第3倭 比武へ向けての錬
(――まさかここまでとは!)
肩で息をして膝に手を突き項垂れるも、すぐさま向き直り剣を逆手に構える。
「これに耐えるとは中々である。次撃少々強き氣力にて参る!」
礼節を重んじた品格漂う口調、見上げる程の巨躯、極限まで鍛え抜かれている研ぎ澄まされた肉体美……紛う事なき真の武人が、金属の柄を幾重にも束ねし巨槍を、背を向ける程に体幹をねじり上げた後、強く踏み込んで鋭い横回転と共に激しく唸りをあげさせ、空を切り裂き薙ぎ払ってきた。
考え難い重量物が、圧倒的な膂力と身体操作で振り回され、凄まじい風斬り音を槍の先端が超越する。
(っ! 部活でもこんなのは――先生!……いや……)
全力で上空へ飛び上がり辛うじて躱す。大きく弧を描き、大気を斬り裂く観えざる刃が、後方の樹々をすべてを両断していき、奥の岩壁に深々と傷跡を刻む。
「……ウガヤ兄、あれは流石に『死』――いえ、『輪を廻り』ます!」
片膝をついて着地したヤチホコが青ざめた顔で抗議する。
「中々に良き反応である。あれを躱せしならば比武にても良き結果を出せよう」
解り難いが恐らくウガヤは、微かに笑みを浮かべ満足げにしている。
(……加減も計算づくか……。『前』より僕自身ずっと強いはずだけど全くそんな気になれない……)
「さすがヤチね、あれを躱すなんて! さぁ、次はボクの番ね!」
スセリはヤチホコの肩を軽く叩き目配せする。そしてくるりと背を向けて軽く跳躍して旋風を纏う。風に舞う鳥の羽の様に、軽やかにウガヤの眼前に降り立つ。
そして、間合いを保つ様に滑らかな足捌きでウガヤを伺う。
「然らば次はスセリよ、参るぞ。ぬぅん!」
槍と同側の足を大きく後方へ引き下げ、激しく踏み込むのと同時に、肩から手首まで捩じり込むように激しい槍撃を放つ! 空を裂き暴れ廻る旋風が襲い掛かる!
「風よ!」
襲い掛かる暴威の螺旋に逆らわず、スセリは腕に纏いし旋風でいなす。
勢いを吹き流す様に、身体ごと廻りながら受け流す。上空に弾かれ激しく回転しながらも、風を纏い直し危なげなく降り立つ。
「見事! 先のヤチホコ以上に巧みに躱ししなり」
「御言の葉ありがたきです! ヤチ、ボクの動き観ていてくれた?」
(『ボク』ですが、『前』と同じ腕前の差は健在……ですね)
違う言葉と同じ動き。
(……どちらも大切……今となっては……!)
「ええ、とても素晴らしかったですよスセリちゃん。先ほどに続き大したモノです!」
「此度はこれまでにいたそう。二人とも、明日に向けしかと休むが良い」
ウガヤに倣い、天と修練場に対して、手のひらを内に向け拳をつくり、額やや上に当て深々と頭を下げて、長揖の礼法を行った。その後、互いに対し、左手の指を伸ばし右拳に添え、抱拳の礼をして錬を終える。
「ヤチホコよ、左右逆である。それでは身命を賭す誓いとなるぞ?」
利き手で拳を作ってしまったのに気付かされ、すぐさま反対に直し礼をする。
(これに想念籠めてしまったら、ここでは、本当にそうなりますからね……)
「すみません。つい利き手でしてしまいました」
ヤチホコは今度は左手で右拳を包み、自身の誠実さと相手への尊敬を示す拱手の礼をした。
「うむ。比武の刻は気を付けるが良い。では休まれよ」
スセリと共に生家へと帰り、食事をとりおえた後、くつろぎながら色々と思い返していた。
(慣れたつもりですが、まだまだですね。そしてあれ以来ずっと楓ちゃんは……)
三か月ほど前、こちらの世界へ跳ばされてきた事を思い返す。まずは、無事でよかった。生きていた。そして楓と思しき彼女も、もちろん無事ではある。が……こちらに来て以来、完全に「スセリ」として振る舞っていた。産まれた刻からずっと一緒であり、この奴国の地で共に暮らしてきた、それが彼女の記憶。
当初竜輝――ヤチホコは、スセリと違い、言葉の聞き取りにくさに戸惑ったが、両親の実家である、東北の訛りに近い事が解り、程無く馴染んでいった。
(日本の古代史、その源流となる縄文と深くかかわるから欠かせないと思って、アイヌ語の勉強もしていたけど、まさかこんな混在した形で話しているなんて!)
