EX - 4話 サボり魔からの手紙
酒場の重い木の扉を開けると、香ばしい肉の焼ける匂いと、常連客たちの賑やかな喧騒が私たちを包み込んだ。
「こんにちは、店主さん」
私がいつも通りに挨拶をすると、カウンターの奥で忙しそうにグラスを拭いていた店主さんが顔を上げた。
「おお、今日は2人か。テーブルにするか?」
すっかり常連になっている私は、ほぼ顔パスになっていた。
「うん、お願い」
「あいよ、2名テーブルだ!」
店主さんは、案内というにはあまりにも雑な大声でフロアに向かって叫んだ。
普段いる皇宮や貴族街の洗練された接客とは真逆の空気に、お姉ちゃんは少し戸惑ったように周囲を見渡した。
「えっと……ここでいいの?」
お姉ちゃんが空いている席を指さして聞くと、店主さんは顎をしゃくって答えた。
「ああ。ウェイターに案内させてるんだが、さっき叫んだのに出てこねえな。さては裏でサボってるな?あいつ。……姉ちゃんたち、適当に座っててくれ」
そう言い残し、店主さんはズカズカと足早に店の裏へと引っ込んでいった。
……意外と言うべきか、当然と言うべきか。
雪のような白い髪に、深く澄んだ青い瞳。
こんなにも特徴的なお姉ちゃんの正体は、街の噂に通じている店主さんなら絶対に分かっているはずだ。
けれど、ここでは誰も何も詮索しない。ただのお客さんとして、少し雑に、でも平等に扱ってくれる。
お姉ちゃんはホッとしたように息を吐くと、向かいの席ではなく、私のすぐ隣の席へとスルリと腰を下ろした。
「……ここ、居心地いいね」
肩が触れそうな距離で、お姉ちゃんは店内を見渡しながら嬉しそうに語る。
「詮索されない……。聖女でも何でもない、ただの『誰でもない自分』として振る舞えるって、とても素敵だと思うな」
わかる気がする、私も騎士団に入ってからも、色眼鏡で見られることが多くあった。
来店自体を断る店も沢山ある、けれどここのお店は、素性の詮索をしない、仮に分かっていたとしても、何も聞かずに受け入れてくれる。
私も、ここのお店の雰囲気は好きだった。
……そんな話に咲かす一方で、気になっている事を聞く。
「お姉ちゃん。対面に座らなくていいの?……ここ、二人並んで座ると結構狭いんだけど」
私が少し身をよじって聞くと、お姉ちゃんはギュッと私の腕にすり寄ってきた。
「隣がいいの。王子様は串焼きをヒロインと並んで食べてたから、隣っていうのがだいじなんだよ、きっと」
……はあ、今日はずっとこんな感じなんだろうな。
「……その設定、まだ生きてたんだね」
私は呆れ半分、感心半分の声でツッコミを入れた。
その時だった。
「さっさと水出してこいッ!!」
店の裏から、サボっていたウェイターに向けられたであろう店主さんの凄まじい怒鳴り声がドカンと響き渡った。
びくっと肩を揺らしたお姉ちゃんは、私の耳元に顔を寄せ、そっと小声で付け足した。
「……働くのは大変そうだけどね」
「……同意見だよ」
私も深く頷き、これからこってり絞られてから出てくるであろうウェイターさんに、心の中で少しだけ同情したのだった。
「お待たせしました……お水です」
しばらくして、裏でこってりと絞られてきたであろうウェイターさんが、少し肩を落としながらお水を出してくれた。
「ありがとう。ステーキを二つ、お願い」
私はメニューを開くこともなく、手慣れた様子で即座に注文した。
「あいよ! ステーキ二丁!」
ウェイターさんがフロアに響く声で叫ぶと、カウンターの奥からも威勢のいい声が返ってくる。
「あいよ、ステーキ二丁! かしこやり!」
その怒涛のやり取りとテンポの速さに、お姉ちゃんは目を丸くして私を見た。
「……注文、これで終わりなの?」
「そうだよ。いつも私が食べてるものを頼んだから、楽しみに待っていて」
私が自信満々にそう答えると、お姉ちゃんはホッとしたように「ふふっ」と微笑んだ。
そんな私たちのやり取りの横で、お水を出したウェイターさんが、なぜかそのままテーブルの脇に居座り、口を尖らせて愚痴をこぼし始めた。
「リゼさん、聞いてくださいよー。俺、少し休んでただけなのに店長が『サボるな』ってめっちゃ怒るんすよー。理不尽じゃないっすか?」
……また始まった。この人、いつもこうやって隙あらば油を売ろうとするのだ。
しかし人は見かけによらない、こんな情けない事を言っているこの人は、ウェイターを副業としてやっている情報屋なのだ。
しかも、ホワイトの方の情報屋、騎士団等治安維持を行う時は無償で情報を提供してくれる。
