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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)


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第22倭 中編 傲慢で孤独な我が儘

其之壱 瓦解せし救世主の衣 慈悲の子宮で護りし乙女


 沈黙の響きさえ、吸い込まれてしまう様な完全なる虚無の静寂。

その、全てが存在を喪いし中、朝露の一滴よりも遥かに微細な、目に観えない程の

儚げな銀色の一粒。

 それこそが「神威」の衣を脱ぎ捨てた「竜輝」自身であった。

 動く事も言葉を発する事も叶わず、銀粒の表面に、辛うじてしがみつく様な微かな想い。


「……もう……良いの。……考える事も、『想う』事も……。なぜ抗うの……りゅう……いいえ、『方便たつき』」


 最早赤子ですらない原初の一滴。永劫回帰の虚無の海に、身じろぎせず浮かぶアケィディアは、独り静かに、しかし切なく苦痛な面持ちで、悲痛な「想い」を籠めた声を響かせる。

 彼女は、もはや管理者の仕組みを超越し、己をも溶かし込み同調させ、狂おしいまでの「執念イレンカ」によって「執し直霊(しっしなおひ)」されていた。

 昇華されしその想いは、まさに「愛の救済」であった……。


「……この世界の記述ロゴスも、「想い」も……あまりに残酷……。創造主として綴られて廃棄されたあなた……。ただのラマトゥの『入れ物』として造られしあなた……。いずれも誰が為に傷つく事の強要を……『綴られ』『想われ』ているわ……。かわいそうな『方便たつき』……。私が永久とこしえに……『喪刻(イティ ラハ)子宮( シャトゥル)』の中で……護ってあげるわ……それこそが……私が覚悟した……『唯一の慈悲』……!」


 彼女を形造る紫煙が、激しく揺らめいて波打ち、最後に残る銀の一粒を胎内へと受け入れていく……。


「……これであなた『も』……己を鼓舞し……駆り立てずとも……大丈夫だわ……」


 聖母の様な慈しみの笑みを浮かべ、アケィディアは満足げに下腹部をさする。

 その掌から紫煙が燻り、揺らめきの中……彼女すら喪い忘れ去りった、「在りし日の光景」が浮かび上がる。


 それは、遥かな過去、この神智都タクシャシラーにおいて、膨大な叡智の重圧を強いられ、圧し潰され、己の想いを、「学びの暴力」に書き消され潰された、彼女自身のラマトゥの底からの慟哭。

 燻る紫煙の中、鞭打たれ蔑まされながらも、必死に先師に食らいついて学ぶ乙女メノコ


精進乙女ヴィーリャ! それを終えしならば次はこちらの書を読み解くが良い!」


「はい、長老様。お任せを、必ずや万象の真理、解き明かしてみせます……!」


 なまじいに優れたるが故、長老達の期待を一身に浴びせられ、寝食を厭わず学ぶ日々。来る日も、来る日も……。


「……解ったわ。私、覚悟でき……た……」


 無情にも彼女は、「覚悟」した瞬間、「輪を廻って」しまった。


(……そう。過ぎたるは及ばざるが如し……。それこそが、万象に通ずる真理……)


「ヒヒッ! 良いねぇ。そこに気付くなんて。……そんなキミにピッタリの権能を授けてあげよう。『八大罪障ウシュ ナムタグガ』之陸、『怠惰アドゥズィ』よ、彼女に宿りたまえ! これでキミはもうずぅっと無理しなくて良いのさ。ヒャハハハハ!」


 響く道化師の嘲笑と共に、今まさに力尽きた乙女メノコの身体へと、黄金を纏った紫煙が吸い込まれてゆく……。


「こ、これ……は……? 私、生きて……いる……の? あぁでも……本当……。物凄く気怠いわ……。みんな、私の様に何もしなければいいのよ……さぁこの怠惰之炎アドゥズィ イズィに呑まれ……安寧の微睡みへと……堕ちれば良いわ……」


 そこに顕るは、至る処に切れ目の入る、くすんだ紫の衣装を纏った道化師の少女。気怠そうな面持ちで、長老達をすべて「怠惰」の海に沈めてゆく。


「良いねぇキミ。今までの姿が嘘みたいだねぇ。そうそう、これからは『アケィディア』と名乗るとイイさ。ピッタリだろう? ヒャハハハハ!」


「……そう。私は……アケィディア……。『八大罪障ウシュ ナムタグガ』の一柱……怠惰アドゥズィを掌るモノ……」


 「アケィディア」と「書き換えられた」彼女は、嘲笑響かせる道化師の後ろを、気怠そうながらも師事する様に飛翔していく。


(……あ、あけ……ぃ、でぃあ……)


