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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)


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第22倭 後編 不器用に向き合う少年の想念(イレンカ)

 それぞれの想いの丈を吐き出して造られたヤチホコを、想い想いに愛でている乙女メノコ達。

 偽りの彼に耽る彼女達の下にも、ヤチホコはその光景を目にし、躊躇の想いが入り混じりながらも掌を翳す。

 その掌より迸る真輝銀シキンナカネの月光は、ルクスリアの縛愛(ドゥル=キ・)幻炎(アグ=イズィ)を緩やかに鎮めてゆく。

そこに、詩片の朱光が迸る。

 その光は、幻想の終焉を告げんと、彼女達の想いによって造られた「偽物」のヤチホコを、白日の下に曝さんとばかりに、純白の輝きで焼き祓ってゆく。

 代わりに顕れたのは、泥に塗れ傷だらけで手を差し伸べる「等身大の少年・竜輝」の姿であった。

 煽情され暴かれた、抑え耐えし秘めていた許されぬ想いが、一蓮托生呪イレンカ・シェアリングを通じてヤチホコと感応した事を観じとる。



其之壱 困惑し 逃避せん風を包む抱擁 ――スセリ――


 怨嗟で縛り上げていたスセリは、喪失に対し後悔の念に苛まされるも、眼前の少年を観て我に還る。


「ヤチ……ヤチィッ! ボク、なんてことを……」


 正気に還り自分の所業を目の当たりにして、スセリは思わず後ずさりする。


「……安心してスセリちゃん。それは偽物。本当の僕は、ほら、此処です」


 ヤチホコは優しく抱きしめようとするも、スセリは彼を突き飛ばす。


「あぁ……ダメ……! だってボク、この『想い』知られたなんて思ったら……」


 スセリは、自責と恥辱に塗れ、溢れんばかりに涙を流す。


「……お願いヤチ、ボクをそんな慈しみを籠めて観ないで! だってボクは……!」


 逃げようとするスセリを、ヤチホコは力づくで抱き寄せる。


「誰だって、自分以外には知られたくない様な昏い部分はあります! スセリちゃんのその想いだって、僕への心配からじゃないですか!――ありがとう、スセリちゃん」


 自分の想いを否定する様に、ヤチホコを拒んでいたスセリは、動きを止め、しばしの沈黙の後、そっと彼の首に腕を絡めた。


「ヤチごめんね……。ボクのヤチは……いつもこんなになってまで、みんなを救おうとしているのに」


 躊躇いながらも、スセリはヤチホコの腕の中、静かに新緑の翼をはためかせ始めた。



其之弐 堕落の告白 脱ぎ直霊せん聖女の衣 ――ミチヒメ―― 


「……あなたの掌で、わたしを輪の中へ廻らせて」


 力無く立ち尽くし、呟く様にミチヒメは言う。正気に還った彼女には、彼女の犯した振る舞いは、筆舌に尽くし難い惨状であった。


「あはは……。もぅどうしようもないわ……。まいった、わたし、あなたにここまで壊れてたのね……」


 自嘲気味に言う事によって、自身の想いを確認するかのようにミチヒメは呟く。


「あれがミチヒメさん、あなたの……僕に対する想いの強さゆえの堕天なら、僕は光栄に思います……!」


 その、ヤチホコの慈しみは……さらに深く彼女の心を抉る……。


「赦して……もう、これ以上突き付けないで……辛すぎる……だってあなたは結局わたしの事を……」


 一枚、また一枚、話しながらミチヒメは衣を脱ぎ捨ててゆく。ひた隠しにしていた、己ですら気付かなかった醜悪な執着心、我慢を被せ装っていた虚栄心、そのすべてを脱ぎ捨てるかの如く……。

 すべてを曝け出し、最後に青龍の籠手を投げ捨てて叫ぶ。


「お願いよ! あなたもわたしの素肌を観て、誰にも言えない様な……昏い感情や劣情を猛らせて抱きしめてよ……! なんて、そんな想い、微塵もないのがあなただって解っているわよ。ごめんね、理想の『みんなの神威』サマ。わたし、あなたを導ききれませんでした……さよなら……」


