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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
第壱部 『神威息衝く古代國』編
39/102

第21倭 自由の暴走、煉怒の誓約、紅蓮の覚醒

序章 荒びし自由なる想い


 この大地すべてを覆いし「法理之城(イレンカ・チャシ)」の辺縁、遥か西方の果ての境界。「他化自在天」の放った「因果の濁流」は、自由を詠う天蓋を逆手に取り、人々の罪深さを露呈させた。

 大秦(ローマ)と安息(パルティア)。

 かつて数理の檻に縛られていた両国は、呪縛から解放されたが故に、古き歴史の因縁に準えて――「所有」と「栄誉」という、欲望から結果を求めし濁流に呑み込まれ、未曾有の大戦争を開始してしまったのだ。


「『自由』を得てする事が戦なんて……みんな、早く止めましょう!」

 

 ヤチホコは、愕然とするも惨状を見据え、我先に止めに行こうとする。


 戦場に立ち込める砂塵の中、審神者(サニワ)の理知を宿したオオトシが静かに前に出る。


「ヤチホコ、良く『観て』下さい。

 これは『彼の者達』が仕掛けし呪法による、偽りの争いです。

 ――私(わたくし)が参りましょう」


 オオトシは、両軍の真っ只中で、真輝銀(シキンナカネ)の剣を輝かせ、呼びかける。


「両軍の王よ、私(わたくし)は奴國(ナ・ラ)の大倭乃国(ヤマトゥムナ)の王、オオトシ。

 一度戦を止め、話を伺いたく存じます……!」


 その静かながら並ならぬ気勢を察知し、ローマ側からは、顎髭を携えた逞しい皇帝「海出自之帝(ハドリアヌス)」が従者の少年と共に、パルティア側からは三名の王、勇猛な「勇猛之英雄王(ワラガシュ)」、年長者の「良名之保有者(ホスロー)」、柔らかな金髪を尼削ぎに揃えた、見目麗しい「真理之神授者(ミフルダート)」が歩み出る。


「双方共、良く想い廻らせて下さい……。

 観ずるに、望みは同じと伺えます」


 実は、ハドリアヌス側は、父帝が拡大しすぎた領土の維持が困難な為、この合戦の地、三国共手放したたい。

 対するパルティア側も、王が分裂して対立している為、高原と東の領土以外に、第三の領土として此処西域三国が欲しかったのである。


「……争い諍い合わぬとも、想いと共に言の葉交わせば済む事でしょう」


 オオトシが静かに諭す声が優しく響く。

 悋気(りんき)を起こして裾を掴み、背後から冷たい視線を送る少年をよそに、仄かに頬を染めたハドリアヌスに見つめられたミフルダートは、草原に揺れる蒲公英(たんぽぽ)が風を無理なくいなす様に、公正と慈愛に満ちた微笑みを湛えて同時に深く頷く。

 しかし、ホスローは沈黙を続け、ワラガシュは首を縦には振らず、金色に輝く炎の様な氣力を猛らせる。


「西側三国も我が領土とし、この機に全ての安息(パルティア)を我が物に!」


 少し憂いを籠めてオオトシは目を伏せる。


「……愚かなり。

 過ぎしを求めんが想念(イレンカ)に安寧を……。

 『慰安之炎(シン・ヌラッパ)』……」


 緩やかに諭す様に、オオトシの新緑の炎がワラガシュを包み込む。

 途端金色の炎が緩やかに鎮まってゆく。

 ……左様、今回の戦、和平の道が存在している……。

 そう気付きかけた矢先、虚空より目に付く眩しさの火球が降り注ぐ。

 それは、彼の耳元に纏わりつく呪詛(ピリマ)。


(……奪われて良いのか?

 領土を取り戻し栄誉をその掌に握りしめろ……!

 憤怒が命ずる……欲に身を焦がせ、『煽情之欲炎《アタル・アガ・イズィ》』!)


 突如、自身の発した金色の炎が、戦場に飛び交う陰惨な朱と渦巻く怨嗟の漆黒に染まって猛り狂う。

 ワラガシュは己が欲望に駆られ正気を喪う。


「これ以上奪わるる事など許すまじ!

