第10話 - α 戦争捕虜と心の音色――絶望の二重奏
まだ、まだ沢山敵がいる。
――――倒さなきゃ、あたしが、全部倒さなきゃ!
私は極限まで集中力を高め、大鎌の石突を足元の砂へと思い切り叩きつけた。
――バサァッ!
目眩ましとして大量の砂が舞い上がる。
獣たちが不意の砂煙に視界を奪われ怯んだその一瞬の隙を突き、私は暗幕を切り裂くように一気に飛び出した。
「はぁっ!」
気合いと共に放った袈裟斬りが、手前にいたウルフの首を鮮やかに刎ね飛ばす。
そのままの勢いで刃を返し、続くもう一頭を鋭い横一文字に斬り伏せた。
「ガァルルルァッ!!」
仲間の血の匂いに猛った残りの二頭が、左右に分かれ、私の死角と正面から同時に突進してくる。
私は姿勢を深く沈め込み、まずは正面から迫る一頭目に対して、下から上へと刃を振り上げ、縦に斬り割いた。
――スパァンッ!
硬い肉と骨を裂き、一体目を空中で真っ二つに両断する。
だが、攻撃はこれで終わりじゃない。
私は縦斬りで振り抜いた大鎌の遠心力を一切殺さず、手首と身体のバネを使い、死角から迫る二頭目に向かってそのまま横薙ぎへと繋げた。
暗闇の闘技場に、巨大な黒い十字を描き出すような、必殺の十文字斬り。
――ザシュッ!!
最後の一頭が悲鳴を上げる間もなく両断され、ドサリと砂の上へ力なく崩れ落ちた。
……闘技場に、深い静寂が落ちる。
十数頭いたはずの草原ウルフの群れは、もう一頭も動くことはない。
「……はあっ、はあっ」
荒い呼吸を整えながら、私は自分の両手と、血に濡れた漆黒の大鎌を見つめる。
恐ろしいほどに、身体が軽い。
戦えば戦うほど、自分の中の『大鎌の技』が、まるで錆が落ちるように研ぎ澄まされていく確かな感覚があった。
まるで、最初からこの武器の扱い方を、骨の髄まで知っていたかのように――。
「うおおおおおおおおっ!!」
私が残心に浸かっていると、静寂を打ち破るように、観客席から割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
血生臭い砂の上に立つ私を、狂気じみた熱狂が包み込む。
『――見事にたった一人で夜襲を撃退した英雄リード! 進軍の果てに、とうとう聖国への反撃の狼煙があがる!』
実況の歪な声が、再び闘技場に鳴り響いた。
『これまで押し込まれ、帝国で行われていた戦線を、ついに聖国側へと押し込むことに成功したのだ!』
……帝国本土での戦線。おじさんは、そんなに苦しい防衛戦から、ずっとこの国を守ってきたんだ。
『しかし! 英雄リードとその部隊の前に立ちはだかるのは――【第二幕:鉄壁の絶望】!
聖国の誇る『重装騎士』たちだ! 果たして英雄リードは、この鉄壁の重装騎士たちを倒すことができるのか!?』
実況の煽りに呼応するように、先程とは別の重い鉄門が、重々しい音を立ててゆっくりと上に開いていく。
――ズン、ズン、ズン。
砂を大きく凹ませるほどの重い足音が響き、暗がりの中から現れたのは、全身を分厚い金属鎧で覆った巨漢たちだった。
その数は、五人。
刃を通す隙間など一切見当たらない、まさに歩く鉄壁。
だけど、分厚い兜の奥から覗く彼らの瞳は、誇り高き騎士のそれではなく……死への恐怖と絶望に黒く濁っていた。
……聖国の、戦争捕虜……?
そうだ。彼らは役者なんかじゃない。
帝国に捕らえられ、この悪趣味な劇の『悪役』として無理やり重装甲を着せられ、死ぬまで戦うことを強要されている本物の捕虜たちなんだ。
……あたしと同じ、戦いを強制されている人達……。この人たちを、殺せってこと?
大鎌を構えたまま、私はハッとして周囲の観客席を見渡した。
すり鉢状の観客席を埋め尽くす帝国市民たちの目は、どれもこれも血を求める憎悪と狂気に満ちていた。
言葉にならぬ地鳴りのような歓声が、まるで「殺せ」「早く殺せ」と私に強要しているように鼓膜を打つ。
……いやだ。
私は、私の鎌はこんな事の為に使われるものじゃない……!
その瞬間、私の心に生じたほんのわずかな『逡巡』
恐怖に濁った目を血走らせた重装騎士たちは、その隙を見逃さなかった。
「おおおおおっ!!」
巨漢の一人が、咆哮と共に身の丈ほどもある大剣を横薙ぎに振るう。
私は咄嗟に大鎌の柄でそれを受け止めたが、凄まじい膂力に腕の骨が軋んだ。
「くっ……!」
まともに受ければ腕が折れる。
私はあえて踏ん張らず、衝撃を逃がすように自ら後方へと大きく吹き飛んで距離を取った。
だが、息をつく暇もなく、今度は別の騎士が鋭い槍を突き出してくる。
私は身を沈めてその槍の腹を大鎌の柄で受け止めると、相手の突進する勢いを横へと逸らし、足を払って砂の上に転がした。
……このままじゃやられちゃう……。死にたくない、だから……!
私は奥歯を噛み締め、転がった騎士の首元――分厚い甲冑のわずかな隙間へと狙いを定め、漆黒の大鎌を高く振り上げた。
……これを振り下ろせば、あたしは安全になる!
けれど。
――ピタリ、と。
刃は、騎士の首の数センチ手前で、どうしても止まってしまった。
怯えきった瞳で私を見上げる捕虜の顔を見てしまったから。
……やっぱり無理だ。あたしはただ、皆を守りたかっただけなのに……!
ただ怯え、無理やり戦わされている人を殺すなんて、できない。
――あたしは……!私は!
パニックに陥り、呼吸が浅くなる。手から力が抜け、大鎌の刃がブルブルと震えた。
「――甘いぞ、小娘ェッ!!」
戦場において、その一瞬の躊躇は致命的だ。
私の硬直を狙い澄まして、盾兵の騎士が全身の体重を乗せた巨大な鉄盾を構え、フルスピードで突進してきた。
「くっ……!」
ハッとして咄嗟に大鎌を盾代わりに構えたものの、完全に手遅れだった。
――ガギァァァンッ!
鉄と鉄が激突する鈍い轟音。
まるで暴走する装甲車に撥ねられたような圧倒的な衝撃が全身を貫き、私は為す術もなく、闘技場の砂の上をボロ布のように大きく吹き飛ばされた。
「うぅう……」
……痛い……、怖い……、死にたく……ない。
このまま転がっていては、いい的になってしまう、私は軋む体を奮い立たせ、追撃が来る前に大きく後方へ飛んだ。
……やるしか……ないの……?
この詰みの盤面に近い状況に、私の心には、絶望の音色が響いていた
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