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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
第壱部 『神威息衝く古代國』編
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第3倭 比武へ向けての錬

(――まさかここまでとは!)


 肩で息をして膝に手を突き項垂れるも、すぐさま向き直り剣を逆手に構える。


「これに耐えるとは中々である。次撃、少々強き氣力《トゥム》にて参る!」


 礼節を重んじた品格漂う口調、見上げる程の巨躯、極限まで鍛え抜かれている研ぎ澄まされた肉体美……。

 紛う事なき真の武人が、金属の柄を幾重にも束ねし巨槍を、背を向ける程に体幹をねじり上げる。

 そして強く踏み込み、鋭い横回転と共に激しく巨槍を唸らせ、空を斬り裂き薙ぎ払う。

 考え難い重量物が、圧倒的な膂力と身体操作で振り回され、響き渡る凄まじい風斬り音と共に巨槍が舞う。


(っ! 部活でもこんなのは――先生!……いや……)


 全力で上空へ飛び上がり辛うじて躱す。

 大きく弧を描き、大気を斬り裂く観《み》えざる刃が、後方の樹々をすべてを両断していき、奥の岩壁に深々と傷跡を刻む。


「……ウガヤ兄、あれは流石に『死』――いえ、『輪を廻り』ます!」


 片膝をついて着地したヤチホコが、青ざめた顔で抗議する。


「中々に良き反応である。あれを躱せしならば比武にても良き結果を出せよう」


 解り難いが恐らくウガヤは、微かに笑みを浮かべ満足げにしている。


(……加減も計算づくか……。『前』より僕自身ずっと強いはずだけど……全くそんな気になれない……)


「さすがヤチね、あれを躱すなんて! さぁ、次はボクの番ね!」


 スセリはヤチホコの肩を軽く叩き目配せする。

 そしてくるりと背を向けて軽く跳躍して旋風を纏う。

 風に舞う鳥の羽の様に、軽やかにウガヤの眼前に降り立つ。

 そして、間合いを保つ様に滑らかな足捌きでウガヤを伺う。


「然らば次はスセリよ、参るぞ。ぬぅん!」


 槍と同側の足を大きく後方へ引き下げ、激しく踏み込むのと同時に、肩から手首まで捩じり込むように激しい槍撃を放つ。

 空を穿ち暴れ廻る旋風が襲い掛かる。


「風《レラ》よ!」


 襲い掛かる暴威の螺旋に逆らわず、スセリは腕に纏いし旋風でいなす。

 勢いを受け流す為、身体ごと廻りながら吹き流す。

 上空に弾かれ激しく回転するも、風を纏い直し危なげなく降り立つ。


「見事! 先のヤチホコ以上に巧みに躱ししなり」


「御言の葉ありがたきです! ヤチ、ボクの動き観ていてくれた?」


(自分の事は『ボク』ですが、『前』と同じ腕前の差は健在……ですね)


 違う言葉、同じ体捌き。


(……どちらも大切……今となっては……!)


「ええ、とても素晴らしかったですよスセリちゃん。先ほどに続き大したものです!」


「此度はこれまでにいたそう。二人とも、明日に向けしかと休むが良い」


 ウガヤに倣い、天と修練場に対して、掌を内に向け拳をつくり、額やや上に当て深々と頭を下げて、長揖(ちょうゆう)の礼法を行う。

 その後、互いに対し、左の掌の指を伸ばし右拳に添え、抱拳(ほうけん)の礼をして錬を終える。


「ヤチホコよ、左右逆である。それでは身命を賭す誓いとなるぞ?」


 ヤチホコは、利き手の「左の掌」で拳を作っているのに気付かされ、すぐさま反対に直し礼をする。


(これに想念《イレンカ》籠めてしまったら、ここでは、本当にそうなりますからね……)


「すみません。つい利き掌でしてしまいました」


 ヤチホコは今度は左の掌で右拳を包み、自身の誠実さと相手への尊敬を示す拱手(きょうしゅ)の礼をする。


「うむ。比武の刻は気を付けるが良い。では休まれよ」


 スセリと共に生家へと帰り、食事をとりおえた後、寛ぎながら色々と想い還す。


(慣れたつもりですが、まだまだですね。そしてあれ以来ずっと楓ちゃんは……)


 三か月ほど前、こちらの世界へ跳ばされてきた事へ想いを廻らす。

 まずは、無事でよかった。生きていた。

 そして、姉の「楓」と思しき彼女も、もちろん無事ではある。

 だが、こちらに来て以来、完全に「スセリ」として振る舞っている。

 産まれた刻からずっと一緒であり、この奴國《ナ・ラ》の地で共に暮らしてきた、それが彼女の記憶。


 当初竜輝――ヤチホコは、スセリと違い、言葉の聞き取りにくさに戸惑ったが、両親の実家である東北の訛りに近い事が解り、程無く馴染んでいった。


(日本の古代史、その源流となる縄文と深く関わるからと思って、アイヌ語の勉強もしていましたが……まさかこんな混在した形で話しているなんて!)