 此処は代々我等が受け継ぎし大地なり!」


 その言葉に呼応する様に、ホスローは強烈にワラガシュを跳ね除ける。


「笑止!

 元は我が兄弟治めし国に向かって何をぬかす!」


「兄上、お待ちを!

 勇猛之英雄王(ワラガシュ)殿は……何やら様子がおかしいと見受けられます……!

 我が背の『真理乃神(ミフル)』が、斯様に御言の葉をお伝え下さりております……!」


 ワラガシュ同様に猛る兄に向かい、秋穂の様に輝く髪を振り乱し、ミフルの啓示を必死でミフルダートは伝える。


「遠き日に別たれし同胞よ。

 我が『天空之神威《ゼウス》』……そなた等祀りし処の『光明神(アフラ・マズダ)』も、同様に諭されしなり……。

 神威の御前、気勢と剣を納めよ」


 ミフルダートに続き、ドリアヌスも、祖国護りし神威の啓示を伝える。

 しかし二人は……憑りつかれたかの如く止まらない。


「……オオトシ殿、『彼奴等』の影が観えます……!

 惑う赤子を諫めるが如く……」


 そっと進言してきたヒメの言葉に、オオトシは察して意を決する。


「……この『法理之城(イレンカ・チャシ)』を悪しき想いにて遣う者は……断じて許しません……! 緋徒《フィト》よ……『祖神顕現(カムイ=エウン)』!!」


 猛る二人を遥かに超越する、およそオオトシとは真逆の、暴力的なまでに荒ぶる紅蓮の氣力が彼より渦巻いて噴き上がる。

 想いの天蓋の恩恵を受け、オオトシはその身を爆発的に巨大化させてゆく。

 顕れたのは……絶大なる紅蓮の大焔と、雷光を迸らせし虚空(ニス)を抱く、荒ぶる銀髪の巨神。


「天降りし雷光! もしや、ゼ、天空之神威(ゼウス)様!!」


「聖なる紅炎! あなた様は……光明神(アフラ・マズダ)様!!」


 両君主、並びに戦場の両軍兵士全員が感嘆の声を上げる。


「此処に、今一度説くなり。

 大秦(ローマ)が還さんと欲す三国を掌に和平せよ」


 十丈程もあろうかと言う巨神の声が、戦場中に鳴り響いて吹き荒れる。

 それは火焔と稲妻を伴う、荘厳にして清浄なる、万象討ち祓いし破邪の暴風。


 翔け抜け吹き荒ぶ神風は、兵士達に充満していた昏き濁流も、主君たちに巣食う邪悪な炎も、一切合切纏めて吹き飛ばす。


「自らが持ちし豊穣を、今一度、しかと見つめるが良い。

 そして足るを知らんと欲すローマの想い、受け取られよ」


 絶対的な「神威之啓示」に、集いし君主たちは一同に跪く。


「……『天空之神威(ゼウス)』、そして『真理乃神(ミフル)』よ、後のそれぞれの國と民、任せんと欲す!」


 巨神と化したオオトシは、自身の剣に顕現させた、神殿の柱の如き巨大なアメノハバキリより一閃放つ。

 その剣閃は、ローマ軍の上空に峻烈にして荘厳なる雷光を、パルティア軍の上空に、勇猛にして崇高な大焔を轟かせる。

 その天地を揺るがす鳴動により、両軍上空に巨大な神霊が浮かび上がる。


『忝き。

 よもや我等まで縛られしとは……』


 雷光迸る逞しき神威の感謝(ピリマ)。 


『敬虔なる使徒へ啓示《ピリマ》伝える事しか叶いませんでした……』


 静謐にして清廉な、浄化の火焔を纏う神威の謝罪(ピリマ)。


 両軍上空に降臨した巨大な神威。

 それは、先の「因果の濁流」にて呪縛されていた双方の主神、ゼウスとミフル。

 両軍の兵士達は、完全に正気に還る。

 そして、恭しく跪いて主神の顕現に感謝の祈りを捧げる。


「……いずれ私(わたくし)同様、祖神への崇敬を以って祖神顕現(カムイ=エウン)させ、國を、民を、この『自由の城』と共に護って下さい……!」


