第68話 - α 未来への旅路の準備
おじさんが旅の為に、色々な場所へ根回しをしている間。
やることのない私は、帝都の邸宅の裏庭に出て、一人で木剣を振るっていた。
すっかり手入れがなされたこの庭には、いつの間にかおじさんが買ってきた、私専用となっている木人まで置かれている。
おじさんが、私が台の上に何かを乗せて修練していた私に、気を利かせて用意してくれたものだ。
私はその木人を前にして、居合いの型を反復練習していた。
――スゥ、と。
冷たい朝の空気を肺の奥深くまで吸い込み、腰を深く落として構える。
呼吸を止め、全身に溜め込んだバネを一気に解放する。
鞘から抜き放たれた刃が、下から頭上へ向けて空気を裂き、思い切り斬り上げる。
ダンッ! と踏み込んだ足の勢いそのままに、手首を返し――。
今度は返しの刃で、木人の脳天ごと真っ二つにする勢いで鋭く斬り伏せる。
「――ふぅ」
小さく息を吐き出しながら、ゆっくりと残心をとる。
剣を振るえば振るうほど、頭の中の靄が晴れ、思考が冴え渡っていくのが分かった。
身体の動かし方は、筋肉が、細胞がはっきりと覚えている。
……この型の名前、もう少しで思い出せそうなんだけどな……。
私は、木人に刻まれた深い二つの太刀筋を見つめながら、小さく首を傾げた。
「うーん……」
なんだろう。これ、ただの剣術の型じゃない。
この技にはなにか特別な、とても強い思い入れがあるような気がするのだ。
誰かに教わったのか、誰かに見せるために編み出したのか。
それとも誰かと共に放った技なのか、わからない。
大切な記憶の欠片が、手のひらの上でチカチカと光っているのを感じる。
でも、思い出せない……。
指の隙間からこぼれ落ちていく記憶に少しだけもどかしさを覚えながら、私は気持ちを切り替えるように、再び腰を深く落として柄に手をかけた。
今度は、深く精神を集中させる。
丹田に力を込め、木剣の刃筋に意識を研ぎ澄ましてから、横薙ぎに一閃。
――『薄氷』!
空気を凍らせるような鋭い太刀筋が、木人の胴を薙いだ。
確かな手応えを感じながら、静かに残心をとる。
完璧な一撃だった。そう自画自賛した次の瞬間――。
メキ……ミシミシッ、ドスン!
連日のように私から色々な技を叩き込まれていた木人が、ついに限界を迎えて音を上げたのか。
真っ二つに割れて、無惨に地面へと倒れ込んだ。
「……なっ」
私は絶句し、真っ二つになった木人と自分の手にある木剣を交互に見比べた。
いくらなんでも、木剣で丸太のような木人を真っ二つにできるとは思っていなかったから。
「小娘、準備が完了したぞ」
そんな私の背後から、タイミング悪く声がした。
振り返ると、そこには立派な馬車を引いてきたおじさんが立っていた。
おじさんは、私の手元にある木剣と、無惨に両断されて地面に転がっている木人をジッと見つめた。
そして、深々とため息をつく。
「……お前、なにやってんだ」
「ち、違う! 勝手に壊れたの!」
私は慌てて、しなくてもいいような見え透いた言い訳を口走っていた。
冷ややかな視線を向けるおじさんを前にして、私はすぐに白旗を上げる。
素直に謝ろう。
「ご、ごめんなさい……。木剣でひたすらに技の練習をしてたら、その、壊れちゃって……」
私が申し訳なさそうに俯いて説明すると、おじさんはやれやれと首を横に振った。
「……まあ、いい」
えっ、怒らないの?せっかく買ってくれたものなのに。
「木人など、また用意すればいいだけの話だ。それに、出発は明日だ……余計な体力は使いたくない」
おじさんはそれだけを言って、馬車を停めると家の中へと入っていった。
「……よかったぁ」
怒られなかったことに安堵の息を吐きながら、私は地面に転がった二つに割れた木人に駆け寄る。
「ごめんね……」
私は小さく謝りながら、真っ二つになった木人の上半身を持ち上げ、下半身の上にそっと乗せた。
パズルのように組み合わせて、遠目には壊れていないように誤魔化しておく。
うん、これなら完璧。
私は一応の証拠隠滅を済ませると、木剣を持って、おじさんに続くように家の中へと向かって駆け出した。