 対するスセリは……「跳んで」来た当初から、奴國に住まう乙女《メノコ》として何も困る事なく溶け込んでいた。

 まるで「楓」であった自分など、はじめから存在していないかの如くに。


(自分のことも、『ボク』だしね。ただ、顔立ちも、その声も、そして、僕に対する想念《イレンカ》も……)


 ヤチホコは、瓜二つながら、まるで別人の様な彼女を想い還す。


 (……この世界でも、双子。ただ、『姉弟』でした……。

 タギリ姉……『前』の母さんのそっくりな、『義母さん』は、僕を赤ん坊の頃から育てていたと言っています。

 そしてこの頭の中に入り混じって霞がかる様な……覚えのない『幼少の頃の奴國』……。

 時空を超えてこの身体に宿った瞬間、世界が僕を捏造した、のか……?

 誰が、何のために……?)


 記憶の矛盾、スセリとの自然な間柄、さすがに慣れてはきたが違和感は拭えない。


(彼女《スセリ》との間にある親愛の情も、『双子だから』、ただそれだけかもしれません。

 特有の言葉を介さず意思疎通できる感覚――それさえも、今も双子だから、そして『家族』だからで説明が付いてしまいます……)


 自身の知る記憶と違い、「妹」になっている彼女。


(――僕が、『彼女だけは絶対護る』、その想いを抱いて『跳んできた』結果なのかも。

 確証はありませんが……きっと『スセリ』ちゃんは……『楓』ちゃんのはずです!

 心の奥底からそれだけは強く観じています。

 でも、何故? 僕は平気でしたのに?)


――『空《ニス》は、始まりにしてすべてを内包し、すべてを超越せんものなり』


 錬の際、ウガヤから授かった口伝が頭の内に浮かび上がる。

 『五大』と呼ばれる五つの属性の中でも、『空《ニス》』はどうやら特殊らしく、國を超え、島や大陸、そのすべてを統治する神威しか持ちえないらしい。

 それ故か、多くは王族の中から輩出されるとも聞く。


(だからなのか?

 そして、楓、いやスセリちゃんの、『風《レラ》』によって起動する、か。

 僕の権能も――『遣え』という事か!)


 ヤチホコは、共に刻を超えてきた石版を両の掌で把持する。

 すると輝きと共に別の文面が刻まれていく。


『肆 迎えし神事 神前比武 破れて望み叶わなし 想念寄せる彼方に浮かぶ 海より臨む神の城』


「なん、だって!? 今のままじゃ――駄目、なのか?」


「何が駄目なの?」


 心臓を掴まれた様に息が止まる。

 恐る恐る見上げると、ヤチホコの肩越しに、片眉をあげ怪訝そうな表情をしたスセリが。


(この、間隙を射抜く入り方……表情……間違いありません……!)


 ヤチホコは、大きく息を吸い込み、意を決し、しかし静かに尋ねる。


「『楓』、ちゃん?」


「かぇ……で……? くぅっ!」


 スセリは、そう呼ばれた途端その場に蹲り苦しむ! 


「か――スセリちゃん!」


 ヤチホコは跳ねるように立ち上がり、素早く、しかし優しく抱きかかえる。

 スセリはしばらく苦しそうにしていたが、やがて呼吸も落ち着いてきて、静かに顔をあげる。


「……なんだろ? 今、わ……? ボク、すごく嫌な感じがしたの」


 途中何かを言いかけるも、軽く首を横に振って、想い直す様に応えるスセリの呟き(ピリマ)。


(――『わ』! 今、『私』って言いかけたの、か……!?)


 竜輝であるヤチホコには……それで十分である。


「変な呼びかけしてすみません、スセリちゃん」


「そうよ、ヤチの『ヒメ』のボク以外、誰が来ると言うの?」


(そう。歴史の通り……この時代はヒメヒコ制。

 後世に残るほど名前に統一性があるのは……ミケヒコ達くらいですが)


「そうですよね。これを観ていた為に、少しだけ変になっていたのかもしれません」


 石版に浮かび上がり刻まれた、新たな碑文をスセリに観せる。


「――なるほどね!

 言い伝えの通り、もしもこれが、これから起こることが浮かび上がる、『神威之啓示(カムイピリマ)』だとしても、比武の試練を乗り越えちゃえばいいのよ。

 その刻は、きっとこの碑文自体変わるわよ!」


(前向きな処も……っ!)