 彼女の背後で微かな囁きが呼びかけるも、紫煙に映りし情景の中の彼女は、振り向きもせず飛び去ろうとしていた。



其之弐 何の為に誰が為に


(……そうよ……。精進しても……過ぎれば……待つは己の破滅……だから良いのよ……あなただって……『方便たつき』としての責務なんて……この……霊的堕落アドゥズィの安寧に蕩けさせてしまえば良いのよ……)


(あ、な……た……? じゃぁ……きみ……も……?)


 彼女の胎内の揺籃から、微かに響く囁き(ピリマ)。彼女と一つになったそれに、彼女の想いが自ずと流れ込んでいく。


「……わからない……わ。私は……アケィディア……の……はず……だわ……何……?」


 外の紫煙と裏腹な、美しく優しい薄紅色の小宇宙で、己が真意之名……「たつき」と呼ばれた彼は静かに漂い……今、静かにゆっくりと……「産まれ直霊」されようとしていた……。


 その直霊の中……浮かんでは消え、翔け抜けて逝く想い……。


(……す……せり……ちゃ……? みち……ひめ……さ……?)


「……その大変さ……造られ、利用された苦しみと重責……私がすべて退けてあげるわ……」


 際限ない優しさと慈しみが、虚無の空間を埋め尽くしてゆく。


(……ぼく……つくられ……りよう……)


「……もう良いの、本当に……もう良いのよ……! 私の胎内なかなら……誰にも遣われない……痛くも苦しくも……ないわ。誰もあなたを……傷つけない。誰も『救世主イザナギ』を望みは……しないわ……無理してまで……生きる必要なんて……無いのよ……この……安寧の揺り籠の中で……永久に……」


(だれ……も……のぞ……ま……な……)


 その瞬間、通り過ぎ去り飛び去って行った想いのすべてが、情景が、逆行して襲い掛かるように入り込んでくる……!


 はじめて覚悟した湖、静かに、力強く拳を突き合わせる三人、掌を取り合って新たに詠い直霊した希望の都、究極の犠牲の中、息を吹き返した絶望、仲間と理を体現した浄化の旋風……。


(……そう……がんば……た……もう……いい……よね……)


  善悪を知り、自由意思を授かり、己が目が初めて開かれた刻、己の内なる、「狂気の好奇心」と言う名の罪障で生み出されし剣、想い焦がした後、魔道に堕ち、変貌した破壊の女神(イザナミ)との離別、激しく己ごと彼女を貫きし剣……魂だけにされた二神……。


(……いざ……なみ……かん……な……)


 続けて浮かんできたのは……郷愁と温かさで涙した蕎麦の味、向津日霊女ムカツヒルメの峻烈な覚悟と、柔らかな慈愛と温もり、身も心も想いさえ癒される粥……。


(……やわら……か……あたたか……い……)


 最後に浮かんできたのは……優しい学生姿の姉……。いつもの登下校。一緒におこなっていた部活。こっそりと遺跡に潜入しては、呆れられながらも優しく「冒険譚」を聴いてくれたあの微笑み……。


「……か、楓……ちゃん……! そう、だ……僕は、護る、そう……誓った……んだ……たとえ世界を……敵に……回そうとも……すべてを喪っても……!」



其之参 怠惰より産まれし流転する勇気


 止まれし安寧に亀裂が入る。

 揺り籠の中の銀の滴が、急激に生長を始め、停滞した刻が、開闢した宇宙の如く、力強さと凄まじい迅さで強烈に動き始める!


「……お辞めなさい……! どうして……? また傷つくだけよ? 私の胎内なかで幸せに微睡めば良いじゃない! 私だってそうしたかったの。あなただってそうじゃない!」


「……うん。確かにそうです……。生きる事は……物凄く辛いです、痛いです、苦しいです。でもねアケィディア……いいえ、精進乙女ヴィーリャさん、頑張って何かを成し得る、そしてそれを誰かと分かち合えるのって……とても素晴らしいと思いませんか? その後みんなで飲む『法理の水』は……言葉では言い表せない最高の美味しさなのです。一緒に……今度一緒に味わって下さい……!」


精進乙女ヴィーリャ……? 頑張る、が……楽しい? あり得ないわそんな事! あぁ、苦しい……それ以上大きくならないで……!」


「……僕も……苦しいです。赤ちゃんがなぜ泣くか? 聴いていた通りですね……楽園から、大変な想いまでして、苦しみに塗れた世界に来た悲しみの為だと……!」


 途端、アケィディアの下腹部から、透明の輝きが溢れ出し、瞬く間に五色に、虹色に、そして燃え盛る様な朱金となって放出される!