 静かに彼女が跳躍した先――そこにあるのは、玉座に向かい立ち並ぶ燭台の先、一際鋭い槍を象った装飾――。


「危ない!」


 百舌鳥もずの早贄の如く、己を全力で槍に放り投げたミチヒメを、間一髪飛び込んでヤチホコは抱きかかえる。


「ミチヒメさん、大丈夫ですか? 良かったです、無事で!」


「ほらね……。ヤチホコくん、その反応、もう緋徒フィトじゃないわよ」


 ミチヒメは、確信を以って落胆を顕す。しかし、ヤチホコは静かに首を横に振る。その頬はいつになく紅潮し、視線はあらぬ虚空を泳いでいる。


「僕だって……善男子ヲノコです……! 無事を確認して安心して我に還ったら……それこそ目の毒です! ミチヒメさんの……その、すてきな艶姿」


 誰よりも驚いたのがミチヒメであった。一貫して無自覚な慈愛と言う名の「毒」しか顕さなかった彼の変化に。


「……ごめんねヤチホコくん。わたし、わたしもう……自分でもどうしていいかわからない位に……あなたを……好きになってしまったわ」


 氣力トゥムを抑えた民衆ウタラ乙女メノコとして、全力でヤチホコを抱きしめる。身体が密着した瞬間、彼の異変に気付き、驚嘆と安堵が同時に押し寄せた。


「……あぁっ!? これって……わたし、よ、喜んで良いのかしら?」


「解りません……! でもきっと、ミチヒメさんとこうなったら、およそ善男子ヲノコであれば誰でも同じ状態に陥ってしまうと思います!」


 ヤチホコは、それこそ常日頃の彼女たちの様に、山桜カリンパニの実の様に、全身を紅潮させて空を見上げて応える。


「そう、そうなのね……! ……。あ、あのね、ヤチホコくん……」


 そう言ってミチヒメは静かに目を閉じる。

 

(……これは、これなら……あの巨大なカルマ王と素手で比武する方がどれほど楽か……!)


 ヤチホコは、普段の自分には今まで全くなかった想いに翻弄されながら、必死に彼女の想いに応える事に、真剣に想いを廻らせる。

 意を決し、静かに彼女の顔へと近づき、そっと、ほんの一瞬だけ、彼女の頬に唇を押し当てた。


「ミチヒメさん……僕も、ミチヒメさんの事はとても大好きです……! ただ、僕が抱く好意は……恐らくまだまだミチヒメさん達のそれとは違う気がします。ただ、今、少しだけ……あなたの切なさと苦しみを共有出来たと、この胸に芽生えたはじめての想いに対して……そう観じました。ごめんなさい! 今の僕にはここまでしか……みんなの想いを理解出来ないみたいです……!」


 ヤチホコは、それこそ必死に全霊を以って己の内なる想いを探った。

 そして、想うが儘に素直に応えた。


「ふふ、あははっあはははっ! この、シパセ=エパタイ(大バカぁ)! 何であなたって……神威として凛然としていても、今の様な泥臭い不器用な一人の善男子ヲノコの素顔でも、最高に危険で、あまりにも素敵な『毒』を振りまくのよ! 決めたわ……! わたし、あなたを傷つけた責任、一生かけて償うわ。そして、諦める事を諦めたわ!――覚悟して、ね」


 そう言うと泣き笑いしながらミチヒメも、思わず彼の頬に、自分の唇を押し当ててしまった。

 我に還り慌てて見遣ると……ヤチホコは、いつもの様に柔和な微笑みを湛え、光栄ですと喜びを顕す。そしてそっと自分の上着を羽織らせる。


(……な、何よ? されるのは平気なの?――あぁっ……! もう)