「スセリちゃんの言う通りです。比武を乗り越える為の『今』でしたね!」


「そうよ、明日からも頑張りましょう、ヤチ!」


 そう言ってスセリは笑みを浮かべ、ヤチホコの両の掌をしかと握り締める。

 そして、腕や背中を慈愛を籠めて撫で、部屋を後にする。


「はい。……ありがとうスセリちゃん」


 ヤチホコは、石版の碑文に振り回され、弱気になってしまった自分に対し、叱咤する様に頬を張る。

 たった今確証が取れた、ならば何を逡巡する事あるかと。


(護るんだろ! ならする事は一つ。

 己を磨き上げること。

 今はそれだけを――この封環を『枷』と思わない位に!)


 そう決意して、再度ヤチホコは今日の錬を想い還す。

 神前比武に出る者は、意宇之國の遥か西の海向こう、ここ日向《ひむか》の国の首都『港ありし都(ヤ=マ=タイ)』に集いて錬をする。

 そこを治めるのは、意宇之國貴同様、この奴國すべての神威に任されし存在。

 ヤチホコ達の父神でもある、始祖須佐の王(オアシ ハヤスサノヲ)に任されている彼の妹(いも)、向津日霊女《ムカツヒルメ》である。

 最初の礎の錬で指導していたのも彼女である。


(身体操作だけでしたら、信じられませんが、あるいはウガヤ兄より上かも)


 神威が存在している刻、国を治めるのは神威。

 だが、お隠れになる、もしくは元々不在の場合、「神威と等しき者」と呼ばれる、「緋徒《フィト》」が代わりに治めている。

 「地」の属性を極めし意宇之國貴が典型である。

 しかし日向の彼女は緋徒ですらない、ただの民衆《ウタラ》と聞く。


 (義父王さまならわかる、が、彼女のあの強さは一体……?)


 ヤチホコは、氣力を解放しない基礎となる武の錬の最中、彼女の打撃で激しく吹き飛ばされたことを想い還す。


(体重も筋力も、僕の方が上、なのにあの威力。

 まるで自分の重心が、足元から回天して翔け上がり、螺旋状に集束した後爆発するような……。

 あれが部活で『先生』の言っていた究極の身体操作か!

 そしてその先生も……)


 ウガヤは……竜輝の部活の顧問に酷似している。

 規格外の体躯もその武術の極めようも。


(当然似ているだけで、別人だと思う。

 もっと驚いたのは……タギリ姉の方か。

 まさか母さんが年の離れた姉だなんて)


 意宇之國貴の妻である為、義母という事になる。

 そう考えると違和感は少ない。

 そして、「違う」と解っていても、母と瓜二つのタギリを観ると、ヤチホコは、「楓」がいない喪失感が少しだけ和らぐ。


(家族への依存、思いの外あるようです。

 いるのが当たり前で、ありがたみを忘れていたのかもしれません)


 そう観じた為、ヤチホコはタギリに対し、努めて孝行している。


(……しかし、この時代は本当に子だくさんですね)


 兄ウガヤと姉タギリ。二人を起点に広がる親族たちには、母子家庭の竜輝には眩暈がするほどである。

 タギリの子だけでも、ヤチホコ達の他に更に数名いる程である。


(みんな若いのに、既に実務をしている程の強者と聞きます。

 特にあの双子……)


 ヤチホコは先程の錬を鮮烈に思い出す。

 自分達を遥かに凌ぐ、「ミケヒコ」と「ヒメ」の連携。

 付与のもとに揮う彼の剣は、あのウガヤに迫る程の威力。


(……正直、今の僕等では届きません。

 ですが、皆が息衝くこの美しい世界の為にも……。

 『神威之啓示《カムイピリマ》』なんて……覆してみせます!

 その為にも、僕は、止まってなんかいられません!)


 啓示を覆すには課題が山積みである。

 しかし、どんな困難な道でも「諦めず歩め」ば、必ず歩んだ分だけ目的地へ近づく。


(まずは攻撃を観切る為にも、辛うじて身に着けられた観之眼《ヌプル=インカラ》を磨かないと)


 どうやらヤチホコ達は、二人揃って霊力を行使する事が苦手らしい。

 ヒメ程にとは望まないが、最低限試練に通る程度には身に着けねばならない。


(明日も――やるぞ!)


 再度強い想いを抱き、ヤチホコは寝床に就いて窓の外に視線を送る。

 月明かりに照らされた葉桜が優しく揺れる。

 それはまさに、「応援しているから、頑張ってね」と、彼に対して優しく微笑みかけているようであった。

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