表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
檸檬の叫びが聞こえるか  作者: 高冨さご
ひとかじりめ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/10

1-7 檸檬の面影

 今日は唯一塾のない日だ。いつもはまっすぐ家路につくところ、僕は一つ手前のバス停で下車し、そこから数メートル先にあるコンビニへと向かっていた。菓子パン同様に菓子類も安直に買うことを禁じられている僕は、コンビニとはほぼ無縁の関係性であった。


 しかしこの日だけは、立ち入りを許されている。というか、僕が勝手に許可をした。なぜなら、家に母がいないからだ。


 何時に家に帰ろうと文句を言われることもなければ、買い食いをしていても証拠を隠滅すればバレないという訳だ。にもかかわらず、結局グルテンフリーのお菓子を探しているのだから、世も末である。


 僕はいつも通りの米粉クッキーを手に取り、レジへと向かう。前の人が会計を終わらせている間、以前このコンビニ内で黄色い物体が動いているのを目撃したことを思い出していた。黄色い光が行きかっていた場所へ、ふと視線を投げてみる。


 あれが彼女だったとしたのなら、なんとなくあの動きにも意味があるような気がしてきた。レジに並ぶクラスメイトに気が付いて、顔を合わせないように逃げ惑っていたのだろう。だからクラスメイトの動きに合わせて、大急ぎで左右に行ったり来たりしていた故に可笑しな動きに見えたのだ。学校に来たとて、誰もいない体育館内で時間を潰すほどだ。おそらく誰もいない駐輪場に隠れていたのもそのためだろう。よほど顔を合わせたくなかったと見える。


 彼女もまたこの近くに住んでいる訳だし、このコンビニを利用していても何ら不思議なことはない。彼女はよく、ここに来るのだろうか。


 そんなことを考えているうちに前にいた人が支払いを終える様子に気が付いて、慌てて視線を元に戻した。すると僕はレジの前に並べられているものに、完全に意識を奪われてしまったのだ。


 そこには可愛らしい絵が描かれた手書きのプレートが立っており、数個のレモンケーキがおかれていた。彼女ではないのに彼女にこの光景を見られたような気がして、突然心拍数が爆上がりする。母に内緒でお菓子を買っているのがバレてしまった。いや、何を言っているんだ。これは彼女ではない。


 まさか本物もいやしないか。慌てて周囲を見渡すが、当たり前にその姿を捕らえることは出来なかった。ただそこに陳列されているだけなのに、今や僕はレモンケーキに首っ丈だ。きっと母の嫌うタイプの菓子なのだろうが、そんなことは関係ない。僕の身体は、あの爽快感を求めていた。


 次のお客様どうぞ、と声がかかる。僕は足早にレジへと駆け寄ると、右手に握りしめていた米粉クッキーを店員へと差し出した。値段を提示されて電子決済を済ます間も、僕の頭はレモンケーキに支配されている。まだ間に合う。ここで手を伸ばせば、まだ。まだ。


「ありがとうございました」


 店員の気だるそうな挨拶が、僕を現実世界へと引き戻した。慌てて米粉クッキーを手に取り、逃げるように自動ドアの方へと向かって行った。


 帰り道を歩きながら、僕の中でまたしても天使と悪魔が脳内会議を始める。


 買って食べちまえばよかったんだ。ゴミを捨てて帰ればバレないさ。

 ダメだよ。僕は嘘が下手だから、もし何か言われたら、すぐにバレてしまうよ。

 食べてないの一点張りでいいんだよ。あれこれ理由を付けて言おうとするから、へまをするんだ。

 いいじゃないか、もう買わなかったんだから。


 頭の上で交わされる互いの会話を聞きながら、僕はクッキーの袋を開けていた。まだまだ言い争いが終わりそうにない天使と悪魔を振り払うように、袋の中で割れたクッキーの欠片を持ち上げて口の中へと放り込む。


 食べなれた、いつもの味だ。数歩進んでまた一枚を持ち上げて、次は大急ぎで口へと運んだ。食事に集中している間に、天使と悪魔の言い合いもなくなったようだった。


 少し歩くと、坂道の下にある公園前までたどり着いた。僕はその足で公園の奥まで進むと、砂ぼこりで汚れたベンチの隣にあるゴミ箱の前で立ち止まった。


 証拠隠滅だ。僕は食べ終えたクッキーの包み紙を、ゴミ箱の中へと捨てた。定期的に回収に来てくれているのだろう。何も入っていない空の深いゴミ箱の底に捨てられた袋の文字を眺めていると、どこにもぶつけようのない衝動に襲われた。


 あのレモンケーキ、どんな味がするんだろう。


 どうやら僕が中断した脳内会議は、今回も悪魔が勝利したらしい。


 翌日。僕は塾前に初めてコンビニへと寄った。もちろん目当てはたった一つ。あのレモンケーキだ。母に見つかることがないようにと祈りながら、自動ドアへと駆け寄った。余程焦っていた僕は、自動扉が反応する前に入ろうとして透明なガラスへ突撃しそうになっていた。間一髪おでこをぶつけることを回避した僕であったが、店に入った途端に店員からは白い目で見られていた。


 言い訳がましく店員に一声かけると、まず行きたくもないトイレへ直行する。そこで数分過ごした後、平然を装って店内へと出た。理由もなく遠回りをするのは、期待に胸を躍らせるためか。ついに目的のレジの前を通る。そこにあるはずのレモンケーキを確認するために。


 いない。


 昨日見たばかりの可愛らしいプレートはきれいさっぱりなくなっており、代わりに仏壇に添えられていそうな丸いまんじゅうが山積みにされているだけだった。僕はそのままレジを素通りすると、コンビニを出て自転車へと飛び乗った。いつも通り数人で買い物に来る同じ塾のクラスメイトが、僕をいぶかし気な顔で見ている。恥ずかしさと未だ鳴りやまぬ興奮の鼓動で顔を真っ赤にしながら、逃げるようにペダルを踏み込んだ。


 やはりやめておけば良かった。変な気を起こさなければ良かった。今日のことは忘れよう。もう全部、忘れてしまおう。そして僕は思い出す。


 最初から、檸檬なんて好きじゃなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