 両国の神威ではなく、斎祀る両主君達に対しオオトシは真寧に願う。


『われからも頼んでおこう。

 我が息子同様の可能性秘めしもの達よ。

 『想いと力』は、護るべき民と国の為に遣わんと、此処に誓うが良い!』


 オオトシが極大顕現させた「始祖須佐の王」の、峻烈ながら慈愛の籠った言葉に、双方の神威と君主達は魂を捧げ、最高の拝礼で応える。

 ここに、ローマは、豊饒之国(アッシリア)、神威之門(バビロニア)を手放し、創神之国(アルメニア)を属州から保護国へと変更。

 これら三国をパルティアへ還す事により、永き刻の諍いに終止符を打つ和平が成立する事となる。


(……チッ、余計な真似をしてくれたねぇ。

 これじゃお館様の「因果の濁流」の記述も台無しだよ。

 まぁ……良いや。

 次が本番さ。

 頼んだよイーラ、面白い筋書きを書いてくれたまえ……!)


 誰もが観ずる事叶わぬ行間。

 そこに響くのは、忌々しそうに悔しがるジェスターの舌打ちの音。

 だが、すでに次の一手、金色の炎揺らめかせる駒を一体、四大遊戯盤(チャトランガ)に置く。

 そして更にその前に置かれし駒は、「大焔」と刻まれ、紅蓮に輝く炎の魔神――。



其之壱 空前絶後の大焔の洗礼


 ローマのハドリアヌスの快諾を得て、一行は「火の四氣王」が住まう、「焔王之座山(モンジベッロ)」へと急行する。

 しかし、そこに待っていたのは、平時の冷静沈着さを失い、殺意の闘氣(ウェン・トゥム)を剥き出しにした大焔四氣王、「封輪火斬(フウリンカザン)」。

 その背後に浮かぶは、「真輝金」の禍々しき炎影――「憤怒(リピシュ)」を司る「八大罪障(ウシュ ナムタグガ)」、イーラ。


「腹立たしい。

 愛だ恋だ仲間だぁ?

 すべてオレの『怒り』に焚べ曝せ!」


 イーラが絶叫すると、真輝金に輝く「憤怒之因炎《リピシュ・ニンギグイズィ》」が迸り、封輪火斬を包み込む。

 管理者権限により、四氣王の力は強制的に「書き換え」られて暴走をはじめる。


「……彼奴等の管理の権能……侮りし……!

 最早倒るるまで止まる事叶わぬ。

 『創世の詠い手』達よ――我が『紅蓮之大焔(アラフレ=アペヌィ)』……見事凌いでみせよ!」


 ミケヒコ、オオトシ、ヤチホコの三人を筆頭に挑むも、憤怒により猛り狂う「大焔」の前に、防戦一方となる。

 迸る大焔は煮えたぎる溶岩と化し、岩の足場は見る間に削られてゆく。

 攻めあぐねる膠着を打破したのは、キクリの峻烈なる覚悟の慈愛。


「――みんなの火《アペ》、アタシの『すべてを捧げ、育まん』と欲するわ!!」


 瞬間、キクリの身体が砂上の楼閣の様に崩れ始める。

 己の命を削り、地の権能を極限まで高め、氣力の糧として捧げる。

 キクリの献身によって、爆発的に増幅された二人の火の氣力を、ヤチホコは詠い直霊して重ね合わせて高める。

 そこにスセリが、大凬(レラ)を猛らせて力を吹き込めて、四人で呼吸を合わせ放つ!

 まともに食らい踉きながらも、「封輪火斬」は報復の獄炎を返してくる。

 ミチヒメはすぐさま、己の根源の氣力をヤチホコへ託す。

 増幅されたヤチホコの虚空に、ミヅチは己のすべての氣力を捧げる。

 限界まで猛らせた、ミヅチの「大海」の氣力を以って二人で詠い、辛うじて受け流す。

 ……だが、その様を観てなお、封輪火斬は狂おしく笑う。


「……良き連携だ。

 だが、次なる炎こそが真なる火の理、『大焔(アペヌィ)』なり。


 ――見事生き遺りてみせよ!


