↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/6

第二章 門前払い

〇雲霧山・参道〜長青道場 外観(昼)荒涼とした山肌を覆う、黒く重い雨雲。叩きつけるような土砂降りの雨。雷鳴が遠く轟く。切り立った崖の先、今にも崩れ落ちそうな風化した木造の道場。軒下からは雨水が滝のように流れ落ち、看板の文字は擦り切れて判別すらできない。



〇長青道場・本堂(昼)雨音が激しく屋根を打つ重苦しい静寂。湿り気と埃の匂いが立ち込める室内。冷たく濡れた畳の上に、額を強くすりつけ、全身で平伏する沈陽(20)。その衣類は泥と雨で濡れそぼり、指先は寒さと緊張で微かに震えている。



その正面、薄暗い奥の間に胡坐をかいて坐す老将。第七十一代継承者・顧長青(70代)。深く刻まれた皺、真っ白な髭。しかしその身から放たれる空気は、研ぎ澄まされた古剣のように静かで鋭い。



沈陽「弟子にしてくださいっ……!!」



沈陽の声が、激しい雨音を切り裂いて道場内に響く。顧長青は眉ひとつ動かさず、閉じていた目を静かに開く。その瞳には、果てしない孤独と虚無が宿っている。



顧長青「……立ち去れ。我が道場には何もない。誇るべき歴史も、門下生の一人すらもおらん。弟子をとったところで金にもならん」



顧長青は乾いた声で吐き捨て、視線を沈陽の細い手首へと落とす。



顧長青「それに……お前のような筋の悪い体が武術を修めたところで、何の意味もない。ましてや我が拳は、人を殴るためにも、護身のためにも作られておらん。二千年間、人間一人倒せぬ『無駄の塊』だ」



〇長青道場・壁面(大コマ/見開き演出)顧長青の背後に広がる暗がり。そこに飾られた、無数の古い肖像画や掛け軸が落雷の閃光によって一瞬、鮮烈に浮かび上がる。



原始的な皮衣を纏い、巨石の槍を傍らに置く男。竹簡を抱え、知的な眼光を放つ古代中国の学者。甲冑を身に纏い、血煙の中で佇む中世の武将。 洋装に身を包み、精密な望遠鏡を覗き込む近代の男。時代も、立場も、着ているものも全く異なる男たち。しかし、彼ら全員の視線には共通点があった。誰一人として目の前の敵を見ていない。全員が鋭く、まっすぐな、狂気すら孕んだ眼差しで「遥か上空の空(天)」を見上げているのだ。その異様な肖像画の群れが、言葉以上の圧迫感をもって沈陽を威圧する。



沈陽「知っています……!父から聞きました。この拳法には何の意味もないと!父も途中で耐えきれなくなって、諦めました……!でも……!」



沈陽は額を叩きつけたまま、拳を強く握りしめる。畳が軋む。



顧長青「なら、なぜ追う」



顧長青の静かだが重い問い。



顧長青「意味のないものに人生を注ぐのは愚か者のすることだ。お前の父親は正しい。諦めて去った者こそが正常なのだ。二千年間、ただの一度も役に立ったことがない妄想の拳……それを知ってなお、なぜ学ぶ?」



沈陽がゆっくりと顔を上げる。その顔は泥と涙で汚れているが、その瞳には決して揺らがない、真っ直ぐで力強い光が宿っている。



沈陽「……誰にも必要とされなくても!時代に置き去りにされても!二千年間……誰かが諦めずに、大切に大切に守ってきたからです!」



沈陽の脳裏に浮かぶ、埃を被った巻物を愛おしそうに見つめていた父の背中。そして幼い自分が感じた、あの温かい衝動。



沈陽「世間から『無駄だ』って笑われても、誰かが命がけで繋いできた歴史がある!それを……僕の代で途切れさせたくない!役に立つかどうかだけで価値を決める世界なんて、僕は嫌だ!」



沈陽は胸に手を当て、叫ぶように言葉を紡ぐ。



沈陽「何より……僕自身が!誰にも見向きもされないこの不器用な拳を……心から『好き』になっちゃったんです!!」



沈陽の叫びが道場に響き渡る。壁に飾られた二千年分の継承者たちの肖像画が、まるでその言葉に応えるかのように、閃光の中で一瞬揺れる。顧長青は無言のまま、じっと沈陽の目を見つめ続ける。一切の微動だにしない、痛いほどの長い沈黙。ズザザァァ……と叩きつけていた激しい雨音が、次第に小さくなっていく。重く垂れこめていた黒雲の隙間から一筋の光が差し込み、風化した道場の床を明るく照らす。雨が、上がる。顧長青は深く、短く息を吐き出すと、静かに立ち上がった。その背中は小さく見えるが、どこまでも途方もなく巨大な歴史を背負っている。



顧長青「……奥へ行け。奥のタンスに着替えがある」



顧長青は一度も振り返ることなく、奥の間へと歩き出す。



顧長青「……着替えろ。明日から地獄を見るぞ」



沈陽「……っ!はい……!ありがとうございます、師匠!!」



光が射し込む道場で、沈陽は再び深く、深く頭を下げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。