 軽く頬を膨らませ、切なそうに見つめて彼の上着の袖を握り締める。


「ありがとうヤチホコくん。あなたの想いが……その身体ケゥエの『顕れ』に追いつくまで、焦らず待っているわ」


 彼女の想いが、一蓮托生呪イレンカ・シェアリングを通じ流れ込み続けている。

 ヤチホコは、その想いの丈の大きさと強さ、それ故の危うさをありありと観じる。

 

緋徒フィトの、民衆ウタラの、誰かを愛する『想念イレンカ』は、なんて強いのでしょう……! 僕のこのみんなへの想い、そしてみんなの僕への想いを重ね合わせれば、きっと出来ない事なんて……何もありません……!)


 右腕の桎梏之腕枷鎖しっこくのかいなのかさを握り締め、ヤチホコはミチヒメを後に他の仲間の元へ駆けて行った。



其之参 息を呑む 直霊せん過剰な愛 ――キクリ――


 息詰まりの幻想が撃ち抜かれた刻、己のすべてを穿たれた様な喪失感、そして正気に還り溢れ出した、「罪悪感の渓谷」の奥底で苛まされ、キクリの想念イレンカは崩壊寸前であった。


「あ、あぁっ! なん、て……。この『狂愛』……ヤチホコに知られた……!」


 頭を抱え首を振りながらキクリは跪く。豊饒の稲穂の様に優しく揺れていた四尾は、今にも存在が消え失せそうな程に縮み上がり、金色の瞳は朽木の如く輝きを喪い昏く沈む。

 止め処なく流れ落ちる贖罪の滴。護るべき幼子に対する、あまりに暴力的で自己満足な「愛の強要」。


「もうだめ……だわ……。アタシ、どんな顔して生きて行けばいいの……」


 塵芥と化した幼子のヤチホコを、虚ろな瞳で見つめキクリは呆然自失する。

 その「想い」を具現化した、後悔と罰の土石流が上流より暴威の奔流となってキクリを呑み込んだ!


「――キクリ姉ぇっ!!」


 視界に入った瞬間、ヤチホコは躊躇せず谷底へ飛び下りる。宙に舞うヤチホコの足元で、項垂れたままのキクリが、無情にも、己の罪障毎埋葬されるかの如く呑み込まれてしまった。

 ヤチホコは、後悔と恥辱が象った古墳の上に降り立って天を見据える。たちまち降り注ぐ慈愛の法雨は、瞬く間に土石流を塵芥に変え、川を流れてゆく。

 谷底に遺る塵芥の山。それは、法雨ですら流し切れない彼女の罪。

 

「――今助けます!」


 ヤチホコは、己の掌で必死に塵芥を掻き分けて掘り進んでゆく。


(……やっぱり、アタシなんて……罪障持ちの……狂妃なんだ……わ……)


 塵芥の中、キクリは小さく縮み上がって丸くなり、とめどなく涙を流し震えていた。

 

「――いた!」


 突如、力強く、しかし大切で繊細な玻璃ガラス細工を扱う様な想い籠った腕に抱えられ、キクリの身体は宙に浮かび上がる。


「……キクリ姉、いつでも僕が『抱っこ』しますので……泣かないで下さい」


 息を弾ませているが、安心感とゆとりを観じさせる、逞しく生長し、善男子ヲノコの腕になったヤチホコの揺り籠に、キクリは軽々と抱かれていた。


「イ、イヤ、やめてヤチホコ……。アタシの事、観ないで……。抱いたりしないで欲しいわ……!」


 キクリは、まるで我が儘が通らない刻の幼子の様に、抱かれたまま駄々をこねる様に、首を横に振り、視線を逸らしながら軽く足をばたつかせる。


「僕やミヅチちゃん……みんなの事……いつも『年長の姉』として包んでくれて……ありがとう、キクリ姉。僕がここまで来れたのも、その、我が身顧みない、無償の『献身と慈愛』のおかげです……!」


