第62話 - α 盟剣と大鎌
おじさんとクレアさんが、山積みになった「一年分の書類」という名の強敵と死闘を繰り広げている間。
私は邪魔にならないよう、こっそりと家を抜け出して庭へと足を踏み入れた。
「あれ?」
荒れ放題だったはずの庭では、いつの間にか見知らぬ作業着姿の人が数人、懸命に芝刈りや植木の剪定を始めていた。
手回しの良すぎるクレアさんが、さっそく業者を手配したのだろうか。
総帥の家にふさわしい庭にするために、彼らはテキパキと動いている。
私は彼らの作業の邪魔にならないよう、まだ手が入っていない奥の一角を借りることにした。
おじさんの家の庭は、一人暮らしには無駄に広くて、こういう時本当に助かる。
周囲に人がいないことを確認し、ゆっくりと息を吐く。
そして、腰に提げた真新しい鞘に手をかけ、静かに盟剣『アリィス』を引き抜いた。
――チャキ、と。
滑らかな金属音が鳴り、夜空の星を集めたような白銀の刀身が、陽の光を弾いて美しく輝く。
「……うん」
私は刀身を眺めながら、ゆっくりと構えをとった。
そして、基本的な素振りから始まり、実践で使っていたような変則的な型や、目にも止まらぬ速さでの抜刀術を次々と試していく。
空気を鋭く切り裂く心地よい音が、庭に響き渡る。
「すごい……!」
私は思わず感嘆の声を漏らした。
ただ美しいだけじゃない。刃の絶妙な軽さと、手に吸い付くようなグリップ力が尋常ではないのだ。
私が思い描いた軌道を、一寸の狂いもなく剣がなぞってくれる。
国宝である皇剣『プロウド』を振るった時とは、一振りごとの信頼度が全く違った。
あれは確かに凄まじい威力を秘めていたけれど、どこか重心が扱いにくく、こちらが剣に振り回されているような感覚があった。
きっと皇剣は、実戦を想定していない、あくまで権威を示すための『儀礼用の剣』だったのだろう。
それでも、あの何でも斬り裂くような恐ろしい斬れ味は、私の手に深く刻み込まれて忘れられない。
けれど、この盟剣『アリィス』は違う。
皇剣のあの恐ろしいまでの斬れ味をそのまま受け継ぎながら、持ち主の意思のままに、自由自在に振るえる究極のポテンシャルを持っている。
「これなら……」
私は白銀の刃をピタリと止め、その輝きを見つめた。
これなら、どんな戦場でも、どんな困難な旅路でも、私の命を預ける最高の相棒になってくれる。
私が確かな手応えを感じながら、カチャリと心地よい音を立てて盟剣を鞘へと納めると。
「――どうだ、剣は?」
背後から、不意に声がした。
振り返ると、そこには腕を組んでこちらを見つめているおじさんの姿があった。
「おじさん。……うん、すごくいい。こんな名剣、初めて持ったと思う」
「そうか」
私の素直な感想に、おじさんは満足そうに頷いた。
ふと気になって、私は首を傾げる。
「おじさんはいいの? 書類仕事の進捗は?」
物凄い紙束だったけど。
「ああ。クラークス嬢にすべて任せてきた」
おじさんは、どこか遠い目をしてポツリと呟いた。
「……俺が出来ることは、ほとんどない。彼女が完璧に処理した書類に、最後の決裁印を押すくらいだ」
「そ、そっか……」
クレアさんの有能さが、すでに総帥の仕事すらも助けているらしい。
頼もしいけれど、おじさんの居場所が少し心配になる早業だ。
私が苦笑していると、おじさんは立て掛けていた棒のようなものを持ち、スッと私に歩み寄ってきて手に持っていたものを差し出してきた。
「リゼ。お前に『差し入れ』だ」
それは、私の背丈ほどもある長い棒状のもので、全体が分厚い布でぐるぐると巻かれていた。
……まさか。
私は、恐る恐るその布巻きの棒を両手で受け取った。
ズシリとした重み。そして、布越しからでもハッキリと伝わってくる、私の魂の奥底に訴えかけてくるような『落ち着く気配』。
「これ……。おじさん、振るってみてもいい?」
「好きにしろ」
おじさんは短く答えると、少しだけ後ろに下がり、庭の隅にあった倒木にどっかりと腰を掛けた。
私は大きく深呼吸をして、布に巻かれたままのそれを両手でしっかりと握り直す。
この手に馴染むグリップ。この絶妙な重心。間違いない。
――ふっ!
私は鋭い呼吸とともに、その棒を力任せに、思い切り空へ向かって振り抜いた。
その遠心力と風圧で、ぐるぐると巻かれていた布が一気にほどけ、空を舞う。
バサァッ! と布が弾け飛んだ中から現れたのは。
帝剣の一撃を受け止めひび割れて使い物にならなくなり、最後には公爵の家に置いてきたはずの、私の愛用の『大鎌』だった。
刃は鋭く研ぎ直され、傷ついていた柄は丁寧に補強されている。
私が最も信頼する、半身とも言える相棒が、再び私の手の中へと戻ってきたのだ。
久しぶりに手にする長物の感触。
私はまず、棒術のように柄を回して風を切り、続けて獲物を刈り取るように思い切り横へと振り抜いた。
ブォンッ! と重く、けれど鋭い風切り音が鳴る。
……すごい。
手に馴染む落ち着く気配はそのままに、以前よりも格段に強度が増しているのが、振った感覚だけでハッキリとわかる。
「おじさん、この金属……なんか違う?」
私が刃と柄を見つめながら尋ねると、おじさんは少し自慢げに口角を上げた。
「気づくか。それは『マグナカット』。帝国が独自に改良を重ねた合金だ。魔力伝導はゼロだが、強度と軽さ、そして錆びにくさを兼ね備えた、最強の合金と言っていい」
「へぇー……」
魔力が通らない代わりに、純粋な物理的破壊力と耐久性に特化した金属。
いかにも、実戦と生存を最優先にしてきた帝国らしい素材だ。
私は、生まれ変わった相棒の感触にニヤリと笑うと、倒木に座っているおじさんに向かって言った。
「おじさん、そこどいて!」
「ん?」
おじさんは怪訝そうな顔をしながらも立ち上がり、家の壁の方へと移動して寄りかかった。
私は彼が安全な場所へ退避したのを確認してから、大鎌を頭上に高く掲げるように構え、さっきまでおじさんが座っていた太い倒木に向かって一直線に突進した。
「――しっ!」
まずは脳天をかち割るように、上から下へと大鎌を力任せに振り下ろす。
ズバァッ!という重い音と共に刃が深く食い込んだ瞬間、手首を返し、今度は左下から右上へと一気に斬り上げる。
そのままの勢いを利用して空中にフワリと飛び上がり、身を捻って回転しながら、最後は左上から右下へ向けて鋭く斬り下げ――着地と同時に、鎌をスッと手元へと引き戻す。
ザンッ……!
ワンテンポ遅れて、分厚い倒木がズレるようにして4つに分かれ、ゴトッと音を立てて地面にバラバラに崩れ落ちた。
「どう? お庭の掃除の手伝い、できたよ!」
私がクルリと振り返って見せびらかすように言うと、おじさんは綺麗に四等分された倒木を見て、呆れたように苦笑いした。
「……気に入ったようで何よりだ」
「うん……!」
私は大満足で頷くと、腰の新しい相棒『盟剣アリィス』と、手に持った古くからの相棒『大鎌』を携えて、おじさんと一緒に家の中へと戻っていった。




