詩片の狭間 雲上の揺籃、結ばれし三つの想念
地上の喧騒を置き去りに、天之鳥船は北を目指し天を舞う。
外壁を透過して、陽光に照らされた黄金に輝く雲海が、眼前に映し出され、見渡す限り広がっている。
(高度一佰肆拾弐里? あ、変換されて……! 僕の知る単位に!?……10,000m……単位すら僕に合わせようと……! そして雲海の上、間違いない、成層圏に至っての飛翔。なのに全く室内に変化を観じません。与圧も慣性制御も完璧……)
「もはやこれは『オーパーツ』なんてレベルじゃないです!」
思わず声に漏れてしまうも気付かずに、ヤチホコこと綴詩竜輝は、眼前の薄膜より、想念として夢見る様に、脳内に直接映し出される膨大なデータと映像に見入っていた。それは知り得るどの様なシステムよりも滑らかに動き、どんな操作体系も及びもつかない直感性であった。
「またヤチ変なこと言って。その光ってずっと観ていて平気な……あぁっ! す、すごい高さ。こんな処まで跳んだ事なんて……。ねぇヤチ、これ本当に落ちないんだよね……?」
ヤチホコの左前方の座にて、スセリは美しい彫刻が施された肘掛けを、必死で握りしめて怯えている。理解不能な未知なる領域を前に、つぶらな瞳は今にも溢れそうである。
「大丈夫ですよスセリちゃん。……どことなく僕の知る『外なる智慧』と似通っているのです。雷鳥は僕達の氣力と、恐らく陽光もチカラに換えて、僕の想念のままに羽ばたいています。だから大丈夫です。僕が決して落とさせませんから」
中央の操舵の座より、薄膜に包まれたヤチホコは、白銀の髪をなびかせて優しく微笑み、そっと震えるスセリと手を重ね合わせる。その仕草からも、双子の兄であるはずの彼は、社に祀られし神像の如き神々しさを放っていた。
(しかしこれは……僕じゃ理解出来ない程の、限りなく機械語に近い高圧縮高速言語! それでいてまさにあの『詩』の様な……『想いを詩にして実行する』……のでしょう……か?)
己が命名した『概念機関』、まさしくその通りであると、ヤチホコは感嘆の想いから激しく思考を廻らせる。
「……ふふ、スセリ、怖がらなくても大丈夫よ。わたしが与えた氣力は、ラーマさまのコーサラ国までも行けるわ。何よりこの子、優しくて強いのよ」
反対に座するミチヒメが、懐かしそうに壁面を撫でる。二つ前の刻、ラーマと翔け抜けた空を瞳に映しながら。
「ラーマ」と聞いて竜輝としての考古学的知識が囁く。まさに神威之遺産としか言いようのない雷鳥は……一体いつの高度文明なのか? それともこれすら生み出せるのが『詩』なのか……?
(……想念者。思考閾値超過により、神経に微細な異常波形感知……)
雷鳥が、どこか慈しみを孕み微笑んでいるかのような声で囁く。
(……そう言えば雷鳥、先ほど僕の事を何と呼んでいましたか? 『造物主』って一体……?)
一拍沈黙を置いて脳裏に声が届く。
(……『造物主』。それは先程の想念の通り、世界を『詩』で綴り、理を奏でる『創世の主』に準ずる『神謡者』の総称です。……『想念者』の魂の真なる呼称でも……ございます……)
途端ヤチホコの脳裏に、竜輝とも異なり、何もない虚無の海で虚空に何かを描き綴る「誰か」の残像が通り過ぎた。
(僕が、『創世の主』に準ずる? まさか、この世界はそいつ等の綴りし『詩』だとでも? そんな……僕はただ、滅びゆくこの世界を救いたいだけなのに……)
(……管理者権限発動……現在これ以上の情報開示は不可能。しかし、想念者の生長により封印は解除可能。現状、目的地、神聖城国(パセ=コル=モシリ)へ集中されることをお勧めいたします……)
独り考え込むヤチホコを観て察した様にミチヒメが、白銀の髪をそっと撫でて話しかける。
「何を悩んでいるかは解らないけど、今のあなたの白銀の髪と紅い瞳。それはわたしが二つ前の刻、共に闘った『英雄王』さまと同じ輝きをしているわ」
ミチヒメの言葉を聴いてヤチホコは、あの刻の話を思い出し我に還る。
(そうです、彼女の冒険の為にも……!)
「『あの刻』も……雷鳥と翔け抜けたのですね」
胸中に燻る想いが一瞬胸を刺し、瞳に憂いの翳りが浮かぶも、すぐさま強い意思を宿した眼でヤチホコを見つめ返す。
「……遥かな刻を超え、『お兄様』と呼ばせてくれて、わたしのすべてを包んでくれたあの緋徒と奏でた『詩』が、今のわたしを形造ったの。それはわたしの中の紛れもない真実。ヤチホコくん、あなたに抱かれた刻観じたの……今のあなたの綴る『詩』、それはきっと……あの刻のわたし達も救ってくれる……『希望の詩』なのだと。わたしはそう信じているわ」
ミチヒメは、胸元の首飾りに煌く、透き通る美しい宝玉をそっと指先でなぞり、微かに頬を染め、灯った想いを重ねる様にヤチホコを見つめた。
「……大丈夫です、到らなくても、辛苦のすべてを分かち合えなくても……『想い』はあなたと同じです。ミチヒメさんの『詩』も、『真実』だと、僕が綴ってみせます!」
知らずに紅に輝かせた瞳でミチヒメを見つめ返す。直視しきれず咄嗟に目を逸らしてしまう。
「エパタイ。……貸しにしておいたはずなのに、あなたって本当に……もう、ラーマさまと同じ眼でそんな表情……ううん、その、ありがとう……」
壁面に映る雲海を眺めながらミチヒメは感謝を顕す。
(……彼女に負けない様、彼女の過去すら護れる様に……!)
その刻、スセリが間を取り持つ様に、二人の腕に絡み付いてきた。
「ヤチ、ミチヒメさん。……ボクもね、風から聴こえるの。それは、今を生きようとするみんなの鼓動。ボクは、ボクもね、この世界、そしてこうしている今がとても大切で……大好きだよ!」
スセリの言葉が柔らかな風となり二人を包んでゆく。天之鳥船と言う揺籃の中、ヤチホコは、己の「誓い」、そしてミチヒメの「強さ」とスセリの「優しさ」が、一つの大きな想念として重なり合って育まれている事を観じた。
ミチヒメがヤチホコの肩にそっと頭を預ける。それは挨拶や貸し借りではない想いの顕れ。
「忘れないでヤチホコくん、わたしはあなたの『刻を造る』拳。あなたの『甘くて強い』想念を、貫く為にわたしはここにいるの」
「ボクもだよヤチ……。ヤチがヤチでいる為に……。ボクはボクらしくヤチのそばに……。そしていつかその隣が似合う風になってみせるからね……」
山桜の様に頬を赤らめ、おずおずとスセリも頭を預けて来た。
ヤチホコは、二人の肩を慈愛を籠めて優しく抱き寄せて深く頷いた。
「行きましょう。管理者の『終焉の詩』を、僕等の手で、自由と幸福の『生命の詩』へ書き換える為に!」
三人の想念の重なりに応えるかのように、雷鳥は一段と輝きを増し、陽光煌く黄金の雲海の上を、彼の地へ向かい翔け抜けていった。




