第21倭 自由の暴走、煉怒の誓約、紅蓮の覚醒
序章 荒びし自由なる想い
この大地すべてを覆いし「法理之城」の辺縁、遥か西方の果ての境界。「他化自在天」の放った「因果の濁流」は、自由を詠う天蓋を逆手に取り、人々の罪深さを露呈させた。
大秦と安息。かつて数理の檻に縛られていた両国は、呪縛から解放されたが故に、古き歴史の因縁に準えて――「所有」と「栄誉」という、欲望から結果を求めし濁流に呑み込まれ、未曾有の大戦争を開始してしまったのだ。
「『自由』を得てする事が戦なんて……みんな、早く止めましょう!」
ヤチホコは、愕然とするも惨状を見据え、我先に止めに行こうとする。
戦場に立ち込める砂塵の中、審神者の理知を宿したオオトシが静かに前に出る。
「ヤチホコ、良く『観て』下さい。これは『彼の者達』が仕掛けし呪法による、偽りの争いです。――私が参りましょう」
オオトシは、両軍の真っ只中で、真輝銀の剣を輝かせ、呼びかける。
「両軍の王よ、私は奴国の大倭乃国の王、オオトシ。一度戦を止め、話を伺いたく存じます……!」
その静かながら並ならぬ気勢を察知し、大秦側からは、顎髭を携えた逞しい皇帝「海出自之帝」が従者の少年と共に、安息側からは三名の王、同じく勇猛な「勇猛之英雄王」、年長者の「良名之保有者」、柔らかな金髪を尼削ぎに揃えた、見目麗しい「真理之神授者」が歩み出る。
「双方共、良く想い廻らせて下さい……。観ずるに、望みは同じと伺えます」
実は、海出自之帝側は、父帝が拡大しすぎた領土の維持が困難な為、この合戦の地、三国共手放したかった。
対する安息側も、王が分裂して対立している為、高原と東の領土以外に、第三の領土として此処西域三国が欲しかったのである。
「……争い諍い合わぬとも、想いと共に言の葉交わせば済む事でしょう」
オオトシが静かに諭す声が優しく響く。
悋気を起こして裾を掴み、背後から冷たい視線を送る少年をよそに、仄かに頬を染めた海出自之帝に見つめられた真理之神授者は、草原に揺れる蒲公英が風を無理なくいなす様に、公正と慈愛に満ちた微笑みを湛えて同時に深く頷く。
しかし、良名之保有者は沈黙を続け、勇猛之英雄王は首を縦には振らず、金色に輝く炎の様な氣力を猛らせる。
「西側三国も我が領土とし、この機に全ての安息を我が物に!」
少し憂いを籠めてオオトシは目を伏せる。
「……愚かなり。過ぎしを求めんが想念に安寧を……『慰安之炎』……」
緩やかに諭す様に、オオトシの新緑の炎が勇猛之英雄王を包み込む。途端金色の炎が緩やかに鎮まっていく。
……そうだ、今回の戦、和平の道が存在している……そう気付きかけた矢先、虚空より目に付く眩しさの火球が降り注ぐ。
それは、彼の耳元に纏わりつく呪詛の囁き。
(……奪われて良いのか? 領土を取り戻し栄誉をその掌に握りしめろ……! 憤怒が命ずる……欲に身を焦がせ……『煽情之欲炎』!)
