第5話 - α 反抗――時間稼ぎの鍔迫り合い
腹部を蹴り飛ばされた鈍い痛みが、内臓を掻き回すようにズキズキと響いている。
口の中に広がった鉄の味を飲み込みながら、私は必死に笑顔を作った。
……痛い。怖い。あのクローン、強すぎる……。
心臓が早鐘を打つ。手足が震えそうになるのを、私は気力だけで押さえつける。
私には大鎌の使い方がわからない。片手も使えない、切り裂けない不完全な前衛。
対してあのクローンは、隙のない完璧な殺戮マシーンだ。
おじさんの銃の威力は凄いけれど、一発撃つごとに無防備な時間ができてしまう。
しかもあのクローンは信じられない事に銃弾を切ってる……!
このままじゃ、絶対に勝てない。
体力無限のクローンに、ジワジワと追い詰められて最後は二人仲良く首を刈り取られるだけだ。
なら、どうする?
私が持っているカードは『大鎌』と『勢い』そして……、目の前の偏屈なおじさんだけ。
カードはせいぜい10のハイカードぐらいかな?そんな事を現実逃避気味に考える。
こんな手札にオールインなんて正気の沙汰じゃないよね。……あははは。
「ねえ、おじさん」
ふざけてないで現実を見ないと……。死にたくない、このカードで勝つしかないんだ……!
私は荒い息を整えながら、すがるような、でも絶対に弱気を見せないように、まっすぐおじさんを見上げた。
「逃げるのやめて、守りを全部あたしに任せたら……そのすごい銃、もっと速く、いっぱい撃てる?」
おじさんは一瞬、目を丸くして驚いた顔を見せた。
彼の心臓から、一拍だけ『信じられない』という動揺の音が響く。
だがすぐに、ひどく険しい顔をして、フンと鼻を鳴らした。
「……狂ってるな、小娘。しくじれば、二人とも肉塊だぞ」
そんなの、分かってるよ……!
本当は今すぐ逃げ出したい、怖いし痛いし、でも、逃げ場なんて私には、この闘技場にはないんだ。
私は震える左手で大鎌の柄を強く握り直し、強がって声を張り上げた。
「でも、このままじゃどの道ジリ貧だよ?おじさん。……あたしたちの体力があって動けるうちに、勝負に出よう!」
おじさんは私を鋭く睨みつけた後、小さく舌打ちをした。
次の瞬間。
おじさんは、強装弾がずらりと刺さった重いベルトを外し、砂の上に乱暴に放り投げる。
さらに、唯一の支えだった杖を手放し、闘技場の砂に直接這いつくばるようにして伏せる。
「……!」
砂の上に予備の弾丸を並べ、両手で単発銃を構えるその姿は、まるで息を潜める『狙撃手』のようだった。
伏せ撃ちの姿勢。
これなら杖で身体を支える必要がないから、両手が完全に自由になる!
「……いくぞ小娘、とにかく食い下がれ、あとは俺が仕留めてやる」
「……! うん、上等だよ!」
私は弾かれたように立ち上がった。
おじさんは完全に回避を捨てた。
私が少しでも気を抜けば、おじさんの首が飛ぶ。
背中に重いプレッシャーを感じながら、私は大鎌の石突を砂に深く突き立てた。
……はあぁ……。
大きく息を吐いて自分に勢いを!大丈夫っ!きっとできる!
「……いくよっ!」
私は石突で闘技場の砂を豪快に叩き跳ね上げてから、クローンに向かって一直線に突っ込んだ。
猛烈な砂塵が舞い上がり、目くらましになってクローンの視界を物理的に塞ぐ。
クローンがダガーを構え、砂煙を切り裂こうと踏み込んできたその瞬間――。
――――ズドンッ!!
私のすぐ背後から、空気を震わせる轟音が響いた。
弾道は私の横をすり抜け、砂煙の中のクローンの「足元」を正確に狙い撃つ!
「ギッ……!」
クローンが異常な反応速度でショートサイスを盾にし、弾丸を逸らす。
だが、回避に意識を割いたことで、その完璧な体勢は確実に崩れた。
「もっらいッ!」
私は砂煙を突き破り、クローンの懐へと飛び込み、石突を顔に叩き込む。
―――――ガギィィッ!
大鎌の石突とダガーが激突し、火花と共に耳障りな不協和音が弾ける。
「ぐぅ……ッ!」
片腕しか使えない私では、力負けするのは明らかだった。
刃を通じて伝わってくる圧倒的な『死の圧力』が、私の左腕の骨をミシミシと軋ませる。
至近距離。クローンの無機質な瞳が、私の目を真っ直ぐに捉えた。
そこには怒りも焦りもない。ただ事務的に命を刈り取るためだけの、冷たい硝子玉のような瞳。
もう片方の手にあるショートサイスが、私の首を刎ね飛ばそうと振り上げられる。
……怖い。
死の冷気が、直接肌を撫でる感覚。
極限の恐怖で、時間がひどくゆっくりと引き伸ばされたように感じた。
刃が迫る。首筋の産毛が総毛立つ。
首の皮一枚のところで本物の死神と睨み合う、命を懸けた我慢比べ。
私の首が飛ぶのが先か。
それとも――。
……耐えろ。目を逸らすな。
たったの、一瞬だけ!
