EX II - 4 貴重なあそびと海の幸
すっかり緊張が解けた私たちは、そこから三人で本格的に海を満喫し始めた。
最初はただ、浅瀬でパシャパシャと水を掛け合って笑っていただけだった。
けれど、容赦なく波を顔面に浴びせてくるカイナの攻撃に、私の中の負けず嫌いなスイッチが入ってしまったのが運の尽きだった。
「くらえ姫!これぞ海賊の掟破り・水飛沫の舞!」
「っ、カイナばっかりずるい!私だって!」
私は海面を思い切り蹴り上げ、カイナの顔面目掛けて特大の水柱を発生させる。
カイナはそれを紙一重で身を捻って躱すと、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「ほう、やるな姫。だが海賊なら、水上の戦闘訓練も必要だろ!」
「戦闘訓練って、遊びに来たんでしょ!?」
「遊びも本気でやるから面白いんだよ!」
カイナはそう叫ぶと、右手から親指大の小さな『火球』をいくつか生み出した。
もちろん本気で焼く気などなく、水面に触れればシュワッと蒸発してしまう程度の、コントロールされた安全な魔法だ。
けれど、私に向けて放たれたその軌道は、一切の手加減がなかった。
「ほらほらリゼ!動きが単調だぞ!」
私に向けて小さな火球が迫ってくる。
「ちょっとカイナ、遊びなのか訓練なのかどっちかにしてよっ……!」
水面スレスレを飛んでくる火球を、私は海中に潜ったり、大きく横に跳躍したりしてアクロバティックに回避する。
足場が悪く、水の抵抗を受ける海の中での動きは、普段の闘技場や訓練場とは全く勝手が違った。
でも……。
私は次々と飛んでくる火球を躱しながら、ふっと自然に口角が上がるのを感じていた。
私が右に避けるのを先読みして、カイナが左に火球を置く。
それに気づいた私が、あえて右にフェイントをかけてからカイナの正面、後ろに飛ぶ。
するとカイナは「そう来ると思った!」とばかりに、予測して待ち構えている。
言葉なんて交わさなくても、お互いの次の動きが手に取るようにわかる。
騎士団の訓練場で、魔法の使えない私を嘲笑う貴族出身の騎士連中とは違う。
カイナはいつも、私を誰よりも高く評価し、こうして対等な目線で、本気でぶつかってきてくれる。
魔法を斬るための訓練も、カイナが付き合ってくれた。
息が切れて、足が重くなっても、この親友との手合わせはいつだって――心地よかった。
「そこだっ!」
「甘いよっ!」
私はカイナの正面に飛び出し、そのまま手を木刀に見立てて首筋にピタッとつけた。
「わぷっ!? や、やられたー!」
「私の勝ち!」
そのまま二人で海の中へザバーンと倒れ込む。
水面から顔を出すと、カイナは顔についた水を拭いながら、心の底から楽しそうに笑い声を上げた。
「あっはっは!いやー、まいった!さすがはリゼだ、水の中でも足腰の安定感が全然違うな!」
「フッフーン。体術だけなら、騎士団最強だからね!……あ、そういえばついでに聞くけど。最近、騎士団で私に『ウェポンマスター』なんて恥ずかしいあだ名流したの、絶対カイナでしょ?」
「あっははー……、それなー」
私たちは肩で息をしながら、波に揺られて笑い合った。
「もうっ、いろんな人から挑戦状が来て大変だったんだからね?」
相応の女の子のはしゃぎかた。私にとって、カイナとこうして過ごす時間は、何よりも得難い宝物だった。
「……あの、二人とも」
私たちが訓練という名のじゃれ合いを満喫していると、浅瀬の方からお姉ちゃんの呆れたような声が聞こえてきた。
見れば、お姉ちゃんは呆然とした顔で立ち尽くしていた。
「なんだか、私だけ完全に置いてきぼりなんですけど……」
