第11話 - α 殺す大鎌術――活かす棒術
……殺せない、あたしには……。
大きく距離を取った私を見て、重装騎士たちの濁った瞳に、微かな『確信』の色が宿るのが分かった。
「……こいつ、殺し慣れてねえぞ!」
大剣兵の怒声が響く。
「くそっ!誉れ高い我ら第一聖騎士団が、こんな戦意のない少女を殺さねばならないとは……!」
剣を持った隊長らしき人が嘆いている。
「仕方ねえだろ!ここから出てフィーネ様の行方を探すには、生きてないといけないんだ……!」
弓兵は葛藤と覚悟の音が響いていた。
「……いくぞ!」
それを合図に、ただ恐怖に駆られていた5人の動きが、明確な殺意を持った波状攻撃へと変わった。
大剣、盾、槍、弓、そして剣。
5人の兵種が見事に連携し、私というたった一つの駒を完全に盤面の隅へと追い詰めにかかる。
「くっ……!」
ヒュッ、と風を切る音が響き、後方から放たれた弓兵の矢を大鎌の柄で弾き落とす。
だが、その直後に死角から槍兵の鋭い突きが迫る。
避けるのが一瞬遅れ、冷たい刃が私の頬を薄く裂き、ツツーッと生温かい血が伝った。
「痛っ……!」
怯んだ隙に、今度は剣兵と大剣兵が左右から同時に斬りかかってくる。
……囲まれちゃだめだ……!引き剥がさないと!
私は大鎌を強引に回転させて、続く二つの刃をどうにか弾き返す、剣の切っ先が私の脇腹の衣服を裂き、浅く肉を掠めた。
血が流れる。
……痛いよ……、怖い。
大鎌での防御だけで手一杯になり、ジリジリと私の体力と精神が削られていく。
……殺したくない……! だけど、死にたくない……っ!……あたしはっ!
極限の戦場に持ち込んではいけない、致命的な矛盾。
その二つの想いが巨大な万力のように私の心を挟み込み、呼吸すらできなくなるほどの重圧となって押しつぶす。
心が悲鳴を上げ、手足から感覚が抜け落ちていくような無力感に襲われる。
その、完全に心が折れかけた絶好の隙を。
「――死ねえええッ!!」
間髪入れず、猛然と突っ込んできた盾兵が見逃すはずもなかった。
視界を巨大な鉄盾が完全に覆い尽くす。
防御の姿勢すら取れないまま、私は全身の骨が砕けるような強烈な盾での突進をまともに食らってしまった。
私の身体は宙を舞い、闘技場の分厚い石造りの外壁へと、背中から勢いよく叩きつけられた。
――ドゴォオ!
肺から全ての空気が吐き出され、血の味が口内に広がる。
ずるずると壁を滑り落ち、砂の上に崩れ落ちた私の視界が、急速に黒く明滅し始めた。
「うぅ……っ……ゴホッ、ゴホ……」
指先一つ、動かせない。
響き渡る観客の狂騒が、まるで遠い水底から聞こえるノイズのように遠ざかっていく。
私の意識は、暗い闇の中へと沈んでいった。
――――――――――――――――――――――――――
深い、深い闇の底へ落ちていく感覚。
肺を焼くような鉄の匂いと狂騒が遠ざかり、代わりにふわりと、陽だまりのような暖かな風が頬を撫でた。
パチッ、と目を覚ますと、そこは血塗られた闘技場ではなかった。
木漏れ日が揺れる、緑豊かな森の広場。
私はいつの間にか背の高い茂みの陰に隠れ、息を潜めて『それ』を見つめていた。
まるで、自分自身の記憶の再生劇を、安全な特等席から眺めているかのように。
そこにいたのは、今の自分よりもずっと背丈の小さな少女――幼い日の私だった。
「ねえねえ! あたしにも、■■■とおなじ大鎌の使い方おしえてよー!」
幼い私が、自分の背丈ほどもある木の棒を両手で握りしめながら、目の前の人物にせがんでいる。
「はあ……またその話?」
困ったようにため息をついたのは、燃えるような赤髪の女性だった。
呆れたような顔を作りつつも、その瞳には優しい光が満ちている。
