EX II - 5 綺麗な魔法
「いやー、泳いだあとの火は身に染みるな!ほら、魚も良い感じに焼けてきた!」
私たちは砂浜に上がり、カイナが持ち込んだ焚き木を囲んで座っていた。
気が付けば太陽は傾き、綺麗な夕焼けが見える。
パチパチと音を立てる焚き火は、カイナが火の魔法でサッと起こしてくれたものだ。
その炎の上では、さっき私たちが獲った魚が、カイナの手によって器用に串焼きにされている。
少し冷えた身体に、炎の熱と香ばしい匂いがじんわりと心地よく染み込んでくる。
「ほらリゼ、上を向いて。目を洗うから」
「ん……」
私の横では、お姉ちゃんが指先から生み出した綺麗な水の魔法を使って、私の目に少しずつ水を垂らしてくれていた。
海水の塩分をそのままにしておくと良くないから、というお姉ちゃんの気遣いだった。
清らかな水が、潮水で少しヒリヒリしていた目を優しく洗い流してくれる。
「はい、いいよ」
綺麗な水で私の目を洗ってくれたお姉ちゃんの、笑いかける笑顔が見える。
「……魔法って、本当に便利だなあ。私には、火を起こすことも、綺麗な水を作ることもできないから」
私は、ポツリと呟いた。
騎士団に入っても、私は魔法が使えないから、みんなから浮いていた。
実力主義の騎士団だから、一部の騎士以外からは、酷いことは言われたりしなかったけど、扱いにくいのだろう。
仕事も一人で行動できる警備ぐらいだし、実戦に駆り出されることはなかった。
もう昔ほど魔法に対して劣等感はないけれど、魔法への情景を抱かずには居られなかった。
――だから。
こうして大好きな二人の魔法に助けられ、守られていると、やっぱり少しだけ自分の不甲斐なさを感じてしまう瞬間がある。
すると、魚を焼いていたカイナが、くるりとこちらを向いて豪快に笑った。
「あっはっは!何言ってんだよ、リゼ。魔法がいくら便利だって、さっきの素早い魚は仕留められなかったぞ?」
「……え?」
「私が火を熾して、フィーネさんが水を出して目のケアをして、リゼが獲物を獲る!誰が欠けても、この美味いメシにはありつけなかった。だろ?」
カイナはニシシと悪戯っぽく笑うと、一番大きく、美味しそうに焼けた魚の串を私にスッと差し出してきた。
「それに、どんな凄い魔法使いより、リゼの方がずっと頼りになる。いざって戦いの時、私が『一番背中を預けたい』のは、いつだってリゼだからな!」
「カイナ……」
裏表のない、真っ直ぐな親友の言葉。
私には絶対にできないことがある。
でも、私にしかできないこともちゃんとあるんだって、彼女はいつも当たり前のように、笑って教えてくれる。
ぱちっ、と爆ぜる焚き火の音を聞きながら、私はお姉ちゃんの手のひらの温もりと、親友が渡してくれた熱々の串焼きを受け取った。
「……うん。ありがとう」
少しだけ泣きそうになったのを誤魔化すように、私は魚にかぶりつきながら、小さく、けれど心からの言葉を返したのだった。
カイナが焼いてくれたお魚は、外はパリッと香ばしく、中はふっくらとしていて、少しだけ残っていた海水の塩味が絶妙なスパイスになっていた。
「美味しいっ……!」
「だろ!? 獲れたての海の幸の直火焼き!海賊の特権だな!」
「その設定、もういいって」
私たちはパチパチと爆ぜる焚き火を囲んで、三人で並んで熱々の魚を頬張った。
お姉ちゃんも「お行儀が悪いですね」なんて言いながら、嬉しそうに串にかぶりついている。
ふと、私はずっと気になっていた疑問を口にした。
「そういえば、ずっと聞けてなかった、……というか、行きの馬車で聞きそびれたけど。二人って、一体どうやって知り合ったの?」
「えっ?」
「ん?」
私の言葉に、お姉ちゃんとカイナが同時に動きを止めた。
「だって、聖女様とただの騎士でしょ?立場が違いすぎるっていうか……。聖女様って、教皇様と同じ立場の、いわばこの国で一番偉い人でしょ?」
「ま、まあ、……そうね。形式上は……」
歯切れ悪く、お姉ちゃんが呟く。
「私たちのお家は、聖居としてイレイナ家が代々受け継いできた場所だし、身の回りの世話をする使用人もいなければ、特別な警備もいない。
一介の騎士であるカイナがお姉ちゃんと知り合える機会なんて、普通はないはずなんだけど」
ジト目で二人の顔を交互に見比べると、お姉ちゃんは急にそわそわと視線を泳がせ始めた。
そして、なぜか少しだけ頬を朱に染めて、もじもじと指先を絡ませる。
「そ、その、ね?リゼには、まだ早いと言うか、ね?」
「……お姉ちゃん? なんでそこで照れるの?」
まだ早いってどういうことなんだろうか。
まさか、お姉ちゃんの読んでるロマンス小説みたいな劇的な出会いでもしたっていうのだろうか。
さらに追求しようと身を乗り出した、その時。
「あっはっは!まあいいじゃないか!」
カイナが私の肩をバンッと叩いて、豪快に笑い飛ばした。
「本人が話したくないみたいだし、無理に聞く野暮ってやつだぜ?大事なのは、フィーネさんがリゼの自慢の姉で、私の最高の友達って事だけさ!」
カイナはそう言ってニシシと笑うと、全く遠慮する様子もなく「いやー、海で泳ぐと腹が減るな!」と、私の横から二本目の串焼きに手を伸ばした。
「あ、ちょっとカイナ!それ私が食べようと思ってたのに!」
私が抗議の声を入れると、また楽しそうに話してくれる。
「早い者勝ちだぞ、姫!」
きゃあきゃあと騒ぎながら串を取り合う私たちを見て、お姉ちゃんはホッと安堵の息を吐き、それからとても優しく、愛おしそうな目でふわりと微笑んだ。
「うん、そうね。……本当に、それが一番大事なことだと思う」
夜の海に響く、波の音と私たちの笑い声。
二人の出会いの秘密は結局わからないままだったけれど、燃える焚き火の温かさと、隣で笑う親友と姉の姿があれば、今はそれだけで十分すぎるくらいに幸せだった。