「あっ。ご、ごめんお姉ちゃん」
「すんませーん、船長!つい白熱しちまって!」
カイナが笑いながら謝ると、お姉ちゃんは「もう」と小さくため息をつき、コホンと大袈裟に咳払いをした。
「まあいいでしょう。海と言ったら、やはり現地調達の新鮮な海の幸です!私が夕食の食材を調達してみせましょう!」
「食材?」
お姉ちゃんは自信満々にそう宣言すると、どこから取り出したのか、身の丈ほどもある立派な銛を手にして見せた。
ただの銛ではない。柄の部分には聖国の紋章のような彫刻が施され、無駄に綺麗なリボンまで結ばれている。
絶対にお魚を獲るための実用的なものじゃない。
「えっ、フィーネさんがやるんですか!?」
「もちろん!リゼとカイナさんはそこで、私の勇姿を見てて!」
お姉ちゃんは意気揚々と海へ立ち向かっていった。
腰まで水に浸かり、美しい白髪を潮風に揺らしながら、銛を高く振りかぶる。
そのシルエットだけを見れば、まるで神話の女神のように神々しかった。
「そこ!えいっ!……ああっ、逃げられた……」
――けれど。
「……お姉ちゃん。それ、構え方からして絶対に当たらないやつだから」
案の定、というべきか。
お姉ちゃんは綺麗な水着をびしょ濡れにしながら一生懸命に銛を突いていたけれど、どんくさいというか、絶望的にそういう野性的なセンスが欠如していた。
おまけに狙いを定めるたびに大げさに銛を振り回すものだから、魚には見事なまでに逃げられ続けていた。
「フィーネさん、それじゃ魚の背中をマッサージしてるだけだぞー!」
「ううっ……!う、うるさいですカイナさん!次こそは必ず……っ!」
ムキになって波と格闘するポンコツなお姉ちゃんを見て、私とカイナは顔を見合わせた。
「……私たちがやろっか」
「確かになー。……フィーネさんには悪いけど、このままだと、夕飯が海水スープだけになっちまう」
私たちは苦笑いしながら頷き合うと、お姉ちゃんの方へと泳いでいった。
「もう……お姉ちゃん、貸して」
「ああっ、リゼ!私の獲物が!」
私は深い深いため息をつきながら、半泣きのお姉ちゃんからその無駄に豪華な銛を取り上げた。
「ちょっと見てて。こうやるんだよ」
私は銛を短く持ち直し、海の中へと潜った。
海の中で目を開けると、最初は塩水が目に染みてツンと痛かった。
けれど、じっと耐えているうちに、不思議とその感覚にもすっかり慣れていった。
……すごい。
海の中は、外の喧騒が嘘のように静かで、太陽の光が揺れるカーテンのように差し込んでいた。
色とりどりの小さな魚たちが、サンゴ礁の間を縫うように泳いでいる。
私はその美しい景色に一瞬だけ目を奪われたが、すぐに意識を切り替えた。
水の流れを肌で感じ、魚の軌道を予測する。
先ほどのカイナとの遊びと同じだ。相手の動きを読み、一瞬の隙を突く。
水の抵抗を最低限に抑えた突きが、見事に手頃な大きさの魚を捉えた。
「ぷはっ!」
「おおっ!さっすがリゼ、一発じゃん!」
私が水面に顔を出すと、カイナが自分のことのように嬉しそうに手を叩いて迎えてくれた。
「まあね、……魚を入れる箱が欲しいかな」
内心は一発で出来るか不安だったけど、事もなげに聞こえるように、意識して話した。
「よし、そっちは私が用意しておく!ひとまずその魚は持っとくから、次もよろしくな!」
「うん、お願い!」
結局私たちが食べる分のお魚は、すべて私によって仕留められることになったのだった。
「……それ、私が獲ったことには……なりませんよね」
「なるわけないでしょ」
砂浜にぽつんと置かれた箱に入った魚を見て、肩を落とすお姉ちゃんに、私とカイナは顔を見合わせて、またお腹を抱えて笑い合ったのだった。