対するスセリは……「跳んで」来た当初から、奴国に住まう乙女として何も困る事なく溶け込んでいた。まるで『楓』であった自分など、はじめから存在していないかの如くに。
(自分のことも、『ボク』だしね。ただ、顔立ちも、その声も、そして、僕に対する想念も……)
ヤチホコは、瓜二つながら、まるで別人の様な彼女を想い返す。
(……この世界でも、双子。ただ、『姉弟』でした……。タギリ姉……義母さんは、僕を赤ん坊の頃から育てていたと言っています。そしてこの頭の中に入り混じって霞がかる様な……覚えのない『幼少の頃の奴国』……。時空を超えてこの身体に宿った瞬間、世界が僕を捏造した、のか……? 誰が、何のために……?)
記憶の矛盾、スセリとの自然な間柄、さすがに慣れてはきたが違和感は拭えない。
(彼女との間にある親愛の情も、『双子だから』、ただそれだけかもしれない。特有の言葉を介さず意思疎通できる感覚――それさえも、今も双子だから、そして『家族』だからで説明が付いてしまう……)
自身の知る記憶と違い、「妹」になっている彼女。
(――僕が、『彼女だけは絶対護る』その想いを抱いて『跳んできた』結果なのかも。確証はありませんが……きっとスセリちゃんは……楓ちゃんのはずです! 心の奥底からそれだけは強く観じています。でも、何故? 僕は平気でしたのに?)
――『空は、始まりにしてすべてを内包し、すべてを超越せんものなり』
錬の際、ウガヤから授かった口伝が脳裏をかすめる。『五大』と呼ばれる五つの属性の中でも、『空』はどうやら特殊らしく、国を超え、島や大陸、そのすべてを統治する神威しか持ちえないらしい。それ故か、多くは王族の中から輩出されるとも聞いた。
(だからなのか? そして、楓、いやスセリちゃんの、『風』によって起動する、か。僕の権能も――『遣え』という事か!)
ヤチホコは、共に刻を超えてきた石版を両の掌で把持する。すると輝きと共に別の文面が刻まれていく。
『肆 迎えし試練神前比武 破れ望み叶わなし 想念寄せる彼方には 海より臨む神の城』
「なん、だって!? 今のままじゃ――駄目、なのか?」
「何が駄目なの?」
心臓を掴まれた様に息が止まる。恐る恐る見上げると、ヤチホコの肩越しに、片眉をあげ怪訝そうな表情をしたスセリが。
(この、間隙を射抜く入り込み方、表情、間違いありません……!)
ヤチホコは、大きく息を吸い込み、意を決し、しかし静かに尋ねる。
「楓、ちゃん?」
「かぇ……で……? くぅっ!」
スセリは、そう呼ばれた途端その場に蹲り苦しむ!
「か――スセリちゃん!」
ヤチホコは跳ねるように立ち上がって、素早く、しかし優しく抱きかかえる。スセリはしばらく苦しそうにしていたが、やがて呼吸も落ち着いてきて、静かに顔をあげた。
「……なんだろ? 今、わ……? ボク、すごく嫌な感じがしたの」
途中何かを言いかけるも、軽く首を横に振って、想い直す様に応えた。
(――『わ』! 今、『私』って言いかけたの、か……!?)
竜輝であるヤチホコには……それで十分だった。
「変な呼びかけしてすみません、スセリちゃん」
「そうよ、ヤチの『ヒメ』のボク以外、誰が来ると言うの?」
(そう。歴史の通り……この時代はヒメヒコ制。後世に残るほど名前に統一性があるのは……ミケヒコ達くらいですが)
「そうですよね。これを観ていた為に、少しだけ変になっていたのかもしれません」
石版に浮かび上がり刻まれた、新たな碑文をスセリに見せる。
「――なるほどね! 言い伝えの通り、もしもこれが、これから起こることが浮かび上がる、『神威之啓示』だとしても、比武の試練を乗り越えちゃえばいいのよ。その刻は、きっとこの碑文自体変わるわよ!」
(前向きな処も……っ!)