「仕方ないわね、リゼ。基本位は教えてあげるけど、これから言うことを忘れないで」
急に真剣な声色になった彼女の言葉に、当時の私は真剣な表情でこくりと頷いた。
それを見て、赤髪の女性はふふっと柔らかく笑う。
「棒術っていうのはね、倒すことより守ることが得意なものなの。お姉ちゃん達が頑張って敵を倒すから、リゼはその中で取り残されそうになってる子を助けてあげて」
彼女の大きな手が、幼い私の頭を優しく撫でた。
「貴方の棒術は、助けるためのものなの」
その言葉が、茂みから見つめる『今の私』の胸の奥に、すとんと落ちた。
……ああ、そうだった。
私が教わったのは、人を殺すための技じゃない。
人を助けるための、人を活かす技だったんだ。
……忘れないでなんて言われておきながら綺麗さっぱり忘れていたなんて、このお姉さんには話せないな。
そんな事を考えていると、私の意識は急速に遠ざかっていった。
――――――――――――――――――――――――――
ひんやりとした石畳の感触と、鼻をつくむせ返るような血と砂の匂い。
ドッと鼓膜を打つ観客の歓声で、私の意識は急浮上した。
「――あのような無骨な突進で仕留めきれんとは。少女一人を無駄に傷つけるなど、第一聖騎士団の恥と知れ!」
視界が徐々に焦点を結ぶと、剣を持った隊長らしき男が、私を撥ね飛ばした盾兵を厳しく詰問しているところだった。
全身の骨が軋むように痛む。けれど、不思議と心は澄み渡っていた。
隊長はふとこちらに気づき、静かに剣を構え直して歩み寄ってくる。
「……目を覚ましてしまったか……。恨まないでくれ。私たちはどうしても生き延びて、重要な使命を果たさねばならないのだ。せめて苦しみはさせない。この一刀のもとに……」
――目が覚めても、詰みの盤面には変わらない、けれど、相変わらず私の心は凪いでいる。
「……気遣い、ありがとね」
咳き込みながらも、私はゆっくりと顔を上げ、彼を真っ直ぐに見据えて声を出した。
……隙を探そう、大鎌は近くにある、タイミングを見計らって……。
窮地からの脱出方法を考えてる時、その、私の声を聞いた瞬間。
「――なっ、その声……!お前っ! な、何故ここに!?」
隊長の顔から血の気が引き、その目に明らかな動揺が走った。
理由は分からない。けれど、歴戦の騎士らしからぬ、あまりにも無防備な絶好の隙。
――今しかないっ!
私は迷わず手を伸ばした。
傍らの壁に、まるで葬儀の設えのように立てかけられていた大鎌の柄を、しっかりと握り込む。
――倒すためじゃない。助けるためのもの。
大鎌の重さを利用して円を描くように空中で素早く回転させると、剣のように振りかぶるのではなく、棒術の構えを取り、砂を叩きつける。
「ぐっ……!」
砂が舞い上がり、私と隊長さんに僅かな間、不可視の遮蔽が出来上がる。
……あんな大きい鎧を着て、すぐに移動なんてできないはず!
私は元居た位置から少しずれた場所から砂のヴェールを被って飛び出し、刃のついていない柄の底――石突を前方に突き出す。
「はあっ!」
鋭い踏み込みと共に放たれた石突が、動揺して固まっていた隊長の首下、鎖骨の間の急所を的確に打ち抜いた。
「ぐ、は……っ」
隊長の巨体が糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。
気絶しただけで、息はある。
静まり返った残りの騎士たちと、息を呑む観客たちを見回し、私は大鎌をくるりと回して再び構え直した。
もう私は迷わない。
――人を活かす棒術、あたしは、それを見つけてみせる!
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R・D




