第71話 - β 境界の村
厳しい雪道を越えた私たちは、やがて経由地である境界の村『フィニステラ』へとたどり着いた。
だが、村の様子はどうにもおかしかった。
「……ここがフィニステラのはずなんだが。妙だな、人が全くいないぞ」
雪に覆われた静まり返る村の家々を見渡し、ロミオが警戒心を露わにして呟く。
風の音以外、生活音も、人の気配も、何一つ感じられない。
まるで村全体が死に絶えているかのようだった。
けれど。私には――
「どうでもいい」
私は短く吐き捨てると、不気味なほどに静寂が支配する村の中へと迷いなく踏み込んだ。
「ちょ、待てよ魔女さん!」
警戒もせずに歩き出した私を見て、ロミオが慌てて背中を追いかけてくる。
村の大通りらしき道には、雪の上に新しい足跡が複数残されていた。
村人が消えているにも関わらず、つい最近まで何者かがここを行き来していた確かな痕跡。
普通の人間なら、ここで引き返すか、武器を構えて身を潜める状況だろう。
だが、今の私にとっては、そんな不審な出来事も心底『どうでもいい』ことだった。
野盗の襲撃だろうと、魔獣の被害だろうと、誰かの暗躍だろうと、私の知ったことではない。
私の目的はただ一つ、無駄な体力を使わずに休息をとり、リゼの元へ急ぐことだけだ。
「宿屋はあるのか?」
足跡を無造作に踏み荒らしながら尋ねた私に、ロミオは周囲をキョロキョロと警戒しながらも頷いた。
「……ああ。この道をまっすぐ行ったところだ。こっちへ来てくれ」
ロミオの案内に従い、冷たい雪道を進んでいくと――。
「おい、待て。……目の前に誰かいるぞ」
ロミオがピタリと足を止め、やっぱりか、と警戒心を露わにして前を見据えた。
その視線の先。雪の舞う大通りの向こう側に立ち塞がっていたのは、薄汚れ、ボロボロになった『聖国』の軍服を着た数人の兵士たちだった。
「止まれ!」
兵士の一人が武器を構え、こちらへ向かって鋭く叫ぶ。
なぜ敵対している聖国の兵士が、帝国の境界の村にいるのか。
普通なら疑問に思うだろうし、警戒して身構えるのが当然だ。
だが、今の私には本当にどうでもいいことだ。
「ロミオ、案内を頼む」
私は兵士たちの制止の声を完全に無視し、歩みを止めることなく淡々とまっすぐに進み続けた。
「なっ……よ、寄るな!」
警告を無視して歩み寄ってくる私に動揺したのか、兵士の一人が引き攣った声を上げ、杖を突き出し魔法のキースペルを唱えた。
「『炎よ!』」
直後、放たれた赤黒い火球が、真っ直ぐに私へと飛んでくる。
その熱量と速度を一瞥し――私は、わざわざ防御の魔法を展開する必要すらないと判断した。
バチィッ! と。
火球が私に届く直前、私の周囲を常に覆っている無意識の『氷のバリア』がそれを弾き、あっけなく霧散させた。
「なっ!?魔法!?」
信じられないものを見たというように、兵士が悲鳴を上げる。
だが、弾け飛んだその火球の残り火が、私がずっと深く被っていたボロボロの外套に燃え移った。
パサリ、と。
焼け焦げたフードが崩れ落ち、私の頭を隠していたものが失われる。
そして――手入れもされず長く伸びきった『真っ白な髪』が、冷たい風にハラリと舞い、聖国の兵士たちの視界へと鮮やかに飛び込んだ。
「聖女、さま……?」
先ほどまで私に杖を向けていた兵士が、信じられないものを見るような目で呟く。
「聖女様だ! 本物の、フィーネ様だ!」
さっきまでの敵対的な空気は一瞬にして消え去り、聖国の兵士たちは武器を下ろして歓喜の声を上げた。
彼らの薄汚れた顔には、絶望的な死地に希望の光が差し込んだような、狂信的なまでの喜びが浮かんでいる。
だが、騒ぎ立てる彼らをよそに、私は小さくため息をつく。
「……疲れている」
「えっ?」
「宿へ行く。ロミオ、引き続き案内を頼む」
歓喜に沸く同胞たちを一瞥することすらなく、私は再び歩き出した。
やがて宿屋に到着し、ドサリと荷物を下ろした直後だった。
私の背中を慌てて追いかけてきた兵士の一人が、宿屋の中にまで入り込み、ビシッと直立不動で敬礼をした。
「フィーネ様! 戦果のご報告をいたします! 我々聖国第三小隊は、作戦通りこのフィニステラを陥落させ、現在この地を拠点に帝国へのゲリラ作戦を展開しております!」
誇らしげに語る兵士の報告。
だが、今の私の目的はリゼに会うことだけだ。聖国の軍事作戦など、本当にどうでもいい。
「……そう」
私が微塵も興味がなさそうに一言だけ返すと、それまで黙っていたロミオが、引きつった顔で兵士に尋ねた。
「……なあ。この村の人たちは、どうしたんだ?」
「村人ですか?」
ロミオの問いに、兵士はさも当然の作戦行動であるかのように、平然と答えた。
「全員、殺しました。我々には今、ここで余計な捕虜を養うほどの余力はありませんので」




