第12話 - α 協奏の一騎討ち――凶相の最終幕
「隊長っ!」
気絶した隊長を見て、槍兵が悲痛な叫びを上げる。
「動揺するな! 陣形を整えろ! 相手はたった一人だ!」
盾兵の太い怒声が闘技場に響き渡った。
それを合図に、残された四人の騎士たちが素早く動き、巨大な鉄盾を構えた盾兵を先頭にして、ガッチリとスクラムを組むように堅牢な陣形を構築した。
隙がない……、文字通りの鉄壁。
……やるしかないんだ!私も敵も、誰も死なないために……!一人ずつ、確実に!
息を大きく吸い込む、砂を蹴って一直線に盾兵へと突っ込む。
そして、漆黒の大鎌を上段から思い切り振りかぶる。
「させるかァッ!」
盾兵は私の強烈な斬撃を防ぐため、反射的に巨大な盾をグッと前へ突き出した。
その動きは、殺意を持っている敵ならば有効だっただろう、――だが。
私は、振り下ろす軌道を空中で強引に変え、盾の横をすり抜けさせるようにして、大鎌の刃を盾兵の背後――硬い鎧の背中側へと回り込ませた。
「……せあぁ!」
そのまま、自分の身体の方へ向かって一気に柄を引き寄せる。
ガギィンッ!と、刃が分厚い装甲に阻まれる嫌な音がした。
――よかった。
刃は肉を裂くことはなく、しかし強引な『刈り取る』ような強い引きの力が、盾兵の重心を完全に狂わせた。
「なっ……!?」
前のめりに盾を突き出していた盾兵は、背後からの予期せぬ強い力に耐えきれず、大きな金属音を立てて砂の上へと無様に転がった。
陣形の要である盾が崩れた。
――今しかないっ!
大鎌の柄の中央を握り込み、頭上で独楽のように勢いよく回転させる。
遠心力で極限まで威力を高めたそれを、倒れ伏した盾兵の兜越しに――脳天を目掛けて、石突の側で容赦なく振り下ろした。
――ゴガンッ!!
脳を揺らす強烈な一撃。
兜ごと頭蓋をかち割るような鈍い衝撃音が響き、盾兵はピクンと一度だけ痙攣すると、そのまま完全に意識を失って砂に沈んだ。
――――これで2人目。
一度息を整えようとした時、後ろから微かに動く音が聞こえた。
……っくる!
振り返るよりも早く、鋭い殺気が私の背中を貫く。
「――もらったァッ!」
槍兵の奇襲だった。
私は咄嗟に身を捻り、大鎌の柄を盾にして鋭い突きを弾き飛ばした。
ガギィンッ! と、火花を散らして漆黒の大鎌と銀の槍が激しく交差する。
……速いっ!
相手の槍は次々と私の急所を狙って繰り出される。
なんて連撃だ、繰り出される突き一つ一つが必殺の威力を持っている。
無我夢中で大鎌を振り回し、その連撃をなんとか捌き続ける。
だが、打ち合いの中で奇妙な違和感を覚える。
……誘導されてる?私の動きが、相手の槍の軌道によって、不自然に特定の場所へと追いやられているような……。
そんな思考が脳裏をよぎりながらも、私はひたすらに槍を捌き、一瞬の隙を突いて大鎌の石突を槍兵の胸元へ鋭く突き出した。
ここを逃せば、チャンスは次いつ来るかわからない。
「――そこだっ!」
だが、その瞬間だった。
――ドスッ!
右足のふくらはぎに、焼け火箸を突っ込まれたような激痛が走った。
「ぐっ……うぅっ」
視線を落とすと、私の足には後方から飛来した一本の矢が深々と突き刺さっていた。
弓……! 槍兵の誘導は、矢を当てるための射線に私を誘い込むため……!
槍兵が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
けれど、痛みで崩れ落ちそうになる足に無理やり力を込め、私は歯を食いしばった。
……こんな所で……終われないっ!!
……私が、全員助けるっ!!
激痛に悶絶しながらも、私は渾身の力で、目の前で打ち合っていた槍兵の胴体を思い切り蹴り飛ばした。
「ぐはっ!?」
不意の蹴りを腹に受けて槍兵が大きく後退する。
その隙に、私は矢の刺さった足を気にせずに砂を蹴って、弓兵に向かって猛然と突撃した。
慌てて次の矢をつがえようとする弓兵。だが、――遅い。
私は大鎌の柄を両手でしっかりと握り込み、槍のように構えて、石突を弓兵の胴体――硬い鎧の上から容赦なく突き入れた。
「がはっ!?」
強烈な衝撃に息を詰まらせ、弓兵が砂の上にドサリと仰向けに転げ落ちる。
……まだだ。これくらいじゃ、すぐに立ち上がってくる。
私は転がった弓兵を見下ろし、大鎌を頭上でくるくると激しく回した。
遠心力で極限まで威力を増幅させた石突を、無防備な弓兵の腹部へと、渾身の力でもう一度叩き込む。
――ドゴォォンッ!