「あぁ、熱い……痛い……苦しい……いや、いやぁ、いやぁぁっ!!」


 アケィディアは、放出される光を掌で抑えつけ、崩れ落ちて藻掻いている。


「でも、僕は、楓ちゃんも助けたい! みんなと一緒にあの美味しさをまた味わいたい! まだまだいっぱいしたい事が……あるんです! それこそが、僕が僕である為の……『道導たつき』だぁああっ!!」


 虚無の海の中、迸る「想い」が彼女の揺籃を突き破る。そこに顕れたのは……燦然と輝く朱金の太陽、そして響き渡る身勝手な咆哮。

 およそ、神威の威厳も崇高さの欠片もない、あまりに泥臭い無理筋。


「あぁぁあああああっ!! そ、そんな……。シ……統治之神威シュメールカムイが……そんな『我が儘』で――っ、動いて、良い……筈が……!」


 断末魔を上げ、息も絶え絶えなアケィディアが、理解不能な事象を前に、輪を廻る事にすら逆らって応える。


「良いんです! 僕は……僕もみんなも幸せで楽しくしたい、それだけです! がぁぁあああっ!!!」


「……そん……な……ずる……い……。私……なん、か……二度も……『輪を廻る』まで……無理……した……の、に……。……っ」


 透き通る純白の法衣を、己が身を突き破られて噴き出した、慈愛と熱情の真紅に染める。

 アケィディアの、その震える唇から、断続的に激しく溢れ出す真紅とは裏腹な、精気を喪いし蒼白な面持ちで、かつての己の生の歩みの不条理さを、最後の「執念イレンカ」で必死に吐露する。


 力強く輝く朱金の陽光が、善男子ヲノコの形を成してゆく。左手は、天に翳して虚空を指し示し、右手は力強く拳を握り締め、大地に向かって振り下ろす。

 すると、否応なしに、焦がしつける様な激しい灼熱の朱金の光が、アケィディアを観る間に癒し直霊してゆく。

 煌く朱金の中、静かに顕れたのは……学問にすべてを捧げし精進乙女ヴィーリャ


「な、何を……!? これは? 私は罪障の顕現、管理者の一柱だったはず……?」


「違います! 貴女は、頑張り過ぎなほどに精進された、尊敬すべき素晴らしい乙女メノコです!」


「私が……素晴らしい、乙女メノコ? だからって……『敵』を治すなんて!」


 「僕は……道導たつきいざなわれ、竜の輝きを顕し、八千代やちよの刻を超え、万象を受け入れし統治之神威シュメールカムイ。――ありがうございます、アケィディア、いえ『精進乙女ヴィーリャ』さん。僕は……神威たらんと、無理して苦しかった、痛いのも怖かった。仲間を護れるかいつも不安だった。貴女の胎内なかは……とても安らげました。ずっとあそこに居たかった……でも、それじゃ、あの『一杯』をみんなと分かち合えません。さぁ、一緒に行きましょう。あなたにも、是非あの『馨しい乳(カフェオレ)』を! きっと書物を読み耽りながら召し上がって頂ければ、最高に美味しいと思います!」


 精進乙女ヴィーリャは唖然として硬直する。

 ゆっくりと、生前の呪縛を一つ、一つ解いていく。そして徐に思案しながら応え始める。


「そう、そうね……。きっとそれは……筆舌に尽くし難き至高の一杯ね」


 精進乙女ヴィーリャは想い廻らせ、憧憬に仄かに身を焦がす。


「――流転し廻る『外』を、生き抜いていく事は大変です。でも、だからこそ成し遂げた刻の感動も一入ひとしおだと思います」


 ヤチホコは、彼女の掌を優しく、しかししっかりと握り、震えながらも明るく笑う。


「傷つくのを怖いって言っても良い、泣いたって良い。弱音を吐いても、不格好でも……つないだ掌を放さずに、僕はみんなと流転し廻る道を選びます! さぁ精進乙女ヴィーリャさん、共に詠い直霊しましょう! 流転の先の未来を!!」