 あの惨状を観てもなお、そう言い切るヤチホコに、キクリの罪障が彼女の想いを圧壊してゆく。


「あぅっ、くぅ……。で、でもアタシ、アンタをあんなに苦しめて……許されるはずないわ……!」


 ヤチホコは、少々大げさに首を振り、まさに夏の陽光の如き力強く温かな笑みを浮かべる。


「だって『赤ちゃん』産んだことないじゃないですか、キクリ姉。仕方ありませんよ! 誰でも最初は、『新米の母上』から……ですよ」


「でも、それで幼子を苦しめて……剰え輪を廻らせかける。そんなの母親代わり失格も良い処だわ!」


「でも輪は廻っていませんよ。あの子も先程まで『生きて』いたじゃないですか! なら、あとは我が子と共に、『学び歩み直霊』せんと、その想いあれば、僕は良いと思います!」


 ヤチホコの言葉と共に、キクリは崩れる様に泣きじゃくる。己が罪を晴らさんが為、そして、理屈抜きにラマトゥの奥底より湧き上がる、他者を護る為に溢れ出る愛情を、どう顕せば良いか解らなかった自分。その自分の事を、この「昔の幼子」は、万民の父の如き慈愛で抱き締めて、包み込んでくれている。


「……父様スサノヲ……みたい……だわ……。ふふっ、アンタ、とうとうここまで大きくなったのね……。アタシでさえ、『安心して』毒に酔わされても良い位に……! 素敵だわヤチホコ、いいえ、すべての父神、根源神威イザナギ様……!」


 他者を護る「贖罪」に、己が想いを呪いの如く縛られていたキクリを、生長を果たし、在るが儘、想い顕し歩まんとするヤチホコは、優しく、力強く抱擁する事で、その呪縛から解き直霊した。


「……年上の乙女メノコって、アンタ……いいえ根源神威イザナギ様は、どう思うかしら? たまにで良いからさ……アタシの『甘え』を……『抱きしめて』もらっても……良い?」


 満面の笑みで、しかし少しだけ頬を薄紅色に染めて、ヤチホコは深々と頷く。


「キクリ姉の場合……、その、目のやり場に困り、少しだけ照れくさかったり、胸が早鐘の様に高鳴りますが……もちろんです! 僕の掛け替えのない『姉さま』ですからね!」


「あらぁもうぅ! アンタ最高に酔わせられちゃう『猛毒』になっちゃった……わ!」


 そう言うとキクリは、抱きかかえられたままヤチホコの頬に唇を押し当てる。


(……あぁ、本当、アタシが護らなきゃって想いに捉われていた『あの子』が今はもう……!)


 息が詰まる程唇が触れていた頬を甘噛みして、悪戯っぽく目配せする。


「ここは幼子のままにもちもちで……最高に美味しいわ……あはっ!」



其之肆 清浄に直霊せん 耽溺の海 ――ミヅチ――


 言葉に顕せない程の激しい嗚咽。自分がなぜあんな事をしてしまったのかも良く解らずに、ミヅチはただただ、涙の海に溺れ、泣き崩れていた。

 あまりに残酷な、狂気と身勝手な、波打ち溢れ出た承認の欲。

 明確に顕せずとも、眼前に焼き付いた、溺れて輪を廻らんとしていた「おにいさま(ヤチホコ)」に対し、その苦しみなど一切考えず、自分を褒めて欲しい「執念イレンカ」支配された。

 そして、一方的に浴びせ続けた暴力的なまでの想いの洪水。


「……なんて、事を!」


 ヤチホコが駆け付けた先に広がる光景……それは、自身の所業に耐え切れず、周囲を取り囲む大海アトゥイの自責の水牢に沈み、指先一つ動かなくなったミヅチであった。


「まずいです! お願い、目を覚まして下さい!――快癒呪(トゥサレ=イノミ)!!」

 

