第54話 - α 忘れ去られた憎悪
きらびやかなブティックを出て、私たちは再び街を歩き始めた。
あちこちから聞こえてくる、カンカン、トントンという復旧の音。
崩れた街が少しずつ息を吹き返していくその力強い活気の音を聴きながら、しばらく歩いていると、やがておじさんがふと歩みを止めた。
「ここで飯にするぞ」
おじさんが顎でしゃくった先には、一軒の古びたご飯屋さんがあった。
先ほどのブティックとは打って変わって、過度な装飾は一切ない、いかにも大衆向けといった店構えだ。
おじさんは躊躇うことなくそののれんをくぐり、私もガチャガチャと剣を鳴らしながら慌てて追従した。
「二人、頼めるか?」
「いらっしゃい!悪いがいま満席でな、相席でいいか?」
妙に馴れ馴れしい店員さんに、おじさんは短く「構わない、頼む」と返した。
店員さんは「わかった、少し待っててくれ」と、慣れた様子で奥の席の方へと確認に向かっていった。
入り口で待っている間。
おじさんは、活気あふれる店内を少しだけ目を細めて見渡し、ぽつりと口を開いた。
「ここはな……俺がまだ新兵だった頃に、仲間と共によく飯を食った場所なんだ」
その声は、いつもより少しだけ低く、静かだった。
「訓練終わりはここって決めていてな。こうやって相席になった奴と縁ができたり、馬鹿話で盛り上がったり……楽しかったものだ」
「おじさん……」
私は、おじさんの横顔をそっと見上げた。
その声色は、過去を『懐かしむ』というより、どこかひどく『寂しそう』だったからだ。
……きっと、おじさんの仲間は、この前の戦争や、これまでの戦いの中で。
そこまで考えた時、胸の奥がチクリと痛んだ。
おじさんが一人で暮らしているのも、もしかしたらその過去が関係しているのかもしれない。
私がそんなことを考えていると、店員さんがパタパタと戻ってきた。
「待たせた!相席大丈夫な席があるから、ついてきてくれ!」
店員さんに案内され、私たちは店の奥のテーブル席へと向かう。
おじさんの切ない過去に触れ、少しだけしんみりとした空気のまま、私たちは「失礼します」と軽く頭を下げて腰を下ろした。
そして、顔を上げ、相席の相手とバッチリ目が合う。
「あ」 「あ」
……そこに座って一人で定食をかき込んでいたのは。
第1騎士団副団長のマーシーさんだった。
「……何やってるの、マーシーさん」
「……お前こそ」
相変わらずの間の抜けた顔で私を見たマーシーさんは、口の中にあったご飯を飲み込んでから答えた。
「俺は復旧の手伝いの休憩中だ。本当はすぐにでも任務の続き――聖女様を探しに行きたいもんだが、団長の情報網によると、どうも裏の動きがきな臭いらしくてな。
ここで俺たちにできる手伝いが終わったら、和平の証として、一度『捕虜』という体裁で聖国に戻る予定だ」
「そうなんだ……」
色々と苦労しているらしい。
マーシーさんはお茶をごくりと飲み干すと、少しだけ目を細めて私を見た。
「ところで……お前、あの戦場でよく生き残ったな」
どこの戦場だろうか?私はまだ、大事なことを思い出せてないんだ。
「……悪運が強かったみたい」
私は曖昧に笑ってそう返した。
闘技場の牢屋で目覚めてからここに来るまでの過程――自分がどうやって記憶を失ったのかを覚えていない私には、そう答えるしかなかったのだ。
「ふうん……」
マーシーさんはしばらく私を観察するように見ていたが、やがて視線を隣の人物――おじさんへと移した。
そして、遠慮というものを知らないズカズカとした態度で、いきなり本題に踏み込んできた。
「あんた、リード・ギリアムだよな?」
「…………そうだ」
突然フルネームを呼ばれ、おじさんはひどく気まずそうに、短く肯定した。
「いや、違う。そう責めるつもりじゃないんだ。気にしないでくれ。ただ、本人か確かめたくてな」
自分から聞いておきながら、おじさんの重苦しい空気に気圧されたのか、マーシーさんは慌てて取り繕うように手を振った。
「ただ……あのリゼが、なんでギリアム将軍と行動を共にしているのか気になってな」
「――え?」
どういう意味だろう、確かに敵だった兵士と行動を共にしているのは妙だろうが、現状を考えれば、帝国の復旧に力をかしてるマーシーさんも似たようなものなのに。
「……リゼ。お前は、ギリアム将軍を殺したいほど憎んでいたが、それはもう済んだのか?」
「なっ!?」
私は思わず息を呑んだ。
隣を見ると、おじさんもまた、信じられないものを見るような目でマーシーさんを見て驚愕していた。
「あ……」
私たちの反応を見て、マーシーさんはようやく自分がとんでもない空気を読めていない発言をしたことに気がついたらしい。
「わ、悪い! もう行かねえと、休憩終わりだ!」
マーシーさんは残っていたご飯を慌ててかきこむと、「じゃあな!」とだけ言い残し、逃げるようにそそくさと去っていってしまった。
後に残されたのは、ひどく重たく、気まずい沈黙だけだった。
私は、戸惑いと混乱でぐるぐると回る頭のまま、隣に座るおじさんを見た。
「……ねえ、おじさん」
「……なんだ?」
「あたし……おじさんのこと、恨んでたの?」
恐る恐る尋ねた私の声は、小さく震えていた。
おじさんは、テーブルの木目をじっと見つめたまま、重い口を開いた。
「わからん。……が、聖国の兵士から、俺は恨まれることはしていた。俺が矢面に立って、戦争の指示をしていたからな」
リード・ギリアム将軍。
私は彼に何を思っていたのだろう?何故恨んだのか、殺したいほど憎んだのか、その答えは、私の中のさらに奥にしかないのだろう。




