第69話 - α 帝国流ロシアンルーレット!?
私が家の中に入ると、すっかりこの邸宅での生活に馴染んでいるクレアさんが、ダイニングのテーブルに食事を並べて待っていた。
「お待ちしていました。お昼ご飯の準備ができていますよ」
テーブルの上に置かれていたのは、いい匂いを漂わせる三つの『バターライス』だった。
だが、その三つの皿を見た瞬間、おじさんがピタリと足を止め、怪訝な顔をして眉間にとてつもなく深いシワを寄せた。
「待て……」
おじさんは、テーブルの上のバターライスとクレアさんを交互に睨みつける。
「……まさかあいつの嫁さん……、クラークス嬢の母親の入れ知恵じゃないだろうな?」
「さあ、どうでしょう?」
おじさんの鋭い追及に対し、クレアさんは笑みを浮かべたまま、否定も肯定もせずに首を傾げた。
「なにが?」
私には何の話をしているのかさっぱり分からず、首を傾げる。
すると、おじさんはかつて闘技場で魔獣と対峙した時のような、いや、それ以上に真剣な顔つきで私を見た。
「リゼ、落ち着いて聞け。……ここが生死を分ける選択になる」
「えっ!?」
「この三つの中から、慎重に、一つだけ選べ」
そう言うと、おじさんは戦場にいるような鋭い目つきで、三つのバターライスを穴の開くように冷静に吟味し始めた。
……な、なんだか分からないけど、絶対になにかある……!
おじさんの放つ只事ではない緊迫感に当てられ、私も確信する。
私は息を呑み、三つの皿をじっと見比べた。匂い、照り具合、ライスの山の形……。
そして、己の直感を信じて、一番おいしそうに見えるものを指差した。
「こ、これだ!」
しばらくして、おじさんも熟考の末に一つを選び終えたようだった。
「……よし。俺はこっちだ」
残った最後の一皿を、自然にクレアさんは自分の前に置く。
「では、召し上がれ」
クレアさんの合図で、私は恐る恐るスプーンを手に取り、バターライスの山を掘って中の具材を確認した。
「あ、お肉と玉子! それに山菜だ!」
ホカホカのご飯と一緒に口に運ぶと、濃厚なバターの風味と具材の旨味が口いっぱいに広がる。
……うん、すっごく美味しい!
私がパクパクと食べ進めていると、隣で同じように一口食べたおじさんが、ほうと安堵の息を吐いた。どうやら、おじさんも『アタリ』を引いたらしい。
「リゼ、無事か?」
「うん! 美味しいよ。……何から無事なの?」
私が不思議そうに聞き返すと、おじさんは完全に安心しきった様子でフッと笑った。
そして、まだ一口も食べていないクレアさんの方へと視線を向ける。
「さて……クラークス嬢も、遠慮せずに食べてくれないか?」
先ほどの緊迫感はどこへやら。
今のおじさんの顔には、私がこれまで見たこともないような『邪悪な笑顔』が浮かんでいた。
「ほら、ほらほら? 冷めないうちに、早く食べたらどうだ?」
勝ち誇ったようにクレアさんを煽るおじさん。
どうやら、おじさんの言う『生死を分ける選択』の答え合わせは、クレアさんのバターライスの中に隠されているらしかった。
「では、お言葉に甘えて」
クレアさんは優雅な動作でスプーンを手に取ると、自分のバターライスの山を静かに掘り下げた。
そこから出てきたのは――私のお皿と同じお肉や玉子たちだった。
クレアさんはそれをすくい上げ、パクリと一口。そしてまた一口と、何事もないように美味しそうに食べ進めていく。
「……なにか?」
やがてスプーンを口に咥えたまま、クレアさんは少しだけ悪戯っぽい、悪い顔をしておじさんを見つめ返した。
「……今回は激辛バターライスはない……のか?」
おじさんは、まだ疑いを捨てきれないように、探り探りな声で尋ねる。
「激辛バターライス!?」
その恐ろしい単語に、私は思わず声を上げてしまった。
美味しいものと見せかけて辛味の極致へ陥れる、そんな、そんな食事があるのか、帝国は思った以上厳しいところだ。
私の驚きをよそに、クレアさんはコトンと静かにスプーンを置いた。
「あれは……お母様の専売特許ですから。私も、あなたと同じようにやられる側だったんですよ」
クレアさんは当時を思い出したのか、どこか遠い目をしながら苦笑いをして答えた。
「……そうだったのか。じゃあ、なぜこんな事を?」
完全に肩透かしを食らったおじさんが、拍子抜けしたように問う。
「ふふっ。仕掛ける側も、一度やってみたくて」
クレアさんは口元に手を当てて上品に笑うと、おじさんの顔を見て楽しそうに目を細めた。
「……その反応を見るに、お父様たちと一緒に、ずいぶんとお母様にやられたみたいですね?」
その図星を突くような言葉に、おじさんは苦い顔をして押し黙るのだった。