 『煉獄(イワン・)の神炎(カムイアペヌィ)』!!」



 それは、前乃世で、キクリを焼き尽くし輪を廻らさせた因縁の神炎。

 「紅蓮」の大焔を全力で猛らせた封輪火斬の一撃が、最前で楯となるミヅチを襲う。


「させるか!

 猛りて咆えろ!

 炎神之(イレス=カムイ=)竜巻(ペウプンチセ)!!」


 ミケヒコが割って入り、己の火焔で果敢にも「神炎」を相殺し取り込もうと試みる。

 だが、それはイーラの「憤怒」を孕んだ罪障の毒炎。

 制御を喪いし炎は、見る間にミケヒコを蝕み猛り狂い始める。


「……愚かなり。

 『紅蓮』を『紅蓮』で受けるなど……暴れるぞ……!」


 己の炎を喰らい尽くされたミケヒコから、爆発的に増大した「煉獄の神炎」が無作為に放出される。

 迸る炎は、護るはずのミヅチを呑み込み暴れ狂う。


「――御しきれぬ紅蓮などこの世にいらぬ!

 炎に呑まれ輪を廻るが良い!」


(またしても……オレは……オレの『紅蓮』は他者を傷つけるのか……!)


 罪障と共に、瞬時に輪を廻らせる滅却神呪の爆炎に焦がされる中、ミケヒコは己の唇を噛み切るほど、自責の怒りを滾らせる。

 その間にも、ミヅチの身体は火に焚べられた水の様に、激しく蒸気を吹き上げ消滅して逝く。

 ヤチホコは、ミチヒメより水《ワッカ》の氣力《トゥム》を受け、必死に練り上げ二人で詠い放つ。

 「空」の介入を遮断して鎮火せんと、大凬の観えざる刃を放つスセリ。

 同質ゆえ歯噛みするオオトシと、忌まわしき「前乃世」を思い出し、恐怖に慄き硬直して震えるキクリ。

 如何に掌を尽くしても、鎮まる処か益々猛る業火の前に、持ち得るすべての権能を籠め、必死に放つヒメの『付与快癒呪』すら弾かれてしまう、まさに絶体絶命の瞬間――。



其之弐 前乃世を超えし献身と母娘の赦し


「巻き込まれしこの娘助けたくば、己が魂を我が炎に曝すが良い!」


 封輪火斬の言葉を聴いたキクリは、恐怖を呑み込み神炎を見据える。

 そして、震える自身の尾を噛み締め、両掌で頬を叩く。

 かつて、自らの罪ゆえに、その身を焼き尽くし輪を廻らせられた忌まわしき恐怖の炎。

 しかし今の彼女には、守るべき「弟《ヤチホコ》」達が、そして、慈しむべき「妹《ミヅチ》」がいる。


「二度も……焼かせてたまるもんですか……!

 アタシが……ミヅチを、みんなを護るんだわ!!」


 キクリは、脇目も振らず躊躇せず、荒れ狂う煉獄へと身を捧げる。

 紅蓮の炎に身を投じるキクリの背を見つめ、ミケヒコは、ミヅチに続き己の無力さを痛感し、絶望の中跪いて項垂れる。

 その刻、彼の頭の内に響く、懐かしくも懸命な声。


(……ヒコ、ミケヒコ!

 思い出して!

 あなたは何故強くなりたいの?)


 語りかけてきたのは、ミケヒコ出産の刻、彼から噴き上がり暴れ狂う「紅蓮」の炎により、ヒメと共に身体を焼き尽くされた母、タギリ。


(は、母上……!

 ヒメ同様、オレの紅蓮の最大の過ち……!)


 己の耳を疑うミケヒコの眼前、燃え盛る神炎の中、優しい微笑を湛えタギリは顕れる。

 その身体は全くの無傷処か、剰え無敵の神炎を跳ね返し、柔和に神々しき威光を放っている。


(……もう己を責めるのではありません。

 観て、あたしを。

 おかげで当代の女神、『木花開耶(コノハナ=サクヤ)』に成れたのよ……。

 今のあたしは、すべての炎に焼かれる事無く存在できるの)


「ワラワもでございますミケヒコ……。

 『如意宝珠(イレンカ・タㇰ)』たるこの身体《ケゥエ》……。

 如何なる炎も受け付けませぬ!」


 母の降臨を観じ、ヒメも燃え盛る獄炎へと、母に倣い一斉躊躇せずに飛び込む。

 七絃に輝く宝珠で出来た彼女の身体は、一切の炎を受け付けない。

 母娘二柱の「赦し」が、ミケヒコの魂を抱きしめる。


 感心しつつも不敵な笑みと一抹の憐憫を籠め、封輪火斬は言う。


「……真なる神炎に『すべて』を焼かれても……なお言い切れるであるか?」


 炎の質が静かに変化する。

 それは、心を叩き折る想念(イレンカ)の獄炎。


「うがぁあっ!