分厚い金属の鎧がベコンと大きく凹むほどの、容赦のない一撃。
弓兵は白目を剥き、そのまま口から泡を吹いて完全に気絶した。
――――これで三人。
直後後ろから風を切る音がした。
私の背後から、槍兵が死に物狂いで突進してくる気配。
その音だけで、私には動きが手に取るように分かる。――槍兵だ。
私は大きく身を躱して突進をすかすと、すれ違いざまに大鎌の石突を下から右へ、槍兵の側頭部に向かって鋭く払い抜いた。
「――がはっ」
槍兵はいとも容易く白目を剥き、そのまま砂の上へ力なく崩れ落ちて完全に沈黙した。
――これで四人。
残るは、意外にも最後まで戦闘に干渉せず、静かに剣を構えたまま立っていた大剣兵だ。
「……もうわかっている。お前、我々全員を殺さず、生きたままリタイアさせようとしているな」
大剣兵は兜の奥で私を真っ直ぐに見据え、低く通る声でそう告げた。
「私は聖国騎士第一部隊副隊長、マーシー・エクシリアである!」
誇り高き名乗りと共に、マーシーと名乗った大剣兵が、重厚な剣を正眼に構える。
「ぐっ……うぅぅっ!」
私は返事の代わりに、右足のふくらはぎに深々と刺さっていた矢を、両手で思い切り引き抜いた。
ブワッと鮮血が噴き出し、視界がチカチカと明滅するほどの激痛が脳を焼く。けれど、この痛みのおかげで不思議と頭は冴え渡っていた。
……あたしも、名乗らなきゃ。
記憶喪失の私に、誇れるような過去なんてないけれど。
「私には記憶がないけど……。あえて名乗るなら、『聖国からの刺客』リゼ・イレイナ! ……いざ、尋常にっ!」
痛む右足を無理やり奮い立たせ、私は大鎌を構えて地を蹴った。
対するマーシーが迎撃に出ようとした、まさにその瞬間。
「リゼ・イレイナ……まさか、生きて!?」
私が口にした名前に、歴戦の騎士であるはずのマーシーが、目を見開いて致命的なまでに動揺した。
どうして私の名前を知っているのか。
その疑問よりも早く、私の身体は勝手に動いていた。
「――もらっい!」
私はその絶好の隙を見逃さず、大鎌の石突でマーシーの頭部を思い切り強打した。
「生きて、いたんだな……」
マーシーの巨体がグラリと揺れ、そのまま意識を刈り取られてドサリと砂の上へ倒れ伏した。
これで、五人全員。
満身創痍の私は大鎌を杖代わりにしながら荒い息を整え、気を失った騎士たちが闘技場の職員によって無造作に回収されていくのを静かに見届けた。
引き抜いた右足の傷口から血が流れ、ズキズキと酷く痛む。
少しでいい、休ませてほしい。
だが、狂った闘技場の時間は止まってはくれなかった。
『――さあ、刮目せよ同胞たち! 英雄リード率いる部隊の快進撃は止まらず、ついに聖都での決戦へと至った!』
実況の声に合わせて闘技場が暗転し、私の上にだけ、白く冷たいスポットライトが当てられる。
『だが、そこに居たのは聖国の死の象徴――『鮮血の死神』だった!』
……鮮血の、死神。おじさんの仲間を皆殺しにして、片足を奪った化け物。
あたしが、その死神の役なの?
『リードの撤退指揮も虚しく、鮮血の死神は一人ずつ無惨に兵士を刈り取り、ついには英雄リードにまでその凶刃が迫ろうとしていた!』
実況の悲痛な煽りと共に、暗闇の中から一人の男が進み出てきた。
ボロボロの帝国軍服を着せられたその男が、『英雄リード』の役を引き継ぐらしい。
「俺は、必ず殺す……!死神になんて、屈しないっ!!」
悲壮な覚悟を叫ぶ男の目は、劇の演技などではない。
私という『死神』に対する、本物のドス黒い怨嗟と殺意で満ちていた。
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R・D