「スセリちゃんの言う通りです。比武を乗り越える為の『今』でしたね!」
「そうよ、明日からも頑張りましょう、ヤチ!」
そう言ってスセリは笑みを浮かべ、ヤチホコの両手をしっかり握り、腕や背中を慈愛を籠めて撫でて、部屋を後にした。
「はい。……ありがとうスセリちゃん」
ヤチホコは、石版の碑文に振り回され、弱気になってしまった自分に対し、叱咤する様に頬を張る。たった今確証が取れた、ならば何を逡巡する事あるかと。
(護るんだろ! ならする事は一つ。己を磨き上げること、今はそれだけを!――この封環を『枷』と思わない位に!)
そう決意して、再度ヤチホコは今日の錬を思い返していた。
神前比武に出る者は、意宇国の遥か西の海向こう、ここ日向の国の首都『港ありし都』に集いて錬をする。そこを治めるのは、意宇国貴同様、この奴国すべての神威である、ハヤスサノヲに任された向津日霊女である。最初の錬で指導していたのも彼女であった。
(身体操作なら、あるいはウガヤ兄より上かも。緋徒でないと言うのが信じられない)
神威が存在している刻、国を治めるのは神威だが、お隠れになる、もしくは元々不在の場合、神威と等しき者、「緋徒」が代わりに治めている。「地」の属性を極めし意宇国貴が典型例である。しかし彼女は緋徒ですらないと聞く。
(義父王さまならわかる、が、向津日霊女さまのあの強さは一体……?)
ヤチホコは、氣力を解放しない基礎となる武の錬で、彼女の打撃で激しく吹き飛ばされたことを思い返していた。
(体重も筋力も、僕の方が上、なのにあの威力。まるで自分の重心が、足元から回天して翔け上がり、螺旋状に集束した後爆発するような……。あれが……部活で先生の言っていた、究極の身体操作……! そしてその先生も……)
ウガヤは……竜輝の部活の顧問に酷似していた。規格外の体躯もその武術の極めようも。
(当然似ているだけで、別人だと思う。もっと驚いたのは……タギリ姉の方か。まさか母さんが年の離れた姉だなんて)
意宇国貴の妻であるから、この世界でも義母という事になる。そう考えると違和感は少ない。違うと解っていても、母と瓜二つのタギリを見ると、「楓」がいない喪失感が少しだけ紛れた。
(家族への依存、思いの外あるようです。いるのが当たり前で、ありがたみを忘れていたのかもしれません)
そう感じた為、こちらでは義母に対しても努めて孝行していた。
(……しかし、この時代は本当に子だくさんですね)
兄ウガヤと姉タギリ。二人を起点に広がる親族たちには、母子家庭の竜輝には眩暈がするほどである。タギリの子だけでも、隣国を納めるタカヒコ、南日向を治める双子のミケヒコとヒメ。海を挟んだ半島にはさらに、ミチヒメとその相棒アビヒコが。
(みんな若いのに、既に実務をしている程の強者と聞きます。特にあの双子……)
ヤチホコは先程の錬を鮮烈に思い出す。自分達を遥かに凌ぐミケヒコとヒメの連携。付与のもとに揮うミケヒコの剣は、あのウガヤに迫る程の威力であった。
(……正直、今の僕等では届きません。ですが、この美しい世界、二度目の喪失なんてさせたくない。その為にも……止まってなんかいられません!)
啓示を覆すには課題が山積みである。しかしどんな困難な道でも、諦めず歩めば、必ず歩んだ分だけ目的地へ近づく。
(まずは攻撃を見切る為にも、辛うじて身に着けられた観之眼(ヌプル=インカラ)を磨かないと)
ヤチホコ達は、二人揃って霊力を行使する事が苦手らしい。ヒメの様にとは望まないが、最低限試練に通る程度には身に着けねばならない。
(明日も――やるぞ!)
再度強い想念抱き、ヤチホコは寝床に就いて窓の外に視線を送る。月明かりに照らされた葉桜が、「応援しているから、頑張ってね」と、彼に対し優しく微笑みかけている様に微かに揺れた。