 ヤチホコの、ワッカの癒しは、水の氣力の極みたる、自責の大海アトゥイに阻まれて、全く届かない。


「そうだ! キクリ姉、貴女の氣力を! 『産み直霊し大地(アシリ・モシリ)』!!」


 絶望の自責の大海アトゥイに産まれた浮島に、沈みゆくミヅチ目掛けて海中に飛び込んだヤチホコが、彼女を必死に抱きかかえて浮上し、蹌踉よろめいて島へと倒れ込む。



「はぁ、はぁ……。待たせたねミヅチちゃん――しっかりして! 天よ、慈愛の極み 法雨となりて救うべきラマトゥの下へ降り直霊せよ!」


 それは、究極のヒメの快癒に並ぶ、慈愛の法雨。


「そんな……いえ――まだです!」


 遥かな奴国ナ・ラまで直霊す、慈愛の法雨が効か無いとみるや否や、ヤチホコは懸命に救命措置を始める。

 胸郭圧迫を繰り返し、意を決し、やさしく抱えて鼻を塞ぎ、一気に息を吹き込む。

 何度か繰り返していると……突如ミヅチの血の気を喪いながらも可憐さを観じさせる口元から、多量の水が吐き出される。


「こ、こほっこほっ!」


 うっすらと眼を開けて、瞳を左右に動かし確認する。周囲を見渡し、その眼に映るは……己のすべてが焦がれる存在であった。


「あ、あ、あ……。お、おにい……さま……」


 ミヅチは力無く静かに掌を差し伸べる。


「もう、大丈夫ですよ、ミヅチちゃん……あぁ、本当に良かったです!」


 小さな掌をしっかりと握りしめ、ヤチホコは喜びを湛えた満面の笑みを浮かべる。

 ミヅチは一瞬、喜びと安堵を満面に浮かべ、すぐさま力の入らない小さな掌で振り払おうとする。


「ダメ、ですの……。ミヅチ……おにいさまに優しくしてもらう権利なんて……ありませんの」


 力無く肩を震わせて、声なき清廉な滴を流す。


「……この一滴。ミヅチちゃんのこの一滴が、彷徨えるロプノールを救い、砂の海の民、そのすべてを救う始まりワッカとなったのでしたね……! あれからとうとう自分だけで大海アトゥイまで錬り上げられるようになって……『おにいさん』はとっても誇らしいです!」


「お、おにいさまぁ……でも、でもね、ミヅチは……おにいさまに対して……」


 少しだけ険しいそぶりを観せて、ヤチホコが応える。


「そう……でしたね。では……『罰』を受けて頂きます……!」


 ミヅチは思わず息を呑む。氣力を高めはじめたヤチホコは、これまでに出逢った誰よりも凄まじい気勢を放ち始めた……。


「あ、あ、あぁ、ご、ごめんなさい! どうか、お許しを……!」


 その言葉を意に介さないかの如く、ヤチホコ、いや統治之神威シュメールカムイは冷徹に聞こえるような口調で告げる。


「……ならば、この一滴に……あらん限りの大海アトゥイ氣力トゥムを!」


 ミヅチは必死の想いで、ありったけの氣力を練り上げて籠める。

 見る間に滴は膨れ上がり、沖つ波(オレプウンペ)が湧き上がる。


「今です! さぁミヅチちゃん、『あの刻の様に』一緒に詠い直霊しましょう!」


 スセリから受け取った大凬レラを猛らせて、螺旋を描き大空高く舞い上げる。それは、さきのヤチホコ独神ひとりで降らせた以上の、濃密な癒しの濃霧。


「さぁミヅチちゃん、僕への想いのすべてを籠め、弾けさせちゃえ!」


「は、は、はい……! ――おにいさまぁっ! ミヅチは……おにいさまが……大好きでーすっ!!」


 強烈な想いを受け、癒しの濃霧が凄まじい勢いで爆散する!