突如、自身の発した金色の炎が、戦場に飛び交う陰惨な朱と渦巻く怨嗟の漆黒に染まって猛り狂う。
勇猛之英雄王は、己が欲望に駆られ正気を喪う。
「これ以上奪わるる事など許すまじ! 此処は代々我等が受け継ぎし大地なり!」
その言葉に呼応する様に、良名之保有者は強烈に勇猛之英雄王を跳ね除ける。
「笑止! 元は我が兄弟治めし国に向かって何をぬかす!」
「兄上、お待ちを! 勇猛之英雄王殿は……何やら様子がおかしいと見受けられます……! 我が背の『真理乃神』が、斯様に御言の葉をお伝え下さりております……!」
勇猛之英雄王同様に猛る兄に向かい、秋穂の様に輝く髪を振り乱し、真理乃神の啓示を必死で真理之神授者は伝える。
「遠き日に別たれし同胞よ、我が『天空之神威』……そなた等祀りし処の『光明神』も、同様に諭されしなり……気勢と剣を納めよ」
真理之神授者に続き、海出自之帝も、祖国護りし神威の啓示を伝える。
しかし二人は……憑りつかれたかの如く止まらない。
「……オオトシ殿、『彼奴等』の影が観えます……! 惑う赤子を諫めるが如く……」
そっと進言してきたヒメの言葉に、オオトシは察して意を決する。
「……この『法理之城』を悪しきに使う者は……断じて許しません……! 緋徒よ……『祖神顕現』!!」
猛る二人を遥かに超越する、およそオオトシとは真逆の、暴力的なまでに荒ぶる紅蓮の氣力が渦巻いて噴き上がる。
想いの天蓋の恩恵を受け、その身を爆発的に巨大化させてゆく。
顕れたのは……絶大なる紅蓮の大焔と、雷光を迸らせし虚空を抱く、荒ぶる銀髪の巨神。
「天降りし雷光! もしや、ゼ、天空之神威様!!」「聖なる紅炎! あなた様は……光明神様!!」
両君主、並びに戦場の両軍兵士全員が感嘆の声を上げる。
「此処に、今一度説くなり。大秦が還さんと欲す三国を掌に和平せよ」
十丈程もあろうかと言う巨神の声が、戦場中に鳴り響いて吹き荒れる。それは火焔と稲妻を伴う、破邪の暴風。
翔け抜け吹き荒ぶ神風は、兵士達に充満していた昏き濁流も、主君たちに巣食う邪悪な炎も、一切合切纏めて吹き飛ばしてしまった。
「自らが持ちし豊穣を、今一度、しかと見つめるが良い。そして足るを知らんと欲す大秦の想い、受け取られよ」
絶対的な神威の啓示に、集いし君主たちは一同に跪く。
「……『天空之神威』、そして『真理乃神』よ、後のそれぞれの国と民、任せんと欲す!」
巨神と化したオオトシは、自身の剣に顕現させた、神殿の柱の如き巨大なアメノハバキリより一閃放つ。
その剣閃は、大秦の軍の上空に、峻烈にして荘厳なる雷光を、安息の軍の上空に、勇猛にして崇高な大焔を轟かせる。
その天地を揺るがす鳴動により、両軍上空に巨大な神霊が浮かび上がる。
『忝き。よもや我等まで縛られしとは……』『敬虔なる使徒へ啓示伝える事しか叶いませんでした……』
両軍上空に降臨した巨大な神威。それは先の「因果の濁流」にて呪縛されていた双方の主神、天空之神威と真理乃神であった。
両軍の兵士達は、完全に正気に還る。
そして、恭しく跪いて主神の顕現に感謝の祈りを捧げる。
「……いずれ私同様、祖神への崇敬を以って祖神顕現させ、国を、民を、この『自由の城』と共に護って下さい……!」
両国の神威ではなく、斎祀る両主君達に対しオオトシは願う。
『われからも頼んでおこう。我が息子同様の可能性秘めしもの達よ。『想いと力』は、護るべき民と国の為に遣わんと、此処に誓うが良い!』
オオトシが極大顕現させたスサノヲの、峻烈ながら慈愛の籠った言葉に、君主達は魂を捧げ、最高の拝礼で応える。
ここに、大秦は、豊饒之国、神威之門を手放し、創神之国を属州から保護国へと変更。これら三国を安息へ還す事により、永き刻の諍いに終止符を打つ和平が成立する事となる。
(……チッ、余計な真似をしてくれたねぇ。これじゃお館様の「因果の濁流」の記述も台無しだよ。まぁ……良いや。次が本番さ。頼んだよイーラ、面白い筋書きを書いてくれたまえ……!)
