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空白の少女と錆びた英雄 ――音を聴く大鎌の少女、帝国の闘技場で弾丸と舞う――  作者: R.D
第一部

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第7話 - α 偽のクローン、鮮血の死神

「……」


 おじさんは何も言わず、ただ静かに砥石を滑らせる音だけを石壁に響かせていた。


 ――キィ、キィ。


 その規則正しい音が、私が落ち着くのを待ってくれているようで、少しだけ温かい。


 ――なんだろう、今の。


 何か、私から零れ落ちた……でも、絶対にすくい上げちゃちゃいけない過去の破片に触れたような気がする。


 頭は真っ白なのに、胸の奥で失われた記憶の残響が、不協和音のようにざわざわと響いていた。


 しばらくして、私が完全に泣き止んだのを見計らったように、シャコッ、と最後の一鳴らしを終え、おじさんが立ち上がった。


「……あのクローン、帝国製だったな」


 おじさんは低くしゃがれた声でそう零すと、丁寧に研ぎ上げられた漆黒の大鎌を私に差し出した。


「あ……うん。ありがと、おじさん」


 私は大鎌の柄を受け取った。


 綺麗に手入れされた刃の冷たい色彩に、不思議と心がスッと落ち着いていく。


 私は大鎌を抱えながら、ずっと気になっていた疑問を口にした。


「ねえ、おじさん。……そもそも、『クローン』ってなんなの?」


 私が首を傾げて尋ねると、おじさんは深く、重い一呼吸を置いた。


 そして、ひどく険しい顔で静かに語り始める。


「……クローンとは、簡単に言うと『人体錬成』だ」


「人体、錬成……?」


「ああ。全く同じ人間を作り出す、生命の理から外れた禁忌の技術だ。……今じゃ全世界で製造を禁じられた代物だがな」


 クローン、そんな技術が存在するなんて……。


「じゃあ……あたしは、あのクローンの人を殺しちゃったの?」


 私が恐る恐る尋ねると、おじさんは吐き捨てるように言った。


「……あれはクローンじゃない。鮮血の死神を模倣しようとした、ただの機械だ」


 おじさんの心臓から、不穏で、ひどく重たい動揺のリズムが聴こえた。


 彼の中に焼き付いている「過去の恐怖」が、生々しく波打っている音。


「あれが本物なら、俺たちは今頃生きてないだろうさ」


 おじさんは自嘲するように鼻を鳴らすと、右足の関節をゆっくりとさすった。


「……たった一人だった。たった一人を相手に、俺の部隊は俺以外全員死に、俺自身もこの足をやられた」


 その声には、深い悔恨と、消えることのない硝煙の匂いが滲んでいた。


「……絶望的な戦いだった。一人を相手に仲間が次々とただの肉の塊に変えられる、……弾丸は斬るし、何より恐ろしかったのは、死ぬのを恐れない死兵の様な戦い方だった。


 俺はどうにか接近して奴の懐に入り込み、不可避の距離で渾身の一撃で銃弾を奴の『右目』に叩き込んだ。

 

 ……だが、奴は止まらなかった。右目を失い、激しく出血しながらも俺の足を砕いた、あの一騎討ちは一生忘れられない。


 最後は援軍が間に合って奴は引いていった。痛み分けという形にはなっていたが……実質的には、俺が負けたようなもんだった」


 暗い石牢の中で、おじさんの語る戦場の残響が、冷たい風のように私の肌を撫でる。


 おじさんは、単発銃の冷たい銃身を強く握り締めながら、絞り出すように言った。


「……奴は、人間の皮を被った化け物だ」


 私は呟くように返すのが精一杯で、それ以上は何も言葉が出てこない。


「……そうだったんだ」


  暗い石牢の中に、重く、気まずい沈黙が落ちる。


 しばらくの間、ただ松明の火がパチパチと爆ぜる音だけが響いていたが、やがておじさんが静かに沈黙を破った。


「……傷の具合はどうだ?」


「えっ?」


 言われて、私は自分の身体を見下ろした。


 クローンに蹴り上げられたお腹は、まだズキズキと鈍く痛む。


 けれど、服をめくって確認した右腕――氷河ウルフに噛まれ、酷い凍傷になっていたはずの場所は、おかしいほどにすっかり完治していた。


 傷跡一つ残っていない。


 異常すぎる回復力。さっき見た不気味な悪夢の記憶も相まって、背筋に冷たいものが走ったけれど……私はそれを誤魔化すように、わざとらしいほど明るい声を張り上げた。


「へへっ! お腹はちょっと痛いけど、ウルフにやられたところは完璧に治っちゃった! やっぱ、あたしには癒やしの魔法の才能があるのかもよ!」


「……馬鹿言え。お前が魔法なんて使えるわけないだろう」


 おじさんは深くため息をついて、心底呆れたように首を振った。


 その時だった。


 ――カツ、カツ、カツ。


 鉄格子の外から、控えめな足音が近づいてきた。


そこに立っていたのは、あの優しい看守さんだった。


「……本当に、生き残ったんだな」


 看守さんが鉄格子の隙間からこっそりと差し入れてくれたのは、木のお盆に乗った食事だった。


 粗悪なクリームが少しだけ塗られた固い黒パン。


そして、木のコップに注がれた、濁りのない透き通った綺麗な水。


 この絶望的な闘技場の地下にあっては、あり得ないほどの贅沢な一品だった。


 それを見た瞬間私のお腹が、きゅるるぅと情けない音を立てる。


 同時に、自分が本当に生き残ったという確かな実感が、ブワッと胸の奥から湧き上がってきた。


「おじさん……っ! あたしたち、生きてるよ!」


 私は透き通った水の入ったコップを両手で持ち上げ、満面の笑みでおじさんに向き直った。


「ねえ、乾杯しよ! 生き残ったお祝いに、乾杯っ!」

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。


 もし少しでも「面白い」「続きが気になる」「この先の展開に期待したい!」と思っていただけましたら、


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 これからもよろしくお願いいたします!



                    R・D

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