第55話 - α おもいでのバターライス
ひどく気まずく、重たい沈黙がテーブルに流れる。
どう言葉を紡げばいいのか分からず、私が視線を彷徨わせていると、不意に明るい声が空気を切り裂いた。
「へいお待ち!」
いつのまに注文をしたんだろうか、店員さんがドンッ、と景気良く大きなどんぶりを2つ、テーブルに置いてくれた。
「これは……?」
ジーッとどんぶりの中を観察する。
中には、お米を炒めたもの……?がこんもりと盛られている。
質素だけど、匂いはバターに少し辛味がのったような、食欲をそそる匂い。
私は戸惑いながらも恐る恐るスプーンですくい、一口食べてみた。
「……んっ」
ガツンと効いたニンニクと胡椒のパンチに、濃厚なバターの風味、そして胡椒の辛味が絡み合って、とても美味しい。
「おじさん、これ……?」
なんの料理なんだろう?どこにでもありそうなものだけど、食べたことはない気がする。
「帝国に来たら、まずはコイツだ」
私の疑問に、おじさんはスプーンを手に取りながら静かに答えた。
「帝国の食糧事情は、常に戦争で消耗していて厳しかった。それでも『美味いものが食べたい』と、人々が知恵を絞って工夫した結果が、このバターライスという料理だ」
ここでもまた、戦争の影。でも、その中で生まれたこの味は、不思議と温かくて力強い。
「……小娘、少し飯を掘ってみろ」
「えっ? 掘る?」
ご飯を……掘る?面白い表現に少し笑いながら、私はどんぶりの底のほうへスプーンを深く差し込んでみた。
すると、パラパラのバターライスの中から、ゴロゴロとしたお肉と玉子焼き、そしてたっぷりの刻みネギが顔を出したのだ。
「わあっ……」
すごいっ!こんなの見たことない!ご飯の中からお肉が出てくるなんてビックリだ。
「いいことがあった日は、こうやって中に具材を入れてサプライズをするのが流行っていたらしくてな」
おじさんは、自分のどんぶりの中身を底からひっくり返すように大きく混ぜながら言った。
「ここの店主はそれを再現するために、わざわざ見えないように底へ具材を突っ込んでいるわけだ。こうして混ぜて食うと、上手く食べれる。……面白いだろう?」
「……確かに」
私はおじさんの真似をして、どんぶりの中身をしっかりと混ぜ合わせた。
そして、具材ごと大きくスプーンですくって、口へと運ぶ。
――美味しい。
ニンニクと胡椒の刺激に、ジューシーなお肉の脂が混ざり合い、ネギの風味が味全体をさらに引き出してくれる。
さっきまでの気まずい空気なんて嘘のように、美味しさで自然と顔が綻んでしまった。
「……美味しい」
私が小さく呟くと、おじさんは満足そうにフッと口角を上げ、無言でガッツリと自分のどんぶりに向き合い始めた。
ふぅ、と。
どんぶりを綺麗に空にして、私たちは温かいお茶で一息ついていた。
胃袋が満たされると、少しだけ頭も冷静に働くようになってくる。
私は湯気を立てるお茶の入ったコップを両手で包み込みながら、目の前のおじさんに純粋な疑問をぶつけてみた。
「ねえ、おじさん。どうして、私をここに連れてきてくれたの?」
服を買ってくれて、こうしてご飯を食べさせてくれて。
冷静に考えれば、今の私をおじさんが世話をするメリットなんてどこにもないはずだ。
それに、皇女様から預かった国宝の剣を保護するのが目的なら、私が一人でおじさんの家にこもっていた方がよっぽど安全だし、理にかなっている。
私が首を傾げて見つめると、おじさんは手元のコップを見つめたまま、ポツリと口を開いた。
「……お疲れ様会だ」
「えっ?」
……お疲れ様……会……?
予想外の言葉に、私は思わずパチクリと瞬きをした。
おじさんは、言葉を探すように少しだけ間を置いてから、ゆっくりと話し始めた。
「俺も……任務が終わった時は、仲間とこのバターライスを食べに来たものだ、今日も共に生き残れた喜びを共にして。底に入っているのが今日みたいにお肉の時もあれば、海鮮だったりもした。……懐かしいものだ、そうやって、仲間と共に食べたものだ」
おじさんから一瞬、諦念の思いが聞こえてきた気がした。
でもそれはすぐ思いやりの想いで上書きされていく。
「だから……お前に『お疲れ』と、伝えたかっただけだ」
口下手で、ぶっきらぼうな声。
私が彼を殺したいほど憎んでいたかもしれないという事実。
そんな重すぎる空気を突きつけられた直後なのに、彼はただ、一緒に命懸けで戦い抜いた私を労うため、自分の大切な思い出の場所へ連れてきてくれたのだ。
その不器用な優しさが、たまらなく嬉しかった。
「そっか。……そうだね!」
私は満面の笑みを浮かべ、手に持っていたコップをグッと突き出した。
そして、おじさんが持っているコップに、コツン! と強引に自分のコップをぶつけた。
「生きて終わったんだから。お疲れ様、おじさん!」
「なっ、お前……」
突然の『乾杯』に目を丸くするおじさんをよそに、私は温かいお茶をごくりと飲んだ。
おじさんはしばらく呆れたように私を見ていたが、やがて小さく息を吐いて苦笑いした。
「……悪くないな」
誰にも聞こえないような小声でそう呟くと、おじさんは手元のコップを傾け、残っていたお茶を一気に飲み干した。




