第四章 役立たずの証明
〇山麓の街・商店街の裏路地(夕方)夕暮れ時の赤橙色の光が射し込む、薄暗い路地裏。 両手に食糧の詰まった大きな紙袋を抱えて歩く沈陽(20)。その時、路地の奥から「ガシャン!」と果物カゴがひっくり返る荒々しい音と、老店主の悲鳴が響く。見れば、柄の悪い地元のならず者・雷虎と、その弟分の鉄頭、飛猿の3人組が露店の果物を踏みにじり、店主の胸ぐらを掴み上げている。
雷虎「おいジジイ、今月のショバ代が足りねえんだよ!舐めてんのか!」
老店主「ひ、ひぃぃっ! か、勘弁してください……!」
沈陽は紙袋をそっと地面に置くと、迷いなくその間へ割り込む。
沈陽「そこまでだ!年寄りをいじめて楽しいか!やめろ!」
雷虎「あぁ?なんだお前は。ヒーローごっこか?」
鉄頭「ヘラヘラした面しやがって……引っ込んでろ小僧!」
雷虎が激昂し、大振りの右ストレートを沈陽の顔面へ向けて打ち込んでくる!沈陽は恐怖に怯むことなく、眼光を鋭く見開く。教え込まれた理に従い、キリッと深く腰を落とし、完璧な足さばきで全開の構えをとる!
沈陽「見切った……!隕石破壊拳 ── 第一式『受』!!」
(ドカッ!!!!)
鈍い打撃音。 雷虎の何の変哲もない、ただの大振りのパンチが、沈陽の鼻腔へ綺麗に直撃。
沈陽「ぶはっ!?」
完璧な構えのまま、鼻血を派手に撒き散らして真後ろへ派手に吹き飛ぶ沈陽。ガラガラと空き缶の山に突っ込み、滑稽な格好で地面に転がる。
雷虎「……は?」
鉄頭「ハッ!! ギャハハハハ! なんだあいつ! ドヤ顔で変な構えとっておいて一発かよ!」
飛猿「待て兄貴……今の技名、聞いたことあるぞ!山の上の山師ジジイが教えてる、あの隕石破壊拳だ!」
雷虎「あぁ!?あの二千年間一度も役に立ったことがねえって噂のバカ拳法か!ギャハハ! こいつ、あの役立たずのところの弟子だろ!」
沈陽は激しい鼻の痛みに涙目を浮かべながら、必死に頭を振る。
沈陽「(心の声:お、おかしい……!数トンの巨岩を受け止める『受』の型なのに……!人間の拳だと衝撃が大地に逃げていかない……!?)」
雷虎「おいおい、笑わせるなよゴミが! 隕石を壊す前に俺の拳一つ止められねえのかよ!」
雷虎たちが土足で沈陽を取り囲み、容赦なく蹴り飛ばす。沈陽は必死に顔を庇い、習ったばかりの技を繰り出そうとする。
沈陽「第二式……『打』……っ!(ポカッ)」
鉄頭「痛くも痒くもねえよ!」(ドカッ!)
沈陽「ぐあっ……! 第三式『破』……!(スカッ)」
飛猿「どこ殴ってんだヘタクソ!」(バカッ!)
一方的に殴られ、蹴られ、泥まみれになって転がり続ける沈陽。肉体は鍛え上げられているため致命傷には至らないものの、対人戦の技術が皆無なため、文字通り手も足も出ない。
やがて沈陽はぴくりとも動けなくなり、泥と血の中に力尽きて倒れ伏す。
雷虎「ケッ……口ほどにもねえ。隕石破壊だあ? 空ばっかり見てるから地に足がつかねえんだよバカが」
雷虎は胸くそ悪そうに見下ろすと、ペッと息を吐き捨てた。(ペッ……!!)汚い唾液が、倒れた沈陽の頬にべったりとこびりつく。
雷虎「二度と街に下りてくるな、役立たずの弟子が。行くぞ!」
高笑いしながら去っていく雷虎たち3人の足音が、路地の奥へと消えていく。……静まり返る路地裏。夕暮れの赤橙色の光が、泥と血と唾液に塗れ、惨めに倒れる沈陽を寂しく照らしている。そこへ、静かな足音が近づいてくる。買い物の荷物を下げて陰から見ていた白髪白鬚の老将 ── 顧長青が、ゆっくりと歩み寄る。顧長青は冷ややかな視線で、地面に突っ伏したままの沈陽を見下ろす。
沈陽「……すみません、師匠。格好つけて……『役立たずの弟子』って言われて……人間一人、倒せませんでした……」
腫れ上がった顔の沈陽が、頬の唾を自らの腕でゴシゴシと拭いながら、へらりと情けなく笑う。顧長青は深く吐息をつくと、懐から手ぬぐいを取り出し、沈陽の頭へ放り投げた。
顧長青「……呆れたバカだ。言ったはずだぞ。我が拳は天より降り注ぐ大質量のみを対象とした天体迎撃体系。小さく素早い人間の拳など、受け止めることも流すこともできん。地上戦では何の役にも立たんのだ」
沈陽は手ぬぐいで鼻血と泥をゴシゴシと拭い、痛みに顔を歪めながらも、ゆっくりと膝を折って立ち上がる。顧長青は沈陽の真っ直ぐな瞳をじっと見つめ、静かに問いかけた。
顧長青「……いいように殴られ、唾を吐き掛けられ、嘲笑われ、誇りも何もない。こんな惨めな目に遭っても……お前はまだ、この拳が好きか?」
沈陽は腫れた目をしばたかせ、手ぬぐいを握りしめると、痛みを忘れたかのように、太陽のように眩しい笑顔を弾けさせた。
沈陽「(即答で)はい!めちゃくちゃ好きです!!」
沈陽「だって師匠!人間を倒せないってことは、誰一人傷つけない拳ってことじゃないですか!二千年間、誰も傷つけずに空だけを見つめてきたなんて……やっぱり格好よすぎますよ!」
屈託のない、あまりにも真っ直ぐな言葉。顧長青は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに「やれやれ」と呆れたように首を振った。そして、沈陽に悟られぬようそっと背を向けると、その厳格な口元を温かく、どこか誇らしげに緩めたのだった。




