第46話 - α 慰問
チクリと痛む胸の奥を隠すように、私は静かに息を吐き出した。
「……ここは、大丈夫そうだな」
隣に立つおじさんが、すっかり落ち着きを取り戻し、お姫様に希望の眼差しを向けている避難民たちを見渡しながら短く呟いた。
「……そうだね」
私は小さく頷き、抜身のままだった皇剣をゆっくりと鞘に収めた。
張り詰めていた空気が完全に解け、この場所での慰問は、お姫様の勇気と覚悟によってこれ以上ないほどの成功に終わったのだ。
ふと、私は立ち上がり、泥を払って立ち上がった先ほどの帝国兵に目を向けた。
そして、おじさんの服の袖を軽く引く。
「ねえ、おじさん。あの帝国兵さん……私たちの護衛に加えない?」
あの人から聞こえる音は本物だ、後悔と希望とが複雑に響いてる。
「ん?」
私の突然の提案に、おじさんは少しだけ意外そうな顔をして顎を撫でた。
「……そうだな。考えてみれば、馬車の御者を任せる護衛がいなかった。あいつなら、その役目にはいいかもしれん」
おじさんが短く頷いて許可を出してくれたのを確認し、私は帝国兵の元へと歩み寄った。
彼は私とお姫様の姿を認めると、慌てて居住まいを正した。
「まだ、私たちはこの後も慰問を続けるんだけど」
私は、彼の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「馬車の御者を守る護衛が、今いないんだ。……私たちの護衛に、来てくれない?」
かつて自分に向けられた銃口を気にすることなく放たれた私の誘いに、帝国兵の男性は一瞬だけ目を丸くした。
しかし、すぐにその顔は、誇り高い決意に満ちたものへと変わる。
「――はっ!」
彼は帝国軍の正式な敬礼を力強くビシッと決め、声高らかに答えた。
「承知いたしました! この命に代えましても、お守りいたします!」
そこからの慰問は、特にこれといったトラブルもなく順調に進んでいった。
この国では、私たちが想像している以上に皇族という存在が大事にされているみたいで、市民からの支持も驚くほど大きい。
だからだろうか。
お姫様が言葉を紡ぎ、その姿を見せるだけで、絶望に沈んでいた人たちの目に次々と光が戻っていくのがわかった。
「……着いたぞ。今日回る、最後の慰問場所だ」
おじさんの声で、馬車がゆっくりと停車した。
新たに護衛に加わってくれた帝国兵さんに扉を開けてもらい、外へと降り立つ。
「ここは……」
そこは、見覚えのある場所だった。
つい先日、炎に包まれる帝都の中で私たちが必死に守り抜き、市民を避難させたあの避難所の近くだったのだ。
あの夜の熱気と、煤にまみれながら駆け回った記憶を思い出しながら辺りを見渡していると、ふと、見知った顔を見つけた。
「あ……マーシーさん!」
私は小走りで駆け寄り、声をかけた。
包帯が巻かれた痛々しい姿ではあったが、しっかりと自分の足で立っている彼を見て、私はホッと胸を撫で下ろした。
「無事だった?」
「ああ……」
私の問いかけに、マーシーさんは少し驚いたように目を丸くした後、どこかバツが悪そうに視線を逸らし、頭を掻いた。
彼は、避難所で身を寄せ合い、お姫様の到着に沸き立つ市民たちを静かな瞳で見つめている。
「帝国の民は、みな優しいな」
「え?」
「仇かもしれない私の誘導に文句も言わず従って……こうして避難までしてくれて」
聖国の騎士であるマーシーさんにとって、帝国の人間は本来憎み合うべき敵国の人たちだ。
けれど、彼が必死に誘導の声を上げた時、市民たちは彼を敵としてではなく、一人の人間として信じてくれたのだ。
マーシーさんの横顔には、そんな彼らの懐の深さに対する感謝と、敵国であるという自身の立場に対する複雑な感情が入り交じっていた。