いや、正確には報奨金としてお金は貰っているはずだけど、正直犯罪の情報を渡すリスクに対してリターンが低い事をしてくれている事には間違いない。
騎士団の人たちは追加の報酬として、よくわからない情報を買ってるらしい、美味しいお店とか。
私も感謝を込めて買おうと一度聞いてみたけど、私には売ってくれなかった、なんでも美味しいお店には年齢制限があるらしくて、入れないらしいから。
そんな裏で活躍してるウェイターさんだけど、それとこれとは話が別だ、サボりはよくない。
私は小さくため息をついてから、同情の余地など一切ない冷たい視線を向けた。
「サボってるあなたが悪いと思います」
「ええっ、リゼさん冷たい!」
バッサリと切り捨てた私に続いて、隣に座っていたお姉ちゃんも、少し困ったような、でも真面目な顔をして口を開いた。
「あの……お仕事中のサボりは、ちょっとだめじゃないですか?」
明らかに聖女様な人からのダメ出しが、ウェイターさんに直撃する。
「うぐっ……綺麗なお姉さんに真顔で正論言われるとキツいっす……」
聖女様からのありがたくも的確なお説教に、ウェイターさんがたじろいだその時。
「おい! 油売ってる暇があったらこっち手伝えッ! 今日は星降り祭だぞ、夜に備えて仕込みを終わらせるぞ!」
奥でステーキの肉を鉄板に乗せながら、店主さんの雷のような怒声が再び店内に響き渡った。
「は、はいッ!」
ウェイターさんはビクッと背筋を伸ばし、シャキッとした大声で返事をした。
「……じゃあ、そういうコトで」
サボりを完全に否定され、これ以上油を売る逃げ場を失ったウェイターさんは、私のコップの下に、小さく折りたたんだ紙を1枚無言で置くとそそくさと店の裏へと引っ込んでいった。
ウェイターさんが奥へと引っ込んだのを見計らい、私はお姉ちゃんから見えない角度で、コップの下に置かれた小さな紙片をそっと手の中に滑り込ませた。
テーブルの下で、気づかれないように素早く広げる。
そこに乱れ書きされていたのは、たった三つの単語だけだった。
『夕刻』『星降り祭』『湖』
……もう少し、ちゃんと情報をくれてもいいのに。
心の中でぼやきつつも、その意図は明白だった。
それだけ『ヤバい案件』なのだ。
情報屋である彼が、私に情報を渡したという関わりが露見することすら恐れるほどに。
それでも、断片的とはいえ、騎士団の私にわざわざ警告をくれた。今はそれだけで良しとしよう。
私は紙片を丸め、誰にも気づかれないようにズボンのポケットの奥へと押し込んだ。
ちょうどその時。
「はいよー!ステーキお待ち!」
店主さんの威勢のいい声と共に、ジュージューと暴力的なまでに食欲をそそる音を立てて、分厚いお肉が乗った鉄板が二つ、私たちのテーブルにドンッと置かれた。
「わぁ……」
立ち上る湯気と香ばしい匂いに、お姉ちゃんは目を丸くして鉄板を見つめた後、小さくクスッと笑った。
「ふふっ。意外と普通なのね」
「……お姉ちゃん、一体何を想像していたのかわからないけど。普通のステーキだよ」
どんなゲテモノが出てくると身構えていたのだろうか。私は少し呆れながら、フォークとナイフを手にした。
「私が訓練終わりに、いつもここでよく食べるんだ。ここはお肉も分厚くて、私の力のみなもとだから」
「そうなのね。ふふ、美味しそう」
お姉ちゃんもフォークとナイフを持ち、ニコリと微笑む。
「「いただきます」」
声を合わせて挨拶をし、私は早速大きめに切ったお肉を口へと運んだ。
――ガツンとくる、濃い味付け。
……うん、いつも通り。この健康に悪そうなジャンクな味がたまらないんだよね。
私は口の中に広がる肉汁を堪能しながら、ふと昔の出来事を思い出した。
あまりにも味が濃くて中毒性があるから、これって実際に毎日食べたら健康に悪いんじゃ……?と気になって、一度店主さんにコッソリ聞いたことがあったのだ。
すると答えは逆で、この特製ソースには、様々な種類の野菜をパウダー状にしたものがたっぷりと溶け込んでいるらしい。
だから、これ一つでお肉と一緒に大量の野菜の栄養素も摂れて、栄養が偏ることはない究極の騎士向けメニューなんだと、店主さんはドヤ顔で語っていた。
――このソースは、代々受け継がれる、秘伝のタレ何だぜ?、と
「……んっ、美味しい!」
隣を見ると、お姉ちゃんも小さく切ったお肉を頬張り、パァッと顔を輝かせていた。
聖女様のお口にも、この職人街のガツンとしたステーキは無事に合ってくれたみたいだ。




