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檸檬の叫びが聞こえるか  作者: 高冨さご
ひとかじりめ

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1-4 黄色い光は『檸檬のおばけ』?

 家に帰ると、母が台所に立っていた。美味しそうな焼き魚の匂いがする。時期的に秋刀魚ではなさそうだ。その程度の感想を抱きながら、僕はリビングの扉を開いた。


「ただいま」

「あら、おかえり。遅かったのね。塾、間に合う?」


 そう言えばそうだった。今日は木曜日だったのだ。学年が変わって唯一の休みであった木曜日にも、塾が入るようになった。帰宅部でありながら、僕は『塾にて猛勉強部』に所属している。


「大丈夫。自転車で行くから」

「気を付けてね」


 母との会話はそれだけだ。僕は弁当箱を広げて流し台に置くと、足早に自室へと駆け込んで行った。


 通学鞄を置いて、中から必要な教材を引っ張り出す。必要なものは大抵鞄に入っているのでそのまま塾へ出向いても何ら問題はないのだが、僕は決まって黄色い大きなリュックサックに移すことに決めている。目立つのが嫌いなくせに、なぜこんなにも目立つ鞄を使っているのか。些か疑問を抱かれたことだろう。


 僕が中学生の頃の話である。今の塾とは違ったが、学校帰りにそのまま塾へと直行するという日常生活をこなしていた。今日のミッションも無事終了。後は帰るだけだと言う時に、僕は大事故にあってしまったのだ。


 かなりのスピードで軽自動車に跳ね飛ばされた。僕は左腕の開放骨折と、左前十字靭帯損傷を患った。幸いにも頭部への衝撃は免れたので、寝たきりにはならずに済んだ。あれがもっと大きな普通車やトラックだったら、命はなかったかもしれないと医者に言われた。不謹慎ながら、それでも良かったのにな、と思ったことを今でも鮮明に覚えている。


 中学時代は何かしら部活動をしなければならないルールであったので、僕は細々と美術部に所属していた。しかし左前十字靭帯なんてところを怪我したものだから、母の知り合いから何のスポーツをして怪我をしたのかと、頻繁に聞かれることが増えた。スポーツ中に起こりやすい怪我であることはスポーツをしない僕だって知ってはいるが、決めつけは良くないと思う。


 車に跳ね飛ばされた際に、必死に体が踏ん張ろうとして左膝を思わぬ方向にひねってしまったかもしれないじゃないか。はたまた着地した時の、受け身が下手くそだったからか。いや、真相はどうだっていい。今は数か月に一度診察にかかる程度で済んでいる。天気の悪い日は、古傷が痛むが仕方がない。


 こういった理由で、僕はあえて目立つ鞄を持たされるようになった。最初は幼稚園児の鞄みたいで嫌だなと思っていたが、再び事故にあって何のスポーツでなったのかと繰り返し聞かれる方がはるかに面倒だと思った僕は、素直に従った。


「行ってきます」


 黄色のリュックを背に、僕は自転車へとまたがった。こっそり持ってきた小腹を満たすためのチョコレートをポケットから取り出す。金色の包み紙を剥がすと、大きな塊のまま口の中へと放り込んだ。この一粒で夕食まで持たせなければならない。


 数年前までは豪勢な弁当を持たせてくれていたのだが、周りはコンビニで買った菓子パンやらを食べているのを見て、何故だか猛烈に恥ずかしくなってから要らないと言った。


 まだ母ちゃんの手作り弁当、食べてんのかよ。


 決してそう言われた訳ではないのだが、陰で笑われている気がしてならなかった。昼間も同じ弁当だというのに、何をこんなに恐れているのだろう。


 坂を下り学校方面へと曲がった少し先にある、コンビニの前を通り過ぎる。中では塾に持参するであろう菓子パンを買っている集団が、レジ前に並んでいるのが見えた。あわよくば僕も、パンくらいは食べておきたい。しかし弁当はいらないから菓子パンを買いたいなど、うちの親は絶対に許してはくれないだろう。この前もパン会社へのあらぬ文句を聞いたばかりだ。我が家は決まって、グルテンフリーの自家製パンと相場が決まっている。特に僕自身小麦アレルギーがあるという訳ではないが、母のこだわりだそうだ。それが悪いと言っている訳ではないが、小腹を満たす時には不便なことも多い。最近ではコンビニでも米粉スイーツなんてものを売っている。母に相談してみてもいいのかもしれない。


 コンビニ内を眺めながら進んでいると、気になる物体を目にした。陳列されている本の隙間から、異様な光が左右に揺れていたのだ。黄色く丸い何か。並んだ本の隙間からひょこひょこと顔を覗かせるだけで、それが一体何かは分からない。だがあまりにも不自然な動きに、僕は思わずブレーキを握った。


 ――まさか。そんなはずはない。


 心の中では、すでに大げさなリアクションをとっていた。正体を確認してやろうと目を凝らし、その光をしっかりと視界にとらえる。ゆっくりとした動きでレジの方へ動いたかと思うと、突然猛スピードでコンビニの奥側へと移動したりする。


 しばらくその光は一定の場所で輝いていたが、いよいよ奥のお菓子コーナーの棚へと入り込んでしまった。ここからでは目視でその姿を確認することは難しい。


 どうする、後を追うべきか?


 激しい興味と探求心に擽られ、思わず自転車を降りかける。


――いや待て、冷静になれよ。


 そこでもう一人の僕が、歯止めをかけた。


 ()()を追いかけて一体どうするというんだ。もし本当のバケモノだったら、喰われて人生お終いだぞ。それに誰にも怪しまれることなく、あの物体だけを確認して外に出てくることが可能なのか。いいや、出来ないね。挙動不審な行動で、クラスメイトの笑いものにされるのさ。ほら、辞めておいた方がいい。


 脳裏で交わされる天使と悪魔の押し問答に惑わされていると、レジを終えた団体がコンビニから出てくるのが見えた。


 ここに止まっていては怪しまれるか、最悪の事態話しかけられるかのどちらかだ。早々に退散した方がいい。しめしめ、僕を嘲笑う悪魔の勝利である。


 結局、今日も今日とて『檸檬のお化け』の正体を暴くことは出来なかった。

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