詩片の狭間 紅玉輝かす統治之神威(シュメールカムイ)
焔王之座山の噴煙が、穏やかに蒼天へと立ち昇る。
一行は、ヤチホコの放った甘露の法雨によって崩壊が止まり、涼風に揺れる草原に降り立つ。
大秦の都で海出自之帝に成り行きを伝える。
背後の天空之神威と共に驚嘆の面持ちで報告を受け、国を挙げて祝儀を催す。
一行は、城下を一頻り凱旋した後、ようやく安堵の面持ちで、城壁の外、雷鳥の待つ、荒野の岩に腰を下ろし、暫し身体を休めていた。
穏やかに天へ昇っていた噴煙も鎮まり、辺りは沈みゆく晩陽に照らされている。
中央の焚火の爆ぜる音だけが静かに響く中、皆一様に新たに生まれし神威へ視線を注いでいた。
「そんなに一同に見つめられると、流石に落ち着かないのですが……」
苦笑と共にヤチホコは、己の長い髪を嫋やかな指で弄る。
「仕方の無い事でしょう。私でさえ、かの父神の如き崇敬の想念を抱きて見惚れてしまいます故」
冗談めいて聴こえるが、オオトシは当然とばかりに、至極真面目に片膝をついて伝えていた。
言葉を喪ったヤチホコは、己の姿を八卦の首飾りの裏の鏡面へと映し出す。かつての茶色味を帯びた黒髪は、燦然と輝き始めた月光(クンネチュㇷ゚)を優しく照り返し、神々しき真輝銀の輝きを放っている。言葉と共に伏せられた長い睫毛の奥に覗くのは、静かに燃える太陽の輝きを湛える紅玉……。
「当り前よ。ヤチホコさ……くん。あなた、今、観たでしょ? 首飾りの裏の鏡で自分のその姿。……正直、今まで通り名前呼ぶ事さえ躊躇うわ……その色香」
一同が見惚れる事による静寂を、いつもの通りミチヒメが口火を切る。彼の為に馨しい乳を味わえる法理の水を杯へ注ぐ。合間にちらりと横目で見つめると、極上の美酒に酔い、惚けた刻の様に大きな溜息が思わず漏れてしまう。
(……とうとう英雄王おにいさまを……超えちゃったわよアイツったら! もぅっ!)
「……本当ですの。おにいさまの氣力、優しく温かく……吸い込まれちゃいそう……」
キクリの腕の中、微睡んでいたミヅチが、一目見た瞬間、瞳を潤ませうっとりする。抱きかかえるキクリもまた、弟の静謐ながら甘美なる「毒」に、誇らしくも一瞬目を泳がせてしまう。
「本当だわ……。アンタ、もう途轍もないわよ、その『毒』。ねぇミケヒコ、アンタからも何か言って欲しいわ」
ミケヒコは、爆ぜる焚火に合わせて、己の紅蓮を揺らめかせる。
「我が目覚めし瞳は、『赦しと覚悟』の証。しかしオマエのその瞳は、ヒメ同様……いやそれ以上に、『万象を見抜き』そうで、少々癪に障る。だが、それが仲間ならば、心強いことこの上ない、今のオレはそう思うぞ……!」
ミケヒコは少し太々しく笑い、しっかりとヤチホコの瞳を見据え力強く拳を握り締める。
「恐らくは……ワラワの七絃より高き境涯を見据える事叶うでしょう。しかしながら刻を超えて観る事叶うがワラワの強み。今後とも……『共に』、万象を観て参りたく存じます」
公正さと冷静さの中に、静かに熱を帯びた想い籠めてヒメはヤチホコを見つめる。
「ありがとうミケヒコ、ヒメさん。……確かに姿は変わりましたが、こうしてみんなを眺めていますと、自分の魂の在るべき処がどこなのか、以前よりもはっきりと観じられます。……どうかみんな、安心して下さい。僕は、どう変わろうとも、僕ですから」
「……」
寄り添って隣に座っていたスセリは、ずっと黙り込んでいた。ヤチホコの銀髪が揺れる度、皆と語り合う中で動く視線と眼が合うたびに、山桜の実の様に、頬を紅潮させては慌てて俯いている。
「スセリちゃん? 大丈夫ですか、もしかしてまだ先の試練でどこか熱かったり……」
ヤチホコが心配して顔を覗き込むように近づくと、熟した鳳仙花の実が種を飛ばす刻の如く、弾け飛ぶ様に顔を上げ慌てふためく。
「だ、大丈夫よ! ボクは平気! ただ、その……」
狼狽する彼女の瞳の深奥で、根源の妹神の幻影が揺らめく。
(……ヤチ、ズルいよ、その姿……。ボクだけが知っている『アノ刻』の背中よ、それは。あの、『二神で国生みの逢瀬を重ねし』……)
「……すてきよ、本当にきれい。ボクの自慢の……ヒコだね」
スセリは、風に揺れる川の様な、銀の清流の様な髪を一房掌に絡め、そっと頬ずりして、悠久の刻の彼方へ想いを馳せ、今在る幸せへの慈しみを籠めて微笑む。
スセリの想いが掌を徹し、そして今は想いと権能を繋ぐ「絆」となった一蓮托生呪を通じて流れ込んでくる。
切実ながら熱き想い。ヤチホコにはその一部しか理解出来なかったが、想う「強さ」だけはありありと観じ、そっと彼女の掌を取って感謝と慈しみの「想い」を籠める。
随喜の涙を流し、イザナミでもあるスセリは、慈愛の旋風を巻き起こしてしまう。
彼女たちから伝わる掌の温もりを、想いと共にしかと観じながら、改めて自身が器と完全に重なりし事を噛み締める。
もはや、管理者の綴りし叙事詩が紡ぐ歴史など、恐れる必要はない。
「……行きましょう。「他化自在天」住まう、天へと向かうあの塔へ」
ヤチホコは、真輝銀の髪をなびかせ、紅玉の瞳で東の空を見据える。呼応する様に、宵闇から天の残光が顕れ、あたかも黎明の陽光の様に輝いて応える。
刹那、懐の石版も脈動して熱を帯び、「砂時計」の上に、新たな輝きが刻まれ浮かび上がる。
それは、進みて世界を治せと言う「神威の啓示」。
『拾 管理の闇を斬り裂いて 全てを直霊せん 統治之神威』