 ま、負けぬ、オレは絶対に負けぬぞぉっ!

 負ける……か……」


 耳元、頭上、背後から、至る処から木魂する絶望(ピリマ)。



 「呪われし忌み子がっ!」「あのお方が恐ろしい母殺しの御子だって」「あれが己のヒメを焼きし狂王よ」……。



 幼き日々。

 聴こえてくる陰口(ピリマ)に対し、「想い」に痛みが疾る……。

 それだけで、猛り狂う紅蓮によって灰燼と化す配下達。

 出生の際に己の身体を焼き尽くされ、固く冷たい神木の彫像と化したヒメ。

 父ウガヤより、同質の氣力授からねば実の身体を保てぬ母タギリ……。


(みんな……オレがいるから……不幸になるのか……?

 オレの『紅蓮』は忌まわしき破壊の炎……なのか?)


 自然とミケヒコは跪く。

 心が折れそうになる程に、彼の身体は獄炎に蝕まれ燃やされてゆく。

 その刻に強く燦然と輝き齎される母神からの神威之啓示(カムイピリマ)。



(違いますわ!

 あたしの『愛すべき』ミケヒコ。

 聴いて!

 あなたの『炎』の強大さは、世界の安寧を願う聖なる燈火!

 世界と民を護る為、権能(チカラ)を『強く欲っし』なさい!)



 ミケヒコは胸を穿たれて息を呑む。

「護る為に強さを欲する」、それも貪欲に。

 彼は悟る。

 それこそが「自分に遺された唯一の贖罪の道」だと。

 瞬間、炎は爆発的に激しく燃え盛る。

 そしてミケヒコをすべて焼き尽くす。


(悔やんでも……過去は、変えられぬ……!

 しかし、先の世はこの掌で掴み取れる!

 我、今まさに民と世界護らんが為、『紅蓮の炎』強く欲せん!!)


 ミケヒコを焼き尽くした炎が、物凄い勢いで爆縮してゆく。

 ――逆巻いて揺らめき迸る「紅蓮」の氣力。

 同色の炎の髪。

 生命燃やし天焦がす赫の如き、優しさと強さを併せ持つ瞳を湛え、強烈な存在力を内包する権能が放出され、実体化してゆく。


「バ、バカな……!?

 怒りに呑まれる処か……呑み、こんだ……だ、と……!」


 その強烈な紅蓮の奔流は、炎に宿り暗躍していた「憤怒」をも焼き尽くし、遥か彼方へ吹き飛ばしてしまう。



其之参 世界より大切な最愛の妹


 一方、皮膚を焼き焦がされる程の凄惨な炎に包まれながらも、キクリの魂は決して折れず、耐え忍ぶ。


「ミヅチ、ミヅチだけは……護るん……だわ!」


 強烈な岩壁天蓋を生成して神炎を防ぐ。

 だが、安堵も束の間、今度はミケヒコ達同様、「想念の獄炎」に見舞われる。

 それは、キクリの前乃世を、「焼き祓い浄め、輪を廻らせた」因縁の炎。

 燃え盛る獄炎は、あの刻の彼女の心の未熟さを暴き出す。



「実は楽しかっただろう?」「なんて残酷な」「あれで本当に王が喜ぶとでも?」「……まさに狂妃!」



 昏い欲望が魂の根底より湧き上がり、炎に情景が浮かぶ。

 そう、善悪も知らぬ無垢なる魂は……喜んでいたのである。

 民が弾け飛び、引き裂かれ、焼き焦がされ、怨嗟の中で輪を廻って逝くさまを……。


「……あぁぁああっ!

 い、いやぁっ!

