第8倭 復活せし天翔ける翼
「いい朝! ほら見てヤチ、今日もこんなに力強く『太陽』が輝いているよ」
未だ消えぬあの『砂音』は、今も耳元で囁き続け、世界の崩落の歩みは止まらないが、降り注ぐ陽光は、背中を後押しするような、優しさと強さを以って照らしてくれているとヤチホコも観じた。
「そうですねスセリちゃん、間違いなく祝福してくれていますね!」
日差しを浴びながら二人は神殿の祈りの間へと向かっていく。着くと既に皆集まっていた。ここに来るまでの間、意宇国の民衆は、変貌したヤチホコを畏敬の念を以って迎え入れた。見惚れ、跪き、拝み……果てには卒倒するモノまでいた。
「仕方ないわ。民衆にはこの波動、あまりに『毒』が過ぎるもの」
(昨日のみんなもそうでしたし、氣力の少ない民衆はなおさらなのかな……?)
長揖から顔を上げて意宇国貴を観ると、彼でさえ驚きを隠せないようであった。
「ヤ、ヤチホコであるか……? その佇まい、まさにスサノヲ殿等が悲願、顕現せし『希望の器』なり! 良くぞあの試練を……いや、必定と言うべきであるか、『根源』を具現出来しならば……しかし、これは何と言う雅やかな……」
「ぎ、義父王、お止めください。僕は、僕のままです。……少しだけ、風や水の囁きが聴こえる……そんな奇妙さは確かに少々観じます」
跪き意宇国貴の手を取り応える。その振る舞いにでさえ、世界の理を顕すような静かなる荘厳さを醸し出していた。
「斯様な事よりも、義父王、刻はとても足りませぬ。僕に宿りし『外なる智慧』を鑑みるに、『神聖城国』までは、並の歩みではとてもこの『終焉の砂』落つるまでに間に合いません。何か良き手立てはございませんか……?」
その言葉で我に還り、意宇国貴は深く頷く。
「今のそなた等ならば、必ずや応えてくれるであろう。先だったオロチの乱にて傷つき眠りについた、神威之遺産、『天之鳥船』。眠りしあの山へ向かい、強き想念の元、あらん限りの霊力を籠め、『再び羽ばたけ』と念ずれば……『彼の船蘇り再び天空へと舞い上がらん』、斯様に聞きしなり」
意宇国貴に案内され向いしは、郷の南端にそびえる山の岩壁に隠されし巨大な洞であった。そこに鎮座するは……翼を折られ傷だらけの姿で蹲っている、巨大な……観た事もない、金属とも水晶ともあの『石板』ともまた違う、黄金にも赤銅にも観える輝きを放つ存在であった。
(これが……神話で『天磐櫲樟船』と伝えられているあの……)
なるほどこれは、「一柱の神威」扱いされるであろうとヤチホコは納得した。佇まいも巨大な鳥のようでもあり、恐らく空を舞うさまを皆は「魂」あるモノと判断したのであろう。
(観た事もない輝きの金属……そして『ヴィマナ』! やはり神話の記述は事実! でも、これが本当に飛ぶの……ですね)
それが何かを理解しながらも、信じられない気持ちを隠せないヤチホコを横に、ミチヒメは当たり前のように話しかける。
「……そう、ずっと羽ばたけないでここにいたのね……。あの刻はありがとう。また、あなたのチカラ貸して欲しいの」
懐かしそうに語りかけている処から、先の乱でも共にあったという事だろう。
「今こそ伝承の通り強き想念を以って霊力を!」
意宇国貴の声を聞いてヤチホコは、気を取り直しあらん限りの霊力を注ぎ込むも、天之鳥船は微動だにしない。
「だ、駄目です、この姿でもまだ霊力は全く足りません……!」
己の至らなさに歯噛みしているヤチホコの前に、歯車の軋むような音と共に静かに歩み出たのは、ヒメであった。
「お独りで背負いすぎませぬ様……ワラワがご助力いたしましょう。ヤチホコ殿、そなたの空のチカラでお受け取り下さりませ! 付与霊呪!」
ヤチホコの背中に添えられたヒメの掌から、莫大な霊力が注ぎ込まれる!
