第50話 - α 夢の終わり――叶わぬ願い
打ち合いを終えた私たちは、武道場に深く一礼をして、連れ立って訓練場を後にした。
昼ご飯を食べてからすぐに訓練場に来たけど、気がつけば太陽は沈みかけている。
……楽しかった……、時間も忘れるほどに。
名残惜しさを胸にしまってスメラギさんにどうやってここまで来たのか、道すがら話を聞いてみる。
スメラギさんは死合いを求めて流れている剣客らしい、彼は聖国に着いてすぐに「聖国一の剣豪」について聞き込みをし、その足で真っ直ぐ私に会いに来た。
剣が一番のスメラギさんは宿も取っていなければ、食事をする酒場すら知らないという。
……この人、こんな旅の仕方でよくこれまで生きてきたなぁ、宿屋ぐらいは事前に決めておくものじゃないの?
半ば呆れの声色が漏れながらも、私は気になることを聞いてみる。
「ちなみに……その私の噂って、誰から聞いたんですか?」
「ん? ああ、門で門番と話していたマーシーという騎士だ。親切に教えてくれたよ」
……あの人、適当言って。絶対、よく分からない面倒な道場破りを私に押し付けただけだ。
私が内心でジト目を向けていると、スメラギさんが朗らかに笑いかけてきた。
「いやはや、イレイナ卿があれほどの使い手だったとは驚きだ」
「……リゼでいいですよ、スメラギさん」
「そうか? では、お言葉に甘えてリゼと呼ばせてもらおう」
とりあえず彼を野宿させるわけにもいかないので、私は近くの手頃な宿屋へと案内した。
可愛い看板娘がいるって聞いたことがある宿屋、たまにくる冒険者にも好評な宿屋らしい。
スメラギさんが部屋に荷物を置くのを待ち、そのまま二人で賑やかな酒場へと向かう。
木製のテーブル席に向かい合って座り、私は店員に適当に食事と飲み物の注文を済ませた。
……適当というか、私が料理のことをあまり知らないだけなんだけど。
本題やっぱここから、先ほどからウズウズと胸の奥で暴れていた好奇心を抑えきれず、テーブル越しにスメラギさんへグッと身を乗り出した。
「ねえ、スメラギさん、さっきの『返し薄氷』ってなんですか?私が読んだ四季刀流の本には、そんな技載ってなかったんですけど」
「イレ……リゼさん」
「リゼでいいです。私、子供だから」
言い直そうとしたスメラギさんの言葉を遮って、私はそう答えた。
さっきの『子供扱い』にはムッとしたけれど、大人の実力と余裕を見せつけられた後では、素直に自分がまだ子供だと認めるしかなかったから。
「ははは、そうか。じゃあ、リゼちゃん。君は四季刀流について、どこまで知っているのかな?」
捲し立てるように剣のことを聞いた私に、スメラギさんは優しく聞いてきてくれた。
……四季刀流、お父様が本を買ってきてくれて、それを読んで覚えた、もの。
「えっと……東方に伝わる剣術で、いろんな抜刀術とか、独特な剣の型がある面白い流派……みたいな?」
私が少し曖昧に答えると、スメラギさんは静かに頷きながら耳を傾けてくれた。
「本には『薄氷』の型は載ってましたけど、『返し薄氷』なんて、どこにも書かれてなかったです」
書物には抜刀術については書いてあったけど、技を放ちながら再び鞘に収める『返し』という技術なんてなかった。
「ふむ。返しの技術が載っていない本か……。なるほど、君が読んだのは、恐らく原型が記された古文書の方だったのかもしれないな」
スメラギさんは、顎に手を当てて納得したように呟いた。
「よかったら……」
私は、テーブルの下でギュッと手を握りしめ、上目遣いに彼を見た。
「ここにいる間だけでいいから、その『返し』の技術について、教えてもらえませんか?」
――なにを言ってるんだ私は。
口に出してから、少し後悔した。
剣士にとって、自分の剣術や手の内は命そのものだ。
今日会ったばかりの、しかも他国の人間なんかに教えるわけがない。
絶対に断られるだろうと思いながらも、私の知的好奇心はどうしても抑えられなかったのだ。
しかし。
「ああ、構わんよ」
「……えっ、いいんですか!?」
あまりにもあっさりとした快諾に、私は思わず声を裏返してしまった。
「もちろんだとも。こうして剣について語り合える相手がいるのは、俺にとっても嬉しいことだからね」
スメラギさんは、本当に嬉しそうな、少年のようにキラキラとした笑顔を浮かべた。
「それに、リゼちゃんの『薄氷』は実に見事だった! あの若さであそこまで踏み込めるのなら、返しの技術を身につければ、君はさらに前へと進めるだろう!」
「スメラギさん……」
その真っ直ぐな称賛と器の大きさに、私が胸を打たれていると、ちょうど注文していた料理と飲み物がテーブルに運ばれてきた。
私は果実水を、スメラギさんは並々と注がれたお酒のジョッキを手に取った。
彼はそのまま、ジョッキの半分を一気に喉へと流し込む。
「ぷはぁっ! 聖国の酒はうまいな! まるで甘味のようだ!」
豪快に笑いながら口元を拭うその姿は、先ほどの洗練された剣士とはまた違う、どこまでも自由で裏表のない『スメラギ・カナタ』という一人の人間の魅力に溢れていた。
「……っ!」
ハッと目を覚ます。
どうやら、温かいお湯に浸かりながら、完全に微睡みの底へと落ちかけていたらしい。
「スメラギ、さん……」
無意識のうちに、その名前が口をついて出た。
温かくて、楽しかった記憶の余韻。
けれど、それに引っ張られるようにして、ふと『あの時』の記憶がフラッシュバックした。
――私の手で、スメラギさんを殺めた時の、冷たくて残酷な刃の感触。
もう、会えないんだ。
だって、私が殺したから。
私が、この血に染まった手で命を奪ったから。
あんなに温かかったお湯が、急にひどく冷たく感じられて、私はブルリと身を震わせた。
「……お風呂、でよう」
これ以上一人でここにいたら、幻の血の匂いまで蘇ってきそうだった。
私は逃げるように湯船から上がり、身体を拭いて脱衣所へと向かった。
そこには、いつの間にかおじさんが用意してくれた清潔な服が置かれていた。
無骨だけれど確かなその不器用な優しさに少しだけ救われながら、私はそれに袖を通し、二階の寝室へと戻った。
一人には広すぎるふかふかのベッドに潜り込む。
目を閉じると、さっきまで夢に見ていたスメラギさんの笑顔や、一番の親友だったカイナの顔が、まぶたの裏に浮かんでは消えていく。
「カイナ……スメラギさん……」
ポツリと、静かな部屋に私の声が落ちる。
「また、会いたい……っ」
涙声で、無意識のうちにそんな叶わぬ願いを口にしながら。
私は、逃避するように深い眠りの中へと落ちていった。




