EX - 6話 魔力を喰らうもの
「マナ……イーター!?」
私はその醜悪な姿を見て、戦慄と共に息を呑んだ。
聖国にこんな魔物がいるはずがない。
魔力を喰らい、糧とする存在。
かつてこの聖国において『天敵』とまで呼ばれ、騎士団の掃討作戦によって徹底的に排除されたはずの魔物。
それが今、どういうわけか私達の目の前に立っている。
「お姉ちゃん!」
私は鋭く叫んだ。
コイツを、絶対にここで逃がすわけにはいかない。
間もなく夜になれば、星降り祭のメインイベントが始まる。
人々の願いと、無数の魔力が込められた木船が、上流の湖からこの川へ大量になだれ込んでくるのだ。
そんな状況でこの魔物を野放しにすれば、あの光り輝く木船たちは、マナイーターにとって最高の『ご馳走』になってしまう。
人々の切なる願いが、ただの魔物の餌として貪り喰われるなんて、絶対に許せない。
「――ッ!」
私の言葉にならない焦りと決意を、短い叫びだけで察したのだろう。
お姉ちゃんは無言のまま片手を前に突き出し、空中に無数の鋭い氷の刃を顕現させると、マナイーターへ向けて一斉に射出した。
風を裂いて飛ぶ氷刃が、魔物の頭部や胴体に激突し、その注意を強烈に惹きつける。
お姉ちゃんの魔法による完璧な牽制。その隙を縫うように――
「ふぅ……ッ!」
お姉ちゃんの魔法によって極寒の冷気を放つ『氷の魔剣』と化した剣を、グッと下段に構え直し、大地を蹴り――
私は姿勢を低く保ったまま、咆哮を上げる醜い魔物の懐へ潜り込むべく、猛然と突進する。
お姉ちゃんの魔法に夢中になっているおかげで完全に不意を突ける……!
……この状態なら!
私は渾身の踏み込みと共に剣を横薙ぎに一閃する。
――『薄氷』!
だが、私のリズムが悪かったのか、それとも魔獣の生存本能か。
刃が届く直前、マナイーターは奇妙な挙動で真横へと跳躍し、私の刃はその分厚い外皮を浅く切り裂くにとどまった。
切った感触はある、いつもの倍以上に。恐ろしいと感じるほどの斬れ味。だが薄く斬っても意味がない。
……タイミングが悪い。
私は内心で悪態をつきながらも、すぐさま体勢を立て直す。
ここで逃がす訳には行かない……!必ず仕留める!
次の攻撃へ繋げるべく、左右に鋭くステップを踏みながら再び魔獣への接近を試みた。
その時だった。
「リゼッ!」
お姉ちゃんの切羽詰まった、けれど絶対の信頼を込められている叫び声が響いた。
その声を聞いた瞬間、私の身体は考えるよりも先に動いていた。
その声に導かれるように、ステップによる回避行動を一切やめ、マナイーターの正面へ向かって一直線に突っ込む。
私を仕留めようと、マナイーターがその異形の腕に禍々しい魔力を纏わせ、真正面から私へ向けて振り下ろしてきた。
直撃すれば、ただでは済まない。けれど、私は速度を一切緩めない。
即死の攻撃が、来る……!
ガギィィィンッ!!
激しい衝突音。魔獣の爪が私を捉える直前、私の頭上に分厚い『氷の盾』が顕現し、その凶悪な一撃を完全に弾き落としてくれる。
……さすが、お姉ちゃん!
氷の盾に守られながら、私はマナイーターを確実に仕留められる至近距離へと潜り込んだ。
迎撃を阻まれた魔獣は、慌てて横へ逃れようと体勢を崩す。
だが、マナイーターが逃げようとした左右、そして頭上の逃走ルートを完全に塞ぐかのように、巨大な氷の壁が一瞬にして創造される。
「――ッ!?」
退路を断たれ、氷の壁に激突して体勢を崩すマナイーター。
――今だ!
私は氷の魔剣を腰に深く構え、全身のバネを解放して、下から頭上へ向けて思い切り斬り上げた。
四季刀流、夏の型――『星合』ッ!!
私の渾身の剣技と、お姉ちゃんが付与してくれた凄まじい氷の魔力が完全に融合する。
極寒の軌跡を描きながら振り抜かれた刀身は、マナイーターの巨体を、いとも容易く縦に両断した。
断末魔の声を上げる間もなく、両断された醜い怪物はパツンと弾け、濃密な魔力の霧となって夜風の中に霧散し、完全に消滅していった。
斬り上げた剣を横に払い、ふぅっと細く息を吐き出して残心をとる。
それから、いつもと同じようにゆっくりと剣を鞘に納めようとして……腰のあたりを手で探り、ピタリと動きを止めた。
――鞘、お姉ちゃんに預けたままだった。
少しだけ間抜けな自分の行動に気まずさを感じていると、夜風に霧散していく魔力の光を見届けたお姉ちゃんが、静かに私のそばへと歩み寄ってきた。
お姉ちゃんは、戦闘の緊張でギュッと力が入ったままだった私の手から、そっと指をほぐすようにして、重たい剣を受け取ってくれた。
「今日を楽しむための、心のつかえはとれた?」
すべてを見透かしたような、深く優しい声。
私は、お姉ちゃんに完全に剣を委ねて、ふっと体の力を抜いた。
「……うん。これで今日は、お姉ちゃんと向き合える」
そのまま、川岸の柔らかな草の上へと静かに腰を下ろす。
気になっていた情報の懸念はこれで片付いたはず。
今、私の中にある『心のつかえ』は綺麗さっぱりなくなっていた。
これなら、もう何も気にすることなく、ただの姉妹としてこのお祭りを見ることが出来る。
「……気づいてたの?」
私がぽつりと尋ねると、お姉ちゃんは重たい剣を傍らに置き、私のすぐ隣へと腰を下ろした。
「ふふっ。お姉ちゃんですから」
誇らしげに、けれどこの上なく愛おしそうに微笑んで、お姉ちゃんはそう答えた。
「……そっか」
私は小さく呟いて、自分の膝を抱えた。
「こんな相手と戦うことになるとは思わなかったけどね」
一言、楽しそうに繋げるお姉ちゃんに、私も苦笑いしながら一言繋げる。
「……それは、それは私もそう思うよ……」
その後は、お互いに言葉を交わさなかった。
けれど、それは決して気まずいものではなく、どこまでも穏やかで、温かくて、心地よい沈黙だった。
遠くから微かに聞こえ始めた祭りの囃子と、私たちの足元を流れる静かな川のせせらぎ。
私たちは、戦いの熱を優しく冷ましてくれるその静寂に、ただ静かに身を委ねていた。