「今でございます! 水の浄化のチカラを以って強き想念で! 共に詠います、さぁ!」
「浄化――わかりました! 鏡水顕導神よ、我にチカラを! 詠います! 『船よ、神威となりて……再び羽ばたけ』!!」
叫びと共に、ヤチホコの封環に宿りし紺碧の宝珠が輝きを放ち、輝く紅の瞳と共に白銀の髪を激しくなびかせて、霊力を受けとり神威となった水の権能を、ヒメと心を合わせて放った! 朽ちた機体に吸い込まれるや否や、目も眩むような閃光を放ち、亀裂は磁石が吸い寄せられるように結合され、折れた翼は周囲から光る粒子が集束して再生していき、新たに生まれ変わらんばかりに脈打つように振動して、船は真なる神々しき姿を取り戻した。
「治った……。すごい……ほんの一刻の間に……!」
呆然としながらスセリは感嘆の声を漏らした。
「これが本来の……! ヒメ、ありがとうございます、助かりました!」
感謝を露わにヤチホコは、ヒメに対し、四指を伸ばした左手で右手を覆い、拱手すると、ヒメは少しだけ法衣の袖で口元を隠し、恥じらいを顕すかの様に視線を逸らす。
「礼には及びませぬ。先日ワラワが……貴方様より賜りし想念と比ぶれば、ほんに些末な事でございます」
意を決し一同乗り込もうとするも、船は静寂を保ち扉は一向に開かない。
「『籠めし氣力猛き程、彼の船は高く迅く天翔けるなり』と聞く故……」
意宇国貴の言葉を聞くや否や、ヤチホコはすぐさま手を翳すも、ヒメと共に放った際に全ての氣力を遣い果たしたらしく、船は地に伏せたまま沈黙を続けている。
「……駄目です、先ほどの修復で氣力が、これ以上は……!」
脱力感と睡魔に見舞われよろめき、膝をついて悔しがるヤチホコの肩を、優しく叩きミチヒメが歩み出る。
「ヤチホコくん、氣力ならわたしに任せて! 縛り無き今なら――全力で出せるわ。空翔けるは強き風! ビャッコ!」
四獣王の一柱より膨大な霊力を受け取り、先の比武とは比較にならない強大な氣力が彼女の身体から吹き上がる。そのまま扉に掌を翳すと、すべて喰らいつくされるように吸い取られていく。
「まだよ! スザク! 火よ、凝結し風を強めよ! そして風よ、火に吹き込みて激しく燃え上がらせ給え!」
風と火は、互いに高め合いながら強烈にミチヒメの掌より放出されていく!
――クォッ、コォオオオンッ! 耳を劈く甲高い金属音が洞内に響き渡り熱風が吹き荒れる! 船体全体に精気が漲り激しく鳴動し始め、その眼がゆっくりと開かれる。
「目覚めて天之鳥船! わたし達の想念を乗せて、『再び羽ばたいて』!」
彼女の想いに呼応するかのように天之鳥船の巨大な船体が、「大地の枷」を一向に介せずに軽やかに浮かび上がる。
「め、目覚めた! すごい、ミチヒメさん! 船が喜んでいるよ!」
スセリがその風と己の風を共鳴させて応える。
「ふふ、受ける霊力さえあれば、わたしの氣力は無限よ」
二人の背後で、力を遣い果たしたヒメが倒れそうになるのをミケヒコが支える。
「限界を超えたか! ……ヤチホコ! オレは……ヒメと待つ。任せたぞ!」
己が闘志を堪えつつ、ミケヒコはヤチホコへと思いを託した。
「……申し訳ございませぬミケヒコ……。ヤチホコ殿、ミチヒメ、スセリ……何卒ご武運を」
「……ヤチホコ、私からもお願いいたします。私もまた、己が国を護るため動く事叶いませぬ故」
「ヒメ、ミケヒコ、オオトシ兄……お任せください! ミチヒメさん、スセリちゃん、行きましょう!」
三人で乗り込むと中は想像以上に広い空間が広がっていた。複数人で乗れる椅子、恐らく重要と思しき座席が左右に一つずつと中央に一つ。
「……この三つに座りましょう。何となくですが、僕が中央に座りますね」
ヤチホコは何かを観じたのか、そう伝えて中央の座席に座る。すると自動的に半透明の画面が展開して包まれる。
(動力が氣力、生物のようで科学的でもある……これはまさに……!)
