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空白の少女と錆びた英雄 ――音を聴く大鎌の少女、帝国の闘技場で弾丸と舞う――  作者: R.D
第二部 前編

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第66話 - β 想いが繋げた縁

 鍋を三人でつつくという奇妙な展開。それでも私は特に気にするでもなく、なんとなしに器に盛られた具材を口へと運んでいた。


 味がどうとか、美味しいとか、そういう感情はやはり湧いてこない。


 ただ、胃袋に熱いものが落ちていく感覚だけがあった。


「どうだ魔女さん、うまいだろ?」


 ロミオが、なぜか自分が作ったかのように自慢げな顔で笑いかけてくる。


「なんでお前が自慢げなんだ。作ったのはワシだぞ」


 すかさず村長が呆れたようにツッコミを入れると、ロミオは「いいだろ、俺の親父なんだから」と悪びれずに笑った。


 遠慮のない、他愛もない親子のやり取り。


 その楽しそうで温かい光景をぼんやりと眺めているうち、私の死に絶えていたはずの胸の奥が、チクリと痛んだ。


 ……家族って、いいな。


 ふと、そんな思いが頭をよぎる。


 もう二度と手に入らない、絶対に叶わないその温もり。私は数年ぶりに『羨望』の眼差しを彼らに向けていた。


 温かいものを食べたからだろうか。それとも、見慣れない感情が少しだけ心を揺らしたからだろうか。


 急に身体が熱く感じて、私はずっと深く被っていたボロボロの外套のフードを、ゆっくりと後ろへ下ろした。


 手入れもされず伸び放題になった白い髪が、ハラリと肩にこぼれ落ちる。


 その瞬間だった。


「――あれ?」


 向かいの席で鍋をつついていたロミオがパチクリと目を丸くして、私の顔をまじまじと見つめてきた。


「……どうかしたか?」


「いや……。髪と目の色は全然違うんだけど……。なんだか、どこかで見覚えがある顔だなあって……」


 ロミオは首を傾げながら、記憶を探るように私の顔をじっと見つめ続ける。


「こら、ロミオ。人の顔をあまりジロジロと見るでない。失礼だろうが」


 村長が慌ててロミオを嗜める。


「い、いや! 悪い、そういうつもりじゃなくて! ただ、なんというか……」


 慌てて言い訳をする彼を他所に、私は再び静かに鍋へと視線を落とした。


 見覚えがあるはずがない。


 私はずっと、この冷たい雪原の境界で一人きりで生きてきたのだから。


「帝国に、私の血縁はいない」


 私が淡々とそう言い切ると、ロミオはまだ何か引っかかっているような顔をしながらも、「……そ、そうか。気のせいだったみたいだ。悪かったな」と引き下がった。


「魔女様。今日はうちに泊まっていくと良い」


 気まずくなった空気を変えるように、村長が声をかけてきた。


「外を見てみなされ」


 言われて窓の方へ視線を向けると、気づけば外は猛烈な吹雪になっており、風が窓ガラスをガタガタと激しく打ち付けていた。


「……そう……だな……」


 私ならこの吹雪の中を小屋へ帰ることも十分に可能だ、もし仮に不可能でも、この命には未練は何もないから――。


 だが、わざわざあの何もない冷え切った空間へ戻るのも、ただ面倒だった。


「それなら、一番風呂は魔女様が使ってくだされ」


 私が頷くのを見て、村長が気を利かせてそんな提案をしてくる。


「……いいの?」


「ジジイの残り湯など、魔女様も嫌でしょうて」

 村長はほっほっほと笑う。


 それが私を優先させるための、彼なりの気遣いともとれる理由なのは分かった。


「……そうか」


 私は一言だけ呟くと、村長の厚意に甘えさせてもらうことにした。


 案内された湯殿で、ボロボロの服を脱ぎ、湯船に浸かる。


 何も考えず、ただお湯に身を委ねた。


 チャプ……と、静かな水音が響く。


 確かに、凍えきった体の芯がじんわりと温まっていく感覚はあった。


 けれど、心臓にこびりついた分厚い氷が溶けることはなく。


 どれだけ熱を注がれても、私の心が安らぐことは全くなかった。


 風呂から上がり、あてがわれた客室へと案内される。


 ふかふかのベッドに腰掛けると、私はすぐに腰に下げていた長剣を抜き放った。


 冷たい鉄の刃に触れ、また妹の体温を――もう二度と触れられないあの温もりを感じようと、静かに手入れを始める。


 傷一つつけないよう、手入れ用の布で、優しく、慈しむように、なでるように刃を拭っていく。


 どれくらいの時間が経っただろうか。


 コンコン、と。


 控えめなノックの音が部屋に響いた。


「……入ってくれ」


 私は剣から視線を外すこともなく、誰が来たのか確かめる気すら起きない、興味ゼロの淡々とした声で答える。


 ギィ、と扉が開く音がして、部屋に入ってきたのは――先ほどの夕食で向かいに座っていた、ロミオと呼ばれた青年だった。


 彼は、さっきの食卓での「引っかかり」を確かめに来たのだろうか。 


 それとも、私に何か別の用事があったのだろうか。


 そんな私の無関心な思考を。


 彼が次に発した言葉は、文字通り、粉々に打ち砕いたのだった。


「なあ、魔女さん。……『リゼ』って女の子を、知っていないか?」


 ――ピタリ、と。


 剣を撫でていた私の手が、不自然に止まった。


「年は、10代の後半ぐらいだったと思うんだが」


 ドクン、と。


 永遠に死に絶えたと思っていた私の心臓が、痛いほどの音を立てて跳ね上がる。


 リゼ。


 今、彼はなんと言った?


 私の、最愛の妹の名前を。


 どうして、この遠く離れた雪原の村にいる、帝国の青年が口にしたのだ。


 それは、私の止まっていた時間を無理やりに動かすような、あまりにも衝撃的な問いかけだった。

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