 それは、僅かに遺っていた紫煙の霧を、情熱と言う名の蒸気で吹き飛ばす。

 彼女を縛り付けていた空間自体が消滅し、玉座の大広間に戻る。吹き抜けの天蓋から観えるのは、海より青い紺碧の空。


「……きれい……どこまでも澄み渡って……」


「本当ですね! まさにミヅチちゃんの想いの顕れの様ですね。流石です、素晴らしい直霊でしたよ!」


 ヤチホコは、優しくミヅチの頭を撫でて、空を観やすい様に抱き上げる。


「おにいさまぁ……! きゃ、わぁ……本当、とても観易いですわ、おにいさまぁ」


「……焦らないでねミヅチちゃん。貴女はこれから少しずつ、一歩一歩、先を目指して大きくなればいいのですから」


「……はい。おにいさまごめんなさい。ミヅチはミヅチらしく……頑張ってまいりますの」


 ミヅチはそう言って、ありったけの想いを籠めて「おにいさま」に頬ずりをした。


「大好き……! ……? あ、あ、あぁぁああっ!!」


「――大丈夫ですかミヅチちゃん!?」


 突如夕焼けに染まった海のように、顔中はおろか、身体中を紅潮させて慌ててヤチホコから飛び降り、神殿の柱の後ろに隠れ込む。


(あぁ! お、思い出したですの! おにいさま、あの刻ミヅチに……きゃぁ! ど、どうしよう……おにいさまの事ちゃんと観れませんの……!)


 ミヅチは、溺れた自分をヤチホコが解放してくれた刻の「はじめて」を思い出し、どうして良いか分からない位に狼狽して混乱してしまった。


「ミヅチちゃん……?」


「あぁ、ちょっと待ってくださいですの! ミヅチは、ミヅチは……あわわ……」


 己の想いの熱気で濃霧を発生させたミヅチは、その奥深くへと全力で逃げ去ってしまった……。


「……大丈夫みたいですね。――あぁそうでしたか! 必死で気づきませんでした……ミヅチちゃぁん!」


 しどろもどろになって支離滅裂な言動になったミヅチを、そっと抱き寄せて頭を撫でる。


「すみません、そんな大切な事に気付かなくて……。僕も、実は、ミヅチちゃんとの……『あの刻が初めて』だったこと……内緒にして下さいね」


 耳を疑いながらも、ミヅチの濃霧が晴れてゆく。


「本当ですの!?」


「ええ、だって僕まだ高校せ……このあいだ成人(ニシパ)になりたてですから、想い返すと……確かに胸が高鳴っちゃうし、嬉しいですけど、恥ずかしい……ですね」


 照れくさそうに、でも誠実に想いと事実をヤチホコは伝える。


「なぁんだ、ミヅチと一緒でしたの? わぁ、安心しちゃいましたぁ」


 ミヅチは心から安堵を顕し、軽くその場で跳ねて柏手を打つ。

 ヤチホコは、彼女と掌を繋ぎ、優しく引き連れて皆の元へ戻りキクリに託す。


「……最後、ヒメさんを助け、連れ帰りに行って参ります!」


 四人のと繋ぐ掌の温もり。


「ヤチ、ヒメちゃんの事もよろしくね」とスセリ。


「しっかり救ってあげて!」拳を突き合わせるミチヒメ。


「きっと……アタシよりも遥かに深いわ、あの子の『想い』の闇。頼んだわよ素敵な『猛毒』神威サマ!」緊迫する中で、あえて冗談めいて笑みを浮かべるキクリ。


「おにいさま、ヒメさまもどうか助けて。ミヅチは、おにいさまと、みんなでずっと一緒に居たいですの」真っすぐに仲間の無事と救済を願うミヅチ。

 

 大きく息を吐き、強気な笑みを浮かべ、遺る最後の縛愛の牢獄――ヒメの下へとヤチホコは走っていった。

 その背中を、隣にいる穏やかな頼もしさ、背中すら素敵だと観じてしまう毒の強さ、護るべき存在を超え威風堂々たる逞しさ、偉大で素晴らしい、自分の理想像でありながら「はじめて」を共有できた初々しさ……。

 四者四様の観じ方で見つめ、異体同心の想いで無事を祈って見送った。


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