第63話 - α 英雄と家族
おじさんと一緒に家の中へと入り、私は手にしていた大鎌を玄関の隅にそっと立てかけた。
……帰ってきてくれてありがとう、きっとあなたが、私の無くした記憶に導いてくれるんだよね。
そんな思いを、大鎌に託してから、おじさんに続いて廊下を歩く。
廊下を歩き、リビングへと向かいながら、私はふと気になっていたことを口にした。
「ねえ、おじさん。……本当に、旅に一緒に付いてきてくれるの?」
帝国軍の総帥というトップに立ったばかりだ。
いくら優秀なクレアさんがいるとはいえ、無理をして私に付き合ってくれているのではないかと心配だったから。
するとおじさんは、歩みを止めずに前を向いたまま答えた。
「ああ。元々、少し落ち着いたら各地を回って視察する予定だったんだ」
そして、ふぅ、と重たい息を吐き出す。
「あの皇女に、強引に総帥なんて立場に据えられたんだ。……貸しが何個分溜まっていると思う?」
おじさんの苦労が滲み出る言葉に、私は思わず苦笑してしまう。
「この程度の案件を通してもらわないと、ストライキを起こしてやる」
おじさんの口から飛び出した、普段なら絶対に言わないようななれない冗談に、私はたまらず小さく吹き出した。
おじさんも、初めて会った時よりも、憑き物が少しだけ落ちてる気がして、私がそれに少しでも影響していたら、……嬉しいな。
そんな他愛のない会話を交わしながら、リビングの扉を開ける。
「ギリアム様、リゼお嬢様。間食の準備ができています」
部屋に入った途端、決裁待ちの書類を増やしていくクレアさんが、涼やかな声で出迎えてくれた。
テーブルの上には、上品なティーセットと美味しそうなお茶菓子が綺麗に並べられている。
――リゼお嬢様。
そう呼ばれる度に、背中がむず痒くなる。
……私、お嬢様って言われるような柄じゃないのになぁ……。
少しは過去を思い出してきているけど、私はまだ何者かもわからない、ただの元騎士の剣士。
そんな風に丁寧に扱われると、どうにも落ち着かない。
隣を見ると、おじさんも私と同じように顔をしかめて、居心地が悪そうにムズムズしていた。
「……クラークス嬢。ギリアムでいいと、何回も言っているが……」
おじさんが渋い顔で訂正しようとすると、私もそれに便乗して声を上げた。
「あたしも!様付けなんていらないよ。ただの『リゼ』がいい!」
私たちの必死の訴えを聞いたクレアさんは、表情一つ変えずに、パチリと瞬きを一つした。
「そうですか」
一言、淡々と相槌を打つ。
分かってくれたのかな、と少しだけ期待した次の瞬間。
「――けれど、仕事なので。手を抜くことは私の流儀に反します。ギリアム様、リゼお嬢様」
有無を言わさぬ、鉄壁の返答だった。
「クラークスの馬鹿とお互い家族をつれて、一緒にピクニックに行ったときは、もっと素直で明るいお嬢さんだったのに、……どうしてこうなった」
おじさんは、仕事と割り切るクレアさんには、言っても無駄なのだと、肩をすくめるしかなかった。
けれど、その言葉の端に引っかかったものに、私は強い違和感を覚えた。
……お互いに、家族を連れて?
おじさんは、この帝都の立派な家にいる今も、ずっと一人暮らし、家は確かに広いけど、家族がいた痕跡もないと思う。
だから私は、おじさんは昔からずっと一人で戦ってきたのだと、勝手にそう思い込んでいた。
「おじさん。……家族って?」
私が思わず尋ねると、ティーカップにお茶を注ごうとしていたクレアさんの手が、ほんの一瞬だけピクリと止まった。
おじさんは少しの間、ただ静かに私を見つめ返し……やがて、小さく息を吐いた。
「……なんてことのない話だ」
ぽつりとこぼれ落ちたその声は、ひどく乾いていて、どこかひび割れているように聞こえた。
「昔、聖国との戦争が激化していた頃の話だ。当時、俺は将軍として軍を率いていたが、帝国はかなり押されていてた。首都近郊まで敵に攻め込まれる、結構ピンチな事態になっていた」
おじさんは、ソファーに深く腰を下ろし、誰もいない虚空を見つめながら淡々と語り始めた。
「危険を感じて、俺は自分の家族を安全な場所へ疎開させた。……だが、内部に間者がいたのだろうな。移動中を襲われ、家族が人質に取られてしまった」
私は息を呑んだ。
おじさんのような帝国の要人の家族が人質に取られる。
それが戦争においてどれほど絶望的な状況か、想像するだけで背筋が凍る。
「敵からの要求は単純だった。俺が不利になるような作戦の指示を出し、わざと負けて前線を崩壊させるか。それとも、家族を見殺しにして侵攻を押し返すか。その二択だ」
そんなの、選べるはずがない。
国を守る将軍としての責任と、愛する家族の命。
そのどちらかを天秤にかけろと突きつけられた、当時の彼がどれほどの地獄を味わったのか。
「……それで、おじさんは……?」
私の震える問いに、おじさんは自嘲するように薄く笑った。
「俺は、敵の要求に従うふりをして、全軍に『間抜けな作戦』を指示した。――前線を放棄し、全員首都まで引き上げろ、とな」
おじさんの瞳の奥に、暗く冷たい炎が揺れる。
「こちらの陣形が崩れたと見た聖国の兵士どもは、勢いづいて首都近くまで一気に前線を上げてきた。
俺はそこまで敵を十分に引き寄せてから、あらかじめ伏せておいた兵士たちに一斉に指示を出し、完璧な挟撃を仕掛けた」
それは将軍として、策略家としては完璧な采配だったのだろう。
冷徹なまでに計算され尽くした、軍人としての最適解。
「聖国の奴らは俺が屈したのだと思ったのか、全軍で突っ込んでくる馬鹿な事をしてくれた。
……結果として、首都近郊まで攻め込んできていた聖国の兵士は、その作戦で一掃された。……見事な勝利だ」
勝利。その響きとは裏腹に、おじさんの声には何の感情もこもっていなかった。
そして、彼は最後に、重い鉄の扉を閉めるような声で言った。
「――それからしばらくして。俺の元に、妻と、幼い娘の首が届けられた」
……それが、勝利の代償。
「……っ」
私は、自分の心臓を鷲掴みにされたように息が詰まり、言葉を失った。
「国のために、家族を切り捨てたクズの……それだけの、つまらない話だ」
おじさんは、テーブルの上に置かれた冷めたお茶を見つめながら、ただそれだけを語って口を閉ざした。
沈黙が降りたリビングには、時計の針の音だけが、やけに大きく響いていた。