誰もが観ずる事叶わぬ行間。そこに響くのは、忌々しそうに悔しがるジェスターの舌打ちの音。だが、すでに次の一手、金色の炎揺らめかせる駒を一体、四大遊戯盤に置く。そして更にその前に置かれし駒は、「大焔」と刻まれ、紅蓮に輝く炎の魔神――。
其之壱 空前絶後の大焔の洗礼
大秦の海出自之帝の快諾を得て、一行は火の四氣王が住まう、「焔王之座山」へと急行した。しかし、そこに待っていたのは、平時の冷静沈着さを失い、殺意の闘氣を剥き出しにした「封輪火斬」であった。
その背後に浮かぶは、真輝金の禍々しき炎影――「憤怒」を司る「八大罪障」、イーラ。
「腹立たしい。愛だ恋だ仲間だぁ? すべてオレの『怒り』に焚べ曝せ!」
イーラが絶叫すると、真輝金に輝く「憤怒之因炎」が迸り、封輪火斬を包み込む。管理者権限により、四氣王の力は強制的に「書き換え」られて暴走をはじめる。
「……彼奴等の管理の権能……侮りし……! 最早倒るるまで止まる事叶わぬ。『創世の詠い手』達よ――我が『紅蓮之大焔』……見事凌いでみせよ!」
ミケヒコ、オオトシ、ヤチホコの三人を筆頭に挑むも、憤怒により猛り狂う大焔の前に、防戦一方となる。
迸る大焔は煮えたぎる溶岩と化し、足場は見る間に削られてゆく。
攻めあぐねる膠着を打破したのは、キクリの峻烈なる覚悟の慈愛。
「――みんなの火、アタシの『すべてを捧げ、育まん』と欲するわ!!」
瞬間、キクリの身体が砂上の楼閣の様に崩れ始める。己の命を削り、地の権能を極限まで高め、氣力の糧として捧げる。
キクリの献身によって、爆発的に増幅された二人の火を、ヤチホコは詠い直霊して重ね合わせて高める。
そこにスセリが、大凬を猛らせて力を吹き込めて、四人で呼吸を合わせ放つ!
まともに食らい踉きながらも、「封輪火斬」は報復の獄炎を返してくる。
ミチヒメはすぐさま、己の根源の氣力をヤチホコへ託す。増幅されたヤチホコの虚空に、ミヅチは己のすべての氣力を捧げる。
限界まで猛らせた、ミヅチの大海を以って二人で詠い、辛うじて受け流す。
……だが、その様を観てなお、封輪火斬は狂おしく笑う。
「……良き連携だ。だが、これこそが真なる火の理、『大焔』。 見事生き遺りてみせよ! 『煉獄の神炎』!!」
それは、前乃世で、キクリを焼き尽くし輪を廻らさせた因縁の炎。
「紅蓮」を全力を猛らせた封輪火斬の一撃が、最前で楯となるミヅチを襲う。
「させるか! 猛りて咆えろ! 炎神之竜巻!!」
ミケヒコが割って入り、己の火焔で果敢にも「神炎」を相殺し取り込もうと試みる。だが、それはイーラの「憤怒」を孕んだ罪障の毒炎。
制御を喪いし炎は、見る間にミケヒコを蝕み猛り狂い始める。
「……愚かなり。『紅蓮』を『紅蓮』で受けるなど……暴れるぞ……!」
己の炎を喰らい尽くされたミケヒコから、爆発的に増大した煉獄の神炎が無作為に放出される。
迸る炎は、護るはずのミヅチを呑み込み暴れ狂う!
「――御しきれぬ紅蓮などこの世にいらぬ! 炎に呑まれ輪を廻るが良い!」
(またしても……オレは……オレの『紅蓮』は他者を傷つけるのか……!)
