第58話 - α 戴冠式
馬車がお城に到着し、案内された先は、見たこともないほど広くて絢爛豪華な大広間だった。
天井からはいくつもの巨大なシャンデリアが吊るされ、磨き上げられた大理石の床がその光を反射してキラキラと輝いている。
あんなにボロボロだったお城が、たった一週間でこんなに修繕されてるなんて、すごい。
広間にはすでに、見ただけで目がチカチカするような豪奢なドレスやタキシード、あるいは勲章が並んだ立派な軍服に身を包んだ貴族たちがズラリと並んでいた。
付き人の店員さんは私たちが広間に入ると、スッと気配を消すように端っこの方へと移動し、壁際で静かに控えの姿勢をとった。さすがはプロだ。
「……緊張するか?」
隣を歩くおじさんが、小さな声で聞いてくる。
「……ちょっとだけ」
私は正直に答えながら、右足の太ももに密着している冷たい短剣の感触を意識した。
お守りのようなこれが一つあるだけで、不思議と心がスッと落ち着く。
……私は戦場と、切っても切れない関係みたい。
やがて、広間に厳かなファンファーレが鳴り響いた。
ざわめいていた貴族たちが一斉に口を閉じ、広間は水を打ったような静寂に包まれる。
広間の奥、一段高くなった玉座へと続く赤い絨毯の上を、ゆっくりと歩いてくる人影があった。
――皇女殿下だ。
戦場で見た、土埃に汚れてなお気高かったあの姿とは全く違う。
純白と黄金を基調とした、息を呑むほど美しく豪奢な正装。
丁寧に結い上げられた金糸のような髪。
その顔つきには、かつての少女のような脆さは微塵もなく、国を背負う者としての揺るぎない覚悟と威厳が満ちていた。
……すごい……綺麗だ。
私はただ、食い入るようにその姿を見つめていた。
玉座の前で歩みを止めた皇女殿下の前に、立派な法衣を着た司祭様が恭しく歩み寄る。
厳粛な声で宣誓が読み上げられ、皇女殿下は凛とした声でそれに答えた。
そして、司祭様の手によって煌びやかな黄金の王冠が、ゆっくりと彼女の頭上に被せられる。
続いて司祭様が、赤いベルベットのクッションを恭しく掲げた。
その上に乗っていたものを見て、私は思わず目を見開いた。
黄金と白金の輝きを放つ皇剣『プロウド』と、ひときわ重厚な帝剣『インペル』。
あれって……!私がさっきまで、腰にぶら下げてたやつだ!……いつの間に。
驚いて隣のおじさんを見上げると、おじさんは少しだけ自慢げにニヤリと笑った。
私に気取らせないほどの短時間で、城の担当者まで配達を済ませていたなんて、おじさんの行動力はどうなっているんだろう。
祭壇の前で、新皇帝となった彼女は、二振りの剣の柄にそっと両手を添えた。
それは、正当なる血筋の証明であり、国を導く誇りと、国を守る力の象徴。
彼女が静かに、けれど力強くその二振りを高々と掲げた瞬間。
玉座を背にしたその姿は、まるで後光が差しているかのように眩しく、神々しかった。
「新皇帝陛下、万歳!」
「帝国に栄光あれ!」
誰かの合図とともに、広間を揺るがすほどの万雷の拍手と歓声が沸き起こる。
私が守り抜いたあの剣が、あるべき場所で、あんなにも美しく輝いている。
私は、胸がいっぱいになりながら、夢中で手を叩いた。
隣を見ると、おじさんもまた、静かに、けれど力強く拍手を送っていた。
その横顔は、新たな時代の幕開けを見届けるような、どこか誇らしげな表情だった。
広間を揺るがした歓声と拍手が少しずつ落ち着きを取り戻すと、新皇帝陛下は玉座の前でスッと右手を挙げ、完全に静寂を取り戻した広間へ向けて、静かに通る声で紡ぎ始めた。
「次なる御代を迎えるにあたり、忘れてはならない者たちがいます。絶望の淵にありながらも、我が命と、この帝国の光を繋ぎ止めた者たちに、報いねばなりません」
凛とした彼女の視線が、真っ直ぐにこちらに向けられる。
「リード・ギリアム。前へ」
その名が呼ばれた瞬間、広間の貴族たちから微かなざわめきが起きた。
しかし、おじさんは全く臆することなく堂々と前に歩み出ると、玉座へと続く階段の下で、静かに片膝をついた。
「幾多の困難を乗り越え、帝国と、帝国の血脈を護り抜いた貴方の忠義と武勲、並ぶものはありません」
皇帝陛下は慈愛に満ちた目で彼を見下ろし、高らかに宣言した。
「リード・ギリアム。貴方を、帝国全軍を統べる『総帥』に命じます」
「……はっ。身に余る光栄に存じます」
―――総帥。
あまりのスケールの大きな話に私がポカンとしていると、総帥という途方もない地位を手にしたはずのおじさんが、ふいに立ち上がり、振り返って私を見た。
そして、顎で「来い」と合図をする。
「そして――リゼ。前へ」
「えっ……あ、はいっ!」
自分の名前を呼ばれ、私はビクッと肩を揺らした。
貴族たちの視線が一斉に私に集まる。
慣れないドレスの裾を踏まないように必死で気をつけながら、私はおじさんの隣まで歩み出て、見よう見まねでぎこちなく片膝をついた。
「顔を上げてください、リゼ」
優しく声をかけられ、顔を上げる。
すると、司祭様がもう一つ、別のクッションを恭しく運んできたのが見えた。
そこに乗せられていたのは、一本の美しい剣。
息を呑んだ。
その剣は、皇剣『プロウド』や帝剣『インペル』と全く同じ、美しくも洗練されたフォルムを持っていた。しかし、放っている光の性質が違う。
黄金でも白金でもない。それは、夜空の星を集めて打ち直したかのような、澄み切った白銀の輝きを放っていた。
「貴女には、この盟剣『アリィス』を授けます」
皇帝陛下は自らの手でその白銀の剣を手に取ると、ゆっくりと階段を降り、私の目の前までやってきた。
「皇剣を振るい、私に未来と希望を見せてくれた貴女の刃は、帝国の誇りです。これは、貴女と私を繋ぐ、新たな盟約の証」
「盟剣……アリィス……」
差し出されたその剣を、私は震える両手で受け取った。
ズシリとした心地よい重み。けれど、決して私を拒絶しない、手に吸い付くような温かな感触があった。
『聖国からの刺客』として闘技場から始まった、記憶のない私。
そんな私が今、真っ赤なドレスを身に纏い、皇帝陛下から直々に、国宝と対をなすような美しい白銀の剣を授かっている。
まるで、おとぎ話の1ページのようだった。
私は白銀の盟剣『アリィス』を胸に抱き、こみ上げてくる熱いものを必死にこらえながら、目の前で微笑む皇帝陛下を真っ直ぐに見つめ返した。




