第9話 - α 不器用な優しさと、光差す砂上
牢獄を出て、看守さんの先導に従いながら薄暗い地下通路を歩く。
一歩、また一歩と進むごとに、鉛のように足が重く感じられた。
頼れるおじさんはいない。私の背中を守ってくれる人も、守るべき人も今は誰もいないんだ。
やがて、狂騒が漏れ聞こえる闘技場へと続く重い鉄扉の前に辿り着いた。
その時、看守さんが不意に足を止め、私に向き直った。
「……ほら、これを持っていけ」
差し出されたのは、革のホルダーに収められた数本の真新しい短剣だった。
「えっ……これ」
「お前が片腕をやっちまった時に、こっそり買っておいたもんだ。左手の治りが早かったから必要ないと思っていたが、……もしかしたら、役に立つかもしれねえ、……持ってけ」
看守さんはバツが悪そうに視線を逸らしながら、そっと私の腰にその短剣のホルダーを一つ、また一つと取り付けてくれた。
帝国にも、こんなに優しい人がいる。
闘技場の外にだって、私のファンがいるっておじさんが言ってた。
その温かい事実が、怖張っていた私の心をスッと軽くしてくれた。
「……ありがとう、看守さん! 絶対に役に立つよ!」
私は短剣の柄にポンと手を当てて、看守さんに向かって笑顔を向けた。
「いってくるねっ!」
そして、私は大きく深呼吸をして、光と歓声が渦巻く闘技場の砂の上へと力強く足を踏み出した。
『――さあさあ、同胞諸君! お待ちかねのメインイベントだ!』
光と熱狂の渦巻く闘技場に足を踏み入れた瞬間、耳を劈くような実況の声が響き渡った。
『現在、この闘技場で我らが帝国の英雄、リード・ギリアムの『相棒役』を担っていると噂の『聖国からの刺客』! 果たして彼女は、本当に英雄の隣に立つに相応しい器なのか!?』
観客席から、品のない野次と嘲笑がどっと沸き起こる。
私は眩しい光に目を細めながら、ギュッと大鎌の柄を握りしめた。
『本日の演目は――『英雄リードの軌跡』!『聖国からの刺客』が、我らが英雄の偉大なる伝説を追体験する!』
……英雄の、軌跡。
おじさんの命懸けの過去を、この国は『劇』として消費しようとしている。
そのあまりの悪趣味さに、胃の奥がムカムカと波打った。
……おじさんは、こんな劇にされる為に戦ったんじゃない、あたしでも、それぐらいわかる。
看守さんは、ちゃんとした所で休んで欲しいって言ってた。そんなに思われてる人の過去を、この闘技場は娯楽として消費する。
――許せないよ、許せるわけがないっ!
私の怒りと裏腹に、実況の声は止まらない。
『まずは第一幕!我々帝国軍が輝かしき進軍を続けていた、ある夜のこと!見張りに立っていた英雄リードは、闇夜に紛れて襲い来る『草原ウルフ』の群れを確認した!』
実況の声に合わせて、闘技場の照明がふっと落とされ、擬似的な『暗闇』が演出され、私の場にのみスポットライトが当たる。
『だが、彼はどうしたか!?疲労困憊の仲間たちを起こすことなくぐっすりと休ませ、なんとたった一人で、十数頭にも及ぶ群れを狩り尽くしたのである!』
うおおおおおっ!と、地鳴りのような歓声が観客席を揺らす。
同時に、私の正面にある分厚い鉄門が、重々しい音を立てて上に開いていった。
『さあ、夜襲の草原ウルフに、今、『聖国からの刺客』が挑む!! 開門!!』
グルルルルル……。
暗闇となったゲートの奥から、無数の低い唸り声が響く。
暗がりの中で、飢えた獣の眼光が次々と灯った。
一頭、二頭……いや、そんな数じゃない。
砂を蹴り、闘技場へと放たれたのは、十数頭にも及ぶ草原ウルフの群れだった。
四方八方から私を取り囲むように、ゆっくりと距離を詰めてくる。
仲間を守るために、おじさんはこれを一人で……。
「……はあぁっ」
――いくよっ!
私は息を吐き出すと、腰に差した短剣の重みを確認し、漆黒の大鎌を手に、群れに向かって突撃した。
狙うは、群れから突出して一番槍を仕掛けてきた一頭。
私は姿勢を低くしてその懐へと一気に突っ込みながら、大鎌を左下から右上へと斜めにかち上げるように振り抜いた。
――ザシュッ!
確かな手応えと共に一頭目の首を刈り取ると、私はその遠心力を殺すことなく、身体の捻りを利用して次なる獲物へと刃を走らせる。
空を裂く鋭い横一文字の閃きが、飛びかかってこようとしていた二頭目の胴体を両断した。
「ガァルルルッ!!」
血の匂いに狂乱した群れが、死を恐れることなく一斉に私へと牙を剥く。
私は大鎌の柄の中央を握り、指先でくるくると回して棒術のように構え直した。
正面から喉笛を狙って突っ込んできた三頭目の大きく開かれた口へ、大鎌の石突を容赦なく叩き込む。
「ギャンッ!」
顎を砕かれた獣が怯んで動きを止めた、まさにその瞬間。
今度は別方向から、四頭目のウルフが私の腕を食いちぎろうと宙を舞った。
私は冷静に石突の向きを変え、突っ込んできたその獣の口に、ワザと石突を深く噛み付かせる。
「――そこだっ!」
牙を立てて宙で硬直した獣の重さを利用して大鎌の柄を素早く反転させる。
柄を軸にするように、自らの身体を独楽のように激しく回転させる。
遠心力、体重、そして回転の勢い。
その全てを漆黒の刃に乗せ、上から下へと一気に振り下ろした。
――ズガンッ!
重い破壊音。
分厚い頭骨を砕き、刃は私に群がろうとしていた二頭のウルフの脳天を纏めて貫き、大地へと縫い留めた。
間髪入れずに柄を力強く手前に引き、肉と骨を裂きながら、その命を完全に刈り取った。
返り血が頬を濡らすが、拭う暇はない。
闇の中で光る獣の眼光は、まだ幾つも残っている。
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R・D