 静かに、しかし強い想いを籠め、ふたりで詠い直霊する。

 それは、静寂の闇夜に煌々と輝く、月光の如き真輝銀シキンナカネの光。

 今、昏き闇さえ呑み込まんとしていた虚無の海を、望月が湛える静謐な慈愛の如く、沁みる様に照らしてゆく。


「『傷つきてなほも愛しきラマトゥを 安息やすらぎの地に詠ひ直霊なおひせん』」


 それは、破壊でも攻撃でもない、世界モシリを、ラマトゥを、あるべき姿へと「詠い直霊」す、大元となる原初の「言霊イレンカ」。

 アケィディアとして彼女に書き込まれた、「死の安寧」を求める怠惰アドゥズィを、「生の滋養」の安息シャ・シェドへと、優しく、確実に直霊してゆく。


「あ、温かい……! 心に活力が……。そう、そうなのね、これこそが本当に私が欲しかった、明日を生きる為の安息シャ・シェド……! すごく……元気になるわ!」


 精進乙女ヴィーリャが活力を取り戻した途端、虚無の海は霧散してゆく。



其之肆 すべてを直霊す統治之神威シュメールカムイ


 彼女と共に還ってきたヤチホコは、玉座の前に歩み寄り、敬虔転輪聖王カニシカに告げる。


敬虔転輪聖王カニシカさま。あなたが、幾万の刻を耐え抜きて護りしこの理想之浄土ガンダーラ。この神呪齎さん『永遠の安寧の停滞』……僕が、僕の我が儘で……先の世へ歩まんと、『創り直霊』します!」


 ヤチホコは懐の石版を高々と掲げた。


『拾 管理の闇を斬り裂いて 全てを直霊なおひせん 統治之神威シュメールカムイ


 拾番目の詩片が、アケィディアが放っていた、理想之浄土ガンダーラを覆いし紫煙の霧を覆いつくす程の大きさとなって抱きしめてゆく。

 その輝く朱金の光は、万象を照らす陽光の様に「弥直霊あまねくなおひ」していく。

 石版の詩片の権能により、極大化した一蓮托生呪イレンカ・シェアリングを介し、一人、また一人と、神智都タクシャシラーの民の魂に輝きが、燈り直霊されてゆく。

 その朱金の光は、貪食(グゥ=グ)淫蕩(ドゥル=キ・アグ)に捕らわれていた仲間達も解き放ってゆく。


 「大倭乃国ヤマトゥムナの為に(わたくし)の糧となれ」と言い放っていたオオトシ、「オレのアペは誰にもやらぬ」と突き放したミケヒコ。

 互いに相手を喰らわんと、喉元に詰め寄っていた。


 その醜悪な黄金の氣力トゥムの奔流の中に、真なる朱金の輝きが鋭く刺さり込む。

 それは、黄金の輝きに潜んでいたグーラを的確に射抜いた。瞬く間に彼から「貪食(グゥ=グ)」の罪障が抜け出てゆく。後に遺るは、太古、神威を語る魔王の生贄にされ、何一つ食する事を許されず、飢えて輪を廻りしラマトゥ

 刻が進み始めた中、呪縛から離れ次なる流転を待つ為に、精霊神ヤオヨロズと化して神智都タクシャシラーに鎮座する。

 

(今度は真なる神威を助けんと助力して参ろう……)


「……(わたくし)は……何という愚かな想いに駆られて……」


 愕然としてオオトシは項垂れる。


「……まったくだ。オレの紅蓮は、オレだけものではない! 全てを護らんと欲すからこそ、破壊の紅蓮が希望の炎と成り得るものを……!」


 ミケヒコは、拳を握り締め、歯噛みして悔しがる。


「二人とも、已む無きです。僕も……アケィディアの胎内なかはとても心地よかったですから……」


 善男子ヲノコ二人は、一瞬激しく狼狽したが、直後、流れ込んできた想いを観じ、納得と安堵を示した。


(わたくし)は、前回の大秦ローマ安息パルティアの件で、少々油断していたようです。ヤチホコ、いいえ、統治之神威シュメールカムイ。此処に誓わせて頂きましょう。この償いとして、身命を賭して民を安寧に導く事を」


「オレもだ……! 大焔アペヌィを得て慢心していた。我が炎は、民と世界を護る為にある! 神智都タクシャシラーの事は任せておけ!」


「頼みます。僕は……彼女達の下へ行って参ります……!」


 三人で拳を合わせ、見つめ合い、力強く頷いて散開していく。


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