罪障と共に、瞬時に輪を廻らせる滅却神呪の爆炎に焦がされる中、ミケヒコは己の唇を噛み切るほど、自責の怒りを迸らせていた。
その間にも、ミヅチの身体は火に焚べられた水の様に、激しく蒸気を吹き上げ消滅していく。
ヤチホコは、ミチヒメより水の氣力を受け、必死に練り上げ二人で詠い放つ。
空の介入を遮断して鎮火せんと、大凬の観えざる刃を放つスセリ。
同質ゆえ歯噛みするオオトシと、忌まわしき「前乃世」を思い出し、恐怖に慄き硬直して震えるキクリ。
如何に手を尽くしても、鎮まる処か益々猛る業火の前に、持ち得るすべての権能を籠め、必死に放つヒメの『付与快癒呪』すら弾かれてしまう、まさに絶体絶命の瞬間――。
其之弐 前乃世を超えし献身と母娘の赦し
「巻き込まれしこの娘助けたくば、己が魂を我が炎に曝すが良い!」
封輪火斬の言葉を聴いたキクリは、恐怖を呑み込み神炎を見据え、震える自身の尾を噛み締め、両掌で頬を叩く。
かつて、自らの罪ゆえに、その身を焼き尽くし輪を廻らせられた忌まわしき恐怖の炎。しかし今の彼女には、守るべき「弟」達が、そして、慈しむべき「妹」がいる。
「二度も……焼かせてたまるもんですか……! アタシが……ミヅチを、みんなを護るんだわ!!」
キクリは、脇目も振らず躊躇せず、荒れ狂う煉獄へと身を捧げる。
紅蓮の炎に身を投じるキクリの背を見つめ、ミケヒコは、ミヅチに続き己の無力さを痛感し、絶望の中跪いて項垂れる。その刻、脳裏に響く懐かしくも懸命な声が。
(……ヒコ、ミケヒコ! 思い出して! あなたは何故強くなりたいの?)
語りかけてきたのは、ミケヒコ出産の刻、彼から噴き上がり暴れ狂う「紅蓮」の炎で、ヒメと共に身体を焼き尽くされた母、タギリ。
(は、母上……! ヒメ同様、オレの紅蓮の最大の過ち……!)
己の耳を疑うミケヒコの眼前、燃え盛る神炎の中、優しく微笑んでタギリは顕れる。その身体は全くの無傷どころか、剰え無敵の神炎を跳ね返し、柔和に神々しき威光を放っている。
(……もう己を責めるのではありません。観て、あたしを。おかげで当代の『木花開耶』に成れ、すべての炎に焼かれる事無く存在できるの)
「ワラワもでございますミケヒコ……。『如意宝珠』たるこの身体、如何なる炎も受け付けませぬ!」
母の降臨を観じ、ヒメも続いて炎へと、一斉躊躇せずに飛び込む。七絃に輝く宝珠で出来た彼女の身体は、一切の炎を受け付けない。母娘二柱の「赦し」が、ミケヒコの魂を抱きしめる。
感心しつつも不敵な笑みと一抹の憐憫を籠め、封輪火斬は言う。
「……真なる神炎に『すべて』を焼かれても……なお言い切れるであるか?」
炎の質が変化する。それは、心を叩き折る想念の獄炎。
「うがぁあっ! ま、負けぬ、オレは絶対に負けぬぞぉっ! 負ける……か……」
耳元、頭上、背後から、至る処からの絶望の囁きが木霊する。
「呪われし忌み子がっ!」「あのお方が恐ろしい母殺しの御子だって」「あれが己のヒメを焼きし狂王よ」……。
幼き日々。陰口に「想い」寄せるだけで灰燼と化す配下達。固く冷たい神木の彫像と化したヒメ。父ウガヤより、氣力授からねば実の身体を保てぬ母……。
(みんな……オレがいるから……不幸になるのか……? オレの『紅蓮』は忌まわしき破壊の炎……なのか?)
自然とミケヒコは跪く。心が折れそうになる程に、彼の身体は燃やされてゆく。
(違いますわ! あたしの愛すべきミケヒコ、聴いて! あなたの『炎』の強大さは、世界の安寧を願う聖なる燈火! 世界と民を護る為、権能を『強く欲っし』なさい!)
ミケヒコは胸を穿たれて息を呑む。「護る為に強さを欲する」、それも貪欲に。それこそが自分に遺された唯一の贖罪の道だと。
瞬間、炎は爆発的に激しく燃え盛る。そしてミケヒコをすべて焼き尽くす。
(悔やんでも……過去は、変えられぬ……! しかし、先の世はこの掌で掴み取れる! 我、今まさに民と世界護らんが為、『紅蓮の炎』強く欲せん!!)