 お願い! ミヅチにだけは観せないでぇっ!」


 強大な権能に溺れ酔いしれていた自分の幻像と共に、耳元で侮蔑の罵りが木霊する。


「これが……おねえ、さま?

 たしか、に、恐ろ、しい……。

 ……泣いて、いるの?

 泣か……ないで……おねえ……さま、ミヅチは……ここに、います、の……」


 半身を焼き尽くされ朦朧としたままのミヅチは、そっとキクリへ、その醜悪な過去毎包み込む様に寄り添う。


「しゃべっちゃダメぇっ!

 じっとして!」


「何を、して……きても……。

 おねえ、さ、まは、ミヅチの……大好き、な……おね……さ……」


「いやぁぁああっ! ミヅチィィィッ!!」


 微笑みを湛えたまま、半身を焼き尽くされたミヅチの掌。

 力なく垂れ下がり、目を伏せて静かに眠りにつく。

 灼熱の炎渦巻く凍り付いた刻の中、絶望的な喪失感に苛まされ、キクリは前乃世の闇に呑み込まれてゆく。

 その刻、鋭く強く、しかしあらん限りの慈愛を籠めてヤチホコが叫ぶ。


「――キクリ姉!

 あなたのすべてを認めてくれたミヅチちゃんの『想い』を!」


 ヤチホコは、己の拳が紅に染まる程に握りしめ、裂帛の気合を籠めて桎梏之腕枷鎖《しっこくのかいなのかさ》を激しく輝かせる。


「……あぁ、熱くない。

 ……少しも、痛くないわ。


 ――ありがとうミヅチ。

 アンタがこんなアタシを『大好き』だって言ってくれるなら……。

 『世界すべて敵に回した』って、アタシは……もう何も怖くない……わっ!!」


 その瞬間、キクリの中から昏き闇が紫煙と化し、勢い良く吹き出てゆく。

 闇は、葬送の神炎に焼き尽くされ静かに天へ還り逝く。

 未だ続く業火の中、物言わぬミヅチをしかと抱きかかえて凛然と立つキクリ。

 そのまま「封輪火斬」を、感謝の想い籠めて真っすぐに見据える。

 己が過ちを完全の受け入れたキクリの想念力を以って、高々と剣を掲げたミケヒコが、同じくアメノオハバリ(カンナ)を掲げたヤチホコと共に詠い直霊する!

 するとたちまち炎はキクリの氣力を、何物をも退けん完璧なる万能之天蓋へと、強力に焼き締めてゆく。


「……これならば何物にも焼かれなどせん……!

 もしオマエ等を焼くものいれば……この紅蓮の限りを以って屠り去らんと誓おう!

 我が炎は……民と世界を護らんが為に在る!!」


 全身に紅蓮の炎を纏い、その身体を、天に輝く朱金の陽光に輝かせたミケヒコが顕れる。

 横には強固に焼成された天蓋に護られしキクリとミヅチ。

 己の過去の罪業を超えたキクリの覚悟の「想い」に当てられて、封輪火斬は我に還る。

 そして、二人の生長を刮目し、満足気に深く頷く。


「見事なり。

 過去、前乃世の過ちを超え、汝等の想念はこれほどまでに生長したか!

