも違う豊饒の稲穂の様な金髪に、安息の海を彷彿させるような紺碧の瞳の姿。
「あ、あぁ! 王子様……申し訳ありません……いいえ、幾度謝ろうと許される訳……」
思わず後ずさるルクスリアを、追いかけて抱き寄せる。
「余が添い遂げたしは、今はルクスリアよ、其方只一人のみなり。彼の姫……彼女とは、其方が目にした、契りの儀としての一度のみであった。所詮両家の繋ぎ役。想いなどあろうはずもない……。常々「第三」と罵られ、辟易していた。故、実は、其方が入れ変わりし事を、妻の安否を……存じたまま逢瀬を重ねていたのだ……。なのに、力無き『繋ぎ』故……反逆の罪を覆すことも出来ず……本当にすまぬ」
「そんな、だって私その後にこの権能でこちらへ引き摺り込み、問い質した刻でさえ、『妻殺し』って憎まれ口を……」
「その『恨み』なくば、保てぬのであろう、その身体……。その、それ、故、だ……」
オオトシが顕現した王子に、ルクスリアは飛び込んで首に絡み付き唇を重ねる。
王子も喜びを露わに受け入れる。
「二人とも、そのまま真に互いの愛の想念を交歓し続けて下さい! カンナ、ヒメさん! みんな、僕に力を!!」
民衆のままの「竜輝」が叫ぶ。
「わかったよ! ボクに……ううん、『私』に任せて。――いくわよ『竜輝』! 大凬よ、最愛なる私の竜輝の想い、叶えてあげて!」
スセリは一瞬、栗色の直毛の乙女となって叫んだ。
「か、楓ちゃん!?――き、きましたぁ! 虚空が目覚め……くぁっ、すべてが吸い尽くされ……!」
「――させないわ! 受け取って、わたしのすべて、この想い! 啊啊啊啊啊啊っ!!!」
莫大な氣力の奔流が目覚めかけた竜輝の虚空へ飛び込んでゆく。
「ぐ、ぐぁあああっ! こ、こんなのどうやって受け止め……」
「受け止めるわ! 壊させない、アタシが抱きしめて護ってみせるわ!」
その凄まじいまでの抱擁、まさに溶岩を噴き上げる灼熱の大地の如き氣力。
「あぁ、熱いぃっ! 焼き尽くされ……」
「ませんの! ミヅチが潤し冷やし、育みますの!」
灼熱に渦巻く氣力を、ミヅチの大海が必死に癒す。
「高まり極まりて神威となれ! 今ここに至高の光へと!」
竜輝の胸中に渦巻く暴威的な氣力の奔流を、ヒメが七絃の光明へと集束させる。
急速に爆縮された氣力の奔流は、鮮烈な虹光となって放たれ、観える全てを包み込んでゆく。
「我、瀬尾律は直霊の剣なり。ここに集いし想いの権能、いざ詠い直霊せん!」
それは、真輝銀のアメノオハバリを携えた女神。
彼女の掛け声一つで、虹色の七絃が究極の朱金、緋緋色金へと、想いを重ね交歓し合い協調して一つの権能へと詠い直霊されてゆく。
「ヤチホコ殿! 二人の想い『兜率天』まで昇り届きました! 今でございます!」
ヒメの掛け声で、全員の想いを重ね、ルクスリアと王子を見据えた後、天を仰ぎ詠い直霊す。
「「「「「「「悲恋の二人に幸福と安寧を! 『想愛開闢呪』!!」」」」」」」
それは、互いを認め合った者同士で全てを分かり合い、分かち合える神呪。
互いの想いを分かり合い、分かち合い、大地を覆う法理之城は極大化してゆく。
その波動は、遍く世界すべてを疾走し飛翔する朱金の翼。
究極の氣力を受け、虹色の天蓋は世界すべてを覆い尽くさんばかりに、翼の輝きに導かれる様に限りなく膨張して焼き固め直霊されてゆく。
苦しみは幸福に、飢餓感は充実感に、怒りは安寧に、妬みは奉仕へと……。
喜びを全力で詠う為、大きく息を吸い、力を溜め込み訪れる静寂……。
直後、想いが白蓮華となりて天空まで延び上がり、飛翔する翼を追いかけて天蓋を覆い尽くす様に、清廉な乙女達の笑顔の様な純白の華が咲き誇る。
その権能はルクスリアと王子も包み込み、翻し直霊す。
二人に纏わりつき縛り付けていた薄紅色の妖艶な煙が、螺旋を描き天へと還され、朱金の祝福を受け白銀の輝く聖霧となって二人を優しく包み込む。
見る間に罪障の持つ淫蕩を王子に吸い取られ、ルクスリアは「純潔乙女」へと還ってゆく。