ひとしきり食べ終わり、食後の落ち着いた空気が流れる中。
おじさんは食後のコーヒーを一口飲み、ふと呆れたように口を開いた。
「……あの皇女、総帥が自ら視察に行くとか急に言いだしたのに、止めやしねえ。
俺を軍のトップに据え置いて、俺をこき使って働かせる気かと警戒していたが……どうやら俺は、求心力を高めるためのただの『置物』らしい。まあ、今の俺にとっては好都合だがな」
「え?」
私は不思議に思って聞き返す、おじさんを総帥に置くことは不思議ではなかった。
英雄と呼ばれてるし人気も高いから、長い権力闘争で不信感を抱かれている政府にとってぴったりだと思ったから。
気になったことはその次、視察に急に言いだしたってところ。
「視察って、元々おじさんの予定があったんじゃないの?」
私がそう尋ねると、おじさんはバツが悪そうにスッと視線を逸らした。
すかさず、食器を片付け始めていたクレアさんが、無表情のまま静かに口を開く。
「ギリアム様。……墓穴を掘りましたね」
「……結果的に視察ができるからいいんだよ」
……やっぱそうなんだ、おじさんは私のために、偽りの予定をでっち上げて、一緒に居てくれようとしたんだ。
そんな罪悪感と嬉しさが混じった感情を抱いていると、おじさんは咳払いをして誤魔化すように「ほれ」と、自分の傍らに立てかけてあったやけに立派な剣を、無造作に私へと放り投げてきた。
「ちょっとおじさん!? 剣投げないで!」
私は慌てて両手を伸ばし、それを受け取る。
ずしりとした確かな重み。そして、鞘から柄に至るまで、素人目に見ても尋常ではない緻密な装飾が施された、あまりにも美しく荘厳な剣だった。
……投げられたのは、私が内乱で振った一振りの剣、帝国の象徴とも言える『皇剣』だった。
「な、なんでこれがここにあるの?」
私が目を丸くして尋ねると、おじさんは平然と答えた。
「視察する時の身分証らしい。今、帝国内はあちこちで帝国兵が野盗に落ちたり、懲罰部隊が消えたりしている。情報がひどく錯綜しているんだ。
そんな街や村に総帥とか名乗るやつが来てみろ、賊と間違えてズドンだ……、だが、さすがにその国宝を掲げて話せば、ある程度は信用がとれるだろうとのことだ」
「へえ……なるほど」
確かに、これほど美しく権威のある剣を見せられれば、どんな辺境の村でも疑いようがないだろう。
私がまじまじと手の中の皇剣に感心していると、横からクレアさんの呆れたような、冷ややかな声が響いた。
「……その国宝、いま投げてましたけどね」
そんなクレアさんの呆れを聞き流し、後ろから大きい紙を取り出す。
「それで、ルートなんだが……、基本的に北から回る」
おじさんはそう言うと、テーブルの上に丸まったその紙を広げた。大きな帝国の地図が広げられる。
「まずここが、俺たちのいる首都、フェルストラムだ。ここから俺たちの旅が始まる」
おじさんは地図の中心あたりをトントンと指で叩いた。
ふぇるすとらむ……、この噛みそうな街の名前知らなかった、やっぱり私、名前に興味がないのかもしれない。
「ここから北東に向かって旅をする。まずは『硝煙の都市アッシュクロフト』に入って、新皇帝が誕生したことを喧伝する」
「硝煙の都市……」
アッシュクロフト、また名前が覚えにくいなぁ。
灰を作る、アッシュをクラフトするって覚えよう。発音なんて誰も気にしないでしょ。
「ああ。ここは帝都の火薬庫と言われてて、帝都と同じぐらい重要な都市だ。……すでに新皇帝誕生の報せ自体は伝わってはいるだろうが、実際に軍のトップである俺と、この皇剣を見せて信用力を上げるって訳だ」
「なるほど……。確かに、それは必要だね」
私はおじさんの説明を聞いて、深く頷いた。
「ザロウ公爵は『交戦派』だったんだから。その火薬庫みたいな街に根回ししてたかもだし、好き勝手にされた後製造ラインが平常時に戻ってるか、直接見て確かめる必要があるかも」
私が自然とそう意見を口にすると、おじさんは少し驚いたように目を丸くして私を見た。
「……小娘、お前結構頭が回るな。記憶はないと言っていたが、案外、それなりの地位にいたのかもな」
そんなわけないのは、おじさんもわかってるだろうに。
「そんなわけないよー」
おじさんの推測に、私は笑ってパタパタと手を振った。
「だって、聖国の血が濃い人は魔法が使えるんでしょ?私は魔法なんて全然使えないし。それぐらい、おじさんの書斎にある本に書いてあったから知ってるもん」
それに、もし私が偉い立場の人だったら、あんな闘技場に売られて、ボロボロになるまで大鎌を振るわされるなんてこと、あるはずがないのだから。




