第6話 - α 途切れる意識――記憶の残滓
闘技場に広がる静寂は、すぐに割れんばかりの歓声に塗り替えられた。
観客たちは総立ちになり、地鳴りのような熱狂が厚い石の壁をビリビリと震わせている。
……勝った、勝ったんだ。
その事実を認識した途端、力が抜けて倒れそうになった。
「うわっと……!」
私は、砂の上に倒れ伏すクローン……、今は残骸となった『物』をまじまじと見た。
その『物』からはもう何の音もしない、金属片となっていた。
これが禁忌……、クローンというものは機械で死者を再現するもの?
ここで考えてても仕方がないかな、……戻ろう。
私は、フラフラと覚束ない足取りで、おじさんの方へと歩き出した。
「はぁっ……、はぁっ……」
全身の筋肉が悲鳴を上げている。
蹴られたお腹も右腕も、限界を超えて酷使した左腕も、全部が鉛のように重かった。
私は漆黒の大鎌を杖代わりにして砂に突き立て、それにすがるようにして、なんとか一歩、また一歩と足を進める。
「……満身創痍だな、小娘」
伏せ撃ちの姿勢からゆっくりと立ち上がったおじさんが、私の元へと歩み寄り、崩れ落ちそうになった私の身体をその無骨な腕でガシリと支えてくれた。
「へへ……。おじさんの狙撃、すっごく……かっこよかった、よ」
「……俺はお前の後ろに居たんだ、分かるわけないだろう、馬鹿言ってないでさっさと引き上げるぞ」
おじさんは私の体重を半分背負うようにして、開いたままの重い鉄門――薄暗い地下通路のゲートへと向かって歩き出す。
その時だった。
『――見よ! この奇跡を! 帝国の英雄リード・ギリアムと、聖国からの刺客リゼ・イレイナ! 敵対するはずの二人が手を取り合い、見事、おぞましき禁忌を打ち破った!』
闘技場に響き渡る、実況の熱を帯びた声。
その声に煽られ、観客席からは狂ったような拍手と「英雄!」を讃えるコールが巻き起こる。
『さあ、同胞諸君! 帝国の誇りと、聖国からの勇敢なる少女に、惜しみない万雷の拍手を!!』
……あれ?
霞む意識の中で、私はふと違和感を覚えた。
あの実況の声。最初はもっと、あたしを嘲笑うような、悪意と嗜虐心に満ちた「音」だったはず。
でも今の声は、なんだか……最初と微妙に違う?
声の主は同じはずなのに、言葉の裏にある「音のリズム」が全く違う気が……、する?
歪で焦った『響き』が混じってる?
……駄目だ、痛みと疲れで思考が纏まらないや。
私はただ前だけを見て、ゆっくりと歩く。
そして、ようやく観客席からの熱い視線が届かない、ゲートの奥の薄暗い通路の影へと足を踏み入れた瞬間。
プツリ、と。
私の中で張り詰めていた、気力という名の最後の糸が切れた。
「……」
死線から逃れ、視線から隠れ、完全に安心した途端。
押し殺していた激痛と疲労が一気に脳を殴りつける。
大鎌の柄から左手が力なく滑り落ち、硬い石畳にガランと重い音を立てた。
「おい、小娘……!」
世界が急速に暗転していく。
私は、私を抱え直してくれたおじさんの温かい体温と、安心する硝煙の匂いを感じながら、深い、深い意識の底へと沈んでいった。
――――視界が、酷くどろくさい。
鉄の匂い。焦げた肉の異臭。
鼓膜を破るような、絶え間ない銃声の嵐。
ズガンッ、という耳障りな破裂音と共に、隣を走っていた『誰か』の頭が弾け飛んだ。
生温かい赤い液体が、私の頬にべっとりと張り付く。
悲しむ時間は、ない。
「……くっ!」
倒れゆくその『誰か』の襟首を無造作に掴み、自分の身体を隠す盾として強引に引き寄せた。
――ズガガガガッ!!
帝国兵の放つ弾丸が、かつて味方だった『肉の盾』に次々とめり込んでいく。
そのひどく嫌な振動が、私の腕を通して骨まで伝わってくる。
重い。血の滑りで手が外れそうになる。
けれど、ここで止まれば私もただの肉塊になる。
動かなくなった死体を盾に、押し出すようにして銃弾の雨を潜り抜け、敵の懐へと一気に飛び込む。
「……せあぁ!」
肉の盾を放り捨てると同時に、両手で握りしめた漆黒の大鎌を水平に薙ぎ払う。
敵討ちなど考えない、敵をひたすらに切り裂く。
肉を断ち、骨を砕く、醜悪で重たい音。
血飛沫。悲鳴。
心の中では「嫌だ、もうやめて」と泣き叫んでいるのに。
私の両手は、呼吸をするのと同じくらい自然に、そして機械のように正確に、次の命を刈り取っていく。
――私が敵を倒せば倒すほど、後ろの味方が安全になる!
――その為なら、私は泣かない、やめない、戦争が終わるまで刈り取り続ける!
ひたすらに敵を刈り取り、誰の血かもわからない赤に全身を染めながら、私は――――。
「……ッ!!」
肺の底から空気を絞り出すようにして、私は大きく目を見開いた。
ガバッと上体を起こすと、そこは冷ややかな石造りの、牢の中だった。
――キィ、キィ。
刃を研ぐ音が規則よく聞こえる。
「……おい。小娘……、大丈夫か?」
頭上から降ってきたのは、ぶっきらぼうだけど、どこか安心する低音。
見上げると、壁に背を預け座ったおじさんが、私の大鎌を研ぎながら見下ろしていた。
「あれ……?あたし……」
心臓が、痛いほどバクバクと狂ったように鳴っている。
全身は嫌な汗でぐっしょりと濡れていて、頬にはポロポロと冷たい涙が伝い落ちていた。
……あたし、今、どんな夢を見てたんだっけ?
思い出そうと記憶の糸を手繰り寄せるけれど、頭の中は分厚い氷の壁に阻まれたように、真っ白なまま。
ただ、手のひらに残る『重くて冷たい肉の感触』と、鼻の奥にこびりついた鉄の匂いだけが、幻肢痛のようにひどくリアルに脈打っている。
「……何でもない。ただの、嫌な夢みたい。……あはは、あたし、泣いちゃってるや」
私は誤魔化すように、震える手で乱暴に涙を拭った。
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R・D