私は迫りくる死の刃から絶対に目を逸らさず、背後から必ず響くはずの『あの音』だけを信じて、ギリッと奥歯を噛み締めた。
――――ズドンッ!!
背後から放たれた轟音。
私の耳元を掠めたその弾丸は、クローンの頭でも胴体でもない――その「右膝」の関節部分を正確に撃ち抜いた!
「ギ……ッ!?」
機械的な硬い音を立てて、クローンの片膝がガクンと折れる。
弾丸を斬るほどの完璧なバランスが、ついに崩れた。
「いまッ!!」
――前へッ!
交差していた大鎌の反発を利用し、私は砂を蹴って前へと跳躍した。
頭で考えるより先に、身体が勝手に『正解』へと動いていた。
空中で身を捻り、死角から大鎌の『刃』をクローンの首筋へと深く引っ掛ける。
そのまま遠心力と体重の全てを乗せて、一気に首を刈り取ろうと刃を引いた。
――ガギィィィッ!!
……っ! 斬れない!?
腕に返ってきたのは、人間の肉を断つ感触じゃない。
クローンの首はまるで鋼鉄の塊のように硬く、渾身の力で引いたはずの漆黒の刃を完全に阻んだのだ。
けれど、私が飛び込んだ勢いと全体重は、バランスを崩したクローンの身体へと確実に伝わった。
――だったら、このままッ!
「……このっ!」
私は刃を首に引っ掛けたまま、強引にクローンの身体を砂の上へと押し倒し、馬乗りになって縫い留める。
だが、倒れ込みながらもクローンは無機質な瞳を光らせ、左手のショートサイスを私の背中へと振り下ろそうとした。
恐怖を押し込めてっ!ここで離したら全てが瓦解するっ!
大丈夫!もうすぐあの『音』がなるっ!
――――ズドンッ!!
三発目。
私の頬を掠めた熱風が、ショートサイスを握るクローンの「左手首」を粉砕する。
凶刃が、力なく砂の上に転がり落ちた。
それでも、死神は止まらない。
今度は右手のダガーを、私の脇腹へと突き立てようと腕を伸ばす。
「……まずっ!?」
片手で半ば強引に縫い留めているような今の体勢では、回避も対応も無理だっ!
終わった……、何も分からないまま。
私が死を確信したその瞬間。その『音』が響いた。
――――ズドンッ!!
「えっ!?」
四発目。ピッタリ1秒後。
放たれた鉛玉が、今度はクローンの「右手首」を容赦なく弾き飛ばした。
ダガーが虚しく宙を舞う。
武器を失ってもなお、クローンは残った左足で私を蹴り飛ばそうと筋肉を軋ませる。
――――ズドンッ!!
五発目。
跳ね上がろうとした「左膝」が、残酷な轟音と共に砕け散った。
「……すごい」
右膝。左手。右手。左足。
背後から放たれる、寸分の狂いもない1秒間隔のメトロノーム。
その正確無比な狙撃は、私ごとクローンを撃ち抜くようなギリギリの射線を縫って、死神の四肢を完全に破壊し尽くした。
両手両足を砕かれ、それでも、私の首を食い千切ろうともがくクローン。
私はその胸元を大鎌の柄で強く押さえつけながら、叫んだ。
「おじさん、今っ!!」
「……これで終わりだ、出来損ない」
おじさんの低く、確信に満ちた声。
――――ズロォォォォォンッ!!
今までとは全く違う、闘技場の空気をへし折るような凄まじい轟音。
おじさんが最後に撃ち出したのは、いつもの強装弾じゃない。
絶対に外さないという強烈な『殺意の音』を纏った、特別な一発。
特殊な弾丸は私の頬のすぐ横を熱風と共に掠め――四肢を奪われたクローンの眉間へと、深々と突き刺さった。
ガキンッ! という硬い装甲をぶち抜く音。
直後、もがいていたクローンの赤い瞳から、スッと光が消え失せた。
糸の切れた操り人形のように、砂の上へと完全に沈み込む。
……勝った。
静寂が闘技場を包み込む。
観客たちも、あまりの展開の速さと凄惨さに、声すら出せないでいるらしかった。
「はぁっ、はぁっ……」
私は大鎌を支えにして、荒い息を吐きながら立ち上がる。
振り返ると、砂まみれになったおじさんが、伏せ撃ちの姿勢のまま、銃口から上るひとすじの煙を見つめていた。
「……やったね、おじさん」
私が痛むお腹を押さえながら、ふにゃりと笑いかけると。
「……フン。言っただろう、しくじれば肉塊だと」
おじさんは相変わらずの険しい顔で鼻を鳴らした。
だけど、私にはちゃんと聴こえていたよ。
おじさんの心臓から、安堵と……ほんの少しだけ、私への『呆れたような感心』の音が、温かく響いているのが。
嘘まみれの帝国で、でっち上げの刺客と、使い捨ての英雄。
あたしたちの不格好な不協和音は、完璧な死神の旋律に、確かに打ち勝ったんだ。
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R・D




