第47話 - α 役目の終わり
すべての慰問が終わる頃には、すっかり日が暮れて、空は赤紫の夕闇に染まっていた。
避難所は落ち着きを取り戻し、護送の準備が進むお姫様の周りには絶えず人が集まり、温かく希望に満ちた空気が流れている。
……もう、私がいる必要はなさそうかな。
ふと、周囲の視線に気づく。私を英雄の護衛として頼もしく見る者もいれば、闘技場で見たのか、聖国から刺客という素性の知れない者、という警戒の目を向ける人も少なからずいた。
そんな暗い血の匂いを纏った私が、正統なる権威の象徴である皇剣をいつまでも掲げてお姫様の隣に立ち続けるのは……やっぱり、違う気がする。
もう、私ができることは何もない。それどころか私の素性のせいで足を引っ張りかねない。
私は小さく息を吐き、隣に立つおじさんに声をかけた。
……ここが終わりにちょうどいいかな。
「ねえ、おじさん」
……私は、道を拓けた、それ以上を望むのは贅沢だ。
「あ?」
いつもと変わらない愛想のない返事、それが自然、これからおじさんは忙しくなるんだろうし、闘技場なんかにいる暇はないはず。
……きっとここが、私とおじさんの、最後のお別れ。
「もう、あたしができることはないから。……牢に、戻ってるね」
私は、手にしていた皇剣『プロウド』をおじさんに差し出し、踵を返して、自分の居場所である冷たい闘技場へと歩き出そうとした。
「待て」
その背中を、おじさんの太く低い声が引き止める。
振り返ると、おじさんは差し出された皇剣を受け取らずに落としていた、そして、少しだけ視線を逸らして言った。
「……しばらく、うちにとまっておけ」
「……え?」
予想外の言葉に、私は思わず目を丸くした。
――間に落ちる、なんとも言えない気まずい空気。
おじさんは照れ隠しのように咳払いを一つすると、その空気を誤魔化すように口早に続けた。
「皇女は、すでに他の皇子たちが保護されている安全な場所へと護送させた。……今日の慰問はこれで終わりだ」
そして、おじさんは私の手首を不器用な優しさでグッと引き寄せた。
「今日は、帰るぞ」
それだけ言うと、皇剣を拾い私に強引に持たせると、半ば強引に私を馬車へと乗せ、彼自身も乗り込んできた。
――ガタゴトと車輪が鳴る薄暗い馬車の中。
私は、向かいに座るおじさんを睨みつけるようにして、震える声で叫んだ。
「なんで……?」
戦いに集中する為にせき止めていた感情が、ボロボロと崩れ落ちていく。
「なんで……!? 私は聖国の騎士だったんだよ!」
おじさんの顔が、少しだけ驚いたように見開かれた。
記憶が戻りつつある私。血に塗れた自分の過去。
「おじさんの友達も、仲間も……あたしが!私がいっぱい、きっと殺した、殺したんだよ!?」
敵国の騎士。憎むべき仇。
それなのに。
「なんで、なんで優しくするの……っ?」
私は両手で顔を覆い、子供のように泣きじゃくった。
優しくされる資格なんてない。
私は裁かれるべき罪人なのに。私の居場所なんて、あの暗く冷たい牢屋しかないはずなのに。
馬車の中に、重い沈黙が降りた。
車輪の音と、私のしゃくり上げる声だけが響く。
やがて、おじさんは深く、静かな息を吐き出した。
「……俺は内心、諦めてた。帝国の復興をな」
ポツリとこぼされたその声には、怒りや憎しみはなく、ただ静かな感慨が滲んでいた。
「けれど、内乱が起きてからたった二日で鎮めて、タカ派とハト派に囚われていた皇族を解放して、こうして慰問までできた。やり方は物騒だったがな。
だが、それでも……その血の先に、これから帝国は、前に進める……きっかけを、突破口をくれたのはお前だ」
「っ、でも……!」
私は、殺したんだよ……?仲間を、友達を。
「……戦場に出た仲間たちは、覚悟はしていたさ」
おじさんは、私の言葉を遮るように、優しく、けれど断固として言った。
「お互いに、殺すのが仕事だったんだからな。……恨みは戦場で……だけだ」
それは、綺麗事かもしれない。残された者の都合のいい解釈かもしれない。
それでも、かつて帝国を率いた英雄は、過去の因習に囚われることなく、今の私を真っ直ぐに見てくれていた。
「お前は、頑張ってくれた」
おじさんの大きな手が、私の頭の上にポンと乗せられた。
「記憶がなくて、自分が何者かも分からないまま、必死に戦ってくれた。……だから、もう休め。『リゼ』」
「それでも……ッ!」
私は顔を上げ、なおも否定しようとした。
私の罪は、そんな簡単に許されるものじゃない。
けれど。不器用に、けれど温かく私の頭を撫でるその手のひらの熱に触れた瞬間。
「あ……ぁぁ、あぁぁ……っ!」
張り詰めていたすべての糸が切れ、私はおじさんの膝にすがりつくようにして、声を上げて泣き崩れた。
殺し屋でも、冷酷な騎士でもない。ただ、温かい居場所を求めていた、一人の迷子の子供のように。