「素晴らしいです……!」
知り得る全てが融合された究極の姿に、ヤチホコは思わず感嘆の声をあげる。
(……空の氣力、想念波形認識……完了。魂識別開始――これは! 『造物主……』! ……いえ、失礼しました。この時間軸では『希望の器』様と呼ばれし存在と認識します……)
(……今何と? 僕を知っているのですか?)
(……悠久の刻を経ての邂逅、幸福の極みでございます……アーク……。該当呼称は現システムでは禁忌とされています……。今は新規の『想念者』とお呼びします……)
「……お褒め頂きありがとうございます……。それでは新たなる『想念者』、行先の想念を入力してください……」
「しゃ、しゃべった? この船生きているの!?」
スセリはあまりに理解が及ばないこと過ぎて困惑を隠せない。
「そうよ、この子はとても信頼できる仲間の一柱よ! 良く解ったわねヤチホコくん、実はそこに座れるのは……ラーマさま同様、空のあなただけよ。さぁ、彼の地への想念を!」
(本当に前世の僕が……? 外燃機関でも内燃機関でもない……いわば『概念機関』と言うべき、僕の知り得るどんなものより遥かに高度な……)
船体構造や制御機構、動力機構も、「竜輝」であるヤチホコですら理解の範疇を大きく超える技術が遣われている。そして無線充電の様に、どこにも接続を介さずにこちらの意図を読み取れる装置を、どうやらこの薄膜のような画面が兼ねているようだ。
(……『流転』による記憶喪失確認。飛翔理論は『想念者』の推測の通りです。……航行に支障はございません。再度目的地の想念を入力願います……)
「……解りました、それではお願いします、目指すは神聖城国!」
「……了解しました……坤の方位へ舵を切ります。天之鳥船其之壱『雷鳥』、飛翔開始します……」
その瞬間、ヤチホコは胸の内に熱さを観じ石版を手に取る。
『(陸)霊氣虚空と手を取りて 破れし翼 蘇り 遥か北へと舞い上がらん』
「二人とも! 詩片が――書き変わりました!」
驚いて二人が観ると、浮かび上がった詩片がまたゆっくりと昏き闇に覆われて消えて行く。
「……いや、少しずつですがきっと書き換わっているはず――いえ、変えてみせます!」
三人で力強く頷き、拳を合わせ窓の外を見遣りヤチホコが出立を告げる。
「みなさん、行って参ります!」
ヤチホコの声が船外の皆に伝わると、天之鳥船は緩やかに洞の外に出て、一際激しく輝いて、甲高い金属音を響かせながら熱風を吹き上げるも、微塵も火花など出さずに天高く舞う。
「……『緋徒よ 此処の蓋 十六夜の 緋徒よ 緋徒よ 布留部、由良由良都、布留部』……頼みます……!」
オオトシは、静かにし祖王より継ぎし詩を唱え祈りながら空を見上げる。程無く天之鳥船は、降り注ぐ陽光を赤金色の機体に一身に浴び、煌きながら北の空へ飛翔していった。それはまさに、滅びゆく世界に描かれた希望の軌跡であった。




