記述の行間 因果に抗い死守せん格差
廻る世界の最上層、他化自在天。そこに浮かぶ世界の管理者の居城、天超飛翔神威之城。真輝金の輝く城の最深部、「記述の広間」にて、普段と違い苛立ちを露わにする道化師の姿が。
「……計算違い、処じゃないねぇ。まさかあのバグ……いや、『詠い手』が、よりによって僕達の土俵にまで上り詰めるとはねぇ。だけどまだ王手じゃないねぇ」
ジェスターが四大遊戯盤を見遣る。清浄なる紅蓮に詠い直霊された魔神、そしてその横で輝く真輝銀……。
「忌々しいぜ……! まさかこのオレがこんな目に遭わされるなんてなぁ!」
自慢の真輝金の炎を、紅蓮に焼かれ半焼の状態で帰還したイーラが毒づく。
「これはこれはひどいねぇ。キミもアケィディアと同じように一度『効率化』してあげようか? ヒャハハハ!」
巫山戯るなと激昂してジェスターを吊るし上げる。その瞬間手応えが無くなると同時に、道化師の絵札と入れ替わり、イーラの背後にジェスターが音もなく立つ。
「その怒りの『執念』があるならば大丈夫そうだねぇ! 奴等にあの『聖塔』の扉を開かせないようにキミも協力してくれ」
「聖塔? ジェスターよ、何故そいつを『書き換えて』ぶっ潰さん? アイツ等ごと廃棄してしまえば……」
途端、凍り付く様な圧倒的な恐怖を纏った気勢が吹き荒ぶ。瞬間、イーラは頭を残し氷像と化す。苦虫を噛み潰した様な表情で顕れたのは「他化自在天」。
「あなた様は! お、お館様……お、お許しを……!」
「……痴れ者。六百前の刻の大戦を忘れたか」
「そうでしたねぇ……あの刻、英雄王とあのゲンコツ娘のせいで……!」
ジェスターは膝を打ち、忌々しげに思い出す。
「左様。この『城』は護れしも、『天地を貫きし叡智の聖塔』の管理権限は我等より奪還され、本来の管理者たる『梵天王之代行者』へ返還されしなり」
「ハッ! 所詮『代行者』だろう? そんなヤツ……ぐぁぁああっ!!」
「……我が与えし『八大罪障』から、斯様な痴れ者が何故に生じておる?」
他化自在天が睨むと、氷漬けのイーラに向かって漆黒の稲妻が襲い掛かる。血の気の引いた顔でジェスターが丁重に応える。
「これはこれは……どうやら『憤怒』は苦手だったらしく、記述の練り込みが足りなかったみたいですねぇ」
「ならば即刻『書き加え』るが良い。境涯の差も解せぬ愚か者では話にならぬ」
「すぐにでも。いかに世界の最上たるお館様でも、六道輪廻自体を超えた境涯……『梵天』サマには手が出せませんからねぇ。残念ながら『代行者』にも、境涯は同様に付与されていますからねぇ」
ジェスターは身振り手振りを交え、残念そうに首を振る。
「や、奴等の掌には雷鳥があるぞ? 大丈夫なのか?」
戒めを解かれ踉きながらイーラが尋ねる。
「ヒヒッ! あいつだけじゃ不完全なのさ。『天』と対になる『地』がなけりゃ、この城はおろか聖塔の頂上すら届かないさ!」
「ならば今すぐにでも『地』の方を叩き潰せば良いじゃねぇか!」
「……キミには『歴史』の記述が足りなさ過ぎたねぇ……『記述之付与』!」
ジェスターは、溜息と共に虚空を指でなぞる。見る間にイーラに対し、世界のあらましが書き足され、同時に損傷も書き直されてゆく……。
「……畜生! じゃぁ手出しは無理ってことか!」
全てを解しイーラは悔しがる。
「ヒヒッ! 安心しなよ。『地』の奏者は、未だ目覚めていないからねぇ。ただ……」
ジェスターは忌々しげに言う。聖塔の扉を開けられたら最後、最早天界に奴等が来るのを阻む事は叶わないと。
「アレを開けられちゃったら、僕等は勿論、お館様でさえ、『世界の記述』の理によって、正式に、魂磨く試練として『六天統治王』にされ、記述の因果に『堕とされて』、奴等と対等に戦わされてしまうからねぇ……!」
そう、ヤチホコたちが伝説の扉を開ける事。
それは、世界の管理者たる彼等にとって最大の屈辱、「綴られしモノ」と対等に扱われる事が待っているに他ならない。
「解しているなら話は迅い。持ち得るすべての手段で奴等を阻め」
「……絶対に……やってみせるわ……。魂磨くなんて以ての外……! それこそ私、怠惰の真価……『霊的堕落』の生み出す幻の安寧に……永久に沈めてあげる……わ」
気怠そうにしながらも、以前とは違う「執念」をその眼に宿し、アケィディアが顕れる。
「ヒヒッ! 良い眼になったねぇアケィディア、怨恨たっぷりだねぇ。なら、『貪食』と『淫蕩』を引き連れていくとイイさ。彼等に揺さぶりかけてもらった上で、扉を開けられない程、『霊的堕落』の沼に、境涯ごと沈めてあげるとイイさ! ヒャハハハ!」
「オレ達が『支配と管理』から堕ちて『闘うべき試練』になるなんて、断じて許せねぇ! ゼッタイに扉の前で仕留めてやるぜぇっ!」
「『悲嘆』『強欲』『虚栄』は、個別に獲物を狙うが良い。奴等が隠し持つ想念の弱みを突かんとせよ」
「……『傲慢』はいないのか? 思えば見た事がないな」
「遥かなる原初の内、我等より別たれし存在こそが、最大の傲慢顕すモノなり」
「……ですよねぇ。アイツ、よりによってとんでもない事仕出かした上、我等が『主なる神』にさえ楯突いて、こんなに眠らなきゃならない程に傷つけたからねぇ! ヒッ!?」
他化自在天より極寒の吹雪が吹き荒れる。瞬く間に「記述の広間」全てが氷壁に包み込まれてしまった。
凍れる世界にただ一神、他化自在天が静かに戦慄く。
「……かつて我等と共に在りしも、自ら狭間へ飛び出せし原初の『無理筋』。……あやつこそ我が『主なる神』はおろか、全能なる『創造主』の敵! その想い受け継ぎしヤチホコ……否さ統治之神威。貴様らに「神謡者」の権能を以って、聖塔の扉開けさせる事など……断じてさせぬ……!」
言葉を発せぬ昏き咆哮。天超飛翔神威之城より四方八方へと漆黒の稲妻を迸らせる。
だが、それすら、「法理之城」庇護下の地は被害を免れる。
忌々しさで唇を噛み締め呪氷を解く。
「……行くが良い、ジェスター、そして八大罪障よ。彼奴等を霊的堕落の深淵、堕天の憂き目へと貶めるが良い」
天超飛翔神威之城の真下、聖塔の存在するタクシャシラーの都は、他化自在天の放った漆黒の稲妻の昏き波動に、法理之城を突き破られて侵された。
己の尊厳を賭けた管理者達が、総力を挙げ、都の民を巻き込んで待ち受ける。
その「執念」は、まさにヤチホコ達の想念の如く彼等を一層高め、強めていた。