ミケヒコを焼き尽くした炎が、物凄い勢いで爆縮してゆく。――逆巻いて揺らめき迸る「紅蓮」の氣力。同色の炎の髪。燃え盛る陽光の如く、優しさと強さを併せ持つ山吹色の瞳を湛え、強烈な質量と権能が放出され、実体化してゆく。
「バ、バカな……怒りに呑まれる処か……呑み、こんだ……だ、と……!」
その強烈な紅蓮の奔流は、炎に宿り暗躍していた「憤怒」も焼き尽くし吹き飛ばしてしまった。
其之参 世界より大切な最愛の妹
一方、皮膚を焼き焦がされる程の凄惨な炎に包まれながらも、キクリの魂は決して折れなかった。
「ミヅチは、ミヅチだけは……護るん……だわ!」
強烈な岩壁天蓋を生成して神炎を防ぐ。だが、安堵も束の間、今度はミケヒコ達同様、想念の獄炎に見舞われる。
それは、キクリの前乃世を、「焼き祓い浄め、輪を廻らせた」因縁の炎。
燃え盛る獄炎は、あの刻の彼女の心の未熟さを暴き出す。
「実は楽しかっただろう?」「なんて残酷な」「あれで本当に王が喜ぶとでも?」「……まさに狂妃!」
昏い欲望が魂の根底より湧き上がり、炎に情景が浮かぶ。そう、善悪も知らぬ無垢なる魂は……喜んでいたのだ。民衆が弾け飛び、引き裂かれ、焼き焦がされ、怨嗟の中で輪を廻って逝くさまが……。
「……あぁぁああっ! い、いやぁっ! ミヅチにだけは観せないでぇっ!」
強大な権能に溺れ酔いしれていた自分を見せ付けられ、罵倒の囁きが耳元で木霊する。
「これが……おねえ、さま? たしか、に、恐ろ、しい……。泣いて、いるの? 泣か……ないで……おねえ……さま、ミヅチは……ここに、います、の……」
半身を焼き尽くされ、朦朧としたままで、ミヅチはそっとキクリを、その醜悪な過去毎包み込む様に寄り添う。
「しゃべっちゃダメぇっ! じっとして!」
「何を、して……きても……おねえ、さ、まは、ミヅチの……大好き、な……おね……さ……」
「いやぁぁああっ! ミヅチィィィッ!!」
微笑みを湛えたまま、半身を焼き尽くされたミヅチの掌は、力なく垂れ下がって動かなくなり、目を伏せて、静かに眠るように動かなくなった。
灼熱の炎が渦巻く凍り付いた刻の中、絶望的な喪失感に苛まされ、キクリが前乃世の闇に呑みこまれてゆく。
その刻、鋭く強く、しかし慈愛の想いでヤチホコが叫ぶ。
「――キクリ姉! あなたのすべてを認めてくれたミヅチちゃんの『想い』を!」
ヤチホコは、己の拳が紅に染まる程に握りしめ、裂帛の気合を籠めて桎梏之腕枷鎖を激しく輝かせる。
「……あぁ、熱くない。……少しも、痛くないわ。――ありがとうミヅチ、アンタがこんなアタシを『大好き』だって言ってくれるなら……。世界すべて敵に回したって、アタシは……もう何も怖くない……わっ!!」
その瞬間、キクリの中から昏き闇が霧の様に吹き出てゆく。
闇は、葬送の神炎に焼き尽くされ静かに天へと還って逝く。未だ続く業火の中、物言わぬミヅチをしかと抱きかかえ凛然と立ち、「封輪火斬」を、感謝の想い籠めて真っすぐに見据える。
己が過ちを完全の受け入れた、キクリの想念力を以って、高々と剣を掲げたミケヒコが、同じくアメノオハバリを掲げたヤチホコと共に詠い直霊する!