  ……皆のもの、赦そう。

 我が『大焔』の理、汝らに授けん!」



其之肆 享受する大焔《アペヌィ》 真輝銀の覚醒


 封輪火斬は大焔を治め、皆の眼前に悠然と降り立つ。

 そして、それぞれの器に合わせ、「大焔」の最上位属性を、想いを籠めた言の葉と共に授ける。

 キクリには『快癒の(トゥサレニソ)紺碧(ロ=トムネ)』。

 ただし、元々火《アペ》の遣い手ではない為、「ただ一度のみしか叶わぬ故、努々熟考の上遣え」と。


 ミケヒコは、『総てを滅(オピッタ・ウェ)ぼす紅蓮(ンテ=アラフレ)』の完全制御を授かる。


「良くぞ『紅蓮』の真なる在り方悟りしなり。

 次なる日超至火之王(アメノ・ホアカリ)として励むが良い」


「……封輪火斬さま、感謝する。

 オレは今後……自分の炎を、『誇り』に想い生きられる。

 ――必ずや祖国の神威の証、この手に入れんと我が『紅蓮』に誓おう!」


 力強く拳を握り締めた後、ミケヒコは封輪火斬に対し深々と長揖する。


 オオトシには『浄化の深緑(エピル・ルシウニン)』を伝授される。


「地上之王(モシリルガル)よ。

 先の浄化、実に見事なり。

 この『深緑』により、そなたの浄化、さらに深まりて極みに至るであろう」


「ありがたき御言の葉、このオオトシ、魂(ラマトゥ)の奥底にしかと刻みて歩みます」


 冷静に、しかし微笑みを湛えてオオトシも長揖する。


 そして、最後の『火の宝珠』がヤチホコの封環に納まる。

 ――よくぞ四大揃えしなり。

 そして『我が試練』、見事乗り超えん事素晴らしき、と。


(我が……『試練!?』――まさか、アイツ等の事さえ利用して……か!)


 納まりし瞬間、歓喜を顕す様に大地が激しく鳴動する。

 四つの宝珠が共鳴し、五番目にて最後の空白、「虚空(ニス)」の石座が煌く。

 その刻、懐の石版が熱くなり、燃え盛る火口も、吹き抜ける風も、森に営む生きとし生けるものも、戦場にとどまりし兵士たちの雑踏さえも聞こえなくなり、真の静寂が訪れる。

 その中で唯一聴こえていた、「終焉の砂時計」の怨嗟の血砂落ちゆく音。

 その音が、抗おうと藻掻こうとも、理を「詠い直霊」されたかの如く、更なる強き想いにて静止させられる。

 浮かび上がった神呪を、荘厳な響きに清雅さを秘めた声が天より響き渡り、楚々と詠い上げる。

 

《――風は竜巻となりて無を宿し 無より眞なる神威之力生ず――!》


 突如ヤチホコの身体から、煌きと共に白銀の旋風が巻き起こる。

 煌く白銀の竜巻の中心から透明に輝く光が顕れる。

 それは、「大いなる真理」より授かりし、ヤチホコの「虚空」が宝珠と化した存在。

 真理の叡智を宿した宝珠が、力強く左手の封環へと納まる。

 今まさに、山吹に染める豊饒の『大地』、紺碧に煌く『大海』、真紅に燃え盛る『大焔』、新緑に吹き抜ける『大凬』、そして透明に輝く万象抱きし無限乃希望(カムイ=レンカ)、『虚空』。


 此処に「五芒之(アシクネ・イ)宝珠(コロ・タㇰ)」がすべて揃う。

 輝く五色の宝珠の光が集束していき、七絃の輝きとなった後、更に凝縮して朱金の稲妻が轟く。

 その雷鳴は、ヤチホコの存在を根源から詠い直霊してゆく……。


 残っていた黒髪は完全に『真輝銀《シキンナカネ》』色へと変わりゆく。

 瞳は万物を射抜く自燃の太陽――『紅玉の神瞳(アラフレ=インカラ)』へと変貌する。

 今まで「借り物」だった、今世の父母、スサノヲと向津日霊女《ムカツヒルメ》が身命を賭して造りし彼の身体、「希望之神器」も、詠い直霊されて魂と完全に重なり合う。

 刹那、爆発的な氣力が「神威之力」となって放出される。

 それは、大陸全土を包み込むほどに巨大で強大。

 清浄にして静謐な荘厳なる気勢。

 それは、ただそこに存在しているだけで周囲を詠い浄め、白銀に輝き放たれる氣力《トゥム》は、万物への慈愛の籠められた優しき波動を常に放つ。


「……詠い直霊されし真なる根源神威(イザナギ)よ、久しきなり。

 その姿、気勢……。

 もはや管理者とて容易く消せはせん」


 力強く頷いたヤチホコは、真輝銀の髪をなびかせ、紅玉の瞳で空を仰ぐ。

 それだけで、火山の周囲の海が煌めく。

 舞い上がる蒸気により、形を成した慈愛の大雲が甘露の法雨を齎す。

 それは、存在するすべてを優しく濡らしてゆく……。

 未だ遺る戦場に燻りし「禍々しき想念」も、戸惑いと共に、蟠(わだかま)りを残す両国の兵士の想いも祓い浄め、傷ついた身体でさえも瞬時に癒してゆく。

 慈愛の大雲は留まる処を知らず、遥か遠く、砂の海にも法雨を齎す。


「おぉ……!

