詩片の狭間 雲上に舞うそれぞれの想念(イレンカ)
「身体は痛むか?」
タカヒコがミカツヒメを慮り窺う心配。
「先の変成男子にてある程度は治りましてよ? 問題ございませんわ」
未だ窶れ気味ではあるが、確かに彼女の眼に宿り直霊す、優しく美しい輝き。
「もう二度と、そなたにこの様な辛苦を味あわせまいと、此処に改めて誓おう」
「タカヒコさま……。
その御言の葉、筆舌に尽くし難き随喜でございますわ」
タカヒコにがっしりと両の掌を握られ顕すミカツヒメの随喜。
「……その分だと、そう遠くない先にわたしも叔母さんになれそうね」
嬉しそうに、しかし少しだけ揶揄う様なミチヒメの微笑。
「……そこは急く事無きと思っている」
ミカツヒメを慮るタカヒコの返答。
「ミチヒメさんの仰る通り、遠からずやもしれませんわ……!」
頬を情熱の朱に染め、迷わず抱きつくミカツヒメの熱愛。
「……大丈夫、なのか?」
心配するも意表を突かれたタカヒコの驚き。
「先のスセリさんの想念で、春に雪下より芽吹く蕗の薹の様に、『想い』が顔を出せつつありますわ」
彼女の権能と共に、辛き想いと記憶も分かち合ったタカヒコが、喜びを満面に顕し伝える安堵。
「当てられちゃう……藪蛇だったわ」
ミチヒメは、嬉しそうだが軽く溜息をつき目を逸らす。
視線の先は……熱心に説明するヤチホコと、その隣で真剣ながらも嬉しそうに頷くスセリの姿。
「……わたしも教えて欲しいわ、何のこと?」
画面を見つめ、反対側からヤチホコに頬を寄せる様に尋ねるミチヒメの問い掛け。
「……映し出されている高さの単位と空の圧する強さ、そして今の寒さについてです」
画面を観て、一所懸命に伝えるヤチホコの解説。
「ねぇヤチ? この『氷点下』って言うのは、水が凍ってしまう寒さってことなの?」
ヤチホコの腕にしがみつき、いつになく挑戦的な笑みを浮かべ、ミチヒメを横目に見遣るスセリの質問。
「ねぇ、これって……こうして『指』でも操れるの?」
ヤチホコの掌を握り、促すミチヒメの甘やかな囁き。
その掌を、噛み付かんばかりに鋭く射抜く様なスセリの眼光。
「あ、はい、そうです!
基本的に『想う』だけですべて操る事叶いますが、自分で動かすことも出来ます。
ここでこちらに緩やかに滑らし……」
ふたりをよそに、絡繰り好きの「竜輝」でもあるヤチホコの、夢中で操作の理を伝える説明……。
勝ち誇るミチヒメの笑顔。
それを観て悔しそうに睨み返すスセリの視線。
当然、ヤチホコはふたりの火花など全く気付きもせず、真寧ながら嬉々として説明している。
「……雷鳥から提案です。
こちらを試してみて下さい。
此処に想念者の知る『操縦桿』を模して顕しました……。
これを用いて操作すれば、想念者の知る、『仮想飛翔遊戯』として遊べます……》」
船内に響く雷鳥の声明。
同時にヤチホコの目の前に操縦桿が顕れる。
足元には加速踏板と制動踏板。
「うわぁっ! こ、これで操縦できるのですか雷鳥?」
「……可能です。
この船室自体、想念者の知る処の、『浮遊操縦室』です。
如何様に飛ばれても全く問題ありません。
ただしその模様は雷鳥の『眼』を通し、画面に反映されますので、閲覧には注意が必要です……」
ヤチホコは喜び勇んで加速踏板を全力で踏む。
音を置き去りに雷鳥は空を斬り裂いて翔け抜ける。
宙を舞うも錐揉みをするも自由自在。
「す、水中も行けます?」
「……全く問題ございません……」
眼前が水飛沫で埋め尽くされる。
瞬間、碧くなった画面はすぐさま普通の色合いに戻る。
(水中撮影機能も……当然あるのですね!
しかも超高感度!)
かなりの深度まで潜水しても視界は良好で、海中のさまがありありと観て取れる。
そこからほぼ真上に急上昇させると、苦も無く海上へと翼をはためかせる。
瞬間、ヤチホコは、掛かるはずの無い何らかの重みを背に観じる。
だが、演出上手な雷鳥だと、興奮を際限なく高めていく。
「……あぁ……雷鳥、君はなんてすばらしいのです……!
最高です!」
究極の操作感に、酔い痴れて口伝に漏らすヤチホコの恍惚……。
(……残念ながら想念者は、まだまだ『善男乃子』です……。
お二人とも今しばらくお待ちください……)
雷鳥が、二人の乙女にだけそっと伝える事実。
スセリとミチヒメが同時に漏らす、大きく深い溜息。
そして、呆れ顔でヤチホコを眺め、互いに見合わせて笑い合う。
「わたし達って二人とも、かなり『美しき乙女』なはずだけど、ね」
「今は……ボク達じゃ、雷鳥の面白さに、まったく勝てないみたいだね」
苦笑いを浮かべる二人をよそに、雷鳥の操縦桿を無我夢中で握り締め、船内に響き渡るヤチホコの歓喜……。
幼子を見つめる様に微笑ましく眺めていたミカツヒメ。
彼女がふと隣を見遣り、思わず溢れる失笑。
彼女の隣……。
それは、あのタカヒコでさえも、ヤチホコの楽しそうな振る舞いに対し、羨望の眼差しで見つめている姿……。
「……『成人男性』でさえも、想いは永遠に『善男乃子』らしいですわ」
乙女二人の視線をタカヒコへ促す、ミカツヒメからの苦笑交じりの気付き……。
「先は永いのね……。
良く解ったわ……。
ありがとうお義姉さま……」
窓の外は凍土から緑の大地へ、そして遥か先には煌く紺碧の海が観える。
碧き海原を跳ぶ船内で、悟りし事への乙女達の甘受。
どうやら、山中の深い雪下に産まれし蕗の薹の様に、ヤチホコが相手では、恋の華咲く春の日は、乙女達の溜息の数よりも、遥か先に在る様であった……。




