第73話 - β 八つ当たり
「全員、殺しました。我々には今、ここで余計な捕虜を養うほどの余力はありませんので」
「なっ……!」
兵士の口から告げられたあまりにも無慈悲な言葉に、ロミオは絶句し、大きく目を見開いて動揺を露わにした。
だが、聖国の兵士はロミオの反応など気にも留めていない様子だった。
むしろ私を前にして、誇らしげに胸を張って報告を続ける。
「現在、我々はここを拠点とし、野盗に見せかけて近隣の『終着の村テルミナス』に襲撃をかけております! もうしばらく待てば、あちらも陥落させたという吉報が入るはずです!」
意気揚々と語る兵士の顔には、一切の罪悪感など見当たらなかった。
無関係な村人たちを皆殺しにし、さらに野盗を装って別の村を襲う。そんな卑劣な行いすらも、彼らにとっては『誇り高き戦果』なのだろう。
「……っ」
ロミオはギリッと強く奥歯を噛み締め、兵士に向かって何かを怒鳴りつけようと口を開きかけた。
……だが、彼はすぐにその言葉を苦々しく飲み込んだ。
ここで彼が帝国の人間として反論すれば、間違いなく亀裂が生まれる。
圧倒的多数の聖国兵に囲まれた今の状況で、感情に任せて事を構えるのは愚策だと、彼の理性が抑え込んだのだ。
「……」
ロミオは悔しそうに深く息を吐き出すと、私の方へ向き直り、2階へと続く階段を指し示した。
「……上へ行こう、魔女さん。ここの上が客室だ、使わせてもらおう」
感情を押し殺したロミオの案内に、私は短く頷くだけだった。
聖国が帝国にどんなゲリラ作戦を仕掛けようが、これから先の村がどうなろうが、私にとっては本当にどうでもいいことだ。
私は狂喜する兵士たちに背を向け、ただ体力を温存するためだけに、埃っぽい階段を静かに上り始めた。
埃っぽい二階の客室に入ると、私は部屋の隅にあった古びたベッドに腰を下ろし、かすかに焦げた匂いのする外套も脱がずにそのまま横になろうとした。
無駄な思考は体力を削る。今は少しでも眠り、明日の移動に備えるべきだ。
だが、部屋の扉を閉めたロミオが、耐えきれないというように重い口を開いた。
「……なあ、魔女さん」
「……何」
私が面倒くさそうに目を閉じたまま応じると、彼は絞り出すような声で続けた。
「さっき下の奴ら、野盗に見せかけて『終着の村テルミナス』に攻め込む計画を話していただろう」
そんな事も……言っていたか。
「……」
「テルミナス……それは、俺たちが出発したあの『忘れられた村』の名前だ」
ロミオの言葉に、私はわずかに眉を動かした。
彼が何を言いたいのか、おおよその見当はついた。
「……おそらく、あんたが広場で殺したあの野盗たちは……野盗のふりをした『聖国の兵士』だ」
重苦しい沈黙が部屋に落ちる。
自分の同胞を惨殺したという事実を突きつけられた私に、彼なりの配慮か、ロミオは少しだけ間を空けた。
けれど、私はただゆっくりと目を開け、ひどく冷たい声で聞き返した。
「……それが?」
「なっ……」
私の淡白な反応に、ロミオは絶句した。
「あんたは……いいのかよ?」
彼はベッドに寝転がる私へと詰め寄り、信じられないものを見るような、縋るような目で問いかけてくる。
「俺は、この村の人たちが全員殺されたって聞いた時、腸が煮えくり返る思いだった!
いくら戦争をしているからって、民間人を殺すなんて、……同じ帝国の人間をこんな風に殺されて、怒らない奴なんていない!」
ロミオは強く拳を握りしめ、ひどく震える声で叫んだ。
「けれど、あんたは……あんたが村で殺したのは、野盗のふりをしたあんたの同胞だぞ!? 自分の国の人間を殺したってわかって……本当に、いいのかよ!?」
私は、ロミオの悲痛な想いに対しても、微塵も感情を交えずに淡々と答えた。
「……いい」
面倒ではあるが、こいつには帝都までの案内を頼んでいる。
今のうちに私の本心を話して、考えをすり合わせておくのが、後々無駄な反発を招かずに済み、かえって疲れないだろうと判断したから。
「私の時計は、ずっと止まっているんだ」
私はベッドに横たわり、天井の染みを見つめてポツリと呟いた。
「数年も、あの雪原の小屋に引きこもっていたのだから。……リゼと再会できて、ようやく私の時計の針が回る。そう思う」
――だから。
「だから、今は……リゼ以外のほかのことなんて、本当にどうでもいいんだ」
自分の同胞だろうと、帝国の人間だろうと。私にとっては路肩の石と同じだ。
静かで、けれど狂気すら孕んだ本心を前にして、ロミオはしばらくの間、葛藤するように黙り込んだ。
だが――やがて彼は、強く拳を握り直して、私を真っ直ぐに睨みつけた。
「……リゼなら」
絞り出すような、けれど確かな熱を持った声だった。
「リゼなら……あんたの妹なら、もっと葛藤して、よりよい道を探すはずだ!」
「……」
「あんた、リゼの姉なんだろう!?」
ロミオの言葉が、私の止まっていた思考に鋭く突き刺さる。
「あいつは、あの地獄みたいな闘技場で戦わされた、敵対しないといけない奴らの命さえも救おうとして……救えなかったときは、薄暗い牢の中で一人で泣いていたんだ!」
脳裏に、かつての泣き虫だった妹の顔がよぎる。
「あいつはそんなに優しくて、不器用で、まっすぐな奴だった……!それなのに、姉のあんたはそれでいいのかよ!?」
私に迫るロミオの悲痛な叫びが、埃っぽい客室に重く響き渡った。
……黙れ。
――ビュンッ!と。
空気を裂く鋭い音が、埃っぽい客室に鳴り響いた。
私が反射的に、無意識の魔法を展開し、鋭利な『氷の刃』をロミオの顔スレスレに向けて撃ち放っていたから。
氷の刃はロミオの頬の横を掠め、背後の壁に深く突き刺さって砕け散る。
「……リゼの想いを、軽く口にするな」
私は、絶対零度の声で彼を睨みつけた。
死の恐怖に直面し、ロミオの顔は強張っている。
だがこいつは――壁に突き刺さった氷の破片に一瞥もくれず、真っ直ぐに私の目を見返して叫んだ。
「姉なら……あいつに誇れる自分でいてくれよ!」
「……っ」
それは、ぐうの音も出ないほどの『正論』だった。
もしも今、ここにリゼが居たらどう言うだろうか。
きっと私に呆れながらも、困ったような、でも優しいあの顔で言うのだろう。
『それは駄目だよ、お姉ちゃん』と。
私をたしなめる妹の声が、脳内に響いた気がした。
……ああ。
そう思うと、私はひどく無様だ。
自分のことしか考えられず、妹の優しさに勝手に寄りかかることしかできない。
聖女などと呼ばれておきながら、中身はこんなにも醜く、どうしようもなく身勝手な人間だ。
そんな情けない自分が、ひどく嫌になった。