するとたちまち炎は強烈に、何物をも退けん万能之天蓋へと、完璧に焼き締めてゆく。
「……これならば何物にも焼かれなどせん……! もしオマエ等を焼くものいれば……この紅蓮の限りを以って屠り去らんと誓おう! 我が炎は……民と世界を護らんが為に在る!!」
全身に紅蓮の炎を纏い、その身体を、天に輝く朱金の陽光に輝かせたミケヒコが顕れる。横には強固に焼成された天蓋に護られしキクリとミヅチ。
己の過去の罪業を超えたキクリの覚悟の想念に当てられて、封輪火斬は我に還る。
そして、二人の生長を刮目し、満足気に深く頷いた。
「見事なり。過去、前乃世の過ちを超え、汝等の想念はこれほどまでに生長したか! ……皆のもの、赦そう。我が『大焔』の理、汝らに授けん!」
其之肆 享受する大焔 真輝銀の覚醒
封輪火斬は、皆の眼前に悠然と降り立ち、それぞれの器に合わせ、「大焔」の最上位属性を、想いを籠めた言の葉と共に授ける。
キクリには『快癒の紺碧』。
ただし、元々火の遣い手ではない為、「ただ一度のみしか叶わぬ故、努々熟考の上遣え」と。
ミケヒコは、『総てを滅ぼす紅蓮』の完全制御を授かる。
「良くぞ『紅蓮』の真なる在り方悟りしなり。次なる日超至火之王として励むが良い」
「……封輪火斬様、感謝する。オレは今後……自分の炎を、『誇り』に想い生きられる。――必ずや祖国の神威の証、この手に入れんと我が『紅蓮』に誓おう!」
力強く拳を握り締めた後、ミケヒコは封輪火斬に対し深々と長揖した。
オオトシには『浄化の深緑』を伝授される。
「地上之王よ。先の浄化見事であった。この『深緑』により、そなたの浄化、さらに深まりて極みに至るであろう」
「ありがたき御言の葉、このオオトシ、魂の奥底にしかと刻みて歩みます」
冷静に、しかし微笑みを湛えてオオトシも長揖する。
そして、最後の『火の宝珠』がヤチホコの封環に納まる。――よくぞ四大揃えしなり。そして我が試練、見事乗り超えん事素晴らしき、と。
(我が……『試練!?』――まさか、アイツ等の事さえ利用して……か!)
納まりし瞬間、歓喜を顕す様に大地が激しく鳴動する。四つの宝珠が共鳴し、五番目にて最後の空白、「虚空」の石座が煌く。
その刻、懐の石版が熱くなり、燃え盛る火口も、吹き抜ける風も、森に営む生きとし生けるものも、戦場にとどまりし兵士たちの雑踏さえも聞こえなくなり、真の静寂が訪れる。
その中で唯一聴こえていた、「終焉の砂時計」怨嗟の血砂の落ちゆく音が、理を「詠い直霊」されたかの如く抗おうと藻掻くも、更なる想いにて静止させられる。浮かび上がった神呪を、荘厳な響きに清雅さを秘めた声が、楚々と詠い上げる。
(――風は竜巻となりて無を宿し 無より眞なる神威之力生ず――!)