淫蕩の罪障を受け取った王子は、その権能で自身の身体を造り翻し直霊されてゆく。
そこに顕れたのは……ジェスターの呪縛の「淫蕩」から解き放たれ、直霊された存在、天地の結び目の光輝。
「こ、これは……? 身体が! 純潔乙女!!」
「王子……いえ、ルクサさま!」
再び抱擁し合う二人。交わし合う想念。
「良いの、ですね……私達。こんなに身分の差があっても……」
「――当たり前だ! その様なものはとっくに前乃世で捨て去ってきている!」
呼応する様に輝きを増す法理之城。その想いの城の更なる焼成を観じ、全員で勝鬨を上げるヤチホコ達。
「……本日も、いいえ、今までのどの刻よりもずっとずっと……凛々しき素敵さでございます……!」
熱き想い交歓する二人に、思わず乙女達は頬を染めて顔を覆う。
「ありがとう純潔乙女……。これからも……ずっとそばに……。我が想い休まり還る処として……そしてそなたにも、寄り添う事で幸せと安寧を与えんと永遠に誓おう!」
すべてを刮目し、静観していた敬虔転輪聖王が、今数万の刻を超え、ゆっくりと眼を閉じて、瞬きを始めた。
「……見事なり。『詩片』に詠われし通り、全てを直霊仕切るとは。 まさに世界之王たる統治之神威なり。その泥濘に塗れしも、諦めず前を向き歩まんとする想念で、伝説の扉を開き、天界へと昇り征くが良い!」
敵として遣わされた、八大罪障ですら救ったヤチホコに、
敬虔転輪聖王は地上のすべての希望を託す。
「その金剛法輪は、『真理の円環』を顕す法輪なり。流転せん刻を止めるも、凍れし刻を動かすも、己が想いで自在なり」
「それは……! あの刻英雄王さまが遣われた……!」
「……いにしえの刻救いし英雄乙女よ。左様である。英雄王は、彼の刻より持ち出した金剛法輪と、余の所持し法輪を借り受け、禁忌の神呪を直霊して刻を遡り、そしてそなたをこの刻へと還せしなり。……其方が導きし虚空の詠い手が、今まさに刻を動かし法輪を掌に扉開かんとする……因果の導きを観じずにはおれぬ……!」
敬虔転輪聖王は、この法輪の権能を、己が神威で最大限に引き出して神智都を刻を忘れし安寧の揺籃としていた。
「彼の刻と違い、今、この神智都の刻は歩み始めた。刻の縛りもなき故、存分に養い、伝説の扉開きて聖塔を昇り抜け、天界の試練へと向かうが良い」
ミチヒメを労う敬虔転輪聖王に、ヤチホコは誓う。
「僕達は刻を凍らせる事はありません。辛くても、きつくても、一歩ずつでも前に向かって歩んで参ります……!」
「うむ。記述の果てのその先へ、詠い直霊せん処、余の眼に観せんとするが良い!」
立ち上がった敬虔転輪聖王は、豪気に笑う。
そして、再び真輝銀の白銀の長髪を煌かせ、法輪を受け取るヤチホコと、溢れる喜びを顕す様に拳を突き合わせた。
見上げる吹き抜けの天蓋からは、想いの城が皆の望みに合わせ様々な色合いに変化して空を彩っている。
「みんな、行きましょう! 天地を貫きし叡智の聖塔の、伝説の扉へ!」
ヤチホコは、晴れやかな笑顔で皆に向かって声をかける。
太々しい笑みを浮かべ力強く拳を突き上げるミケヒコ。
敬意を払い抱拳の礼で応えるオオトシ。
友情と崇敬を顕す善男子二柱に続き、五人の乙女はそれぞれに、秘めていた想いを堂々と顕す。
心底嬉しそうに飛翔して腕に絡み付くスセリ。
素早く駆け寄って反対側の腕を絡め取り、スセリを横目に張り合うような笑みを浮かべ、しかとヤチホコを見つめて拳を握り締めて応えるミチヒメ。
背後から陽気に抱きついて豊満な肢体を押し付けるキクリ。
離れた処から大海を触手のように伸ばしてヤチホコを連れ去って手を繋ぐミヅチ。
それらを上空より静かに見据え、ヤチホコと視線を交わし交歓し合うヒメ……。
二柱と五人の乙女達は、統治之神威たるヤチホコに、その純真で鮮烈な「毒の法雨」を浴びせられた。
直向きな彼に応えるように、それぞれ想い想いに共感し交歓し合い、笑みを浮かべ一丸となって力強く歩んでいった。
遥か上空に浮かぶ太陽は、我が子を見つめる父神の様に、優しく温かな光を湛えて燦然と輝いていた。