 観よ、この法雨、この地にさえ恵みを齎さんものなり!」


 カルマ王が、見る間に芽吹く作物を目の当たりにし、至上の喜びを籠めて民へと叫ぶ。

 さらに進む慈雲は、彷徨える湖(ロプノール)に降り注ぎ、至純之水(シパセ・ワッカ)を更に浄めて進んでゆく。

 

「これは……! 『創世の詠い手』否さ、詠い直霊されしイザナギめ、やりおったわ!」


 伏犠は、虹色に輝く天蓋の下の宮殿で、女媧と掌を取り合い、「自由の左手」を高々と突き上げる。


「みんな、『希望の繭』をすべて開きたまえ!」


 ルースの掛け声で神聖城国(パセ=コル=モシリ)の繭が一斉に開かれ、恵みの法雨を作物達に一斉に享受させる。

 繭を開く中、法雨の恩恵で、彼の愛妻である香(シャン)は、一瞬だけラィラの姿を顕し、慈雲を見据え続けているアビヒコの横顔を静かに見つめる。

 遥かな西天――そこに浮遊し待ち受ける「天超飛翔(カンナ=カム)神威之城(イ・チャシ)」とその主を、睨む様に見据える彼の眼には、胎動を始めた「自由への不屈」が胎動を始めている。


「タカヒコさま、この、万物を慈しまんと包み込むように降り注ぐ法雨。

 あの子たち……成し遂げた様ですわ」


「あぁ、ミカツヒメよ、流石はヤチホコ、そして我が妹だ!」


 復興を遂げた神託啓示ノ國(イトムコカヌ=ナ)、天から降り注ぐ法雨を浴びて喜ぶ二人。


(――成し得ましたか!)


 向津日霊女(ムカツヒルメ)の歓喜(ピリマ)。


(……どうやらその様でございますわ、向津日霊女《ムカツヒルメ》さま)


 九姿異祢沱乃日霊女(クシイネダノヒルメ)の安堵(ピリマ)。


(あたし達のいる意宇之國《オウナ》にさえ、ヤチホコの齎した法雨が……届きましたわ!)


 タギリの驚嘆(ピリマ)。


 降り注ぎし法雨は、「終焉(デバッグ)の儀」に侵された、すべての崩壊の進行を静止させる。

 そして、法雨の権能は、輪を廻らんとしていたミヅチにも「恵み」を齎す。


(……法雨よ、どうか、この健気な魂《ラマトゥ》にもその恩恵を……!)


 キクリは、一心不乱に降り注ぐ法雨へと祈りを捧げている。

 煌いて降り注ぐ法雨が一滴、また一滴、半身を焦がされ静かに眠るミヅチへと滴り、静かに吸い込まれてゆく。

 物言わぬミヅチの身体から、法雨に呼応して、優しくも力強い「水」の氣力が、「大海(アトゥイ)」へ昇華して激しく湧き上がる。

 その猛き気勢は法雨と掌を取り合い、観る間にミヅチの身体を癒し直霊してゆく。

 幼くつぶらな瞳が、静かに開かれてゆく……。


「……こ、ここは?

 お、おにいさま……?

 キクリおねえさまぁっ!」


 息を吹き返したミヅチがキクリの首に抱きつく。

 ヤチホコは心底嬉しそうに力強く拳を握り締める。


「ミヅチちゃん……本当に……良かったです!

 みんな、ありがとう。

 ――さぁ、行きましょう!

 管理者達(かれら)の待つであろう、伝説の扉に閉ざされし、『天地を貫きし叡智の聖塔』へ!」


 五大の使徒を率い、祈りの巫女と共に歩む、真の救世の旅団。

 三位一体の神威を宿したヤチホコの眼差しは、暁の陽光(トカㇷ゚チュㇷ゚)輝く東の空、他化自在天の待つ「聖塔」の頂を、真っ直ぐに射抜いていた。

※「悋気(りんき)」:睦言の最中、妬み嫉み抱きし事なり

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