突如ヤチホコの身体から、煌きと共に白銀の旋風が巻き起こり、中心から透明に輝く光が顕れる。
それは、「大いなる真理」より授かりし、ヤチホコの虚空が宝珠と化した存在。
真理の叡智を宿した宝珠が、力強く左手の封環へと納まる。
今まさに、山吹(大地)、紺碧(大海)、そして真紅(大焔)、新緑(大凬)、そして透明(虚空)。「五芒之宝珠」がすべて揃い、輝く宝珠の光達が集束していき、七絃の輝きとなった後さらに集束し、朱金の稲妻が轟く。その雷鳴は、ヤチホコの存在を根源から詠い直霊してゆく……。
残っていた黒髪は完全に『真輝銀』色へと変わり、瞳は万物を射抜く自燃の太陽――『紅玉の神瞳』へと変貌した。
今まで「借り物」だった、今世の父母、スサノヲと向津日霊女が身命を賭して造りし「想いの器」も、詠い直霊されて魂と完全に重なり合う。
刹那、爆発的な氣力が、神威となって放出される。
それは、大陸全土を包み込むほどに巨大で、かつ慈愛の想いに満ちていた。
その清浄にして静謐な気勢は、ただそこに存在しているだけで周囲を詠い浄め、白銀に輝き放たれる氣力には、万物への慈愛が籠められていた。
「……詠い直霊されし根源神威よ、久しきなり。その姿、気勢……。もはや管理者とて容易く消せはせん」
力強く頷いたヤチホコは、真輝銀の髪をなびかせ、紅玉の瞳で空を仰いだ。それだけで、火山の周囲の海が煌めく。
舞い上がる蒸気により、形を成した慈愛の大雲が甘露の法雨を齎す。
それは、存在するすべてを優しく濡らし、未だ遺る戦場に燻りし禍々しき想念も、戸惑いと共に、蟠りを残す両国の兵士の想いも祓い浄め、傷ついた身体でさえも瞬時に癒していく。
慈愛の大雲は留まる処を知らず、遥か遠く、砂の海にも法雨を降らす。
「おぉ……! 観よ、この法雨、この地にさえ恵みを齎さんものなり!」
カルマ王が、見る間に芽吹く作物を目の当たりにし、至上の喜びを籠めて民へと叫ぶ。
さらに進む慈雲は、彷徨える湖に降り注ぎ、至純之水を更に浄めてゆく。
「これは……! 『創世の詠い手』否さ、詠い直霊されし根源神威め、やりおったわ!」
伏犠は、虹色に輝く天蓋の下の宮殿で、女媧と手を取り合い、「自由の左手」を高々と突き上げる。
「みんな、『希望の繭』をすべて開きたまえ!」
ルースの掛け声で神聖城国の繭が一斉に開かれ、恵みの法雨を作物達に一斉に享受させる。
繭を開く中、法雨の恩恵で、彼の愛妻香は、一瞬だけラィラの姿を顕し、慈雲を見据え続けているアビヒコの横顔を静かに見つめる。
遥かな西天――そこに浮遊し待ち受ける「天超飛翔神威之城」とその主を、睨む様に見据える彼の眼には、胎動を始めた「自由への不屈」が宿っていた。
「我が背タカヒコさま、この、万物を慈しまんと包み込むように降り注ぐ法雨。あの子たち、成し遂げた様ですわ」
「あぁ、ミカツヒメよ、流石はヤチホコ、そして我が妹だ!」
復興を遂げた神託啓示ノ國(イトムコカヌ=ナ)、天から降り注ぐ法雨を浴びて喜ぶ二人。
(――成し得ましたか!)(……どうやらその様でございますわ、向津日霊女さま)(あたし達のいる意宇国にさえ、ヤチホコの齎した法雨が……届きましたわ!)
降り注ぎし法雨は、「終焉の儀」に侵されたすべての崩壊の進行を静止させた。
そして、法雨の権能は、輪を廻らんとしていたミヅチにも「恵み」を齎した。
(……法雨よ、どうか、この健気な魂にもその恩恵を……!)
キクリは、一心不乱に降り注ぐ法雨へと祈りを捧げていた。
煌いて降り注ぐ法雨が一滴、また一滴、半身を焦がされ静かに眠るミヅチへと滴り、静かに吸い込まれてゆく。
物言わぬミヅチの身体から、法雨に呼応して、優しくも力強い水の氣力が、大海へ昇華して激しく湧き上がる!
その猛き気勢は法雨と掌を取り合い、見る間にミヅチの身体を癒し直霊してゆく。
「……こ、ここは? お、おにいさま……? キクリおねえさまぁっ!」
息を吹き返したミヅチがキクリの首に抱きつく。ヤチホコは嬉しそうに拳を握り締める。
「ミヅチちゃん……本当に……良かった――みんな、ありがとう。さぁ、行きましょう、彼らの待つ、伝説の扉に閉ざされし、『天地を貫きし叡智の聖塔』へ!」
五大の使徒を率い、祈りの巫女と共に歩む、真の救世の旅団。
三位一体の神威を宿したヤチホコの眼差しは、暁の陽光輝く東の空、他化自在天の待つ「聖塔」の頂を、真っ直ぐに射抜いていた。
※「悋気」:男女(恋愛)関係において嫉妬ややきもちを焼くこと です。




